ご家族が亡くなられて相続が始まったものの、相続人同士の話し合いがまとまらず、遺産分割協議書が作れないまま申告期限が迫ってきている…。そんな状況、とても不安になりますよね。「とりあえず未分割のまま申告しても大丈夫?後から何か不都合なことは起きない?」という疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか。結論から言うと、未分割のまま申告することは可能ですが、金銭的なデメリットが非常に大きいため注意が必要です。ここでは、遺産分割協議書を作成せずに未分割で申告した場合の不都合と、その後の手続きについて、優しく丁寧に解説していきます。
遺産分割協議が間に合わないときの「未分割申告」とは?
相続税の申告と納税には、「被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10ヶ月以内」という期限があります。これは原則として延長することができません。もし、相続人同士の話し合いがまとまらない、などの理由で遺産の分け方(遺産分割)が決まっていなくても、この期限までに申告と納税を済ませる必要があります。
このように、遺産分割が完了していない状態で、ひとまず相続税の申告を行うことを「未分割申告」と呼びます。未分割申告では、一旦、民法で定められた「法定相続分」で各相続人が財産を取得したと仮定して、相続税額を計算し、申告・納税を行います。
未分割申告の大きなデメリット!税金が高くなるって本当?
未分割申告は、期限を守るためのやむを得ない手続きですが、実は相続人にとって大きなデメリットがあります。それは、相続税を大幅に軽減できる特例が使えなくなってしまうことです。これにより、本来であれば払う必要のない多額の税金を一時的に納めなければならないケースがほとんどです。
配偶者の税額軽減が使えない
配偶者が遺産を相続する場合、「配偶者の税額軽減」という非常に大きな特例があります。これは、配偶者が相続した財産のうち、1億6,000万円または法定相続分のいずれか多い金額までは相続税がかからないという制度です。しかし、未分割申告の状態では、どの財産を配偶者が相続するかが確定していないため、この特例を適用することができません。その結果、配偶者も法定相続分に応じた高額な相続税を一旦納付しなければならなくなります。
小規模宅地等の特例が使えない
亡くなった方が住んでいたご自宅の土地などを相続する場合、「小規模宅地等の特例」が使える可能性があります。この特例は、自宅の敷地(330㎡まで)の評価額を最大で80%も減額できるという、節税効果が非常に高い制度です。例えば、5,000万円の土地の評価額が1,000万円になる計算です。しかし、この特例も誰がその土地を相続するかが決まっていることが適用の条件です。そのため、未分割申告ではこの特例も適用できず、土地の評価額が高いまま相続税が計算されてしまいます。
その他の適用できない特例や制度
上記以外にも、未分割の状態では適用できない特例や制度があります。これらが適用できないと、納税資金の準備がさらに難しくなる可能性があります。
適用できない主な特例・制度 | 内 容 |
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農地等の納税猶予及び免除の特例 | 農業を続ける相続人が農地を相続した場合に、相続税の納税が猶予・免除される制度です。 |
非上場株式等についての納税猶予及び免除の特例 | 事業承継の際に、後継者が非上場株式を相続した場合に相続税の納税が猶予・免除される制度です。 |
物納 | 相続税を現金で納付することが難しい場合に、不動産などの相続財産そのもので税金を納める制度です。未分割の財産は物納できません。 |
未分割申告と、その後の手続きの流れ
デメリットは大きいですが、申告期限を過ぎてしまうと無申告加算税や延滞税といったペナルティが課されてしまいます。そのため、遺産分割が間に合わない場合は、まず期限内に未分割申告を行うことが重要です。そして、その後に正しい手続きを踏むことで、払い過ぎた税金を取り戻すことができます。
「申告期限後3年以内の分割見込書」を必ず提出する
未分割申告をする際に、絶対に忘れてはならないのが「申告期限後3年以内の分割見込書」という書類を相続税申告書に添付して提出することです。この書類を提出しておくことで、「3年以内に遺産分割を終える予定なので、分割が確定したら特例を使わせてください」という意思表示を税務署にすることができます。これを提出しないと、後から遺産分割がまとまっても、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例などが一切使えなくなってしまうので、くれぐれもご注意ください。
申告期限から3年以内に遺産分割を確定させる
「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出したら、次はその名の通り、相続税の申告期限から3年以内に遺産分割協議をまとめ、遺産分割協議書を作成する必要があります。この3年という期間が、特例を適用するための重要な区切りとなります。
払い過ぎた税金を取り戻す「更正の請求」
無事に遺産分割が確定したら、その内容に基づいて再度、正しい相続税額を計算します。多くの場合、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を適用することで、未分割申告で納めた税額よりも本来の税額は少なくなります。この納め過ぎた税金を返してもらう手続きが「更正の請求」です。この手続きは、遺産分割が成立した日の翌日から4ヶ月以内に行う必要があります。期限が短いため、分割がまとまったら速やかに行動しましょう。
追加で納税が必要な場合は「修正申告」
逆に、遺産分割の結果、法定相続分で計算したときよりも多くの財産を取得することになり、納税額が増える相続人がいる場合は「修正申告」を行い、差額の税金を納付します。こちらも速やかに行いましょう。
もし3年以内に遺産分割が終わらなかったら?
相続人間での争いが裁判にまで発展してしまったなど、やむを得ない事情で申告期限から3年以内に遺産分割が終わらないケースもあります。その場合でも、救済措置が用意されています。
「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を提出
遺産分割に関する訴訟が続いているなどのやむを得ない事情がある場合は、申告期限後3年を経過した日の翌日から2ヶ月以内に「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を税務署に提出し、承認を受ける必要があります。この申請が承認されれば、特例適用の権利をさらに延長することができます。
やむを得ない事由が解消されてから手続きを
税務署長の承認を受けた後、裁判の判決が確定するなどして遺産分割が可能になった場合は、その事由が解消された日の翌日から4ヶ月以内に遺産分割を成立させ、「更正の請求」を行うことで、各種特例を適用することができます。
まとめ
遺産分割協議書を作成せず、未分割のまま相続税申告を行うことは可能ですが、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例が使えず、一時的に納税額が非常に高額になるという大きな不都合があります。申告期限内に遺産分割をまとめるのが理想ですが、どうしても間に合わない場合は、必ず「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して未分割申告を行いましょう。
そして、申告期限から3年以内の遺産分割成立を目指し、成立後は4ヶ月以内に「更正の請求」を行うことで、払い過ぎた税金を取り戻すことができます。相続は手続きが複雑で期限も設けられています。不安な点があれば、早めに税理士などの専門家に相談することをおすすめします。
参考文献
国税庁 No.4208 相続財産が分割されていないときの申告
遺産分割を未分割で申告した場合のよくある質問まとめ
Q.遺産分割協議書なしで相続税申告(未分割申告)すると、税金が高くなるって本当?
A.はい、高くなる可能性が高いです。相続税の特例(「配偶者の税額軽減」や「小規模宅地等の特例」など)が使えなくなるため、本来より多くの税金を一時的に納めることになります。
Q.未分割のままだと、税金以外にどんなデメリットがありますか?
A.不動産の名義変更(相続登記)や預貯金の解約・名義変更ができません。そのため、不動産を売却したり、担保に入れて融資を受けたりすることもできなくなります。
Q.どうして未分割だと相続税の特例が使えないのですか?
A.「配偶者の税額軽減」や「小規模宅地等の特例」は、「誰がどの財産を相続したか」が確定していることが適用条件だからです。未分割の状態では取得者が決まっていないため、適用できません。
Q.未分割で申告した後、遺産分割が決まったら払い過ぎた税金は戻ってきますか?
A.はい、原則として申告期限から3年以内に遺産分割がまとまれば、「更正の請求」という手続きをすることで、適用できなかった特例を使って払い過ぎた税金を取り戻せる可能性があります。
Q.未分割のまま長期間放置し続けると、どうなりますか?
A.相続人が亡くなるなどして次の相続が発生すると、関係者が雪だるま式に増えて権利関係がさらに複雑になります。これにより、遺産分割協議がますます困難になり、不動産が塩漬け状態になるリスクがあります。
Q.申告期限までに遺産分割がまとまりそうにない場合はどうすればいいですか?
A.ひとまず法定相続分で仮に計算し、未分割のまま申告・納税を済ませます。その際、「申告期限後3年以内の分割見込書」を税務署に提出しておくことで、後から分割がまとまった際に特例の適用を受ける準備ができます。