複数の会社を経営されている方にとって、ご自身の万が一の際に遺されるご家族への備えは非常に重要なテーマですよね。特に、それぞれの会社から支払われる「死亡退職金」は、ご家族の生活を守る大切なお金です。この死亡退職金には相続税がかからない「非課税枠」という制度があるのですが、「2つの会社から受け取る場合、非課税枠はそれぞれで使えるの?それとも合計で考えるの?」と疑問に思われる方も多いのではないでしょうか。この疑問、とても大切なポイントです。今回は、複数の会社を経営されている方向けに、死亡退職金の非課税枠の考え方について、わかりやすく解説していきますね。
死亡退職金と相続税の基本
まず、基本的なところからおさらいしましょう。従業員や役員が亡くなった際に、会社から遺族へ支払われるお金が「死亡退職金」です。これは、本来ご本人が受け取るはずだった退職金なので、亡くなった方の財産とみなされ、原則として相続税の課税対象となります。これを「みなし相続財産」と呼びます。
死亡退職金の非課税枠とは?
死亡退職金は、遺されたご家族の生活保障という大切な役割を持っています。そのため、税金の負担が少しでも軽くなるように、「これくらいの金額までは税金をかけませんよ」という特別な枠が設けられています。これが「死亡退職金の非課税枠」です。計算方法は以下の通りです。
| 計算式 | 500万円 × 法定相続人の数 |
例えば、法定相続人が奥様とお子様2人の合計3人いらっしゃる場合、非課税枠は「500万円 × 3人 = 1,500万円」となります。受け取った死亡退職金のうち、1,500万円までは相続税がかからないということですね。
法定相続人の数え方
「法定相続人」とは、法律で定められた相続人のことです。基本的には、亡くなった方の配偶者と、血縁関係にある人が優先順位に沿って相続人となります。ここで注意したいのが、相続放棄をした人がいても、非課税枠の計算ではその人を含めて数えるという点です。また、養子がいる場合は、法定相続人の数に含める人数に制限があります。
| 実子がいる場合 | 養子は1人までカウント |
| 実子がいない場合 | 養子は2人までカウント |
誰が法定相続人になるかによって非課税枠の金額が大きく変わるため、正確に把握しておくことが大切です。
非課税枠を超えたらどうなる?
受け取った死亡退職金の合計額が、この非課税枠を超えてしまった場合はどうなるのでしょうか。その場合は、超えた部分の金額だけが相続税の課税対象となります。全額に税金がかかるわけではないので、ご安心くださいね。
(例)死亡退職金2,000万円、非課税枠1,500万円の場合 → 2,000万円 – 1,500万円 = 500万円が課税対象
2つの会社から死亡退職金を受け取る場合の非課税枠
ここからが本題です。A社とB社、2つの会社を経営していて、それぞれから死亡退職金が支払われる場合、非課税枠の計算はどうなるのでしょうか。多くの方が「会社ごとに枠があるのかな?」と考えてしまうかもしれませんが、実は違うんです。
非課税枠は「合計」で考えるのが正解!
結論からお伝えしますと、死亡退職金の非課税枠は、受け取る会社の数にかかわらず、亡くなった方(被相続人)一人につき一つです。つまり、A社とB社から受け取る死亡退職金をすべて合計した金額に対して、一つの非課税枠(500万円 × 法定相続人の数)を適用します。会社ごとに非課税枠が用意されているわけではない、という点をしっかり押さえておきましょう。
具体的な計算例で見てみましょう
言葉だけだと少し分かりにくいかもしれませんので、具体的な例で計算してみましょう。
【モデルケース】
- 経営者:A社とB社を経営
- 法定相続人:妻、子2人(合計3人)
- A社からの死亡退職金:2,000万円
- B社からの死亡退職金:1,000万円
ステップ1:非課税枠を計算する
まず、非課税枠の金額を計算します。法定相続人は3人なので、
500万円 × 3人 = 1,500万円
ステップ2:受け取る死亡退職金を合計する
次に、A社とB社から受け取る死亡退職金を合計します。
2,000万円(A社) + 1,000万円(B社) = 3,000万円
ステップ3:課税対象額を計算する
最後に、合計額から非課税枠を差し引いて、相続税の課税対象となる金額を計算します。
3,000万円(合計額) – 1,500万円(非課税枠) = 1,500万円
このケースでは、1,500万円が相続税の課税対象となるわけですね。
死亡退職金と似ている「弔慰金」との違い
死亡退職金と一緒によく耳にするのが「弔慰金(ちょういきん)」です。これは、亡くなった方を弔い、ご遺族を慰めるために会社から支払われるお金で、福利厚生の一環としての意味合いが強いものです。死亡退職金とは性質が異なるため、税金の取り扱いも少し違います。
弔慰金にも非課税枠がある
弔慰金にも相続税がかからない非課税枠がありますが、死亡退職金とは計算方法が全く異なります。亡くなった原因が業務に関係するかどうかで、非課税になる金額が変わるのが特徴です。
| 業務上の死亡の場合 | 死亡時の普通給与の3年分(36ヶ月分) |
| 業務外の死亡の場合 | 死亡時の普通給与の半年分(6ヶ月分) |
※普通給与とは、基本給に扶養手当などを含めた月々のお給料のことで、賞与(ボーナス)は含みません。
【重要】弔慰金の非課税枠は「会社ごと」に計算する
ここが非常に重要なポイントです。死亡退職金の非課税枠は「合計」で一つでしたが、弔慰金の非課税枠は「会社ごと」にそれぞれ計算することができます。これは大きな違いなので、ぜひ覚えておいてください。
弔慰金の非課税枠を超えたら?
もし、会社から支払われた弔慰金が上記の非課税枠を超えてしまった場合、その超えた部分の金額は「死亡退職金」として扱われます。そして、他の死亡退職金と合算して、先ほどの「500万円 × 法定相続人の数」の非課税枠を適用することになります。
【実践編】2社から死亡退職金と弔慰金を受け取る計算例
それでは、これまでの内容をまとめた、少し複雑なケースでシミュレーションしてみましょう。これが理解できれば、もう安心です。
計算の順番が大切
複数の会社から死亡退職金と弔慰金の両方を受け取る場合、以下の順番で計算を進めると分かりやすいですよ。
- 会社ごとに、弔慰金の非課税枠を計算する。
- 弔慰金の非課税枠を超えた金額があれば、それを「みなし死亡退職金」として把握する。
- 元々の死亡退職金と、2の「みなし死亡退職金」をすべて合計する。
- 3の合計額に対して、死亡退職金の非課税枠(500万円 × 法定相続人の数)を適用する。
シミュレーションで理解を深めよう
【モデルケース】
- 経営者:A社とB社を経営(業務外の死亡)
- 法定相続人:妻、子2人(合計3人)
- A社:死亡退職金 1,000万円、弔慰金 500万円(普通給与月額60万円)
- B社:死亡退職金 800万円、弔慰金 400万円(普通給与月額50万円)
ステップ1:【会社ごと】に弔慰金の非課税枠を計算
- A社の弔慰金非課税枠:60万円 × 6ヶ月 = 360万円
- B社の弔慰金非課税枠:50万円 × 6ヶ月 = 300万円
ステップ2:弔慰金の超過額(みなし死亡退職金)を計算
- A社の超過額:500万円 – 360万円 = 140万円(みなし死亡退職金)
- B社の超過額:400万円 – 300万円 = 100万円(みなし死亡退職金)
ステップ3:死亡退職金の総額を【合計】する
元々の死亡退職金と、ステップ2で計算した「みなし死亡退職金」をすべて足し合わせます。
1,000万円(A社退職金) + 800万円(B社退職金) + 140万円(A社超過分) + 100万円(B社超過分) = 2,040万円
ステップ4:死亡退職金の非課税枠を適用し、課税対象額を計算
死亡退職金の非課税枠は「500万円 × 3人 = 1,500万円」です。これをステップ3の合計額から差し引きます。
2,040万円(死亡退職金総額) – 1,500万円(非課税枠) = 540万円
この複雑なケースでは、最終的に540万円が相続税の課税対象になる、という計算結果になりました。
申告手続きについて
死亡退職金や弔慰金を受け取り、財産の総額が基礎控除額(3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数)を超える場合は、相続税の申告が必要です。その際、死亡退職金に関する内容は、相続税申告書の第10表「退職手当金などの明細書」という書類に記載することになります。計算が複雑になることも多いので、不安な場合は税理士などの専門家に相談することをおすすめします。
まとめ
今回は、2つの会社を経営されている方の死亡退職金の非課税枠について解説しました。最後に大切なポイントをもう一度おさらいしましょう。
- 死亡退職金の非課税枠(500万円 × 法定相続人の数)は、会社ごとではなく、受け取る退職金をすべて【合計】して適用する。
- 弔慰金の非課税枠は【会社ごと】に計算できる。
- 弔慰金の非課税枠を超えた部分は死亡退職金と合算される。
- 計算の順番を間違えないことが、正確な納税額を把握するカギ。
ご自身の会社の退職金規程などを確認し、万が一の際にどのくらいの死亡退職金や弔慰金が支払われるのかを把握しておくことも、大切な生前対策の一つです。この情報が、皆様の安心につながれば幸いです。
参考文献
複数経営者のための死亡退職金非課税枠のよくある質問まとめ
Q.2つの会社を経営しています。死亡退職金の非課税枠は、それぞれの会社で使えますか?
A.いいえ、使えません。死亡退職金の非課税枠は被相続人1人に対して適用されるため、複数の会社から受け取る死亡退職金をすべて合計した金額に対して、1つの非課税枠を適用します。
Q.死亡退職金の非課税枠はどのように計算しますか?
A.「500万円 × 法定相続人の数」という計算式で算出します。例えば、法定相続人が配偶者と子供2人の合計3人であれば、非課税枠は1,500万円になります。
Q.複数の会社から死亡退職金を受け取る場合の具体的な計算例を教えてください。
A.法定相続人が2人(非課税枠1,000万円)で、A社から1,500万円、B社から1,000万円の死亡退職金を受け取る場合、合計2,500万円から非課税枠1,000万円を差し引いた1,500万円が相続税の課税対象となります。
Q.各社への手続きで注意すべきことはありますか?
A.はい。最初に死亡退職金を受け取る会社に提出する「退職手当金等受給者別支払調書」に、他の会社から受け取る予定の死亡退職金の額を記載する必要があります。これにより非課税枠の計算が正しく行われます。
Q.死亡退職金を受け取るタイミングが会社ごとにずれた場合はどうなりますか?
A.受け取り時期がずれても、相続税の申告時にはすべての死亡退職金を合算して計算します。先に受け取った退職金で非課税枠を使い切ってしまうと、後から受け取る退職金には非課税枠が適用できないため、申告時に注意が必要です。
Q.この非課税枠は、役員だけでなく従業員の場合も同じですか?
A.はい、同じです。死亡退職金の非課税枠の考え方は、役員か従業員かという立場に関わらず、被相続人が複数の勤務先から死亡退職金を受け取る場合に同様に適用されます。