ご家族が亡くなられて相続財産を調べていると、亡くなった方(被相続人)のものではなく、配偶者やお子さん名義の通帳が見つかることがありますよね。それは「名義預金」かもしれません。この名義預金は、相続財産として扱われるため、遺産の分け方を話し合う「遺産分割協議」の対象になります。では、その結果をまとめる遺産分割協議書には、名義預金のことを書くべきなのでしょうか?結論から言うと、基本的には書くべきです。この記事では、なぜ名義預金を遺産分割協議書に書く必要があるのか、そして具体的な書き方や注意点について、分かりやすく解説していきます。
そもそも名義預金とは?なぜ相続財産になるの?
まずは、「名義預金」がどういうものなのか、そしてなぜ相続財産になるのかをしっかり理解しておきましょう。ここが全ての基本になります。
名義預金のよくあるケース
名義預金とは、口座の名義人と、その預金を実質的に所有している人(お金を出して管理している人)が違う預金のことを指します。相続の場面では、亡くなった方が家族の名義を借りて貯めていた預金が問題になることが多いです。具体的には、以下のようなケースがよく見られます。
- 配偶者名義の預金:専業主婦の奥様が、旦那様から受け取った生活費の残りをコツコツ貯めた「へそくり」など。その原資が旦那様の収入である場合、旦那様の名義預金と判断される可能性があります。
- 子ども・孫名義の預金:お子さんやお孫さんが生まれたときから、将来のために親や祖父母が内緒でお金を積み立てていた口座。通帳や印鑑を親や祖父母が管理している場合が典型例です。
なぜ名義預金が相続財産になるのか
「〇〇の名義なのだから、〇〇のものでしょう?」と思ってしまいますよね。しかし、税務署は名義だけで判断しません。その財産の実質的な所有者が誰なのかという観点で見ます。つまり、以下の点を総合的に見て、亡くなった方の財産かどうかを判断するのです。
- 預金の原資は誰の収入か?(例:亡くなった方の給料や年金が元になっていないか)
- 通帳や印鑑、キャッシュカードは誰が管理していたか?(亡くなった方が管理していたのではないか)
- 口座名義人はその預金の存在を知っていたか?自由に使えたか?(名義人が存在すら知らなかった場合は、典型的な名義預金です)
これらの点から「実質的には亡くなった方の財産」と判断されると、たとえ名義が家族のものであっても、亡くなった方の相続財産として遺産分割や相続税の対象になります。
名義預金と「贈与」の違い
「家族のためにお金をあげていたのだから、贈与じゃないの?」という疑問も出てくるかと思います。贈与がきちんと成立していれば、それはもらった人の財産となり、相続財産には含まれません。しかし、贈与が成立するためには、いくつかの条件があります。
| 贈与が成立する条件 | 「あげます」という意思と「もらいます」という意思が双方にあること。 口約束でも成立しますが、後々のために贈与契約書を作成するのが確実です。 |
| 贈与の事実 | 実際にお金が渡されていること。 |
| 受贈者による管理 | お金をもらった人(受贈者)が、自分で通帳や印鑑を管理し、自由に使える状態であること。 |
これらの条件が満たされておらず、単に名義を借りていただけ、という状態が「名義預金」なのです。
名義預金を遺産分割協議書に書くべき3つの理由
名義預金が相続財産である以上、遺産分割協議書にはっきりと記載することをおすすめします。その理由は大きく分けて3つあります。
理由1:相続財産であることを明確にするため
最も大きな理由は、名義預金が被相続人の相続財産であるということを、相続人全員で確認し、合意するためです。遺産分割協議は、どの遺産を誰がどれだけ相続するかを決めるための話し合いです。名義預金もその「どの遺産」の一つですから、協議の対象に含め、その結果を協議書に明記するのは当然の流れと言えます。
理由2:相続人間のトラブルを未然に防ぐため
遺産分割協議書に記載がないと、後々トラブルの原因になることがあります。例えば、奥様名義の預金が名義預金だと判明したとします。これを遺産分割協議書に書かずにいると、他の相続人から「あの預金も遺産のはずだ。なぜ協議に含めなかったのか」と不満が出たり、逆に奥様が「これは私のものだとみんな認めたはず」と主張したりと、意見が食い違う可能性があります。協議書に明記することで、「この預金は相続財産として、このように分割しました」という相続人全員の合意の証拠となり、将来の紛争を防ぐことにつながります。
理由3:税務署への明確な説明資料になるため
相続税の申告をする際、名義預金は被相続人の財産として申告書に記載します。そのとき、税務署から「なぜ〇〇さん名義の預金を、亡くなった方の財産として申告しているのですか?」と問い合わせが来る可能性があります。その際に、「相続人全員の話し合いで、この預金は被相続人のものであると確認し、遺産分割協議書にもその旨を記載しています」と説明できれば、非常にスムーズです。遺産分割協議書が、申告内容の正当性を裏付ける客観的な証拠になるのです。
【文例付き】遺産分割協議書への名義預金の書き方
では、具体的に遺産分割協議書にはどのように書けばよいのでしょうか。ポイントは、誰が見てもどの預金のことか特定できるように、具体的に書くことです。
基本的な書き方
亡くなった方自身の名義の預金と同じように記載し、誰の名義の口座であるかを書き加えるのが一般的です。残高を記載しても構いませんが、利息などで変動する可能性があるため、記載しないケースもあります。
【文例】
下記の預貯金は、相続人〇〇(妻)が相続する。
-
- 〇〇銀行 〇〇支店 普通預金(相続人 〇〇(妻)名義)
口座番号 1234567
このように、「(〇〇名義)」と書き加えることで、これが名義預金であることを明確にします。
名義人がそのまま相続する場合
最もシンプルなケースです。例えば、妻名義の預金を、遺産分割協議の結果、妻自身が相続する場合です。銀行での名義変更手続きは不要ですが、他の相続人や税務署に対して、「これは遺産分割の結果、正式に妻が取得した財産です」と明らかにするために、協議書への記載は重要です。
名義人以外が相続する場合
例えば、妻名義の預金を、長男が相続するケースです。この場合、手続きが少し複雑になります。銀行はあくまで「妻の預金」として扱いますので、長男が単独で払い戻しをすることはできません。この預金を解約して長男に渡すには、名義人である妻の協力が不可欠です。場合によっては、いったん妻が預金を相続し、その代わりに長男に同等額の現金を渡す「代償分割」という方法をとることもあります。
【代償分割の文例】
1.相続人 〇〇(妻)は、下記の財産を相続する。
〇〇銀行 〇〇支店 普通預金(相続人 〇〇(妻)名義) 口座番号 1234567
2.相続人 〇〇(妻)は、前項の財産を取得する代償として、相続人 △△(長男)に対し、金500万円を令和〇年〇月〇日までに支払うものとする。
名義預金を遺産分割協議書に書かないとどうなる?
もし名義預金の存在に気づきながら、遺産分割協議書に記載しなかった場合、どのようなリスクがあるのでしょうか。
税務調査で申告漏れを指摘されるリスク
最大のリスクは、税務調査で申告漏れを指摘されることです。税務署は、亡くなった方やその家族の過去の収入や資産状況を把握しており、金融機関に照会して家族名義の口座の動きも調べることができます。「家族名義だからバレないだろう」という考えは通用しません。もし申告漏れと判断されると、本来納めるべきだった相続税に加えて、ペナルティの税金が課せられます。
| 過少申告加算税 | 申告した税額が少なかった場合に課されるペナルティ。追加で納める税額の10%~15%が目安。 |
| 重加算税 | 意図的に財産を隠したなど、悪質と判断された場合に課される重いペナルティ。追加で納める税額の35%~40%。 |
| 延滞税 | 納税が遅れた日数に応じて課される利息のようなもの。 |
これらのペナルティは、最初からきちんと申告していれば払わずに済んだお金です。非常に大きな負担となってしまいます。
遺産分割のやり直しなど、相続トラブルに発展する
前述の通り、協議書に記載がないことで、後から相続人の間で「言った、言わない」の争いになる可能性があります。最悪の場合、遺産分割協議そのものが無効とされ、一からやり直しになることも。そうなると、時間も手間も精神的な負担も計り知れません。
名義預金に関するよくある質問
最後に、名義預金と遺産分割協議書に関してよくいただくご質問にお答えします。
Q. 銀行での手続きはどうすればいいですか?
A. 名義預金を名義人自身が相続した場合、銀行での特別な手続きは基本的に不要です。ただし、名義人以外の方が相続する場合は、金融機関によって対応が異なります。一般的には、遺産分割協議書や相続関係を証明する戸籍謄本などを提出し、名義人の協力を得て解約や名義変更の手続きを進めることになります。事前に金融機関に必要書類を確認しておくとスムーズです。
Q. 「協議書に記載のない財産は長男が相続する」という一文で済ませてはいけませんか?
A. このような包括的な条項は、後から見つかった小さな財産などのために記載されることがあり、便利な面もあります。しかし、名義預金のように、すでにその存在が分かっている重要な財産については、この条項に頼るべきではありません。どの財産を指しているかが不明確なため、後々「あの預金も含まれるのか?」といったトラブルの原因になります。分かっている財産は、面倒でも一つひとつ具体的に記載することが、円満な相続の秘訣です。
まとめ
名義預金と遺産分割協議書について、ご理解いただけたでしょうか。最後に大切なポイントをまとめます。
- 名義預金は、名義が誰であれ実質的な所有者が亡くなった方であれば、相続財産となります。
- 相続財産である以上、遺産分割の対象となり、遺産分割協議書に記載するのが原則です。
- 協議書に記載することで、相続人間のトラブルを防ぎ、税務署への説明もスムーズになります。
- 書き方は、金融機関名、支店名、口座番号などに加え、「(〇〇名義)」と誰の名義であるかを明記しましょう。
- 記載を怠ると、税務調査でのペナルティや、相続トラブルのリスクが高まります。
名義預金の判断や遺産分割協議書の作成は、専門的な知識が必要になる場面も少なくありません。もし少しでも不安な点があれば、相続に詳しい税理士などの専門家に相談することをおすすめします。
参考文献
国税庁 タックスアンサー「No.4402 贈与税がかかる場合」
名義預金と遺産分割協議書のよくある質問まとめ
Q.名義預金は遺産分割協議書に記載する必要があるのですか?
A.はい、記載する必要があります。名義預金は、亡くなった方(被相続人)の財産とみなされるため、相続財産として遺産分割協議書に明記し、相続人間で分割方法を協議する必要があります。
Q.名義預金を遺産分割協議書に書かなかったらどうなりますか?
A.遺産分割協議が無効になったり、後から相続人間のトラブルに発展したりする可能性があります。また、税務調査で指摘され、追徴課税や延滞税などが課されるリスクがあります。
Q.「名義預金」とは具体的にどのような預金のことですか?
A.亡くなった方が資金を出し、配偶者や子、孫などの名義で作成した預金口座のことです。口座の名義人と実際の所有者が異なる預金のことを指します。
Q.遺産分割協議書には名義預金をどのように書けばよいですか?
A.「被相続人〇〇(亡くなった方の氏名)の実質的財産である下記預金」などと明記した上で、金融機関名、支店名、口座種別、口座番号、名義人、金額を記載し、誰が相続するかを明確にします。
Q.名義預金は税務署にバレるのでしょうか?
A.税務署は亡くなった方やその家族の過去のお金の流れを調査する権限を持っています。そのため、贈与の実態がない名義預金は高い確率で把握されると考えた方がよいでしょう。
Q.相続人全員が合意すれば、名義預金を遺産分割の対象にしなくても問題ないですか?
A.相続人間の合意があっても、相続税の申告から漏れていると税務上の問題が発生します。税務調査のリスクを避けるためにも、必ず相続財産として遺産分割協議書に記載し、正しく申告することが重要です。