ご家族が亡くなられ、海外に財産があることがわかったら、どうすればよいのでしょうか。「手続きが複雑そう…」「どこの国に税金を納めるの?」など、不安に思う方も多いかもしれません。国外財産の相続は、日本の財産だけの相続とは異なる点がいくつかあります。でも、ポイントさえ押さえれば大丈夫。この記事では、国外財産の相続手続きの流れや注意点を、わかりやすく丁寧にご説明しますね。
海外資産の相続、まず何から始める?
国外財産の相続でまず大切なのは、どの国の法律に従って手続きを進めるかを確認することです。これを「準拠法」といいます。国によって相続のルールが大きく異なるため、最初のこのステップがとても重要になります。
どの国の法律が適用されるかを確認しよう(準拠法)
日本の法律では、相続は原則として亡くなられた方(被相続人)の国籍がある国の法律に従うことになっています(本国法主義)。例えば、亡くなった方が日本国籍であれば、基本的には日本の民法に沿って相続手続きを進めます。
ただし、注意点があります。不動産に関しては、その不動産がある国の法律が適用される「所在地法主義」を採用している国も多いのです。アメリカやイギリス、フランスなどがこれにあたります。この場合、例えばアメリカにある不動産はアメリカの法律で、日本の預貯金は日本の法律で、といったように財産ごとに異なる法律で手続きを進める必要が出てきます。
準拠法の考え方 | 内 容 |
---|---|
相続統一主義(日本など) | すべての財産(不動産、預金など)をまとめて、被相続人の本国法で手続きします。 |
相続分割主義(アメリカ、イギリスなど) | 不動産はその所在地の法律、それ以外の動産(預金など)は被相続人の本国法や住所地の法律で、別々に手続きします。 |
国によって手続きが違う?「プロベート」とは
アメリカやイギリス、カナダ、オーストラリアといった国では、「プロベート(Probate)」という裁判所が関与する相続手続きが一般的です。これは、遺言書が有効かどうかを裁判所が確認し、相続財産の管理人を任命して、その管理人が財産の分配まで行う制度です。
プロベートは、相続人が勝手に財産を処分することを防ぎ、公平な遺産分割を実現するための手続きですが、いくつかのデメリットがあります。
- 時間がかかる:手続きが完了するまでに数か月から数年かかることもあります。
- 費用がかかる:弁護士費用や裁判所への手数料など、一般的に遺産総額の3%~10%程度の費用が発生すると言われています。
- プライバシーの問題:相続財産や相続人の情報が公開されてしまいます。
このプロベートが必要かどうかは、財産がある国や州の法律によって決まりますので、現地の専門家への確認が不可欠です。
プロベートを回避する方法
時間と費用のかかるプロベートを避けるため、生前に対策をしておく方法もあります。代表的なものは以下の通りです。
- 生前信託(Living Trust):生前に信託(トラスト)を設定し、財産をそこに移しておきます。亡くなった後は、指定された受託者が信託契約に従って受益者(相続人)に財産を分配するため、プロベートを経る必要がありません。
- 共同名義(Joint Tenancy):不動産などを夫婦や親子で共同名義にしておく方法です。名義人の一人が亡くなると、その持ち分は自動的にもう一方の名義人に移転するため、プロベートの対象外となります。ただし、名義を追加する際に贈与税の問題が発生することがあるので注意が必要です。
これらの対策は、財産がある国の法律に則って行う必要があります。生前の段階で現地の弁護士などに相談しておくと安心ですね。
日本の相続税はかかる?課税対象の判定
国外財産を相続した場合、次に気になるのが「日本の相続税はかかるの?」という点ですよね。これは、亡くなった方(被相続人)と財産を受け取る方(相続人)の国籍や、どこに住んでいたかによって決まります。
課税対象になる人、ならない人
日本の相続税法では、納税義務者を細かく定めています。少し複雑に感じるかもしれませんが、ご自身の状況がどれに当てはまるか確認してみましょう。ポイントは「住所」と「国籍」、そして「過去10年以内の居住歴」です。
国税庁の示す区分によると、納税義務者は大きく4つのパターンに分けられ、それぞれ課税される財産の範囲が異なります。
納税義務者の区分 | 課税対象となる財産 |
---|---|
居住無制限納税義務者 | 国内財産+国外財産(すべての財産) |
非居住無制限納税義務者 | 国内財産+国外財産(すべての財産) |
居住制限納税義務者 | 国内財産のみ |
非居住制限納税義務者 | 国内財産のみ |
以下で、ご自身のケースがどれにあたるのか、具体的に見ていきましょう。
国内財産のみ課税されるケース
国外の財産には日本の相続税がかからず、日本国内にある財産だけが課税対象となるのは、主に以下のようなケースです。
- 被相続人・相続人ともに日本国籍がなく、どちらも長年海外に住んでいる場合
- 被相続人・相続人ともに日本国籍で、どちらも相続開始前10年を超えて海外に住んでいる場合
簡単に言うと、亡くなった方も相続する方も、長期間日本との関わりが薄い場合には、日本の相続税は国内の財産にしかかからない、ということです。
全ての財産(国内・国外)が課税されるケース
一方で、国内・国外を問わず、亡くなった方が所有していたすべての財産が日本の相続税の対象となるのは、以下のようなケースです。これが最も一般的なパターンです。
- 相続人が日本に住んでいる場合(国籍は問いません)
- 被相続人が日本に住んでいる場合(亡くなった時点で外国人であっても)
- 相続人・被相続人が共に日本国籍で海外在住でも、どちらかが相続開始前10年以内に日本に住んでいたことがある場合
このように、相続人か被相続人のどちらかが日本に住んでいる、または最近まで住んでいたという場合には、原則として全世界の財産が日本の相続税の課税対象となります。
海外財産の評価方法はどうするの?
日本の相続税を計算するためには、国外にある財産の価値を日本円で評価し直す必要があります。評価方法は財産の種類によって異なります。
海外不動産の評価方法
日本の土地であれば「路線価」を使って評価しますが、海外の不動産には路線価がありません。そのため、その不動産の時価で評価することになります。
時価を明らかにするためには、現地の不動産鑑定士に評価を依頼したり、不動産会社から売買実例価格や査定価格がわかる書類を取り寄せたりする必要があります。信頼できる専門家を見つけて、客観的な価格を証明できる資料を準備することが大切です。
海外預金や有価証券の評価方法
海外の銀行にある預金や、海外の証券会社で保有している株式などの金融資産は、日本円に換算して評価します。その際に使う為替レートは、原則として相続が開始した日(亡くなった日)の最終のTTB(対顧客直物電信買相場)です。
TTBとは、金融機関がお客様から外貨を買い取るときのレートのことで、相続人の方が普段利用している金融機関のレートを使います。相続開始日にレートがない場合は、その日に最も近い過去の日のレートを使用します。
二重課税を防ぐ「外国税額控除」とは?
国外財産を相続すると、財産がある国で相続税に似た税金(遺産税など)が課され、さらに日本でも相続税が課されるという「二重課税」の状態になってしまうことがあります。この負担を調整するために設けられているのが「外国税額控除」という制度です。
外国税額控除の仕組み
外国税額控除とは、外国で納付した相続税額を、日本で納める相続税額から一定額まで差し引くことができる制度です。これにより、同じ財産に対して二重に税金を支払う負担を避けることができます。
例えば、アメリカにある財産についてアメリカで遺産税を100万円支払い、日本での相続税が500万円だった場合、この100万円を日本の相続税額から控除できる、というイメージです。ただし、控除できる金額には上限があります。
控除額の計算方法
外国税額控除として日本の相続税額から差し引ける金額は、次のうちいずれか少ない方の金額となります。
- その国外財産について、外国で実際に納付した相続税の額
- 日本の相続税額 × (国外にある相続財産の価額 ÷ 相続人全体の相続財産の総額)
つまり、「海外で支払った税額」と「日本の相続税のうち国外財産に対応する部分の金額」を比べて、小さい方の金額までしか控除できない仕組みになっています。この制度を適用するためには、相続税の申告書に所定の事項を記載し、外国で納税したことを証明する書類を添付する必要があります。
国外財産の相続手続きで注意すべきこと
最後に、国外財産の相続ならではの注意点をいくつかご紹介します。手続きをスムーズに進めるために、ぜひ知っておいてください。
「国外財産調書」の提出義務
日本に住んでいる方で、その年の12月31日時点において、国外にある財産の合計額が5,000万円を超える場合には、「国外財産調書」という書類を税務署に提出する義務があります。
これは相続とは直接関係なく、国外に一定額以上の財産を持つ居住者に課せられた義務です。相続によって新たに5,000万円を超える国外財産を持つことになった場合も対象となりますので、忘れずに提出しましょう。提出期限は、その年の翌年の6月30日です。もし提出しなかったり、嘘の記載をしたりすると、罰則が適用される場合がありますので注意してください。
専門家への相談の重要性
ここまでご説明してきたように、国外財産の相続(国際相続)は、準拠法の判断、現地の法律に基づく手続き、財産の評価、税金の計算など、非常に専門的で複雑な要素が絡み合います。
特に、プロベートが必要な国の財産がある場合や、相続人の中に外国籍の方がいる場合などは、ご自身だけですべての手続きを進めるのはとても大変です。早い段階から、国際相続に詳しい税理士や弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。現地の専門家とのネットワークを持っている事務所であれば、よりスムーズに手続きを進めることができるでしょう。
まとめ
国外財産の相続手続きについて、ポイントを解説してきました。最後に、大切なことをおさらいしましょう。
- まずは準拠法の確認:財産がある国と亡くなった方の国籍から、どの国の法律で手続きを進めるかを確認します。
- プロベートの有無:アメリカなどでは裁判所の手続き(プロベート)が必要な場合があります。
- 日本の相続税:相続人か被相続人が日本に住んでいる場合、原則として全世界の財産が課税対象です。
- 二重課税の回避:外国で納税した分は「外国税額控除」で調整できる可能性があります。
- 財産の評価:国外財産は時価で評価し、日本円に換算します。
- 専門家への相談:手続きが複雑なため、国際相続に詳しい専門家のサポートを受けると安心です。
国外財産の相続は、国内の相続に比べて時間も手間もかかりますが、一つひとつ手順を踏んでいけば必ず完了できます。不安なことやわからないことがあれば、一人で悩まずに専門家に相談してみてくださいね。
参考文献
国税庁 No.4138 相続人が外国に居住しているとき
国税庁 No.7456 国外財産調書の提出義務
国税庁 No.4665 外貨(現金)の邦貨換算
国外財産の相続に関するよくある質問まとめ
Q. 国外にある財産も日本の相続税の対象になりますか?
A. はい、被相続人(亡くなった方)か相続人のどちらかが日本国内に住所がある場合、原則として海外にある財産も日本の相続税の課税対象となります。
Q. 国外財産の相続手続きが難しいのはなぜですか?
A. 財産がある国の法律(準拠法)が適用されるためです。現地の法律や言語、商習慣への対応が必要となり、手続きが複雑で時間もかかる傾向があります。
Q. 国外財産の相続手続きにはどのような書類が必要ですか?
A. 日本の戸籍謄本や遺産分割協議書などに加え、現地の言語への翻訳や、アポスティーユなどの公的な認証が求められることが一般的です。
Q. 国外財産の相続について、誰に相談すればよいですか?
A. 国際相続の実績が豊富な弁護士や税理士などの専門家への相談をおすすめします。現地の専門家とのネットワークを持つ事務所を選ぶとスムーズです。
Q. 国外財産の相続にはどれくらいの費用がかかりますか?
A. 国内の相続手続きに加えて、翻訳費用、書類の認証費用、現地の専門家への報酬、渡航費などが発生するため、高額になる可能性があります。
Q. 海外にある不動産だけを相続放棄することはできますか?
A. いいえ、相続放棄はすべての財産(プラスの財産もマイナスの財産も)を放棄する手続きのため、特定の財産だけを選んで放棄することは原則としてできません。