ご自身が個人で所有しているアパートを、資産管理会社などの法人へ移したいと考えたことはありませんか?その方法の一つに「現物出資」という手続きがあります。特に税金の負担を軽くできる「適格現物出資」は、ぜひ知っておきたい制度です。この記事では、個人が法人へアパートを適格現物出資する際の、具体的な効果や満たすべき要件、注意点について、専門的な内容をできるだけわかりやすく、丁寧にご紹介しますね。
アパートの現物出資とは?基本を理解しよう
まずは「現物出資」という言葉自体に馴染みがない方もいらっしゃるかもしれませんね。ここでは、アパートを法人に移す際の基本的な仕組みと、その目的について見ていきましょう。
現物出資の仕組みをわかりやすく
現物出資とは、会社を設立したり、増資したりする際に、お金(現金)の代わりに不動産や車、有価証券といった「現物」で出資をすることです。今回の場合、あなたが所有するアパートを法人に出資し、その見返りとして、その法人の株式を受け取る、という流れになります。アパートを法人に売却するのとは違い、現金のやり取りなしで資産を法人に移せるのが特徴です。
なぜアパートを法人に移すの?主な目的
個人所有のアパートを法人に移す(法人化する)ことには、いくつかのメリットがあります。主な目的は以下の通りです。
- 所得税の節税:個人の所得税は累進課税で税率が最大45%ですが、法人税の実効税率は20%~30%台です。所得が高くなるほど、法人の方が税率を抑えられる可能性があります。
- 相続対策:不動産のまま相続すると評価額が高くなりがちで、分割も難しいですが、法人の株式として相続することで、評価額をコントロールしやすくなったり、株式で分割しやすくなったりします。
- 経費計上の範囲拡大:個人事業主よりも法人の方が、経費として認められる範囲が広くなることがあります(役員報酬や退職金など)。
現物出資と売買の違い
資産を法人に移す方法として「売買」も考えられますが、「現物出資」とはどのような違いがあるのでしょうか。下の表で簡単に比較してみましょう。
項目 | 現物出資 |
---|---|
対価 | 法人の株式 |
現金の動き | なし(税金の支払いは別途必要) |
個人の税金(原則) | 譲渡所得税が課税される(含み益に対して) |
手続き | 不動産鑑定や登記など複雑な場合が多い |
項目 | 個人から法人への売買 |
---|---|
対価 | 現金 |
現金の動き | あり(法人が個人に購入代金を支払う) |
個人の税金 | 譲渡所得税が課税される(譲渡益に対して) |
手続き | 一般的な不動産売買と同様 |
適格現物出資とは?税金がお得になる仕組み
現物出資には、税金の取り扱いが大きく異なる「適格現物出資」と「非適格現物出資」の2種類があります。この違いを理解することが、節税を考える上で非常に重要です。
適格現物出資の最大の効果:譲渡損益の繰り延べ
適格現物出資の最大のメリットは、譲渡損益の繰り延べが認められる点です。通常、不動産を時価で譲渡すると、購入した時からの値上がり益(含み益)に対して譲渡所得税が課税されます。しかし、適格現物出資と認められれば、アパートを時価ではなく簿価(取得価額)で法人に引き継いだものとして扱われます。そのため、現物出資の時点では譲渡所得税が課税されません。
例えば、5,000万円で購入したアパートが、現物出資する時点で時価1億円になっていたとします。この場合、差額の5,000万円が値上がり益ですが、適格現物出資ならこの利益に対する課税が、将来法人がそのアパートを売却する時まで繰り延べられるのです。これは非常に大きな節税効果ですよね。
非適格現物出資の場合の税金
一方、適格要件を満たさない「非適格現物出資」の場合は、原則通りアパートを時価で法人に譲渡したとみなされます。先ほどの例で言えば、値上がり益である5,000万円に対して、個人の譲渡所得税(所有期間に応じて約20%または約39%)が課税されてしまいます。手元に現金が入るわけではないのに、多額の税金を納めなければならない可能性があるため注意が必要です。
【最重要】個人から法人への適格現物出資の要件
「それなら絶対に、適格現物出資を選びたい!」と思いますよね。しかし、実は個人が法人に対して適格現物出資を行うための要件は、非常に厳しいのが現実です。ここでは、その具体的な要件について詳しく見ていきましょう。
個人と法人で異なる適格要件のハードル
法人税法で定められている適格現物出資のルールは、もともと法人同士のグループ内再編などを想定して作られています。そのため、個人から法人への出資が適格と認められるケースは、かなり限定されています。
個人が満たすべき「完全支配関係」とは
個人が法人に対してアパートを現物出資し、それが「適格」と認められるためには、原則としてその現物出資によって、出資者である個人がその法人の発行済株式の100%を所有する関係(完全支配関係)になる必要があります。
具体的には、以下のようなケースが考えられます。
- これから設立する新会社に現物出資するケース:あなたが100%の株主となる資産管理会社を新たに設立し、その設立時にアパートを現物出資する場合。
- 自分が100%株主である既存の会社に現物出資するケース:すでにあなたが100%の株式を保有している法人に対して、追加でアパートを現物出資(増資)する場合。
この「100%支配」という点が、個人における適格現物出資の最も重要なポイントです。
要件を満たせないケース
逆に言えば、上記以外のケースでは基本的に適格現物出資とは認められません。例えば、あなた以外に株主がいる既存の法人(例:兄弟で株式を持ち合っている会社)に現物出資をしても、出資後にあなたの持株比率が100%にならない限り、非適格現物出資となり、譲渡所得税が課税されてしまいます。
アパートを現物出資する際の手続きと注意点
適格現物出資の要件を満たせる見込みが立った場合、次は具体的な手続きを進めることになります。手続きは複雑で、注意すべき点もいくつかあります。
手続きの流れ
一般的な手続きの流れは以下のようになります。
- アパートの時価評価:不動産鑑定士に依頼し、現物出資するアパートの客観的な時価を評価してもらいます。
- 定款への記載:会社の定款に、現物出資する人の氏名、出資する財産(アパート)、その価額、割り当てる株式数などを記載します。(これを変態設立事項といいます)
- 検査役の調査:原則として、裁判所が選任した検査役に、財産の価額が妥当か調査してもらう必要があります。(ただし、出資額が500万円以下である場合や、弁護士・税理士・不動産鑑定士の証明がある場合は省略できます)
- 財産引継書の作成:出資者から法人へ、確かにアパートが引き継がれたことを証明する書類を作成します。
- 登記申請:法務局で、会社の設立登記または増資の変更登記と、アパートの所有権移転登記を行います。
注意点1:不動産鑑定評価と価額の妥当性
現物出資するアパートの価額は、客観的で妥当なものでなければなりません。恣意的に高い価格を設定すると、後で税務署から指摘を受けたり、他の株主との間でトラブルになったりする可能性があります。そのため、不動産鑑定士による鑑定評価を取得することが強く推奨されます。
注意点2:不動産取得税と登録免許税
適格現物出資によって譲渡所得税の支払いは繰り延べられますが、法人側で支払わなければならない税金があります。それが「不動産取得税」と「登録免許税」です。これらは現金で納付する必要があるため、あらかじめ資金を準備しておくことが大切です。
税金の種類 | 税率の目安 |
---|---|
不動産取得税 | 土地・住宅:固定資産税評価額の3% 住宅以外の建物:固定資産税評価額の4% |
登録免許税 | 土地・建物:固定資産税評価額の2% |
※税率には軽減措置が適用される場合があります。
注意点3:消費税の課税
アパートの建物部分の現物出資は、消費税の課税対象となります。あなた自身が課税事業者(通常、2年前の課税売上高が1,000万円超の場合など)に該当する場合、法人から消費税を受け取り、国に納める必要があります。土地は非課税です。
適格現物出資が難しい場合の代替案
「100%支配の要件は満たせない…」という方もいらっしゃるでしょう。その場合に検討できる、他の方法もご紹介します。
代替案1:法人への低額譲渡
アパートを時価よりも低い価額で法人に売却する方法です。ただし、この方法は税務上、非常に注意が必要です。時価と売却価額の差額が、個人から法人への「贈与」とみなされ、法人側に受贈益として法人税が課税されます。さらに、個人側も時価で売却したものとみなされ(みなし譲渡)、結局、譲渡所得税が課されてしまう可能性が高いです。安易な実行は避け、専門家と慎重に検討する必要があります。
代替案2:時価での通常売買
最もシンプルで分かりやすいのは、時価で法人に売却する方法です。もちろん譲渡所得税はかかりますが、税務上のリスクは最も低いと言えます。法人側は購入資金を準備する必要がありますが、金融機関からの借入などを検討することになります。結局、どの方法が最も有利かは、資産の状況や個人の所得状況によって変わるため、総合的なシミュレーションが欠かせません。
まとめ
いかがでしたでしょうか。個人が所有するアパートを法人へ移す「適格現物出資」について、その効果と要件をまとめます。
- 個人から法人への適格現物出資は、アパートの値上がり益に対する譲渡所得税の課税を繰り延べられる大きなメリットがあります。
- ただし、適格と認められるには、原則として出資後に個人がその法人を100%支配するという非常に厳しい要件を満たす必要があります。
- 譲渡所得税はかからなくても、法人側で不動産取得税や登録免許税の負担が発生し、これらは現金での納付が必要です。
- 手続きは複雑で、不動産の評価や税務判断など専門的な知識が不可欠です。必ず税理士や司法書士などの専門家へ相談しながら進めるようにしましょう。
ご自身の資産を次の世代へどう繋いでいくか、どう守っていくかを考える上で、法人化は有効な選択肢の一つです。この記事が、その第一歩を考えるきっかけになれば幸いです。
アパートの適格現物出資に関するよくある質問まとめ
Q. アパートの適格現物出資とは、簡単に言うと何ですか?
A. 個人が所有するアパートを、新しく設立した自分の会社などにお金ではなく「物」で出資することです。一定の要件を満たすことで、税制上の優遇措置が受けられる現物出資を「適格現物出資」と呼びます。
Q. 適格現物出資をする最大のメリット(効果)は何ですか?
A. アパートを個人から法人へ移す際に発生する「譲渡所得税」の支払いを、将来法人がそのアパートを売却する時まで繰り延べ(先送り)できる点です。これにより、手元の資金を減らさずに法人化を進められます。
Q. 適格現物出資と認められるための主な要件は何ですか?
A. 最も一般的な要件は、出資する個人が、出資先の法人の株式を100%保有する「完全支配関係」があることです。この関係が、資産の移転後も継続することが求められます。
Q. 適格現物出資をすれば、税金は一切かからないのですか?
A. いいえ。譲渡所得税は繰り延べられますが、不動産の名義変更に伴う「登録免許税」や、法人にかかる「不動産取得税」は通常通り課税されます。これらの費用は別途準備が必要です。
Q. 適格現物出資のデメリットや注意点はありますか?
A. 法人の設立・維持コスト(税理士報酬や法人住民税など)が発生します。また、税務上の手続きが複雑で専門知識を要するため、専門家への依頼がほぼ必須となります。繰り延べた税金は免除ではない点も注意が必要です。
Q. どんな人がアパートの適格現物出資を検討すべきですか?
A. 個人の所得税率が高くなってきた不動産オーナーで、今後も長期的にそのアパートを所有し、法人として不動産事業を拡大していきたいと考えている方に向いています。