「うちはお金持ちじゃないから、相続税なんて関係ないわ」と思っていませんか?実は、その考え方は少し危険かもしれません。相続税は、一定以上の財産がないとかからないと思われがちですが、思わぬものが財産とみなされたり、特例を使うために申告が必要だったりするケースがあるんです。この記事では、「財産がない」と思っていても実は相続税申告で注意が必要なケースについて、分かりやすく解説していきますね。
まずは基本!相続税がかかるかどうかのボーダーライン
相続税には「これ以下の財産なら税金はかかりませんよ」という非課税枠があり、これを「基礎控除」と呼びます。この基礎控除額を超えるかどうかで、相続税の申告が必要かどうかが決まるんです。まずは、ご自身の状況がこのボーダーラインを超えているか確認してみましょう。
基礎控除額の計算方法
基礎控除額は、以下の計算式で簡単に算出できます。
3,000万円 + (600万円 × 法定相続人の数) = 基礎控除額
法定相続人とは、法律で定められた遺産を相続する権利のある人のことです。例えば、お父様が亡くなり、相続人がお母様と子ども2人の合計3人だった場合、基礎控除額は「3,000万円+(600万円×3人)=4,800万円」となります。遺産の総額がこの4,800万円以下であれば、原則として相続税の申告も納税も必要ありません。
法定相続人って誰のこと?
法定相続人には順位があります。亡くなった方(被相続人)の配偶者は常に法定相続人になります。それ以外は、以下の順位で決まります。
- 第1順位: 子ども(子どもが先に亡くなっている場合は孫)
- 第2順位: 父母(父母が先に亡くなっている場合は祖父母)
- 第3順位: 兄弟姉妹(兄弟姉妹が先に亡くなっている場合は甥・姪)
第1順位の人がいれば第2順位以下の人は相続人になれず、第1順位がいなくて第2順位の人がいれば第3順位の人は相続人になれません。この人数を正確に把握することが、基礎控除額を正しく計算する第一歩になります。
「財産がない」と思っても要注意!実は相続財産になるもの
「うちは預貯金も不動産も大してないから大丈夫」と思っていても、意外なものが相続財産に含まれることがあります。これらを見落としてしまうと、基礎控除額を超えてしまい、後から税務署に指摘されてしまう可能性も。どんなものが対象になるのか、しっかり確認しましょう。
家族名義の預金(名義預金)
亡くなった方が、お子さんやお孫さんの名前でコツコツ貯めていた預金はありませんか?これを「名義預金」と呼びます。口座の名義が家族のものであっても、実質的に亡くなった方がお金を管理していた場合(通帳や印鑑を保管していた、入出金を自由に行っていたなど)、それは亡くなった方の財産とみなされ、相続税の対象になります。これは税務調査でも特に厳しくチェックされるポイントなので、注意が必要です。
生命保険金や死亡退職金(みなし相続財産)
亡くなった方が保険料を支払っていた生命保険金や、会社から遺族に支払われる死亡退職金は、民法上の相続財産ではありませんが、税法上は「みなし相続財産」として相続税の対象となります。ただし、これらには非課税枠が設けられています。
種類 | 非課税限度額 |
生命保険金・死亡退職金 | 500万円 × 法定相続人の数 |
例えば、法定相続人が3人なら、生命保険金で1,500万円、死亡退職金で1,500万円までが非課税となります。この非課税枠を超えた部分が、他の財産と合算されて相続税の計算対象になるんです。
亡くなる直前の贈与
亡くなる前に駆け込みで財産を贈与しても、それは相続財産に加算されてしまうルールがあります。これを「生前贈与加算」といいます。
贈与の時期 | 加算される期間 |
2023年12月31日まで | 死亡前3年以内 |
2024年1月1日以降 | 死亡前7年以内に段階的に延長 |
例えば、毎年110万円の非課税枠(暦年贈与)を使ってお子さんに贈与していたとしても、亡くなる前の一定期間内に行われた贈与は、相続財産に持ち戻して計算する必要があるため、注意が必要です。
相続税が0円でも申告が必要なケース
「計算したら遺産は基礎控除額を超えていたけど、特例を使ったら相続税が0円になった!これで申告しなくていいよね?」と考えるのは早計です。相続税には強力な節税効果を持つ特例がありますが、その特例を使うためには、たとえ納税額が0円でも相続税の申告が必須な場合があります。
配偶者の税額軽減
配偶者が相続する財産には、非常に大きな優遇措置があります。具体的には、「1億6,000万円」または「配偶者の法定相続分」のどちらか多い金額まで相続税がかからないというものです。この「配偶者の税額軽減」を適用すれば、多くの場合で配偶者の相続税は0円になります。しかし、この特例を利用するためには、必ず相続税の申告書を税務署に提出しなければなりません。申告を忘れると、この特例は使えなくなってしまいます。
小規模宅地等の特例
亡くなった方が住んでいた土地や、事業をしていた土地を相続した場合、その土地の評価額を最大で80%も減額できる「小規模宅地等の特例」という制度があります。例えば、評価額が5,000万円の土地が、この特例を使うことで1,000万円として計算できるため、相続税を大幅に減らすことができます。この特例を使った結果、遺産総額が基礎控除額を下回り、相続税が0円になることも珍しくありません。しかし、この特例も「配偶者の税額軽減」と同様に、相続税の申告が適用要件となっています。
借金の方が多いから関係ない?相続放棄の注意点
亡くなった方に借金などのマイナスの財産が多く、プラスの財産を上回っている場合、「相続放棄」をすれば借金を背負わずに済みます。しかし、「財産はいらないから」と口頭で伝えたり、遺産分割協議で何ももらわないことにしたりするだけでは、法的な「相続放棄」にはなりません。
正式な相続放棄の手続きとは
相続放棄は、ご自身のために相続が始まったことを知った時から原則3ヶ月以内に、家庭裁判所で手続きをする必要があります。この手続きをしないと、相続人としての地位はなくならず、後から債権者(お金を貸した人)から返済を求められる可能性があります。「うちは借金しかないから関係ない」と放置せず、必ず正式な手続きを行いましょう。
相続放棄をすると他の相続人に影響が
相続放棄をすると、その人は初めから相続人ではなかったことになります。もし、第1順位の子ども全員が相続放棄をした場合、相続権は第2順位の父母へ、父母もいなければ第3順位の兄弟姉妹へと移っていきます。借金があることを知らずに突然相続人になってしまった親族が困らないように、相続放棄をする際は、他の親族にその旨を伝えておくのが親切です。
財産が少なくても揉める「空き家」問題
現金や預貯金は少なくても、実家などの不動産だけが遺されているケースはよくあります。この「空き家」が、かえってトラブルの原因になることも。「財産なんてこの家だけ」と軽く考えていると、思わぬ負担を強いられるかもしれません。
売却したときの税金と特例
相続した空き家を売却して利益(譲渡所得)が出た場合、所得税がかかります。しかし、一定の要件を満たせば、譲渡所得から最高3,000万円を控除できる「空き家に係る譲渡所得の特別控除の特例」が利用できます。この特例には、「昭和56年5月31日以前に建築されたこと」や「相続開始日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売ること」などの細かい要件があります。財産価値が低いと思っていても、売却時に税金で損をしないよう、特例の利用を検討しましょう。
管理の負担と責任
誰も住まなくなった空き家は、固定資産税が毎年かかり続けます。また、建物の老朽化による倒壊のリスクや、庭の雑草問題などで近隣に迷惑をかけてしまうと、損害賠償責任を問われる可能性もあります。財産価値が低いからと放置するのではなく、誰が相続してどう管理していくのか、あるいは売却するのかを相続人同士でしっかりと話し合うことが大切です。
まとめ
「うちには財産なんてないから関係ない」という言葉の裏には、様々な落とし穴が隠れている可能性があることをお分かりいただけたでしょうか。
- 基礎控除額「3,000万円+600万円×法定相続人の数」を基準に考える。
- 名義預金や生命保険金など、思わぬ財産がないか確認する。
- 税金が0円でも「配偶者の税額軽減」や「小規模宅地等の特例」を使うなら申告が必要。
- 借金がある場合は、3ヶ月以内に家庭裁判所で相続放棄の手続きをする。
- 「空き家」だけでも、税金や管理の問題が発生する。
相続は、誰にでも起こりうることです。「うちは大丈夫」と思い込まず、少しでも不安な点があれば、専門家に相談することをおすすめします。早めに正しい知識を持つことで、円満な相続を実現しましょう。
参考文献
国税庁 No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例
相続の「うちは関係ない」に関するよくある質問まとめ
Q.財産がほとんどなくても、相続手続きは必要ですか?
A.はい、必要になるケースが多いです。預貯金の解約や不動産の名義変更(相続登記)など、何かしらの手続きが必要になることがほとんどです。手続きを放置すると、将来的に相続人が増えてしまい、話し合いが複雑になる可能性があります。
Q.相続税はいくらからかかりますか?
A.相続財産の合計が「3,000万円+600万円×法定相続人の数」という基礎控除額を超えた場合にかかります。例えば相続人が2人なら4,200万円です。この金額を超えなければ相続税の申告も納税も不要です。
Q.自宅の土地と建物しか財産がありません。それでも揉めることはありますか?
A.はい、十分にあり得ます。不動産は現金のように簡単に分割できないため、誰が相続するのか、売却して分けるのかなどで意見が対立し、トラブルに発展するケースは少なくありません。
Q.親に借金があった場合、必ず返済しないといけませんか?
A.いいえ、「相続放棄」という手続きを家庭裁判所で行うことで、借金を含むマイナスの財産を引き継がない選択ができます。ただし、相続の開始を知った時から3ヶ月以内という期限があるので注意が必要です。
Q.亡くなった親の銀行口座が凍結されてしまいました。どうすればお金を引き出せますか?
A.金融機関は名義人の死亡を知ると口座を凍結します。原則として、相続人全員の同意と戸籍謄本などの必要書類を揃えて金融機関で手続きをすることで、預金を引き出すことができます。
Q.相続財産を分ける話し合い(遺産分割協議)は必ず必要ですか?
A.遺言書がなく、相続人が複数いる場合は、原則として遺産分割協議が必要です。誰がどの財産をどれくらい相続するのかを相続人全員で話し合って決め、その内容を「遺産分割協議書」として書面に残します。