消費税の納税額を計算する方法には「原則課税」と「簡易課税」の2種類があります。どちらを選ぶかで納税額が大きく変わることもあるのに、なぜか事前に届け出て、後から有利な方に変更することはできません。これって、ちょっと不便に感じますよね。「どうして有利な方を自由に選べないの?」そんな疑問に、分かりやすくお答えしていきます。
そもそも原則課税と簡易課税って何が違うの?
まずは、2つの制度の基本的な違いから見ていきましょう。どちらも消費税の納付額を計算する方法ですが、その計算方法が全く違うんです。
原則課税:実際の取引に基づいて計算する方法
原則課税は、その名の通り、消費税計算の基本となる方法です。「お客様から預かった消費税」から「仕入れや経費で支払った消費税」を差し引いて、納める税額を計算します。とてもシンプルで分かりやすいですよね。実際の取引に基づいて計算するので、正確な納税額を算出できるのが特徴です。
| 計算式 | 預かった消費税額 - 支払った消費税額 = 納付する消費税額 |
| 特徴 | 実際の取引をすべて集計する必要があるため、手間がかかる。 |
簡易課税:事務負担を軽くするための特例的な方法
簡易課税は、中小企業の事務負担を減らすために作られた特例的な制度です。「お客様から預かった消費税」に、業種ごとに決められた「みなし仕入率」を掛けて、支払った消費税を「みなし」で計算します。実際に支払った消費税額を一つひとつ集計する必要がないので、経理の手間がぐっと楽になります。
| 計算式 | 預かった消費税額 - (預かった消費税額 × みなし仕入率) = 納付する消費税額 |
| 特徴 | 実際の仕入額に関係なく計算するため、事務処理が簡単。 |
簡易課税を選べるのはどんな事業者?
簡易課税は、誰でも選べるわけではありません。以下の2つの条件を満たす必要があります。
- 基準期間(個人事業主は前々年、法人は前々事業年度)の課税売上高が5,000万円以下であること。
- 適用を受けたい課税期間が始まる前日までに「消費税簡易課税制度選択届出書」を税務署に提出していること。
この「事前の届出」が、今回のテーマの重要なポイントになります。
なぜ事前の届出が必要なの?有利な方を選べない理由
ここからが本題です。なぜ、決算が終わってから「こっちの方がお得だった!」と有利な方を選んではいけないのでしょうか。これには、主に2つの理由があります。
理由①:租税回避(意図的な税金逃れ)を防ぐため
もし、申告のたびに有利な方を選べるとしたら、どうなるでしょうか。例えば、大きな設備投資をして多額の消費税を支払った年は、支払った消費税を全額控除できる原則課税を選んで還付を受け、逆に、あまり経費がかからなかった年は、みなし仕入率で有利になる簡易課税を選ぶ、ということが可能になります。これを「有利な方を選択する」と言えば聞こえはいいですが、税務署から見れば「意図的に納税額を操作する行為」、つまり租税回避と見なされてしまう可能性があるのです。税の公平性を保つために、こうした選択は認められていないんですね。
理由②:国の税収を安定させるため
もう一つの理由は、国の税収を安定させるためです。事業者が毎年自由に計算方法を変えられると、国の消費税収が不安定になってしまいます。景気の変動によって、多くの事業者が一斉に還付を受けられる原則課税を選択するような事態が起これば、国の予算計画に大きな影響を与えかねません。事前にどちらの制度を選択するかを把握しておくことで、国はある程度の税収を予測し、安定した財政運営を行うことができるのです。
「一度選んだら2年間は変更不可」の厳しいルール
事前の届出が必要なだけでなく、簡易課税にはさらに厳しいルールがあります。それは、一度簡易課税を選択すると、原則として2年間は原則課税に戻せないというものです。
なぜ2年間の継続適用が必要なの?
これも、理由①の租税回避を防ぐための措置です。もし1年ごとに変更できると、「来年は大きな設備投資があるから、今年は簡易課税にして、来年は原則課税に戻そう」といった計画的な税負担の軽減が可能になってしまいます。2年間という期間を設けることで、短期的な損得勘定だけで制度を使い分けることを防いでいるのです。
変更できないことによるデメリットとは?
この「2年縛り」には、もちろんデメリットもあります。簡易課税を選んだ翌年に、急遽、高額な機械を購入することになった場合を考えてみましょう。原則課税であれば、支払った多額の消費税が控除されて、消費税が還付される可能性もあります。しかし、簡易課税を選択していると、実際の支払額は関係なく「みなし」で計算されるため、還付は受けられません。むしろ、売上に応じて納税額が発生してしまいます。このように、予測していなかった大きな支出があった場合に、不利になる可能性があることは知っておく必要があります。
届出を忘れてしまったらどうなるの?
簡易課税制度を利用したい場合、「消費税簡易課税制度選択届出書」を、適用を受けたい課税期間の初日の前日までに提出する必要があります。もし、この提出を忘れてしまったらどうなるのでしょうか。
答えはシンプルで、自動的に原則課税が適用されます。後から「やっぱり簡易課税にしたかった」と言っても、残念ながらその課税期間については変更できません。次の課税期間から簡易課税を適用したい場合は、改めて期限内に届出書を提出する必要があります。届出の期限はとても重要なので、カレンダーに印をつけるなどして、絶対に忘れないようにしましょう。
結局、どっちを選べばいいの?判断のポイント
では、どちらの制度を選ぶべきか、判断するためのポイントを整理してみましょう。事前の届出が必要だからこそ、慎重な判断が求められます。
簡易課税が有利になりやすいケース
簡易課税が有利になるのは、実際の経費率が「みなし仕入率」よりも低い場合です。特に、以下のような事業者に当てはまりやすいです。
- 人件費(給与)の割合が高いサービス業(デザイナー、コンサルタントなど)
- 仕入れがほとんどないフリーランス
- 今後2年間、大きな設備投資の予定がない事業者
事務負担をとにかく軽くしたい、という方にも簡易課税はおすすめです。
原則課税が有利になりやすいケース
一方、原則課税が有利になるのは、実際の経費率が「みなし仕入率」よりも高い場合です。具体的には、以下のようなケースが考えられます。
- 仕入れの割合が高い小売業や卸売業
- 外注費の割合が高い建設業など
- 今後、店舗の改装や高額な機械の購入など、大きな設備投資を予定している事業者
- 輸出取引を行っており、消費税の還付が見込める事業者
赤字で、支払った消費税の方が預かった消費税より多い場合も、原則課税なら還付を受けられる可能性があります。
判断に迷ったらシミュレーションを!
どちらがお得になるかは、事業内容や将来の計画によって大きく異なります。一番確実なのは、過去の決算書などを使って、両方の方法で納税額をシミュレーションしてみることです。もし今後大きな設備投資を計画しているなら、それも考慮に入れて計算してみましょう。自分で判断するのが難しい場合は、税理士などの専門家に相談するのが安心です。
まとめ
今回は、消費税の簡易課税と原則課税で事前の届出が必要な理由について解説しました。ポイントをまとめると以下の通りです。
- 有利な方を後から選べないのは、租税回避を防ぎ、税の公平性を保つため。
- また、国の税収を安定させるという目的もある。
- 簡易課税は一度選択すると2年間は変更できないため、将来の事業計画も考慮して慎重に選ぶ必要がある。
- どちらを選ぶか迷ったら、事前に納税額をシミュレーションしてみることが大切。
事前の届出が必要なのは、一見すると不便に感じるかもしれません。しかし、それは税制度の公平性と安定性を維持するために必要なルールなのです。この仕組みをしっかり理解して、ご自身の事業に最適な方法を選択してくださいね。
参考文献
消費税の簡易課税・原則課税の選択に関するよくある質問まとめ
Q.なぜ消費税の課税方式(原則課税・簡易課税)は、決算時に有利な方を選べないのですか?
A.税の公平性を保ち、納税者が毎年意図的に税額を操作するのを防ぐためです。事前の届出を必須とすることで、計画的な納税と安定した税収確保を図っています。
Q.簡易課税制度を選択するには、いつまでに何をすればいいですか?
A.簡易課税制度の適用を受けたい課税期間の初日の前日までに、「消費税簡易課税制度選択届出書」を所轄の税務署に提出する必要があります。
Q.一度、簡易課税を選択したら、ずっと変更できないのでしょうか?
A.いいえ、変更は可能です。ただし、簡易課税制度は最低2年間継続して適用する必要があります。原則課税に戻す場合は、「消費税簡易課税制度選択不適用届出書」を、変更したい課税期間の初日の前日までに提出します。
Q.原則課税と簡易課税、どちらが有利になるかの判断基準はありますか?
A.一般的に、仕入や経費にかかる消費税額が、売上にかかる消費税額に「みなし仕入率」を掛けた金額より多い場合は「原則課税」が有利、少ない場合は「簡易課税」が有利になる傾向があります。
Q.届出を忘れてしまいました。今から簡易課税に変更できますか?
A.残念ながら、適用を受けたい課税期間が始まってからの変更はできません。届出は期限内に行う必要があり、次の課税期間から適用されることになります。
Q.インボイス制度が始まって、簡易課税の有利不利に影響はありますか?
A.簡易課税を選択している場合、インボイスの保存は不要で、計算方法も変わりません。しかし、原則課税の事業者にとってはインボイスの有無が仕入税額控除に直接影響するため、どちらの制度が自社にとって有利になるか、より慎重な検討が必要です。