「うちは財産がそんなに多くないから、相続税は関係ないわ」と思っていませんか?多くの方がそう考えていますが、実はその思い込みが原因で、後から税務署に申告漏れを指摘されてしまうケースが少なくありません。相続税がかかるかどうかのボーダーラインは、意外と身近なところにあります。この記事では、「相続税がかからない」と思っていたのに課税対象になってしまう、よくある意外な落とし穴について、わかりやすく解説していきます。
そもそも相続税がかかるかどうかの基準とは?
まず、相続税の基本についておさらいしましょう。相続税は、亡くなった方(被相続人)の財産を相続したときに、すべてのケースでかかるわけではありません。「基礎控除」という非課税の枠があり、遺産の総額がこの基礎控除額を超えた場合にのみ、申告と納税の義務が発生します。2015年の税制改正でこの基礎控除額が引き下げられたため、以前よりも相続税の対象となる方が増えているのが現状です。
基礎控除額の計算方法
相続税の基礎控除額は、次の計算式で求められます。
3,000万円 + (600万円 × 法定相続人の数)
例えば、お父様が亡くなり、相続人がお母様と子ども2人の合計3人だった場合、基礎控除額は「3,000万円 + (600万円 × 3人) = 4,800万円」となります。遺産の総額が4,800万円以下であれば、原則として相続税はかからず、申告も不要です。
法定相続人の数 | 基礎控除額 |
1人 | 3,600万円 |
2人 | 4,200万円 |
3人 | 4,800万円 |
4人 | 5,400万円 |
相続税の対象になる財産
相続税の計算のもとになる「遺産の総額」には、預貯金や不動産だけでなく、以下のような財産も含まれるので注意が必要です。これらを見落として「基礎控除以下だ」と判断してしまうケースがよくあります。
- 預貯金、現金
- 土地、建物などの不動産
- 株式、投資信託などの有価証券
- 自動車、貴金属、骨董品など
- 生命保険金、死亡退職金(一定の非課税枠を超えた部分)
- 亡くなる前3年〜7年以内に贈与された財産(後ほど詳しく解説します)
- 家族名義になっているが、実質的には亡くなった方の財産だったもの(名義預金)
特例を使えば納税額ゼロでも「申告」は必要!
ここが最初の大きな落とし穴です。例えば、「小規模宅地等の特例」や「配偶者の税額軽減」といった制度を使えば、相続税の評価額を大幅に下げたり、納税額をゼロにしたりできます。しかし、これらの特例を適用するためには、たとえ納税額が0円になったとしても、相続税の申告書を税務署に提出しなければなりません。「税金がかからないから何もしなくていい」わけではないのです。この申告を忘れると、特例が使えなくなり、多額の税金とペナルティが発生する可能性があります。
落とし穴①:家族名義の「名義預金」は相続財産です
「子どものために、内緒で口座を作って貯金してあげていた」という親心。実はこれが「名義預金」と判断され、相続税の課税対象になることがあります。名義預金は、税務調査でも特に厳しくチェックされるポイントです。
名義預金とは?
名義預金とは、口座の名義は配偶者やお子さん、お孫さんになっていても、そのお金を実質的に管理・支配していたのが亡くなった方(被相続人)である預金のことを指します。口座の名義人が誰かではなく、「そのお金の真の持ち主は誰か」という実質で判断されるのです。
なぜ名義預金と判断されるのか
税務署は、以下のような状況から名義預金ではないかと疑います。
- 口座の存在を名義人本人が知らなかった。
- 通帳や印鑑、キャッシュカードを被相続人が管理していた。
- 口座の入金履歴が被相続人の収入から来ている。
- 名義人(専業主婦や学生など)の収入に見合わない多額の預金がある。
- 贈与の証拠となる「贈与契約書」がない。
これらの条件に当てはまる場合、その預金は亡くなった方の相続財産として扱われ、遺産総額に加算されてしまいます。
名義預金とみなされないための対策
生前にきちんと「贈与」として成立させておくことが大切です。そのためには、毎年「贈与契約書」を作成し、お金を渡した・もらったという双方の合意を記録に残しましょう。そして、通帳や印鑑は必ず名義人本人が管理し、自由にお金を使える状態にしておくことが重要です。
落とし穴②:亡くなる直前の「生前贈与」は無効になる
相続税対策として有効な「生前贈与」ですが、亡くなる直前に行われたものは、相続財産に加算して計算し直すルールがあります。これを知らずにいると、せっかくの対策が無駄になってしまうかもしれません。
相続開始前3年以内の贈与は持ち戻し
亡くなった日(相続開始日)から遡って3年以内に、相続人(財産を相続する人)に対して行われた贈与は、なかったものとされ、相続財産に足し戻して相続税を計算します。これを「生前贈与加算」といいます。年間110万円以下の非課税枠(暦年贈与)で行った贈与であっても、この期間内のものは加算の対象となります。
【2024年からの改正】加算期間が7年に延長!
さらに注意が必要なのが、税制改正です。2024年1月1日以降の贈与については、この持ち戻しの期間が3年から7年に延長されました。つまり、今後はより長期間にわたって計画的に贈与を行わないと、相続税対策としての効果が薄れてしまうことになります。(ただし、延長された4年分の贈与については、合計100万円までは加算の対象外です)
落とし穴③:生命保険金の非課税枠の勘違い
生命保険金は、受取人固有の財産とされ、遺産分割の対象にはなりませんが、相続税の計算上は「みなし相続財産」として課税対象に含まれます。ただし、受取人の生活保障という側面から、有利な非課税枠が設けられています。
非課税限度額の計算方法
生命保険金の非課税限度額は、以下の式で計算します。
500万円 × 法定相続人の数
例えば、法定相続人が3人(配偶者と子2人)の場合、非課税枠は1,500万円です。受け取った保険金が2,000万円であれば、差額の500万円だけが相続税の課税対象となります。
非課税枠が使えないケース
この非課税枠の最大の落とし穴は、「法定相続人」が保険金を受け取った場合にしか適用されないという点です。例えば、以下のようなケースでは非課税枠は使えません。
- 相続人ではないお孫さんが保険金を受け取った場合
- 相続放棄をした子どもが保険金を受け取った場合
これらの場合、受け取った保険金の全額が課税対象となってしまうため、受取人を誰にするかは慎重に検討する必要があります。
落とし穴④:財産より借金が多い場合の遺産分割
「父さんには借金があったから、財産と相殺すればマイナス。だから相続税はかからない」と考えるのも早計です。遺産の分け方によっては、相続税が発生する可能性があります。
相続税は「個人ごと」に計算される
相続税の計算では、まず被相続人全体の財産から債務を差し引くわけではありません。各相続人が「誰が、どの財産を、いくら相続したか」に基づいて、個人ごとに課税価格を計算します。そして、マイナスの財産を引き継いだ人の課税価格がマイナスになっても、そのマイナス分を他の相続人のプラスの財産から差し引くことはできません。マイナスになった人の課税価格は「0円」として扱われます。
具体的なケースで見てみよう
例えば、相続人が長男と次男の2人で、以下のように遺産を分けたとします。
相続人 | 相続した財産・債務 |
長男 | 不動産(6,000万円)と借入金(7,000万円) |
次男 | 現金(3,000万円)のみ |
この場合、長男が相続した純資産はマイナス1,000万円ですが、相続税の計算上は「0円」となります。一方で、次男は3,000万円の現金を相続しているため、この3,000万円が課税対象となる可能性があります。家族全体で見れば財産はプラス2,000万円ですが、次男に相続税がかかる可能性があるのです。債務を誰が引き継ぐかによって、納税額が大きく変わるため、遺産分割は慎重に行う必要があります。
まとめ
「うちは相続税がかからない」という思い込みには、たくさんの意外な落とし穴が潜んでいます。特に、遺産総額が基礎控除額のギリギリのラインにある方は注意が必要です。
・特例を使うなら納税額がゼロでも申告が必要
・家族名義の「名義預金」は相続財産とみなされる
・亡くなる前7年以内の「生前贈与」は加算される
・「生命保険金」の非課税枠は相続人しか使えない
・借金の分け方次第では相続税が発生する
これらのポイントをしっかりと押さえておきましょう。ご自身の状況で少しでも不安な点があれば、相続税の申告期限(亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内)が来る前に、一度専門家へ相談してみることをお勧めします。正しい知識を持つことが、円満な相続への第一歩です。
参考文献
相続税の意外な落とし穴に関するよくある質問まとめ
Q. 相続税の基礎控除額はいくらですか?計算方法を教えてください。
A. 相続税の基礎控除額は「3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数」で計算します。法定相続人の数え方を間違えると基礎控除額も変わるため注意が必要です。例えば、養子や代襲相続人も法定相続人に含まれる場合があります。
Q. 死亡保険金を受け取りましたが、これも相続税の対象になりますか?
A. はい、死亡保険金は「みなし相続財産」として相続税の課税対象になります。ただし、「500万円 × 法定相続人の数」までは非課税枠が適用されるため、全額が課税対象になるわけではありません。
Q. 妻や子供名義の預金は相続財産に含まれますか?
A. 被相続人が管理・運用していた預金は、たとえ名義が配偶者やお子様のものであっても「名義預金」と判断され、相続財産に含まれる可能性があります。通帳や印鑑の管理者、資金の出所が誰であったかがポイントになります。
Q. 自宅の土地や建物の評価額はどのように決まるのですか?
A. 土地は主に国税庁が定める「路線価」を基に評価します。建物は市町村が定める「固定資産税評価額」が基準となります。市場での売買価格とは異なるため、「思ったより評価額が高く、基礎控除を超えてしまった」というケースも少なくありません。
Q. 生前に贈与した財産は相続税の計算に関係しますか?
A. 相続開始前3年以内(2024年以降の贈与は段階的に7年以内に延長)に相続人へ行われた贈与は、相続財産に加算して相続税を計算する必要があります。年間110万円以下の贈与であっても、この期間内のものは加算対象となるため注意が必要です。
Q. 死亡退職金にも相続税はかかりますか?
A. はい、死亡退職金や弔慰金なども「みなし相続財産」として相続税の対象となります。ただし、死亡保険金と同様に「500万円 × 法定相続人の数」という非課税枠が適用されます。