ご家族が遺した大切な農地を相続したとき、相続税の申告で「市街地農地等の評価明細書」という書類の提出が必要になることがあります。専門用語が多くて、どこから手をつけていいかわからない…と不安に感じていらっしゃるかもしれませんね。でも、ご安心ください。この書類は、一つひとつの項目を順番に確認していけば、ご自身でも作成することが可能です。この記事では、市街地農地等の評価明細書の書き方について、記入例も交えながらステップごとに優しく解説していきます。
市街地農地等の評価明細書とは?
「市街地農地等の評価明細書」は、相続税や贈与税を計算する際に、市街地にある農地(市街地農地)やその周辺の農地(市街地周辺農地)の価値(評価額)を算定するために作成し、税務署に提出する書類です。市街地にある農地は、将来的に宅地として利用される可能性が高いため、通常の農地とは異なる特別な方法で評価する必要があるんですね。この明細書は、その複雑な計算過程を明らかにするための大切な書類になります。
市街地農地と市街地周辺農地の違いって?
まず、ご自身の農地がどちらに当てはまるかを知ることが第一歩です。この2つの大きな違いは、「宅地にするための手続きの難易度」にあります。簡単に言うと、市街地農地は比較的簡単に宅地に転用できるのに対し、市街地周辺農地は転用するために都道府県知事などの許可が必要になります。
どちらに該当するかは、国税庁のホームページにある「評価倍率表」で確認できます。ご自身の農地がある市区町村のページを開き、「農地」の欄を見てみましょう。
評価倍率表の記載 | 農地の種類 |
「比準」または「市比準」 | 市街地農地 |
「周比準」 | 市街地周辺農地 |
「純」や「中」 | 純農地や中間農地(今回は対象外です) |
この区分によって評価方法が変わってきますので、必ず最初に確認してくださいね。
どの評価方法を使うの?
農地の種類がわかったら、次に評価方法を確認します。評価方法は主に2つです。
宅地比準方式
「もしこの農地が宅地だったら、いくらの価値になるか」という考え方で評価する方法です。宅地としての評価額から、農地を宅地にするためにかかる工事費用(宅地造成費)を差し引いて計算します。多くの市街地農地でこの方法が使われます。
倍率方式
農地の固定資産税評価額に、国税庁が定めた一定の倍率を掛けて評価額を計算する方法です。評価倍率表に具体的な倍率(例:「1.1」など)が記載されている場合に用います。
市街地周辺農地の場合は、少し特別です。まず宅地比準方式で市街地農地として評価額を計算し、その金額に80%を掛けて最終的な評価額を算出します。これは、宅地への転用許可がまだ下りていない点を考慮して、評価額が少し低くなるよう調整されているためです。
評価明細書を書く前の準備
明細書を書き始める前に、いくつか手元に揃えておきたい書類や情報があります。これらを準備しておくと、スムーズに作業を進めることができますよ。
必要な書類を揃えよう
以下の書類をご準備ください。農地の正確な情報を知るために不可欠です。
- 固定資産税課税明細書:毎年市区町村から送られてくる固定資産税の納税通知書に同封されています。所在地番や地積、固定資産税評価額が記載されています。
- 登記事項証明書(登記簿謄本):法務局で取得できます。土地の正確な地番や地積を確認できます。
- 公図や測量図:土地の形状や隣地との境界を確認するために使います。法務局で取得できる場合があります。
国税庁のホームページで情報を確認
評価額の計算には、国税庁が公表している情報を使います。事前にブックマークしておくと便利です。
- 路線価図・評価倍率表:相続があった年のものを確認します。農地の区分や、路線価地域か倍率地域かなどを調べます。
- 宅地造成費の金額表:都道府県ごとに定められています。農地を宅地にするための工事費用の単価が載っています。
【項目別】市街地農地等の評価明細書の書き方(宅地比準方式)
ここからは、明細書の各項目について、書き方を具体的に見ていきましょう。最も一般的な「宅地比準方式」を例にご説明します。
基本情報の記入
明細書の上部には、評価対象となる農地の基本情報を記入します。「所在地番」「現況地目」「地積」などの欄がありますので、登記事項証明書や固定資産税課税明細書を見ながら、正確に書き写しましょう。現況地目は、登記上の地目(例:畑)と現在の利用状況が同じであれば、そのまま記入します。
「宅地であるとした場合の価額」の計算
ここが評価の核心部分です。「もしこの農地が宅地だったら」の価額を計算します。農地が「路線価地域」にあるか「倍率地域」にあるかで計算方法が異なります。
- 路線価地域の場合:路線価図で農地の前面道路に定められた路線価(1㎡あたりの価格)を調べ、それに土地の形状に応じた補正(奥行価格補正など)を行って1㎡あたりの価額を算出します。
- 倍率地域の場合:農地に最も状況が似ている近くの宅地(近傍宅地)の1㎡あたりの固定資産税評価額を基準にします。その評価額に、評価倍率表で定められた宅地の倍率を掛けて1㎡あたりの価額を算出します。
計算した1㎡あたりの価額を、明細書の「③1㎡当たりの宅地であるとした場合の価額」の欄に記入します。
「宅地造成費」の計算
次に、農地を宅地にするために必要な工事費用、宅地造成費を計算します。この費用は評価額から差し引くことができるため、節税において非常に重要なポイントです。国税庁の「宅地造成費の金額表」を見ながら、該当する工事費を計算しましょう。
造成費の主な項目 | 内 容 |
整地費 | 土地のでこぼこを平らにする費用です。 |
伐採・抜根費 | 土地に木が生えている場合に、伐採して根を取り除く費用です。 |
土盛費 | 道路より土地が低い場合に、土を入れて道路の高さまで上げる費用です。 |
土止費 | 土盛りをした際に、土が崩れないように擁壁(ようへき)を作る費用です。 |
これらの費用は、現地の状況によって必要かどうかが変わります。例えば、平らな農地であれば土盛費や土止費はかかりません。必要な工事費を合計し、それを地積で割って「⑥1㎡当たりの宅地造成費」を算出します。
最終的な評価額の算出
最後に、これまで計算した数字を使って最終的な評価額を算出します。計算式は以下の通りです。
(③1㎡当たりの宅地であるとした場合の価額 - ⑥1㎡当たりの宅地造成費) × ①地積 = ⑦評価額
この計算結果が、その市街地農地の相続税評価額となります。市街地周辺農地の場合は、この金額にさらに80%を掛けるのを忘れないでくださいね。
【記入例】倍率地域にある市街地農地を評価してみよう
言葉だけだと少し難しいかもしれませんので、具体的な数字を使って評価額を計算してみましょう。
【前提条件】
- 農地の種類:市街地農地(倍率地域)
- 地積(①):500㎡
- 近傍宅地の1㎡あたり固定資産税評価額:40,000円
- 宅地の評価倍率:1.1倍
- 土地の形状などを考慮した補正率:0.97
- 必要な宅地造成費:整地費のみ(1㎡あたり800円)
【計算手順】
- 1㎡当たりの宅地であるとした場合の価額(③)を計算
40,000円 × 1.1倍 × 0.97 = 42,680円 - 1㎡当たりの宅地造成費(⑥)を記入
整地費のみなので 800円 - 最終的な評価額(⑦)を計算
(42,680円 - 800円) × 500㎡ = 20,940,000円
この農地の相続税評価額は「20,940,000円」となります。この数値を明細書のそれぞれの欄に記入していきます。
評価する際の注意点
評価明細書を作成する上で、いくつか気をつけておきたいポイントがあります。評価額を正しく計算するために、ぜひ覚えておいてください。
現地調査は必ず行う
宅地造成費を正確に計算するためには、必ず現地を確認することが大切です。地図や写真だけではわからない土地の高低差や、樹木の有無、擁壁の状態などを自分の目で見ることで、必要な造成費を漏れなく計上できます。これが評価額を適切に下げることにつながります。
地積規模の大きな宅地の評価に該当する場合
三大都市圏で500㎡以上、それ以外の地域で1,000㎡以上の広い宅地(農地含む)は、「地積規模の大きな宅地の評価」という特例を使える可能性があります。この特例を適用すると、その広さゆえに売却しにくいといった点を考慮して、評価額をさらに減額できることがあります。適用できるかどうか、要件を確認してみましょう。
宅地への転用が困難な場合
急な傾斜地であったり、多額の造成費用がかかりすぎて「宅地比準方式」で計算すると評価額がマイナスになってしまったりする場合など、経済的・物理的に宅地への転用が現実的でないケースもあります。このような場合は、例外的に近隣の純農地の価額などを参考にして評価することが認められることもあります。
まとめ
今回は、「市街地農地等の評価明細書」の書き方について解説しました。最後に、大切なポイントをもう一度おさらいしましょう。
- ステップ1:評価倍率表で「市街地農地」か「市街地周辺農地」かを確認する。
- ステップ2:評価方法(主に宅地比準方式)を決定する。
- ステップ3:固定資産税課税明細書などの書類を準備し、国税庁の資料で路線価や造成費単価を調べる。
- ステップ4:「宅地であるとした場合の価額」から「宅地造成費」を差し引くことを忘れない。
市街地農地の評価は、相続税申告の中でも特に専門的な知識が求められる部分です。もし、ご自身での作成に不安を感じたり、計算が複雑で難しいと感じたりした場合は、決して無理をせず、相続に詳しい税理士などの専門家にご相談されることをお勧めします。専門家は、評価額を適正に算出するためのノウハウを持っていますので、安心して任せることができますよ。
参考文献
市街地農地等の評価明細書の書き方に関するよくある質問
Q.市街地農地等の評価明細書とは何ですか?
A.相続税や贈与税の申告において、市街化区域内にある農地(市街地農地)の価額を評価するために使用する計算書です。宅地として評価した価額から宅地造成費を差し引いて計算します。
Q.評価明細書はどこで入手できますか?
A.国税庁のウェブサイトにある「相続税の申告手続」のページから、最新の様式をPDF形式でダウンロードすることができます。
Q.「宅地比準価額」はどのように計算しますか?
A.その農地の正面路線価を基に計算します。基本的には「路線価 × 奥行価格補正率 × 地積」で算出しますが、土地の形状によっては各種補正が必要になります。
Q.「1㎡当たりの宅地造成費」はどこで確認できますか?
A.国税庁が毎年公表している「宅地造成費の金額表」で確認します。評価対象の農地が所在する都道府県の金額表を使用してください。
Q.評価明細書を作成する上で最も注意すべき点は何ですか?
A.評価する年度を間違えないことです。相続開始年(または贈与年)の路線価図や宅地造成費の金額表を必ず使用してください。年度が違うと評価額が大きく変わる可能性があります。
Q.市街地農地と市街地周辺農地の違いは何ですか?
A.どちらも市街化区域内にある農地ですが、市街地農地は宅地への転用が見込まれる農地で「宅地比準方式」で評価します。一方、市街地周辺農地は農地としての利用が相当とされ、その農地の固定資産税評価額に一定の倍率を乗じて評価します。