会社の未来を大切な後継者に託すとき、大きな壁となりがちなのが相続税や贈与税の負担です。特に、会社の株式は評価額が高額になりやすく、後継者の大きな負担になりかねません。そんな経営者と後継者の悩みを解決するために作られたのが「事業承継税制」です。この制度を上手に活用すれば、税金の負担を実質ゼロにできる可能性もあります。この記事では、少し複雑にみえる事業承継税制の仕組みやメリット、利用するための条件などを、できるだけわかりやすく解説していきますね。
事業承継税制ってどんな制度?
事業承継税制とは、とっても簡単に言うと、会社の跡を継ぐ後継者が、先代の経営者から会社の株式などを贈与や相続で引き継いだ時にかかる贈与税や相続税の納税を待ってもらえる(猶予される)制度のことです。さらに、一定の条件を満たし続ければ、最終的にはその納税が免除されるという、中小企業にとっては非常に心強い制度なんです。
なぜ事業承継に多額の税金がかかるの?
会社の株式を後継者に引き継ぐことは、法律上「財産の移動」とみなされます。生前に行われれば「贈与」、亡くなった後であれば「相続」となり、それぞれに贈与税や相続税がかかります。特に、長年経営してきた会社の業績が良いと、自社の株式の評価額は想像以上に高くなっていることが多いんです。例えば、株式の評価額が5,000万円だった場合、単純計算でも2,000万円近い贈与税がかかることもあります。後継者はこの税金を現金で支払わなければならないため、事業を引き継ぐこと自体をためらってしまうケースも少なくありませんでした。
事業承継税制ができた背景
先ほどお話ししたように、高額な税負担が原因で、会社の将来を担うはずの後継者がスムーズに事業を引き継げないという問題が、日本中の中小企業で起きていました。このままでは、技術や雇用が失われ、地域経済にも大きな影響が出かねません。そこで、国が中小企業の円滑な世代交代を後押しするために、2009年に創設したのがこの事業承継税制なのです。後継者の税負担を軽くすることで、安心して経営に集中してもらうことが目的です。
納税が「猶予」されて、いずれ「免除」になる仕組み
この制度のすごいところは、ただ納税を待ってくれるだけではない点です。納税が猶予されている間に、その後継者がさらに次の後継者(3代目)へ会社の株式を引き継いで事業承継税制を適用した場合や、後継者が亡くなられた場合など、特定の条件を満たすと、猶予されていた税金の支払いが全額免除されます。つまり、実質的に税金を支払うことなく、会社の経営権を次の世代、さらにその次の世代へと繋いでいくことが可能になるのです。
事業承継税制の2つの制度「一般措置」と「特例措置」
事業承継税制には、もともとあった「一般措置」と、2018年度の税制改正で新しく設けられた「特例措置」の2種類があります。特例措置は、これまでの制度をより使いやすく、メリットが大きくなるように大幅に拡充したもので、2027年12月31日までの期間限定の制度です。現在、事業承継税制の利用を検討する場合、ほとんどのケースでこの特例措置が選ばれています。
「一般措置」と「特例措置」のちがいを比較
では、具体的に「一般措置」と「特例措置」で何が違うのでしょうか。主なポイントを表にまとめてみました。これを見ると、特例措置がいかに利用しやすくなっているかがよくわかりますね。
| 項目 | 一般措置 |
|---|---|
| 対象株式 | 発行済議決権株式総数の最大3分の2まで |
| 納税猶予割合 | 贈与:100%、相続:80% |
| 後継者の数 | 1人のみ |
| 雇用確保要件 | 承継後5年間、平均8割の雇用維持が必須 |
| 適用期限 | なし |
| 特例承継計画の提出 | 不要 |
| 項目 | 特例措置(10年間の限定) |
|---|---|
| 対象株式 | 全株式 |
| 納税猶予割合 | 100% |
| 後継者の数 | 最大3人まで |
| 雇用確保要件 | 実質的に撤廃(8割未満でも理由を報告すればOK) |
| 適用期限 | 2027年12月31日までの贈与・相続 |
| 特例承継計画の提出 | 必要(提出期限:2026年3月31日) |
事業承継税制のメリットとデメリット
これほど魅力的な制度ですが、もちろん良いことばかりではありません。利用する前に、メリットとデメリットの両方をしっかり理解しておくことが大切です。
最大のメリットは税負担の軽減
なんといっても一番のメリットは、後継者の納税負担を大幅に減らせることです。本来であれば数千万円にもなるかもしれない税金の支払いが猶予・免除されることで、後継者は会社の資金繰りを心配することなく、事業の成長や経営改善に集中することができます。これは、会社にとっても、従業員にとっても、非常に大きな安心材料になりますね。
知っておきたいデメリットと注意点
一方で、注意点もあります。まず、手続きが複雑で、専門的な知識が必要になることです。また、納税猶予が始まった後も、要件を満たし続けているか、定期的に都道府県や税務署へ報告する義務があります。もし、途中で定められた要件から外れてしまうと、猶予されていた税金全額と、さらに利子にあたる利子税をまとめて支払わなければならなくなります。主な打ち切り事由には、以下のようなものがあります。
- 後継者が会社の代表者を辞めてしまった
- 納税猶予の対象となっている株式を売却してしまった
- 会社が解散してしまった
- 資産管理会社に該当してしまった
このようなリスクがあるため、制度を利用する際は、長期的な視点で会社の経営を考える必要があります。
誰でも使える?事業承継税制の適用要件
事業承継税制は、どんな会社でも使えるわけではありません。制度を利用するためには、「会社」「先代経営者」「後継者」のそれぞれに定められた要件をすべてクリアする必要があります。ここでは特例措置の主な要件をご紹介します。
会社の要件
まず、事業を引き継がれる会社が満たすべき条件です。
- 中小企業基本法で定められた中小企業者であること
- 上場企業や風俗営業会社ではないこと
- 従業員が1人以上いること
- 特定の資産(有価証券や不動産など)の保有割合が高い「資産管理会社」に該当しないこと
先代経営者(贈与者・被相続人)の要件
次に、事業を譲る先代の経営者が満たすべき条件です。
- 会社の代表者であった経歴があること
- 贈与や相続の直前に、親族などで会社の議決権の過半数を保有し、かつ筆頭株主であったこと
- (贈与の場合)株式を贈与した時点で代表者を退任していること(役員として会社に残ることは可能です)
後継者(受贈者・相続人)の要件
そして、事業を引き継ぐ後継者が満たすべき条件です。
- (贈与の場合)贈与時に18歳以上で、会社の役員になってから3年以上が経過していること
- 贈与や相続によって、親族などで会社の議決権の過半数を保有し、筆頭株主になること
- 贈与や相続の後に、会社の代表者として経営を続けること
事業承継税制を利用するための手続きの流れ
事業承継税制(特例措置)を利用するための大まかな流れは以下のようになります。専門家と相談しながら、計画的に進めることが重要です。
STEP1:特例承継計画の策定・提出
まず、認定経営革新等支援機関(商工会や税理士、金融機関など)の指導を受けながら、「特例承継計画」という計画書を作成します。この計画書には、後継者の名前や承継後の経営計画などを記載し、2026年3月31日までに会社の所在地がある都道府県に提出し、確認を受ける必要があります。この期限が非常に重要です。
STEP2:贈与・相続の実行と認定申請
特例承継計画の確認を受けたら、計画に沿って実際に株式の贈与や相続を行います。その後、贈与の場合は翌年の1月15日まで、相続の場合は相続開始から8か月以内に、都道府県に対して「円滑化法の認定」を申請します。
STEP3:税務署への申告と納税猶予の開始
都道府県から認定書が交付されたら、その認定書のコピーを添付して、税務署に贈与税または相続税の申告を行います。このとき、猶予される税額に見合う担保(通常は猶予対象の自社株式)を提供することで、正式に納税猶予がスタートします。
STEP4:納税猶予期間中の継続届出
納税猶予が始まった後も、安心はできません。承継してから5年間は毎年1回、5年経過後は3年に1回、税務署へ「継続届出書」を提出し、要件を満たし続けていることを報告する必要があります。この報告を忘れると、納税猶予が打ち切りになってしまうので注意が必要です。
まとめ
事業承継税制は、中小企業の円滑な世代交代を力強くサポートしてくれる、非常にメリットの大きい制度です。特に期間限定の特例措置は、納税猶予の対象が全株式で猶予割合も100%になるなど、要件が大幅に緩和されており、活用しない手はありません。ただし、適用を受けるためには多くの要件をクリアし、複雑な手続きを期限内に進める必要があります。また、適用後も長期にわたって要件を守り続けるという覚悟も求められます。特例措置の入り口である「特例承継計画」の提出期限は2026年3月31日と迫っています。少しでも利用を考えている経営者の方は、事業承継に詳しい税理士などの専門家に早めに相談し、計画的な準備を始めることを強くおすすめします。
参考文献
国税庁:非上場株式等についての相続税・贈与税の納税猶予・免除制度のあらまし
財務省:事業を引き継ぐのですが、事業承継税制について教えてください。
事業承継税制のよくある質問まとめ
Q.事業承継税制とは、どのような制度ですか?
A.後継者が会社の株式などを先代経営者から引き継ぐ際にかかる相続税や贈与税の納税が猶予・免除される制度です。事業承継時の税負担を軽減し、円滑なバトンタッチを支援することを目的としています。
Q.事業承継税制の最大のメリットは何ですか?
A.本来であれば高額になる可能性のある相続税や贈与税の納税が100%猶予され、最終的に免除される可能性がある点です。これにより、後継者は税金の支払いのための資金繰りに悩むことなく経営に集中できます。
Q.誰でもこの制度を使えるのですか?
A.いいえ、適用には会社、先代経営者、後継者のそれぞれに細かい要件があります。例えば、会社が中小企業であることや、後継者が役員に就任していることなどが条件となります。事前に専門家へ相談することをおすすめします。
Q.納税猶予が打ち切りになることはありますか?
A.はい、あります。後継者が代表者を辞任した場合や、対象の株式を売却した場合、一定期間の雇用維持要件を満たせなかった場合などに、猶予されていた税額と利子税を納付しなければならなくなる可能性があります。
Q.申請手続きはいつまでに行う必要がありますか?
A.制度を利用するには、都道府県庁に対して「特例承継計画」を提出する必要があります。この計画の提出期限は令和8年3月31日までと定められています。計画提出後、実際に贈与や相続を実行することになります。
Q.デメリットや注意点はありますか?
A.納税が免除されるまでには、都道府県や税務署への定期的な報告義務があり、手続きが煩雑です。また、要件を満たさなくなると納税猶予が打ち切られ、多額の税金を一括で納付するリスクがある点に注意が必要です。