ご両親が大切に経営してきたアパート。将来、お子さん二人に相続させるにあたり、「どうすれば公平に分けられるだろうか」「相続が原因で兄弟の仲が悪くなったらどうしよう」と、不安に感じていらっしゃいませんか?不動産、特に収益を生むアパートの相続は、現金のように単純に分けられないため、準備をしないとトラブルの種になりがちです。この記事では、アパート一棟をお子さん二人に円満に相続してもらうために、親として今からできる具体的な対策を、わかりやすく丁寧にご紹介します。
なぜアパート一棟の相続は揉めやすいのか?
まず、なぜアパート一棟の相続が「争族」に発展しやすいのか、その理由を知ることから始めましょう。原因がわかれば、対策も立てやすくなります。
分けにくい財産「不動産」の特性
相続財産が1億円あったとして、それが現金であれば子供二人に5,000万円ずつ分けるのは簡単です。しかし、評価額1億円のアパート一棟となると話は別です。物理的に真っ二つに分けることはできませんし、評価額は高くてもすぐに現金化できるとは限りません。このように、不動産は「分割しにくい」「現金化しにくい」という特性を持っているため、誰がどのように相続するかで意見が食い違いやすいのです。
収益と管理負担の不公平感
アパートは家賃収入という「プラス」の面と、修繕や入居者対応などの管理という「マイナス」の面を併せ持ちます。例えば、兄がアパートの管理をすべて引き受け、弟は何も手伝わないのに、家賃収入だけは半分ずつ、となればどうでしょう。管理の手間や費用を負担している兄からすれば、「不公平だ」という不満が募るのは当然です。この収益と負担のアンバランスが、兄弟間の溝を深める原因になります。
経営方針をめぐる意見の対立
アパート経営は、長期的な視点での判断が求められます。「空室対策のために大規模なリフォームをすべきだ」と考える子供と、「できるだけお金をかけずに現状維持でいきたい」と考える子供。あるいは、「将来のために持ち続けたい」と考える子供と、「早く売却して現金で分けたい」と考える子供。それぞれの価値観や経済状況が違うため、経営方針をめぐって意見が対立し、身動きが取れなくなってしまうケースも少なくありません。
アパートを公平に分けるための4つの遺産分割方法
では、分けにくいアパートをどのように分ければ、子供たちが納得できるのでしょうか。遺産分割には主に4つの方法があります。それぞれのメリット・デメリットを理解し、ご自身の家族に合った方法を検討することが大切です。
現物分割|アパートは長男、他の財産は次男へ
これは、遺産をそのままの形で分ける方法です。例えば、「長男がアパート(評価額5,000万円)を相続し、次男が預貯金(5,000万円)を相続する」といった形です。アパート以外にも同程度の価値の財産があれば、公平に分けやすく、手続きも比較的シンプルです。しかし、財産がアパート一棟しかない場合は、この方法は使えず、不公平感を生む原因となります。
メリット | 手続きが比較的シンプルで、アパートを売却せずに済む。 |
デメリット | 他に同程度の価値の財産がないと、著しく不公平になる。 |
代償分割|アパートを相続した方がお金を払う
子供の一方(例:長男)がアパート一棟を相続する代わりに、もう一方の子供(例:次男)に対して、法定相続分に見合う現金(代償金)を支払う方法です。例えば、評価額8,000万円のアパートを長男が相続する場合、次男に4,000万円を支払うことで公平性を保ちます。アパート経営を続けたい子供がいる場合に有効ですが、アパートを相続する側に代償金を支払うだけの資金力が必要になります。
メリット | アパートを売却せず、特定の子供に引き継がせつつ、公平性を保てる。 |
デメリット | アパートを相続する側に、多額の現金を準備する必要がある。 |
換価分割|アパートを売却して現金で分ける
最もシンプルで公平な方法が、アパートを売却して現金化し、そのお金を兄弟で分ける「換価分割」です。これなら誰の目にも公平で、後々のトラブルも起こりにくいでしょう。ただし、思い出のあるアパートを手放すことになりますし、売却には時間がかかったり、希望の価格で売れなかったりするリスクもあります。また、売却益に対して譲渡所得税がかかる点も注意が必要です。
メリット | 誰が見ても公平な分割ができ、管理の負担からも解放される。 |
デメリット | 売却に手間と時間がかかる。譲渡所得税などの税金が発生する。 |
共有分割|兄弟で共同オーナーになる
アパートを兄弟二人の共有名義で相続する方法です。一見、平等に見えますが、将来的に最もトラブルに発展しやすいため、原則として避けるべき方法と言えます。なぜなら、家賃の分配、修繕、売却など、何かを決めるたびに二人の合意が必要になり、意見が対立すると経営が停滞してしまうからです。さらに、兄弟のどちらかに相続が発生(二次相続)すると、その子供たち(甥や姪)も権利者に加わり、関係がどんどん複雑になってしまいます。
円満相続のために親ができる生前対策
相続トラブルを防ぐためには、相続が発生してから慌てるのではなく、ご自身が元気なうちに準備を進めておくことが何よりも重要です。親としてできる具体的な生前対策をご紹介します。
家族会議で意思を共有する
まずは、お子さん二人を交えて家族会議を開きましょう。「このアパートをどうしたいか」「誰かに経営を引き継いでほしいか」「子供たちはどう考えているのか」といった、お互いの気持ちを正直に話し合うことが第一歩です。親の想いを伝えることで、子供たちの納得感が深まりますし、子供たちの本音を知ることで、最適な相続方法が見えてきます。
遺言書を作成して分け方を指定する
話し合いで方針が決まったら、その内容を法的な効力のある「遺言書」として残しましょう。「アパートは長男に相続させる。その代わり、長男は次男に代償金として〇〇円を支払うこと」というように具体的に指定することで、子供たちが遺産分割協議で揉めるのを防げます。遺言書には自筆で書くものもありますが、不備があると無効になるリスクもあるため、公証役場で作成する「公正証書遺言」が最も確実でおすすめです。
生命保険を活用して納税資金・代償金を準備する
代償分割を行う際の「代償金」や、相続税の「納税資金」を準備するのに非常に有効なのが生命保険です。親が自分を被保険者、アパートを相続する子供を受取人として生命保険に加入しておけば、相続発生時にまとまった現金を遺すことができます。死亡保険金は受取人固有の財産なので遺産分割の対象外ですし、「500万円 × 法定相続人の数」という非課税枠もあります。子供二人なら1,000万円まで非課税で現金を遺せる、強力な対策です。
生前贈与で財産を減らしておく
相続税の負担を少しでも軽くするために、元気なうちから計画的に財産を子供たちに渡していく「生前贈与」も有効です。年間110万円までなら贈与税がかからない「暦年贈与」という制度を活用し、アパート以外の預貯金などを少しずつ贈与していくことで、将来の相続財産全体を圧縮できます。ただし、相続開始前3年(2024年以降は段階的に7年に延長)以内に行われた贈与は相続財産に持ち戻されるルールがあるため、早めに始めることが肝心です。
知っておきたい!アパート相続の税金と特例
アパート相続を考える上で、税金の話は避けて通れません。基本的な仕組みと、使えると非常に有利になる特例について解説します。
相続税の基礎控除とアパートの評価額
相続税は、すべての財産にかかるわけではありません。財産の合計額が「基礎控除額」を超えた場合にのみ、その超えた部分に対して課税されます。基礎控除額の計算式は以下の通りです。
基礎控除額 = 3,000万円 + (600万円 × 法定相続人の数)
お子さん二人が相続人の場合、法定相続人は2人なので、基礎控除額は「3,000万円 + (600万円 × 2人) = 4,200万円」となります。遺産総額がこの金額以下であれば、相続税はかからず、申告も不要です。
また、アパートの相続税評価額は、現金とは計算方法が異なります。
建物の評価額 | 固定資産税評価額 × (1 – 借家権割合30% × 賃貸割合) |
土地の評価額(貸家建付地) | 自用地評価額 × (1 – 借地権割合 × 借家権割合30% × 賃貸割合) |
このように、人に貸している不動産は評価額が低くなるため、現金で持っているよりも相続税対策として有利に働くことが多いです。
大幅な節税効果!小規模宅地等の特例
アパートの敷地については、さらに強力な節税制度があります。それが「小規模宅地等の特例」です。アパート経営のような貸付事業に使われていた土地は、200㎡までの部分について、評価額を50%も減額できるのです。例えば、評価額4,000万円の土地(200㎡)なら、評価額を2,000万円にまで下げることができます。ただし、相続税の申告期限までアパート経営を継続するなどの要件があるため、適用できるかしっかりと確認が必要です。
相続税の申告と納税
「被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内」に行う必要があります。期限は意外と短く、手続きも複雑です。また、納税は原則として現金一括払いです。納税資金が足りずに、結局アパートを慌てて売却する、といった事態にならないよう、生前の納税資金対策が極めて重要になります。
二次相続も見据えた長期的な視点を持とう
相続を考える際には、今回の相続(一次相続)だけでなく、その次に起こる相続(二次相続)まで見据えることが大切です。例えば、ご夫婦の一方(例:お父様)が亡くなった際、配偶者であるお母様が財産の多くを相続すると、「配偶者の税額の軽減」という特例により、一次相続の税金は非常に安く、あるいはゼロになることもあります。
しかし、その後お母様が亡くなった二次相続では、子供たちだけで相続することになります。このとき、配偶者の税額の軽減は使えず、法定相続人の数も減るため基礎控除額も少なくなります(子供2人なら4,200万円)。結果として、一次相続と二次相続のトータルの相続税額でみると、かえって高くなってしまうケースがあるのです。一次相続の段階から、子供に直接財産を渡すことも含めて、税理士などの専門家と一緒にシミュレーションしてみることをお勧めします。
まとめ
アパート一棟という大切な資産を、お子さん二人に円満に引き継いでもらうためには、事前の準備がすべてと言っても過言ではありません。不動産の特性を理解し、生前の元気なうちに家族でしっかりと話し合い、遺言書や生命保険といった具体的な対策を講じることが不可欠です。何より大切なのは、節税対策だけでなく、残される家族がこれからも仲良く暮らしていけるように配慮すること。この記事が、あなたの家族にとって最善の「円満相続」への第一歩となれば幸いです。もし少しでも不安があれば、ぜひお早めに専門家にご相談ください。
【参考文献】
国税庁:No.4602 土地家屋の評価
国税庁:小規模宅地等の特例
アパート相続のよくある質問まとめ
Q. アパート一棟を子供二人で相続する場合、どのように分けるのが良いですか?
A. 主に3つの方法があります。①現物分割(アパート自体を共有名義にする)、②代償分割(一人がアパートを相続し、もう一人に代償金を支払う)、③換価分割(アパートを売却し、現金を分ける)。それぞれの家庭の状況や意向に合わせて、最適な方法を話し合うことが重要です。
Q. 相続で揉めないために、今からできる最も重要なことは何ですか?
A. 遺言書を作成することです。誰にどの財産を相続させるか明確に指定することで、相続人間の無用な争いを防ぎます。特にアパートのような分割しにくい財産がある場合は、法的に有効な遺言書の作成を強くおすすめします。
Q. アパートを長男に相続させたい場合、次男に不公平感が出ないようにするにはどうすれば良いですか?
A. 生命保険を活用する方法が有効です。親が被保険者となり、受取人を次男に指定しておくことで、アパートの価値に見合う現金を遺すことができます。この現金を代償分割の資金として利用することで、公平な相続を実現しやすくなります。
Q. 生きているうちにアパートの相続対策はできますか?
A. はい、「生前贈与」や「家族信託」といった方法があります。生前贈与で少しずつ所有権を移したり、家族信託で管理と承継の方法をあらかじめ決めておいたりできます。どちらも専門的な知識が必要なため、専門家への相談が不可欠です。
Q. アパートを相続すると、相続税はどのくらいかかりますか?
A. 相続税は、アパートの評価額や他の財産の合計額から基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を引いた金額にかかります。「小規模宅地等の特例」が適用できれば評価額を大幅に減らせるため、税理士に試算してもらうと良いでしょう。
Q. 相続の準備について、誰に相談すれば良いのでしょうか?
A. 相談内容によって専門家が異なります。遺言書や法律関係は弁護士・司法書士、相続税のことは税理士、不動産の評価や活用は不動産会社などです。まずは信頼できる専門家を見つけ、総合的なアドバイスを受けることをおすすめします。