ご両親から受け継ぐ大切な不動産。しかし、その相続がきっかけで、仲の良かった家族の関係にひびが入ってしまうことも少なくありません。不動産は現金と違って簡単に分けられないからこそ、特有の問題が起きやすいのです。この記事では、不動産相続で起こりやすい問題を具体的に解説し、ご家族みんなが納得して円満に相続を進めるためのポイントを、分かりやすくお伝えしていきますね。
不動産の「分け方」で起こるトラブル
不動産相続で最も多いトラブルが、遺産の分け方、つまり「遺産分割」に関するものです。特に不動産は物理的に分割するのが難しいため、誰がどのように相続するのかで意見が対立しがちです。ここでは、代表的な3つの分割方法と、それぞれで起こりやすい問題を見ていきましょう。
誰が不動産を相続するかで揉める
遺産の中に価値の高い不動産があったり、実家しかめぼしい財産がなかったりする場合、「自分がこの不動産を相続したい」と複数の相続人が希望して、話し合いがまとまらなくなるケースです。特に、長年ご両親と同居して介護をしてきた相続人と、家を出て独立している相続人の間で、「誰が住み続けるのか」をめぐって感情的な対立に発展することも少なくありません。お互いに譲らず、遺産分割協議が何年も進まない…なんてことも起こり得ます。
このような事態を避けるためには、生前に遺言書で誰に不動産を相続させるか指定しておくことが最も有効です。もし話し合いで解決しない場合は、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立て、第三者を交えて話し合う方法もあります。
公平に分けるための代償金が払えない
「代償分割」という、相続人の一人が不動産をすべて相続する代わりに、他の相続人に対してその人の相続分に見合った現金を支払う方法があります。例えば、4,000万円の不動産を兄弟2人で相続する場合、兄が不動産を相続し、弟に2,000万円を支払う、といった形です。一見公平に見えますが、ここで問題になるのが「代償金を支払う能力」です。不動産を相続する人に、他の相続人へ支払うだけの十分な預貯金がないと、この方法は使えません。「払う約束だったのに、いつまで経っても支払ってもらえない」というトラブルは非常に多いのです。
代償分割を選ぶ際は、必ず支払い能力を確認し、遺産分割協議書に支払期日や支払い方法を明確に記載しておくことが大切です。不安な場合は、強制執行力のある公正証書として作成しておくことをおすすめします。
とりあえず共有名義にして問題が深刻化
話し合いがまとまらないからといって、「とりあえずみんなの共有名義にしておこう」と考えるのはとても危険です。共有名義の不動産は、売却したり、誰かに貸したり、家を建て替えたりする際に、共有者全員の同意が必要になります。一人でも反対すれば、何もできなくなってしまうのです。「売りたい人」と「残したい人」で意見が分かれ、結局塩漬け状態になってしまうケースが後を絶ちません。
さらに怖いのは、共有者の一人が亡くなると、その人の相続人が新たな共有者として加わることです。時間が経つにつれて関係者がネズミ算式に増えていき、面識のない親戚まで権利を持つことになり、収拾がつかなくなってしまいます。共有名義は、将来のトラブルの火種になりかねないため、できる限り避けるべき選択肢と言えるでしょう。
不動産の「評価額」をめぐるトラブル
不動産の「価値」をいくらと考えるかによって、相続人一人ひとりが受け取る金額が大きく変わってきます。この「評価額」の決め方で意見が食い違い、トラブルに発展することがあります。
どの評価方法を使うかで意見が対立
実は、不動産の評価方法には一つではなく、主に4つの基準があります。どの基準を使うかによって、同じ不動産でも評価額が大きく変わることがあります。例えば、不動産を相続する人は評価額を低く見積もりたい(代償金が安くなるため)、現金をもらう人は評価額を高く見積もりたい(もらえるお金が多くなるため)と考え、利害が対立してしまうのです。
評価方法 | 概 要 |
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実勢価格(時価) | 実際に市場で売買されると想定される価格です。遺産分割協議では、この時価を基準にするのが一般的です。 |
路線価 | 相続税や贈与税を計算する際に使われる、国税庁が定めた土地の価格です。時価の8割程度が目安です。 |
固定資産税評価額 | 固定資産税などを計算する基準となる価格で、市町村が3年ごとに評価します。時価の7割程度が目安です。 |
公示価格 | 国土交通省が公表する、土地取引の目安となる標準的な価格です。 |
どの評価方法が正しいという決まりはないため、相続人全員が納得できる基準で話し合うことが重要です。公平を期すために、複数の不動産会社に査定を依頼したり、不動産鑑定士に鑑定を依頼したりする方法もあります。
不動産の「管理・登記」に関するトラブル
相続した後の手続きを怠ることで、後々大きな問題に発展することがあります。特に「登記」と「管理」は注意が必要です。
名義が前の世代のままで手続きが複雑化
相続が発生したのに、不動産の名義変更(相続登記)をしないまま放置されているケースは少なくありません。いざ売却しよう、家を建てようと思ったときに登記事項証明書(登記簿謄本)を確認したら、名義が亡くなった祖父や、会ったこともない曽祖父のままだった…ということがあります。
この場合、現在の相続手続きを進める前に、過去の相続までさかのぼって、当時の相続人全員を探し出し、協力してもらわなければなりません。連絡が取れない人がいたり、協力に非協力的だったりすると、手続きは非常に困難になります。
こうした問題をなくすため、2024年4月1日から相続登記が義務化されました。不動産を相続したことを知った日から3年以内に登記をしないと、10万円以下の過料が科される可能性がありますので、必ず手続きを行いましょう。
相続した実家が「空き家」になってしまう
ご両親が住んでいた実家を相続したものの、相続人たちはすでに持ち家があり、誰も住む予定がないというケースは多いです。思い出の詰まった家をすぐに売却するのは忍びないという気持ちも分かりますが、空き家として放置することには大きなリスクが伴います。
人が住まない家は急速に傷み、庭は荒れ放題になります。不審者の侵入や不法投棄の温床になることもあり、近隣トラブルの原因にもなりかねません。さらに、倒壊の危険などがあると自治体から「特定空家」に指定され、土地の固定資産税の優遇措置が受けられなくなり、税額が最大6倍に跳ね上がる可能性もあります。管理の手間や費用、リスクを考えると、住まない不動産は早めに売却するか、賃貸に出すなどの活用方法を検討することが賢明です。
不動産相続に伴う「税金」のトラブル
不動産は高額な資産ですから、それに伴う税金も大きな負担となります。特に納税資金の準備を怠っていると、深刻なトラブルにつながります。
相続税が払えない
遺産のほとんどが不動産で、納税資金となる現金や預貯金が少ない場合にこの問題は起こります。相続税は、原則として相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内に、現金で一括納付しなければなりません。「不動産はあるけど、現金がない」という状況では、納税のために慌てて不動産を安値で売却せざるを得なくなったり、借金をしたりすることにもなりかねません。
どうしても現金での納付が難しい場合は、分割で納める「延納」や、不動産そのもので税金を納める「物納」という制度もありますが、いずれも厳しい要件があり、簡単に認められるわけではありません。生前のうちから納税資金をどう準備するか、計画を立てておくことが非常に重要です。
不動産売却時の税金負担で揉める
不動産を売却して現金化し、それを相続人で分ける「換価分割」は、公平で分かりやすい方法です。しかし、不動産を売却して利益(譲渡所得)が出た場合、その利益に対して譲渡所得税という税金がかかります。
この税金の負担について、遺産分割協議の際にきちんと決めておかないと、後でトラブルになりがちです。例えば、手続きをスムーズに進めるために代表者一人の名義にして売却した場合、税金の納付書はその代表者のもとに届きます。他の相続人が「自分には関係ない」と非協力的だと、代表者一人が税金を負担することになってしまい、不公平が生じます。換価分割を行う際は、売却にかかる費用や税金を差し引いた後の金額を分ける、ということを全員で合意しておくことが不可欠です。
トラブルを未然に防ぐための生前対策
これまで見てきたように、不動産相続には様々なトラブルの種が潜んでいます。しかし、これらの問題の多くは、ご家族が元気なうちに準備をしておく「生前対策」で防ぐことができます。
遺言書を作成してもらう
誰に、どの財産を、どれだけ渡すのかを明確に記した遺言書は、相続トラブルを防ぐための最も強力なツールです。遺言書があれば、原則としてその内容に従って遺産が分けられるため、相続人同士で遺産分割協議を行う必要がなくなります。特に「この不動産は長男に」とはっきりと指定することで、分け方に関する争いを避けることができます。
ただし、内容があまりに不公平だと、財産をもらえなかった相続人が最低限の取り分を主張する「遺留分侵害額請求」を起こす可能性もあります。遺言書を作成する際は、他の相続人の遺留分にも配慮した内容にすることが、円満な相続の鍵となります。
生前に家族で話し合っておく
ご両親が元気なうちに、相続について家族みんなで話し合う機会を持つことは、とても大切です。不動産を将来どうしたいのか、誰か引き継ぎたい人はいるのか、それぞれの気持ちや考えをオープンに話し合ってみましょう。こうしたコミュニケーションを通じて、お互いの意向を理解し、全員が納得できる相続の形を事前に模索しておくことができます。いざ相続が起きたときに突然話し合うよりも、ずっとスムーズに、そして心穏やかに手続きを進められるはずです。
まとめ
不動産の相続は、その価値の大きさや分けにくさから、分け方、評価額、管理、税金など、様々な場面でトラブルが起こりやすいものです。トラブルを避けるためには、まずどのようなリスクがあるのかを知ることが第一歩となります。そして、最も効果的な対策は、ご家族が元気なうちに遺言書の作成や家族会議といった準備をしっかりと行っておくことです。もし万が一、相続が始まってから問題が起きてしまった場合は、当事者だけで解決しようとせず、弁護士や司法書士、税理士といった専門家に早めに相談することをおすすめします。専門家の力を借りることで、円満な解決への道筋が見えてくるはずです。
参考文献
不動産相続のよくある質問まとめ
Q.不動産を相続しましたが、どうやって分けたらいいですか?
A.主な分け方は「現物分割」「代償分割」「換価分割」の3つです。現物分割は土地を分筆するなどして現物のまま分け、代償分割は一人が不動産を相続する代わりに他の相続人にお金を払い、換価分割は不動産を売却して現金で分けます。相続人間で話し合い、最適な方法を選びましょう。
Q.相続した不動産の名義変更(相続登記)は必要ですか?
A.はい、必要です。2024年4月1日から相続登記が義務化され、相続を知った日から3年以内に登記しないと過料の対象となる可能性があります。登記しないと売却もできず、将来の相続で権利関係が複雑になるリスクもあります。
Q.相続税が高くて払えそうにありません。どうすればいいですか?
A.相続税には基礎控除があり、必ずしも全員が支払うわけではありません。もし納税が必要で現金が足りない場合は、「延納」や「物納」という制度を利用できる可能性があります。また、相続した不動産を売却して納税資金に充てる方法もあります。
Q.相続人で不動産を共有名義にするのは問題がありますか?
A.共有名義は一見公平ですが、将来的に問題が起きやすい方法です。売却やリフォームなどに共有者全員の同意が必要になり、意見が対立すると活用できなくなる可能性があります。また、共有者が亡くなるとさらに相続が発生し、権利関係が複雑化するリスクがあります。
Q.誰も住む予定のない実家(空き家)を相続しました。どうすればいいですか?
A.空き家のまま放置すると、維持管理費や固定資産税がかかり続けるだけでなく、建物の老朽化や防犯上のリスクも高まります。主な選択肢として「売却する」「賃貸に出す」「解体して更地にする」などがあります。早めに方針を決めることをお勧めします。
Q.相続した不動産を売却した場合、税金はかかりますか?
A.はい、不動産を売却して利益(譲渡所得)が出た場合、譲渡所得税がかかります。ただし、相続した不動産の場合、「取得費加算の特例」や「空き家の3,000万円特別控除」など、税負担を軽減できる特例が使える場合があります。適用には条件があるため、事前に確認することが大切です。