ふだん何気なく食卓に並ぶ「パン」。朝食やおやつに、多くのご家庭で親しまれている身近な食べ物ですよね。しかし、その手軽さの裏側で、パンが原因で窒息し、命を落としてしまう痛ましい事故が後を絶たないことをご存知でしょうか。お餅による窒息事故はよく知られていますが、実はパンも同じように注意が必要な食品なのです。この記事では、なぜパンで窒息が起きるのか、そして大切な家族を守るために私たちができることについて、詳しく解説していきます。
意外と多い?パンによる窒息事故の実態
厚生労働省の統計によると、食べ物が原因の窒息で亡くなる方は、実は交通事故で亡くなる方よりも多い年があるほど、私たちの生活に潜む大きなリスクです。中でもパンは、お餅ほど危険性が広く認識されていないため、油断から事故につながりやすい傾向があります。実際に、学校給食の時間に小学生が亡くなる事故や、介護施設で高齢者がロールパンを喉に詰まらせて死亡する事故も報告されています。
なぜパンで窒息が起きるの?
パンが窒息を引き起こす主な理由は、その「水分を吸収して膨らむ」性質にあります。パンを口に入れると、唾液を吸ってスポンジのように膨らみ、同時にもっちりとした粘着性の高い塊に変化します。この状態になったパンが、うまく噛み砕けずに喉の奥に入ってしまうと、気道をぴったりと塞いでしまい、呼吸ができなくなってしまうのです。特に、急いで食べたり、口にたくさん詰め込んだりすると、このリスクは格段に高まります。
特に注意が必要なのは「子ども」と「高齢者」
パンによる窒息事故は、誰にでも起こり得ますが、特に注意が必要なのは小さなお子さんとご高齢の方です。
子どもの場合、まだ噛む力(咀嚼機能)や飲み込む力(嚥下機能)が十分に発達していません。特に乳幼児は、歯が生えそろっておらず、食べ物をうまくすり潰すことができません。そのため、パンを丸飲みしてしまいがちです。
一方、高齢者の場合は、加齢によって噛む力や飲み込む力が衰えてきます。唾液の分泌量も少なくなるため、口の中が乾燥しがちで、パンが喉に貼り付きやすくなります。持病や服用している薬の影響で、嚥下機能がさらに低下している方も少なくありません。
窒息リスクが高いパンの種類
ひとくちにパンと言っても、種類によってリスクは異なります。特に注意したいのは以下のようなパンです。
- 食パンの耳:パサパサしていて水分を吸収しやすく、噛み切りにくい部分です。
- ロールパンやスティックパン:柔らかく、子どもの口にも丸ごと入りやすい形状のため、丸飲みのリスクがあります。
- フランスパンなど硬いパン:噛み砕くのに力が必要で、大きな塊のまま飲み込んでしまう危険があります。
【年齢別】パンによる窒息を防ぐための具体的な予防策
事故を防ぐためには、食べる人の年齢や状態に合わせた工夫がとても大切です。ここでは、ご家庭で今日から実践できる具体的な予防策を、対象者別にご紹介します。
乳幼児(0歳〜5歳)を守るためのポイント
小さなお子さんにパンを与える際は、保護者の方の細やかな配慮が不可欠です。
- 必ず小さくちぎって与える:パンは1cm角程度の大きさにちぎり、少量ずつ与えましょう。特に食パンの耳は避けるか、細かく刻んでパン粥などに使うと安心です。
- 水分と一緒に与える:牛乳や麦茶、スープなどでのどを潤しながら食べさせることで、パンが喉に詰まるのを防ぎます。
- 食事中は絶対に見守る:食べている間は、決して目を離さないでください。「ながら食べ」はさせず、座って食べることに集中させましょう。
- 泣いている時や興奮している時は与えない:泣いたり笑ったりすると、ふとした拍子に吸い込んでしまう危険があります。
学童期の子どもの注意点
自分で食事ができるようになった小学生でも、窒息事故は起こります。「もう大きいから大丈夫」と油断せず、正しい食習慣を身につけさせることが大切です。
- 早食いや詰め込み食いをさせない:給食の時間など、急いで食べがちな場面では特に注意が必要です。「一口の量は少しだけ」「よく噛んでから飲み込もうね」と日頃から声をかけましょう。
- 正しい姿勢で食べる:寝転がって食べたり、歩きながら食べたりするのは非常に危険です。必ず椅子に座って、良い姿勢で食べることを教えましょう。
高齢者の窒息を防ぐ食事の工夫
ご高齢の方には、食べやすさを重視した調理の工夫が効果的です。
- 水分を加えて柔らかくする:パン粥にしたり、牛乳や温かいスープに浸したりして、しっとりと柔らかくしてから提供しましょう。
- とろみを活用する:あんかけのように少しとろみをつけたソースをかけると、口の中でまとまりやすくなり、スムーズに飲み込めるようになります。
- 一口の量を調整する:食事の際は、一口ずつ飲み込んだことを確認してから、次の食事を口に運ぶように介助者がサポートすることが重要です。
- 義歯の状態を確認する:合わない入れ歯を使っていると、うまく噛むことができません。定期的に歯科でチェックしてもらうことも、窒息予防につながります。
窒息につながりやすい危険な食品一覧
窒息のリスクがあるのは、パンだけではありません。消費者庁なども注意を呼びかけている、特に気をつけたい食品をまとめました。ご家庭の食卓を見直すきっかけにしてみてください。
| 窒息リスクのある食品(特性と具体例) | 予防・対策 |
|---|---|
| 丸くてつるっとしたもの (ブドウ、ミニトマト、うずらの卵など) |
4歳以下の子どもには、必ず4分の1にカットして与えましょう。 |
| 粘着性が高く、唾液を吸収するもの (パン、餅、ごはん、カステラなど) |
水分と一緒に、少量ずつ与えましょう。口の中の水分が奪われるのを防ぎます。 |
| 固くて噛み切りにくいもの (ナッツ類、生のリンゴやニンジンなど) |
5歳以下の子どもには与えるのを避けましょう。加熱して柔らかくするなどの工夫が必要です。 |
| 弾力があり噛み切りにくいもの (こんにゃくゼリー、イカ、きのこ類など) |
細かく刻んでから与えましょう。特にこんにゃくゼリーは凍らせると危険性が増します。 |
もしもの時のために知っておきたい応急処置
どれだけ気をつけていても、事故が起きてしまう可能性はゼロではありません。万が一、家族が食べ物を詰まらせてしまったら、数分間の対応が生死を分けます。まずは大声で助けを呼び、すぐに119番通報することが最優先です。その上で、救急隊が到着するまでの間にできる応急処置を知っておきましょう。
窒息のサインを見逃さないで
窒息が疑われる場合、以下のようなサイン(チョークサイン)が見られます。
- 急に声が出せなくなる
- 顔色が真っ青(チアノーゼ)になる
- 胸や喉をかきむしるような仕草をする
- 苦しそうに咳き込む、または咳もできない
特に、今まで騒がしかった子どもが急に静かになった場合は、危険なサインかもしれません。すぐに様子を確認してください。
【1歳未満の乳児】背部叩打法(はいぶこうだほう)
1歳未満の赤ちゃんには、背部叩打法を行います。
- 救助者の片腕に赤ちゃんをうつ伏せに乗せ、手のひらで赤ちゃんのあごを支えながら、頭が体より低くなるようにします。
- もう片方の手の付け根で、赤ちゃんの背中(肩甲骨の間)を力強く5回連続で叩きます。
- 詰まったものが出てこない場合は、赤ちゃんを仰向けにし、胸の真ん中を指2本で5回圧迫する「胸部突き上げ法」を試みます。
【1歳以上の子ども・大人】腹部突き上げ法(ハイムリック法)
1歳以上の子どもや大人には、まず背中を強く叩く背部叩打法を試みます。それでも異物が出ない場合は、腹部突き上げ法(ハイムリック法)を行います。
- 相手を後ろから抱きかかえるように腕を回します。
- 片手で握りこぶしを作り、相手のみぞおちの少し下(おへそのすぐ上)に当てます。
- もう一方の手でその握りこぶしを掴み、素早く手前上方に向かって圧迫するように突き上げます。
※妊婦さんや肥満の方には、この方法は行わず、胸の真ん中を圧迫する方法に切り替えます。
介護施設や保育施設で事故が起きた場合の責任
窒息事故は家庭だけでなく、保育園や学校、介護施設といった場所でも発生しています。このような施設で事故が起きた場合、施設側には法的な責任が問われることがあります。
問われる「安全配慮義務違反」
施設を運営する事業者は、利用者や園児の生命や身体の安全を守る「安全配慮義務」を負っています。食事の際に、窒息のリスクを予見できたにもかかわらず、見守りを怠ったり、適切な食事形態にしなかったりした結果、事故が発生した場合、「安全配慮義務違反」があったとして損害賠償責任を問われる可能性があります。過去には、特別養護老人ホームで入所者がパンを喉に詰まらせて死亡した事故で、施設側に約2,500万円の支払いを命じる判決も出ています。
施設選びのポイント
大切な家族を安心して預けるためには、施設選びの際に以下のような点を確認することも重要です。
- 一人ひとりの嚥下能力に合わせた食事形態(きざみ食、ミキサー食など)に対応しているか。
- 食事中の見守り体制は十分か。職員の配置人数などを確認しましょう。
- 誤嚥や窒息など、緊急時の対応マニュアルが整備され、職員に周知されているか。
まとめ
パンによる窒息死は、誰にでも起こりうる身近な事故です。特に、噛む力や飲み込む力が弱い小さなお子さんやご高齢の方にとっては、常に注意が必要なリスクと言えます。
日々の食事で「小さく切る」「水分と一緒に」といった少しの工夫を心がけることが、悲しい事故を防ぐ第一歩です。そして、万が一の事態に備えて、家族みんなで応急処置の方法を確認しておくことも忘れないでください。正しい知識と少しの配慮で、大切な家族の命を守りましょう。
参考文献
- 公益社団法人 日本小児科学会「食品による窒息 子どもを守るためにできること」
- 消費者庁「食品による子どもの窒息・誤嚥(ごえん)事故に注意!」
- 厚生労働省「授乳・離乳の支援ガイド(2019年改訂版)」
- 厚生労働省「救急蘇生法の指針2015(市民用)」
パンでの窒息事故に関するよくある質問まとめ
Q.なぜパンは窒息事故を起こしやすいのですか?
A.パンは口の中の水分を吸って膨らみ、粘り気が出るため、飲み込みにくくなり喉に詰まりやすい性質があるからです。特に高齢者や乳幼児は注意が必要です。
Q.パンで窒息しやすいのはどんな人ですか?
A.唾液の分泌が少ない高齢者、噛む力や飲み込む力が弱い方、そして乳幼児は特に窒息のリスクが高まります。
Q.窒息を防ぐために、パンの食べ方で気をつけることは何ですか?
A.パンを小さくちぎり、お茶やスープなどの水分と一緒に、ゆっくりよく噛んで食べることが重要です。食べることに集中できる環境を整えることも大切です。
Q.もしパンが喉に詰まってしまったら、どうすればいいですか?
A.まずは咳をさせてみてください。咳ができない場合は、すぐに119番通報し、救急隊の指示を仰ぎながら背部叩打法(背中を叩く方法)を試みてください。
Q.窒息しやすいパンの種類はありますか?
A.食パンの白い部分や、水分が少なくパサパサしたパン、密度が高いパン(ベーグルなど)は、口の中でまとまりやすく、詰まりやすい傾向があります。
Q.子供にパンを与える時の注意点は何ですか?
A.細かくちぎるか、スティック状に切って少量ずつ与えましょう。牛乳や麦茶などの水分と一緒に、座って食べる姿勢を見守りながら与えることが大切です。