ご家族が亡くなられた後、遺産相続の手続きを進めることになりますが、「もしかしたら借金があるかもしれない…」と不安に思うことはありませんか?相続する財産には、預貯金や不動産といったプラスの財産だけでなく、借金やローンなどのマイナスの財産も含まれます。もし借金の方が多いと、相続人がご自身の財産で返済しなければならないケースも。そんな時に役立つのが「限定承認」という手続きです。あまり知られていませんが、知っておくと、いざという時にあなたとご家族の財産を守るための心強い選択肢になりますよ。今回は、この限定承認の手続きについて、優しく丁寧に解説していきますね。
限定承認ってどんな制度?相続の3つの選択肢
相続が始まったとき、私たち相続人には大きく分けて3つの選択肢があります。それは「単純承認」「相続放棄」、そして今回ご紹介する「限定承認」です。それぞれに特徴があり、状況によって最適な選択は変わってきます。まずは、それぞれの違いを理解して、限定承認がどのような位置づけなのかを知ることから始めましょう。
限定承認とは?
限定承認とは、一言でいうと「相続で得たプラスの財産の範囲内で、借金などのマイナスの財産を引き継ぐ」という条件付きの相続方法です。例えば、故人の財産を調べた結果、預貯金が500万円あり、借金が800万円あったとします。この場合、限定承認の手続きをすると、相続した500万円を上限として借金を返済すればよく、残りの300万円の借金については返済する義務がなくなります。もしプラスの財産の方が多ければ、借金をすべて返済した後に残った財産を受け取ることができる、とても合理的な制度なんです。
相続放棄との違いは?
「借金があるなら相続放棄すればいいのでは?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんね。相続放棄は、プラスの財産もマイナスの財産もすべてを放棄する手続きです。借金を引き継がなくて済む代わりに、たとえ後から価値のある財産が見つかっても、それを相続することはできません。限定承認は、プラスの財産が残る可能性を残せる点が大きな違いです。
項目 | 限定承認 |
相続する財産 | プラスの財産の範囲内でマイナスの財産を相続。残ればプラスの財産を取得できる。 |
手続きの要件 | 相続人全員で共同して申し立てる必要がある。 |
項目 | 相続放棄 |
相続する財産 | プラスの財産もマイナスの財産も一切相続しない。 |
手続きの要件 | 各相続人が単独で申し立てることができる。 |
単純承認との違いは?
単純承認は、プラスの財産もマイナスの財産もすべて無条件に引き継ぐ方法です。もし、800万円の借金と500万円の財産を単純承認で相続してしまうと、財産で返済しきれなかった300万円は、相続人自身の財産から支払う義務が生じます。限定承認は、この「相続人の固有財産を守る」という点で、単純承認とは根本的に異なります。
限定承認を選ぶべき?3つのチェックポイント
限定承認は、特に次のような状況で力を発揮します。ご自身の状況が当てはまるか、チェックしてみてください。
財産と借金のどちらが多いか分からないとき
故人が個人で事業をされていたり、誰かの連帯保証人になっている可能性があったりすると、亡くなられた直後には財産の全体像を把握するのが難しいことがあります。後から思いがけない多額の借金が発覚するリスクも。このような財産状況が不透明な場合に限定承認をしておけば、万が一借金がプラスの財産を上回っていても、ご自身の財産まで手放す必要がなく安心です。
借金が多くても「どうしても残したい財産」があるとき
「借金の方が多いかもしれないけれど、先祖代々の土地や、家族で暮らしてきた自宅だけはどうしても手放したくない…」。そんな切実な思いがある場合も、限定承認が有効です。限定承認には「先買権(さきがいけん)」という権利があり、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価額を支払うことで、その財産を優先的に買い取ることができます。これにより、大切な財産を競売にかけられることなく、手元に残せる可能性があるのです。
次の順位の相続人に迷惑をかけたくないとき
もしあなたが相続放棄をすると、相続権は次の順位の相続人(例えば、親や兄弟姉妹)に移ってしまいます。借金の存在を知らずに単純承認してしまうリスクを、他の親族にまで負わせてしまう可能性があるのです。一方で、限定承認は相続人全員で行うため、その手続きをもって相続関係は完結します。自分たちの代で責任をもって清算し、他の親族に迷惑をかけずに済むというメリットもあります。
ここが知りたい!限定承認のメリットとデメリット
限定承認を検討する上で、良い点と注意すべき点の両方をしっかり理解しておくことが大切です。ここではメリットとデメリットを分かりやすく整理しました。
限定承認の2つの大きなメリット
限定承認の最大のメリットは、やはり「相続財産以上の借金を返済する義務がない」ことです。これにより、相続人は自身の生活基盤を守りながら、故人の債務を清算できます。もう一つの大きなメリットは、先ほども触れた「先買権」の存在です。たとえ債務超過であっても、適正な価格を支払うことで、自宅や事業用の資産など、かけがえのない財産を確保できる道が残されています。
知っておきたい3つのデメリット
一方で、限定承認には注意すべき点もあります。まず、「相続人全員の同意が必要」であること。一人でも単純承認を希望する人がいると、限定承認はできません。次に、「手続きが非常に複雑で時間がかかる」点です。申立てから財産の清算が終わるまで、半年から1年以上かかることも珍しくありません。そして最後に、「みなし譲渡所得税」という税金がかかる可能性があることです。これについては後ほど詳しくご説明しますね。
限定承認の具体的な手続きの流れ
限定承認の手続きは、専門的な知識が必要で、期限も厳しく定められています。大まかな流れを知っておきましょう。
ステップ1:家庭裁判所への申立て(期限は3ヶ月!)
限定承認をするには、自己のために相続の開始があったことを知った時(通常は被相続人が亡くなった日)から3ヶ月以内に、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に「限定承認の申述」を行う必要があります。この3ヶ月という期間は「熟慮期間」と呼ばれ、これを過ぎると自動的に単純承認したとみなされてしまうので、注意が必要です。
【申立てに必要な主なもの】
費用 | 収入印紙800円分、連絡用の郵便切手代 |
書類 | 申述書、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本、相続人全員の戸籍謄本、財産目録など |
ステップ2:官報公告と債権者への催告
家庭裁判所に申述が受理されると、相続人は「限定承認をしたこと」と「一定期間内に債権を申し出るように」という内容を、国の新聞である官報に掲載(公告)しなければなりません。この公告手続きは、申述が受理されてから5日以内(相続財産清算人が選任された場合は10日以内)と非常に短いため、あらかじめ準備しておく必要があります。また、既に知っている債権者には、個別に内容証明郵便などで通知(催告)します。
ステップ3:相続財産の換価と債権者への弁済
公告期間(2ヶ月以上)が満了したら、相続財産を現金に換える手続き(換価)を進めます。不動産などは原則として競売にかけることになります。こうして集めたお金を、申し出のあった債権者に法律で定められた優先順位に従って支払っていきます。財産が足りず、全額を支払えない場合は、債権額に応じて按分して弁済します。
ステップ4:残った財産の取得
すべての債権者への弁済が終わった後、もし財産が残っていれば、その残余財産を相続人が受け取ることができます。この段階で初めて、相続の恩恵を受けることができるのです。
要注意!限定承認にかかる税金の話
限定承認を選ぶ際に、必ず知っておかなければならないのが税金の問題です。特に「みなし譲渡所得税」は大きなポイントになります。
みなし譲渡所得税とは?
限定承認をすると、税法上、「被相続人から相続人へ、相続開始時の時価で財産が売却(譲渡)された」ものとみなされます。もし、その財産(特に不動産や株式など)が、被相続人が取得した時よりも値上がりしていた場合、その値上がり益(譲渡所得)に対して所得税が課税されるのです。これを「みなし譲渡所得税」と呼びます。この税金は被相続人の債務として扱われますが、相続財産から支払う必要があります。納税は、相続の開始があったことを知った日の翌日から4ヶ月以内に、相続人が被相続人の代わりに確定申告(準確定申告)をして行います。
相続税はかかるの?
限定承認は、借金などのマイナスの財産が多いケースで利用されるため、結果的に相続税がかかることは稀です。しかし、債務をすべて弁済した後に残った財産が、相続税の基礎控除額(3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数)を超える場合には、相続税の申告と納税が必要になります。
まとめ
限定承認は、手続きが複雑で相続人全員の協力が必要なため、利用される件数は多くありません。しかし、「財産状況がはっきりしない」「借金はあるけれど、どうしても守りたい財産がある」といった特定の状況においては、相続人とその家族の未来を守るための非常に有効な選択肢となります。手続きには3ヶ月という厳しい期限があり、法律や税金の専門的な知識も不可欠です。もし限定承認を少しでもお考えなら、一人で悩まず、できるだけ早く弁護士や司法書士、税理士といった専門家に相談することをおすすめします。専門家と一緒に、ご自身にとって最善の道を見つけていきましょう。
参考文献
限定承認手続きのよくある質問まとめ
Q. 限定承認とはどのような手続きですか?
A. 限定承認とは、被相続人(亡くなった方)のプラスの財産の範囲内で借金などのマイナスの財産を相続する方法です。相続財産がプラスになるかマイナスになるか不明な場合に有効な手続きです。
Q. 限定承認のメリットとデメリットは何ですか?
A. メリットは、借金がプラスの財産を超えても超過分を支払う義務がない点です。デメリットは、相続人全員で手続きを行う必要があり、手続きが複雑で時間がかかる点です。
Q. どんな場合に限定承認を選ぶべきですか?
A. 借金の有無や総額がはっきりせず、財産調査に時間がかかる場合や、自宅など特定の財産を手元に残したいが借金も多い可能性がある場合に選択肢となります。
Q. 限定承認の手続きはどこに申し立てますか?
A. 被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に、相続人全員が共同で申述(申し立て)をする必要があります。
Q. 限定承認の手続きには期限がありますか?
A. 原則として、自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内に家庭裁判所に申述する必要があります。この期間を「熟慮期間」といいます。
Q. 相続人のうち一人だけが反対していても限定承認はできますか?
A. いいえ、できません。限定承認は相続人全員が共同で行う必要があります。一人でも単純承認をしたり、期限内に手続きをしなかったりすると、限定承認はできなくなります。