ご家族が亡くなられた後、さまざまな手続きに追われる中で、「故人が加入していた保険の入院給付金を請求できるのでは?」と考える方は少なくありません。しかし、もし多額の借金があり相続放棄を検討している場合、この入院給付金の請求が原因で相続放棄できなくなる可能性があります。結論から言うと、ポイントは「給付金の受取人が誰か」ということです。この記事では、亡くなった方の入院給付金を請求すると相続放棄ができなくなるケースと、問題なく受け取れるケースについて、分かりやすく解説していきます。
相続放棄の基本と入院給付金の関係
まず、相続放棄とはどのような制度なのか、そしてなぜ入院給付金の請求が問題になるのかを理解しておきましょう。相続放棄は、亡くなった方(被相続人)のプラスの財産(預貯金や不動産など)もマイナスの財産(借金など)も、すべてを相続する権利を放棄する手続きです。この手続きを家庭裁判所で行うと、法律上「初めから相続人ではなかった」とみなされます。
相続財産とは?
相続財産というと、現金や預貯金、不動産などを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、実はそれだけではありません。故人が受け取るはずだったお金、つまり「金銭を受け取る権利」も相続財産に含まれます。例えば、亡くなる前に入院していた場合の未請求の入院給付金も、その受取人が故人本人であれば、この「金銭を受け取る権利」として扱われるのです。
なぜ入院給付金の請求が問題になるの?
相続放棄をする場合、相続財産には一切手をつけてはいけないというルールがあります。もし相続財産の一部でも使ったり、売却したり、自分のものにしてしまうと、「単純承認」したとみなされます。単純承認とは、「私はすべての財産を相続します」と意思表示したことと同じ効果を持つ行為のことです。入院給付金を請求し受け取る行為が、この単純承認にあたる可能性があるため、相続放棄を検討している場合は慎重な判断が必要になるのです。
判断の最大のポイントは「受取人」
では、どのような場合に入院給付金を受け取ると問題になるのでしょうか。その運命を分ける最大のポイントは、保険契約で「入院給付金の受取人が誰に指定されているか」という点です。受取人が故人本人なのか、それとも配偶者や子などの相続人なのかによって、その給付金が「相続財産」になるか「受取人固有の財産」になるかが決まります。
入院給付金を受け取ると相続放棄できなくなるケース
ここでは、入院給付金を受け取ってしまうと、相続放棄ができなくなる可能性が非常に高いケースについて詳しく見ていきましょう。ご自身がこのケースに当てはまらないか、しっかりと確認してください。
受取人が「亡くなった方(被相続人)」の場合
保険契約書や保険証券を確認した際に、入院給付金の受取人が「被保険者本人(=亡くなった方)」となっている場合、注意が必要です。この場合、入院給付金を受け取る権利は故人のもの、つまり「相続財産」となります。
相続人がこの給付金を請求して受け取る行為は、相続財産を処分・取得したとみなされ、「単純承認」に該当します。一度、単純承認とみなされてしまうと、後から「やはり相続放棄します」ということは原則として認められなくなります。多くの医療保険では、入院給付金の受取人は被保険者本人と定められていることが多いため、請求前には必ず契約内容を確認しましょう。
うっかり受け取ってしまったらどうする?
もし、相続財産にあたる入院給付金だと知らずに受け取ってしまった場合でも、すぐに諦める必要はありません。その受け取ったお金に一切手をつけず、そのままの状態で保管し、速やかに弁護士や司法書士などの専門家に相談してください。事情によっては、相続放棄が認められる可能性も残されています。ただし、「葬儀代に使った」「生活費に充てた」など、一度でも費消してしまうと、単純承認と判断されるリスクが格段に高まります。自己判断で動かず、まずは専門家の指示を仰ぐことが賢明です。
相続放棄しても入院給付金を受け取れるケース
一方で、相続放棄の手続きをしても、問題なく入院給付金を受け取れるケースも存在します。どのような場合なら安心して受け取れるのか、具体的に見ていきましょう。
受取人が「相続人など亡くなった方以外」の場合
保険契約上の入院給付金の受取人が、亡くなった方本人ではなく、配偶者や子など特定の相続人に指定されている場合があります。この場合、入院給付金は相続財産ではなく、「受取人固有の財産」として扱われます。
これは、保険契約に基づき、受取人自身の権利として直接支払われるものだからです。したがって、この給付金を受け取っても単純承認にはならず、その後で問題なく相続放棄の手続きを進めることができます。死亡保険金の受取人が特定の遺族に指定されているケースと同様の考え方です。
契約内容の確認方法
どちらのケースに該当するかを判断するためには、まず手元にある保険証券や保険の約款を確認することが第一です。もし書類が見つからない、または記載内容がよく分からないという場合は、保険会社のお客様センターなどに直接問い合わせてみましょう。その際は、「被相続人〇〇の入院給付金について、契約上の受取人は誰になっていますか?」と明確に質問することが大切です。ここで得た回答が、請求できるかどうかの重要な判断材料になります。
入院給付金以外の給付金や還付金はどうなる?
故人が亡くなった後には、入院給付金以外にもさまざまな給付金や還付金が発生することがあります。これらの扱いも基本的には「誰が受取人か」という点で判断しますが、少し特殊なものもあるので確認しておきましょう。
高額療養費の還付金
高額療養費制度とは、1か月の医療費の自己負担額が上限を超えた場合に、その超えた分が後から払い戻される制度です。この還付金の受取人は、法律(国民健康保険法)で原則として「世帯主」と定められています。
したがって、亡くなった方が世帯主だった場合、この還付金は相続財産となります。受け取ってしまうと相続放棄ができなくなる可能性が高いです。一方で、亡くなった方が世帯主の扶養に入っていた場合など、世帯主が別の方であれば、その世帯主固有の権利として受け取ることができます。
その他の給付金・還付金の判断基準まとめ
入院給付金や高額療養費以外にも、さまざまな給付金があります。これらの判断も、すべて「誰が受取人か」という原則に立ち返って考えます。以下に代表的なものを表にまとめました。
| 給付金・還付金の種類 | 判断のポイント(誰の財産か) |
|---|---|
| 入院給付金・手術給付金 | 保険契約で指定された受取人の財産。受取人が故人なら相続財産。 |
| 高額療養費 | 原則として世帯主の財産。故人が世帯主なら相続財産。 |
| 死亡保険金 | 契約で指定された受取人の固有財産(多くは遺族)。 |
| 死亡退職金 | 会社の支給規定による。遺族が受取人と定められていれば固有財産。 |
| 未支給年金 | 生計を同じくしていた遺族の固有の権利として受け取れる。 |
これらの判断に迷う場合は、支払元である役所や保険会社、勤務先などに「このお金は相続財産にあたりますか?」「受取人は誰ですか?」と直接確認することが最も確実です。
入院給付金を受け取った場合の税金
相続放棄をする・しないにかかわらず、故人に関連する給付金を受け取った場合、税金の問題が発生することがあります。特に、固有財産として受け取った場合の扱いは知っておく必要があります。
相続財産として受け取った場合
受取人が故人本人で、その権利を相続人が引き継いで給付金を受け取った場合、これは相続財産の一部となります。そのため、他の財産と合算して相続税の課税対象となります。ただし、この記事を読んでいる方は相続放棄を前提としているため、そもそもこの形で受け取ることは避けるべきです。
固有財産として受け取った場合
受取人が相続人個人に指定されており、固有財産として受け取った場合、これは税法上「みなし相続財産」として扱われ、相続税の課税対象となります。これは、故人の死亡を原因として受け取る財産であるためです。
ただし、生命保険金(死亡保険金)には、「500万円 × 法定相続人の数」で計算される非課税枠があります。注意点として、相続放棄をした人は、この生命保険金の非課税枠を利用することができません。たとえ保険金を受け取ったとしても、非課税の恩恵は受けられないため、相続税の計算上は不利になる可能性があることを覚えておきましょう。
まとめ
亡くなった方の入院給付金を請求する前に、必ず確認すべきポイントをもう一度おさらいしましょう。
- 最優先で確認すること:保険契約上の入院給付金の受取人が誰か。
- 相続放棄できなくなるケース:受取人が亡くなった方(被保険者本人)の場合。これは相続財産にあたるため、請求・受領すると単純承認とみなされる可能性が高いです。
- 相続放棄しても受け取れるケース:受取人が配偶者や子など、亡くなった方以外の場合。これは受取人固有の財産なので、受け取っても問題ありません。
- 迷ったらどうする:高額療養費やその他の給付金も含め、判断に少しでも迷いがあれば、安易に請求手続きを進めず、まずは弁護士や司法書士といった相続の専門家に相談してください。
相続放棄は、一度手続きに失敗すると取り返しがつかないことが多いです。大切なご家族を亡くされた悲しみの中で大変かと思いますが、後で後悔しないためにも、慎重な行動を心がけましょう。
参考文献
入院給付金の請求と相続放棄に関するよくある質問まとめ
Q. 入院給付金の受取人が亡くなった本人(被相続人)になっている場合はどうなりますか?
A. 受取人が亡くなった本人(被相続人)の場合、入院給付金は相続財産となります。この場合、相続人が給付金を請求・受領すると、財産を相続したとみなされ(単純承認)、原則として相続放棄ができなくなりますので注意が必要です。
Q. 入院給付金と死亡保険金は、相続放棄において同じ扱いですか?
A. はい、多くの場合で同じ扱いです。死亡保険金も入院給付金と同様に、受取人として指定された人の固有の財産とされ、相続財産には含まれません。ただし、受取人が被相続人本人になっている場合は相続財産となります。
Q. 相続放棄を検討していますが、故人の入院費の支払いはどうすればよいですか?
A. 故人の預金など相続財産から入院費を支払うと、相続を承認したとみなされ、相続放棄ができなくなる可能性があります。支払う必要がある場合は、相続人自身の財産から支払うなどの対応が必要です。まずは専門家へご相談ください。
Q. 相続放棄ができる期間はいつまでですか?
A. 相続放棄は、原則として「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」に家庭裁判所に申述する必要があります。この期間を「熟慮期間」と呼びます。
Q. すでに入院給付金を請求してしまいましたが、相続放棄はもう不可能ですか?
A. 受取人が誰になっているかによります。受取人があなた(相続人)であれば、固有の財産なので問題なく相続放棄できます。受取人が亡くなった本人だった場合は原則として相続放棄は難しくなりますが、事情によっては可能な場合もあるため、速やかに弁護士などの専門家にご相談ください。