ご家族の相続を考えたとき、「小規模宅地等の特例」が使えるかどうかは、相続税額にとても大きな影響を与えますよね。特に、被相続人が老人ホームに入居していたり、相続人ご自身が入院していたりすると、「もう同居とは言えないから特例は使えないかも…」と不安に思われるかもしれません。今回は、被相続人と相続人がどちらも自宅を不在にしている「ダブル不在」の状況でも、小規模宅地等の特例の適用が認められるケースについて、具体的な事例をもとに優しく解説していきます。
「ダブル不在」とはどんな状況?
まず、今回解説する具体的なケースを見ていきましょう。ご自身の状況と似ているかどうか、確認してみてくださいね。
事例の概要:Aさんと長男Bさんのケース
被相続人であるAさん(お父様)と、相続人である長男のBさんは、もともと同じ家で一緒に暮らしていました。しかし、相続が始まる前に、それぞれご事情があってご自宅を離れることになりました。
| 時系列 | 出来事 |
| ×5年3月1日 | 長男Bさんが病気治療のため入院を開始しました。 |
| ×6年2月1日 | Aさんも介護が必要になり、老人ホームに入居しました。(※この施設は特例の要件を満たす施設です) |
| ×7年1月1日 | Aさんが亡くなり、相続が開始されました。 |
この結果、相続が始まったときには、Aさんは老人ホームに、Bさんは病院におり、お二人ともご自宅にはいない「ダブル不在」という状況になってしまいました。
なぜ「ダブル不在」が問題になるの?
小規模宅地等の特例を受けるためには、原則として「被相続人が住んでいた家」に「相続人も一緒に住んでいる」ことが求められます。そのため、お二人ともご自宅にいないと、「居住」や「同居」の要件を満たしていないのではないか?という疑問が生じるのです。これが、ダブル不在の状況で特例の適用が難しく見える理由です。
そもそも「小規模宅地等の特例」とは?
複雑なケースを考える前に、まずは基本となる「小規模宅地等の特例」について簡単におさらいしましょう。
土地の評価額が80%も減額される強力な制度
小規模宅地等の特例とは、亡くなった方(被相続人)が住んでいた土地などを相続した場合に、一定の要件を満たせば、その土地の評価額を最大で80%も減額できる制度です。例えば、5,000万円と評価される土地なら、80%減額されると1,000万円の評価額で相続税を計算できるため、税負担を大幅に軽くすることができます。この特例が適用できる宅地を「特定居住用宅地等」といい、330㎡までの部分について減額が受けられます。
特定居住用宅地等の主な適用要件(同居親族の場合)
相続人が、被相続人と同居していた親族である場合に、この特例を受けるための主な要件は以下の通りです。
| 要件 | 内容 |
| 取得者 | 被相続人と同居していた親族であること。 |
| 所有継続要件 | 相続開始時から相続税の申告期限まで、その宅地を所有し続けていること。 |
| 居住継続要件 | 相続開始時から相続税の申告期限まで、その家屋に住み続けていること。 |
今回のケースでは、Bさんがこの「同居していた親族」に該当し、「居住継続要件」を満たせるかどうかがポイントになります。
論点① 被相続人が老人ホームに入居している場合
まず、被相続人であるAさんが老人ホームに入居していた点について考えてみましょう。自宅を離れていても、特例の対象となる「居住していた」と認められるケースがあります。
被相続人の「居住」が継続していると認められる要件
被相続人が亡くなる直前に老人ホームなどに入居していた場合でも、次の要件をすべて満たせば、そのご自宅は「被相続人が居住していた宅地」として扱われます。
| 要件 | 具体的な内容 |
| 被相続人の状態 | 亡くなる前に要介護認定または要支援認定を受けていたこと。 |
| 入居していた施設 | 老人福祉法に規定される施設(特別養護老人ホームなど)や、介護保険法に規定される介護老人保健施設、サービス付き高齢者向け住宅など、法律で定められた施設であること。 |
| ご自宅の状況 | 老人ホームに入居後、ご自宅を誰かに貸したり、事業に使ったりしていないこと。 |
今回の事例では、Aさんが入居した施設はこれらの要件を満たしているという前提ですので、Aさんが老人ホームにいたことは、特例を適用する上で問題にはなりません。
論点② 相続人が病気で入院している場合
次に、相続人であるBさんが入院していた点です。これが今回のケースの最も重要なポイントになります。
「同居」の判断基準は「生活の拠点」がどこか
税法上の「同居」は、単に同じ建物に寝起きしているという形式的な事実だけでなく、「生活の拠点」がどこにあるかという実態で判断されます。つまり、一時的に家を離れていても、生活の基盤がその家にあり、いずれ戻ってくるつもりであれば、同居は継続していると考えられるのです。
入院が「一時的な不在」と認められる理由
Bさんの入院は、病気治療というやむを得ない理由によるものです。このような場合、以下の点から「一時的な不在」であり、生活の拠点はご自宅のままだったと判断されやすいです。
- 住民票を移していない:住民票がご自宅の住所のままであることは、生活の拠点が変わっていないことを示す有力な証拠になります。
- 退院後に戻る意思がある:治療が目的であり、退院後はご自宅に戻って生活を再開する意思があることが重要です。
- 家財道具がそのまま:身の回りの品や家具などがご自宅に置かれたままであることも、生活の基盤がそこにあることを示します。
これらの状況から、Bさんの入院はあくまで治療のための一時的なものと判断され、相続開始時点で入院中であっても、Aさんとの同居は継続していたと認められる可能性が非常に高いのです。
結論:ダブル不在でも特例の適用は可能です
ここまでの話を整理すると、今回の「ダブル不在」のケースでは、以下の理由から小規模宅地等の特例が適用できると考えられます。
- 被相続人Aさんについて:要件を満たす老人ホームへの入居であったため、ご自宅は「居住の用に供されていた宅地」と認められます。
- 相続人Bさんについて:治療のための入院は一時的な不在であり、生活の拠点はご自宅にあったため、「被相続人と同居していた親族」と認められます。
この2つの条件がクリアされるため、長男Bさんは、Aさんから相続したご自宅の土地について、小規模宅地等の特例の適用を受けることができるのです。
まとめ
今回は、被相続人が老人ホーム、相続人が病院という「ダブル不在」の状況でも、小規模宅地等の特例が適用できることを解説しました。一見すると特例の適用は難しいように思える複雑なケースでも、「居住」や「同居」の実態を一つひとつ丁寧に確認していくことで、適用が認められることがあります。ただし、税務署への説明が難しいケースでもありますので、ご自身の状況で不安な点があれば、必ず税理士などの専門家にご相談くださいね。
参考文献
小規模宅地等の特例「ダブル不在」ケースのよくある質問まとめ
Q.被相続人が老人ホーム、相続人が病院にいる「ダブル不在」でも小規模宅地等の特例は使えますか?
A.はい、要件を満たせば適用可能です。被相続人が要介護認定を受けて特定の施設に入居し、相続人が治療のために入院している場合、両者とも生活の拠点は元の自宅にあるとみなされ、同居が継続していたと判断されるためです。
Q.相続開始時に誰も家に住んでいなくても「同居」と認められるのはなぜですか?
A.税法上、やむを得ない理由(介護や治療)での一時的な転居は、生活の拠点が移動したとは考えないためです。退去後に自宅に戻る意思があれば、元の自宅が生活の拠点とみなされ、同居関係が継続していると判断されます。
Q.相続人の入院が長期にわたる場合でも、同居親族と認められますか?
A.はい、入院の目的が病気治療であり、退院後は自宅に戻る予定であれば、入院期間の長短は問われません。生活の拠点が自宅にあることに変わりはないため、同居親族の要件を満たすと判断される可能性が高いです。
Q.特例を適用するために、被相続人の老人ホーム入居に関する条件はありますか?
A.はい、被相続人が要介護認定または要支援認定を受けていること、入居した施設が老人ホームなど特定の施設であること、そして相続開始まで自宅を事業用や賃貸用に使っていなかったことなどが主な条件となります。
Q.相続人が入院していたことを証明する必要はありますか?
A.はい、税務署に同居が継続していたと認めてもらうために、入院が治療目的であったことを客観的に示す書類(診断書や入院証明書など)の提出を求められる場合があります。
Q.この特例を使うと、土地の評価額はどのくらい減額されますか?
A.特定居住用宅地等の特例が適用されると、土地の面積330㎡を限度として、評価額を80%減額することができます。これにより、相続税の負担を大幅に軽減できる可能性があります。