ご家族がオーストラリアに財産を残して亡くなられた場合、日本の相続手続きとは異なる点が多く、戸惑ってしまう方も少なくないかもしれませんね。特に、海外の法律や英語でのやり取りには不安を感じるものです。この記事では、オーストラリアに相続財産がある場合の相続手続きについて、税金のことから具体的な流れ、そして日本にお住まいの方が注意すべきポイントまで、できるだけ分かりやすく、丁寧にご説明していきます。一緒に一つずつ確認していきましょう。
オーストラリアの相続、まず知っておきたい税金の基本
海外の財産を相続するうえで、まず気になるのが税金のことではないでしょうか。実は、オーストラリアの税制度には、日本のものとは大きな違いがあります。嬉しいポイントもありますが、知っておかないと思わぬ税金がかかってしまうこともあるので、基本をしっかり押さえておきましょう。
相続税・贈与税は原則なし!でも注意点も
驚かれるかもしれませんが、現在のオーストラリアには、日本でいう相続税や贈与税は存在しません。これは、1979年に連邦レベルで相続税が廃止され、その後すべての州でも廃止されたためです。そのため、オーストラリア国内にある財産を相続したり、贈与されたりしても、オーストラリアで相続税や贈与税が課されることはありません。これは、相続人にとって非常に大きなメリットと言えますね。ただし、これはあくまで「オーストラリア国内での課税」に関するお話です。注意すべき点については、後ほど詳しくご説明します。
キャピタルゲイン税(CGT)がかかるケース
相続税はないものの、注意したいのがキャピタルゲイン税(Capital Gains Tax, CGT)です。これは、相続した資産、例えば不動産や株式などを売却して利益(キャピタルゲイン)が出た場合に、その利益に対して課される所得税の一種です。相続した時点では課税されませんが、それを手放して利益が確定したタイミングで課税対象となります。また、生前贈与の場合でも、贈与した財産の時価が取得したときの価格を上回っていると、その差額がキャピタルゲインとみなされ、贈与者に所得税が課されることがありますので覚えておきましょう。
日本の相続税との関係
「オーストラリアで相続税がかからないなら安心」と思われるかもしれませんが、そうとは限りません。被相続人(亡くなった方)か相続人のどちらかが日本に住んでいる場合、日本の相続税法が適用される可能性があります。日本の相続税法では、国内だけでなく海外にある財産もすべて含めて課税対象とする「全世界課税」が原則となっています。誰がどの財産に対して納税義務を負うかは、被相続人と相続人の住所や国籍によって細かく定められています。
| 被相続人と相続人の状況 | 課税対象となる財産 |
| 被相続人・相続人ともに日本居住(過去10年以内) | 国内財産 + 国外財産 |
| 被相続人(日本居住)・相続人(日本非居住) | 国内財産 + 国外財産(※相続人が日本国籍を持つなど一定の条件あり) |
| 被相続人(日本非居住)・相続人(日本居住) | 国内財産 + 国外財産 |
| 被相続人・相続人ともに日本非居住(過去10年以内) | 国内財産のみ(※一定の条件を満たす場合は国外財産も対象) |
オーストラリアの相続手続き「プロベート(Probate)」とは?
オーストラリアの相続手続きを理解するうえで、最も重要なキーワードが「プロベート(Probate)」です。これは、日本の家庭裁判所で行う「検認」とは全く異なるもので、相続手続きの根幹をなす法的なプロセスです。具体的には、裁判所が遺言書の有効性を法的に確認し、遺言書で指名された遺言執行者に対して、遺産を管理・分配する権限を正式に与える手続きのことを指します。
プロベートの基本的な流れ
プロベートは、故人が財産を所有していた州の高等裁判所(Supreme Court)に申し立てを行います。手続きの一般的な流れは以下のようになります。
1. 遺言執行人が、弁護士を通じて裁判所にプロベートの申請を行います。
2. 裁判所が提出された遺言書や書類を審査し、遺言が法的に有効であることを認めます。
3. 裁判所から遺言執行人に対して「Grant of Probate」という許可証が発行されます。
4. この許可証をもとに、遺言執行人が故人の銀行口座を解約したり、不動産の名義を変更したりといった具体的な遺産整理を開始します。
5. 故人の負債などをすべて清算した後、残った遺産を遺言書の内容に従って相続人に分配します。
この一連の手続きには、スムーズに進んだ場合でも通常は数ヶ月、複雑なケースでは1年以上かかることもあります。
プロベートにかかる費用
プロベートの手続きには、裁判所へ支払う申請費用や、手続きを代行する弁護士への報酬などが必要です。裁判所への申請費用は、遺産の総額に応じて段階的に設定されているのが一般的です。例えば、ニューサウスウェールズ州の場合、遺産総額が10万豪ドル超25万豪ドル以下の場合は約853豪ドル、100万豪ドル超200万豪ドル以下の場合は約2,277豪ドルとなっています(2024年時点の料金)。これに加えて弁護士費用がかかるため、総額では遺産の規模に応じて数十万円から数百万円になることも珍しくありません。
遺言書の有無で手続きはどう変わる?
オーストラリアの相続手続きは、故人が有効な遺言書を残していたかどうかで、その進め方が大きく変わってきます。遺言書がある場合とない場合、それぞれどのような手続きになるのかを見ていきましょう。
遺言書がある場合:「Grant of Probate」
有効な遺言書が残されている場合は、前述した「プロベート」の手続きに進みます。遺言書の中で指定されている「遺言執行人(Executor)」が、相続手続きの中心的な役割を担います。遺言執行人は、裁判所から「Grant of Probate」という正式な許可証を取得することで、故人の財産を法的に管理・処分する権限を得ます。この許可証がなければ、金融機関や不動産登記所は手続きに応じてくれません。遺言書があることで、故人の意思に沿ったスムーズな財産分配が可能になります。
遺言書がない場合:「Letters of Administration」
もし故人が遺言書を残さずに亡くなった場合(これを無遺言状態 “Intestate” と言います)、手続きは少し複雑になります。この場合は、「Letters of Administration」という手続きが必要になります。これは、相続人(通常は最も近親の親族、例えば配偶者や子)が裁判所に対して、「自分が遺産管理人になりたい」と申し立てる手続きです。裁判所は、法律で定められた相続の優先順位に従って遺産管理人(Administrator)を任命し、「Letters of Administration」という許可証を発行します。遺産管理人はこの許可証を得て、法律の定めに従って遺産を各相続人に分配していくことになります。遺言書がある場合に比べて、誰が手続きを進めるかを決める段階から始まるため、時間と手間がかかる傾向があります。
裁判所の手続きが不要なケース
すべてのケースで裁判所の手続きが必要というわけではありません。遺産の額が非常に少額であったり、特定の種類の財産であったりする場合には、プロベートやLetters of Administrationの手続きを省略できることがあります。
| 資産の種類 | 説明 |
| 共同名義(Joint Tenancy)の不動産 | 夫婦などで不動産をこの形式で所有している場合、一方の死亡により、所有権は自動的に生存しているもう一方の名義人に移転します。相続財産とはみなされません。 |
| 共同名義の銀行口座 | 不動産と同様に、生存している共同名義人が口座の全権利を自動的に引き継ぎます。 |
| 少額の遺産 | 銀行によっては、預金額が一定額以下(例えば5万豪ドル未満など、金融機関ごとに基準が異なります)の場合、プロベートの許可証なしで、死亡証明書や相続人であることを証明する書類だけで解約に応じてくれることがあります。 |
日本在住者がオーストラリアの財産を相続する際の注意点
日本にお住まいの方が、オーストラリアにある財産を相続することになった場合、言葉の壁や物理的な距離だけでなく、法律や文化の違いからくる特有の注意点がいくつかあります。事前にポイントを知っておくことで、スムーズに手続きを進めることができます。
現地の専門家への依頼が不可欠
オーストラリアの相続法は州ごとに異なっており、手続きは非常に専門的です。プロベート申請をはじめとする法的な手続きを、日本からご自身で行うのは現実的ではありません。そのため、現地の弁護士(Solicitor)に手続きを依頼することが必須となります。国際相続の経験が豊富な弁護士を選ぶことで、日本とオーストラリア間のやり取りもスムーズに進めることができます。また、税金に関する問題については、現地の会計士の助言も必要になるでしょう。
必要書類の準備と翻訳
手続きを進めるにあたり、日本側で多くの公的書類を準備する必要があります。代表的なものとして、被相続人や相続人の戸籍謄本、除籍謄本、改製原戸籍などが挙げられます。これらの日本語の書類は、オーストラリアの裁判所や金融機関に提出するために、すべて公式な翻訳者によって英訳されなければなりません。さらに、その翻訳が正しいことを証明するために、日本の公証役場で認証(Notarisation)を受け、外務省でアポスティーユ(Apostille)という付箋をもらう手続きが必要になることがほとんどです。これらの書類準備にはかなりの時間がかかるため、早めに着手することが大切です。
財産の特定と評価
相続手続きの第一歩は、故人がオーストラリアにどのような財産を、どこに所有していたかを正確に把握することです。不動産、銀行預金、株式、投資信託、そしてオーストラリア特有の年金制度であるスーパーアニュエーション(Superannuation)など、財産の種類は多岐にわたります。遺品の中から手がかりを探したり、場合によっては専門家に財産調査を依頼したりする必要があるかもしれません。すべての財産が明らかになったら、プロベート申請のために、それぞれの相続開始時点での時価評価額を算出する必要があります。
生前にできる対策とは?
残されたご家族が、複雑で負担の大きい国際相続の手続きで困らないようにするためには、生前の対策が何よりも重要です。少しの準備をしておくだけで、将来の相続が格段にスムーズになります。
有効な遺言書の作成
最も重要かつ効果的な対策は、法的に有効な遺言書を作成しておくことです。特に、オーストラリアに財産をお持ちの場合は、その財産について、オーストラリアの法律に準拠した形式で遺言書を作成しておくことを強くお勧めします。日本の法律で作成した遺言書も、法的にはオーストラリアで有効と認められる場合がありますが、実際の現場では、現地の金融機関などが日本の遺言書での手続きに難色を示し、結果的に手続きが非常に煩雑になってしまうケースが少なくありません。理想は、日本とオーストラリア、それぞれに財産がある国ごとに、その国の法律に沿った遺言書を個別に作成しておくことです。
財産リストの作成と共有
ご自身がどこに、どのような財産を持っているのかを一覧にした「財産リスト」を作成し、その情報を信頼できるご家族や遺言執行者に指定した方と共有しておくことも非常に大切です。リストには、以下のような具体的な情報を記載しておくと良いでしょう。
・銀行名、支店名、口座番号
・不動産の正確な住所(登記情報など)
・証券会社の名称、口座番号
・スーパーアニュエーションのファンド名、会員番号
・貸金庫の場所や鍵の保管場所
・依頼している弁護士や会計士の連絡先
こうした情報がまとまっているだけで、相続が開始した後のご家族の負担を大幅に軽減することができます。
まとめ
オーストラリアに相続財産がある場合の手続きは、相続税がないという大きなメリットがある一方で、「プロベート」という日本にはない特別な裁判所手続きが必要になるという特徴があります。遺言書の有無が手続きの進め方を大きく左右し、特に日本にお住まいの相続人にとっては、現地の弁護士など専門家の協力が不可欠です。手続きは複雑で時間もかかりますが、一つひとつのステップを専門家と相談しながら丁寧に進めていくことが大切です。もしもの時に備え、元気なうちから遺言書の作成や財産リストの整理といった対策を講じておくことが、残されるご家族への何よりの思いやりとなるでしょう。
参考文献
- 国税庁 No.4138 相続人が外国に居住しているとき
- 国税庁 No.4432 受贈者が外国に居住しているとき
- 国税庁 No.1468 相続又は遺贈により非居住者に資産が移転した場合の譲渡所得等の特例
- 国税庁 No.4665 外貨(現金)の邦貨換算
オーストラリアの相続手続きに関するよくある質問
Q.オーストラリアの相続税は本当にゼロですか?
A.はい、オーストラリア国内では相続税・贈与税は課されません。ただし、相続した資産を売却して利益が出た場合はキャピタルゲイン税が課されます。また、日本の居住者である相続人は、日本の相続税の対象となる場合があります。
Q.プロベートとは何ですか?
A.プロベートは、オーストラリアの裁判所が遺言の有効性を確認し、遺言執行者に遺産の管理・分配の権限を与える法的な手続きです。この許可がないと、銀行口座の解約などができません。
Q.遺言書がないとどうなりますか?
A.遺言書がない場合、「Letters of Administration」という手続きを裁判所に申し立て、遺産管理人を選任してもらう必要があります。遺言書がある場合に比べて手続きが複雑になり、時間がかかる傾向があります。
Q.手続きにはどれくらいの期間がかかりますか?
A.事案によりますが、プロベートの申請から遺産分配が完了するまで、通常は数ヶ月から1年半程度かかると言われています。遺産の状況や相続人間の関係によって期間は変動します。
Q.日本の戸籍謄本はそのまま使えますか?
A.いいえ、そのままでは使えません。戸籍謄本などの日本の公文書は、すべて英語に翻訳し、公証役場で認証を受け、場合によってはアポスティーユの付与が必要になります。
Q.手続きの費用はどのくらいかかりますか?
A.裁判所への申請費用や現地の弁護士費用などがかかります。遺産の総額によって大きく異なり、総額で数十万円から数百万円以上になることもあります。事前に弁護士に見積もりを依頼することをお勧めします。