ご両親の将来を考え、相続について準備を始めている方も多いのではないでしょうか。特に、ご実家などの土地にかかる相続税は、大きな負担になることも少なくありません。そこで注目されるのが、土地の評価額を最大80%も減額できる「小規模宅地等の特例」です。しかし、この特例には「同居」や「生計を一にする」といった厳しい要件があります。もしかして、「親の生活費を子が負担することで『生計を一にする』という要件を満たして、特例を使えないだろうか?」と考えたことはありませんか?この方法が本当に節税につながるのか、それとも別の方法が良いのか、気になりますよね。この記事では、親の生活費を子が負担して小規模宅地等の特例の適用を目指す方法について、メリット・デメリットや具体的な実践方法、注意点を分かりやすく解説していきます。
2つの相続税対策、どちらがお得になるの?
親の生活費をどう賄うかによって、将来の相続税額が変わってくる可能性があります。大きく分けて2つのパターンが考えられますが、どちらがご自身の家庭にとって有利になるのか、じっくり比較検討してみましょう。
ケース別シミュレーションで比較してみよう
言葉だけでは分かりにくいので、具体的なモデルケースでどちらの方法が有利になるかシミュレーションしてみましょう。
【前提条件】
- 相続人:子1人
- 親の財産:自宅土地(評価額5,000万円・200㎡)、預貯金3,000万円(合計8,000万円)
- 相続税の基礎控除額:3,600万円(3,000万円+600万円×1人)
- 親の年間生活費:240万円
- 相続発生までの期間:5年と仮定
パターンA:親自身の財産で生活費を賄う場合
この方法は、親がご自身の預貯金を取り崩して生活していく、最もシンプルな形です。
- 5年間の生活費総額:240万円 × 5年 = 1,200万円
- 相続時の財産額:土地5,000万円 + (預貯金3,000万円 – 1,200万円) = 6,800万円
- 課税遺産総額:6,800万円 – 基礎控除3,600万円 = 3,200万円
- 相続税額(概算):約440万円
パターンB:子が生活費を負担し、小規模宅地等の特例を適用できた場合
こちらは、子が親の生活費を援助することで「生計を一にしていた」と認められ、特例が適用できたと仮定したケースです。
- 相続時の財産額:土地5,000万円 + 預貯金3,000万円 = 8,000万円(親の預貯金は減らない)
- 特例適用後の土地評価額:5,000万円 × (1 – 0.8) = 1,000万円
- 特例適用後の相続財産総額:土地1,000万円 + 預貯金3,000万円 = 4,000万円
- 課税遺産総額:4,000万円 – 基礎控除3,600万円 = 400万円
- 相続税額(概算):約40万円
このシミュレーションでは、パターンBの方が約400万円も相続税を節約できる結果となりました。ただし、これはあくまで「小規模宅地等の特例が問題なく適用できた」という前提での計算です。この前提が崩れると、結果は大きく変わってきます。
どちらの選択が有利?判断のポイント
ご家庭の状況によって、どちらのパターンが有利になるかは変わってきます。以下の表を参考に、判断のポイントを整理してみてください。
| パターンA(親の財産で生活)が有利なケース | パターンB(子が生活費を負担)が有利なケース |
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「生計を一にする」とは?具体的な要件をチェック
小規模宅地等の特例を考える上で、非常に重要なキーワードが「生計を一にする」です。これは一体どういう状態を指すのでしょうか。簡単に言えば「お財布がひとつで、生活費を共有している状態」を意味します。必ずしも同居している必要はありませんが、税務署はその実態を厳しくチェックします。
同居している場合の「生計を一にする」
親と同居している場合、原則として「生計を一にしている」と推定されやすいです。ただし、同じ家で暮らしていても、生活の実態によっては認められないケースもあります。例えば、完全に分離された二世帯住宅で、水道光熱費や食費などをそれぞれで支払い、家計が完全に独立している場合は、「生計は別」と判断される可能性があります。単に身の回りの世話をしているだけではなく、経済的な一体性が求められるのです。
別居している場合の「生計を一にする」
今回のテーマである、子が別居の親の生活費を負担する場合、これが最も重要なポイントです。「生計を一にする」と認められるためには、以下のような客観的な事実が必要になります。
- 常に生活費や療養費を送金していること
お小遣いのような一時的な援助ではなく、生活の基盤となる費用を「継続的に」送っている実態が重要です。 - その送金がなければ親が生活できない状態であること
これが最大のハードルです。親に十分な年金収入や預貯金がある場合、たとえ子が仕送りをしていたとしても、「親は自分の資産で生活できる」と判断され、生計が同一とは認められない可能性が非常に高くなります。
「生計を一にする」と認められるための実践方法
税務署に「生計を一にしていた」と認めてもらうためには、誰が見ても納得できる客観的な証拠を残しておくことが不可欠です。具体的な方法を見ていきましょう。
生活費の送金方法と記録
親への生活費の援助は、手渡しではなく、必ず銀行振込で行いましょう。通帳に記録が残るため、いつ、誰が、いくら送金したのかを明確に証明できます。さらに、毎月決まった日に定額を振り込むことで、援助の「継続性」をアピールできます。振込時の摘要欄に「生活費」と入力しておくのも良い方法です。
親の生活費の支払い方法を工夫する
「お財布がひとつ」であることを示す、より強力な方法があります。それは、親の家賃や公共料金、医療費といった生活に不可欠な費用を、親の口座からではなく、援助している子の銀行口座から直接引き落とされるように設定することです。これにより、生活費を直接管理・負担している実態を明確に示すことができます。
税務署に提出できる証拠を整理しておく
万が一、税務調査などで説明を求められた際に備えて、証拠となる書類を整理しておくことが大切です。
- 送金の記録:生活費を振り込んだ通帳のコピー
- 支払いの記録:子が支払者となっている公共料金や医療費の領収書、クレジットカードの明細など
- 親の経済状況がわかる資料:年金の源泉徴収票や預貯金の残高証明など(子の援助が必要だったことを示すため)
知っておきたい注意点とリスク
この方法は大きな節税効果が期待できる一方、いくつかの注意点とリスクも存在します。実行する前に必ず確認しておきましょう。
贈与税がかかる可能性
通常、親子間の生活費や教育費の援助で、必要と認められる範囲のものであれば贈与税はかかりません。しかし、生活費という名目で送金したお金を親が使わずに預金していたり、株式投資などに使っていたりすると、それは生活費の援助ではなく「贈与」とみなされる可能性があります。年間110万円の基礎控除額を超える金額が贈与と認定された場合、贈与税が課税されてしまうため注意が必要です。
「生計を一にする」と認められないリスク
これが最大のリスクです。前述のとおり、親自身に十分な資力があると、税務署に「生計を一にしている」と認めてもらえない可能性が高くなります。もし否認されてしまうと、「親の財産は減らないまま、小規模宅地等の特例も使えない」という最悪の状況に陥り、当初のシミュレーションよりもはるかに高額な相続税を納めることになりかねません。
専門家への相談の重要性
「生計を一にする」かどうかの判断は、法律で明確に線引きされているわけではなく、個々の家庭の事情を考慮した上で、税務署が実態に即して判断します。そのため、ご自身での判断は非常に危険です。計画を実行する前に、必ず相続に詳しい税理士などの専門家に相談し、ご家庭の状況をすべて伝えた上で、本当にこの方法が最適なのかどうかを慎重に検討することをおすすめします。
そもそも「小規模宅地等の特例」とは?
ここで改めて、小規模宅地等の特例がどのような制度なのか、概要を確認しておきましょう。この特例は、亡くなった方(被相続人)やその方と生計を共にしていた親族が住んでいたり、事業を営んでいたりした土地を相続した場合に、一定の面積までその土地の相続税評価額を大幅に減額できる制度です。
| 宅地の種類 | 内 容 |
| 特定居住用宅地等 | 被相続人が住んでいた自宅の敷地など。330㎡を上限に評価額を80%減額できます。 |
| 特定事業用宅地等 | 被相続人が事業をしていた店舗や工場の敷地など。400㎡を上限に評価額を80%減額できます。 |
| 貸付事業用宅地等 | 被相続人が賃貸アパートや駐車場として貸していた土地など。200㎡を上限に評価額を50%減額できます。 |
今回解説しているのは、主に「特定居住用宅地等」に適用するための方法です。この特例が適用できるかどうかで、相続税額が数百万円、場合によっては数千万円単位で変わることもあるため、非常に重要な制度なのです。
まとめ
親の生活費を子が負担することで「生計を一にする」と認められれば、小規模宅地等の特例を活用して相続税を大幅に節税できる可能性があります。特に、ご実家の土地の評価額が高い場合には、非常に有効な生前対策となり得ます。
しかし、その一方で、「生計を一にする」の認定は税務署によって厳しく判断され、特に親に十分な資産がある場合には認められないリスクが高いことを忘れてはいけません。また、贈与税の問題もクリアする必要があります。
この方法は、メリットとリスクが表裏一体です。安易にご自身で判断せず、まずは相続に強い税理士に相談してみてください。専門家と一緒に、ご家族にとって最も良い形での相続を実現するための計画を立てていきましょう。
参考文献
小規模宅地等の特例「生計を一にする」要件のよくある質問まとめ
Q. 小規模宅地等の特例の「生計を一にする」とは、具体的にどういう状態ですか?
A. 必ずしも同居している必要はなく、親の生活費を子供が継続的に仕送りしているなど、経済的に一体となって生活している状態を指します。その仕送りが親の生活の基盤となっている客観的な事実が重要になります。
Q. 親の生活費を子供が負担すると、相続税は本当に安くなりますか?
A. はい、結果的に安くなる可能性があります。親の預金が減らない点はデメリットですが、小規模宅地等の特例を適用できれば土地の評価額が最大80%減額されます。この減額効果が、維持された預金にかかる相続税を上回れば、全体として大きな節税につながります。
Q. どのくらいの期間、親に仕送りをすれば「生計を一にする」と認められますか?
A. 明確な期間の定めはありませんが、相続開始の直前から始めた場合、認められない可能性があります。税務調査で客観的に証明できるよう、長期間にわたって継続的に生活費を負担している実績を作っておくことが望ましいです。
Q. 子供が親の生活費を負担した場合、そのお金は贈与税の対象になりますか?
A. いいえ、扶養義務者が必要な範囲で生活費や教育費を支払うことは、贈与税の対象にはなりません。ただし、生活費の名目で渡したお金が親の預貯金や投資に回されていると、贈与とみなされる可能性があるため注意が必要です。
Q. 親の生活費を負担していることを客観的に証明する方法はありますか?
A. はい、あります。手渡しではなく、銀行振込などを利用して記録を残しておくことが重要です。金融機関を通じた定期的な送金の履歴は、税務署に対して「生計を一にしていた」ことを証明する有力な証拠となります。
Q. 親の財産を減らすより、子供が生活費を負担する方が有利なのはどんな場合ですか?
A. 相続財産に占める自宅の土地の評価額の割合が非常に大きい場合です。小規模宅地等の特例による土地評価額の減額メリットが、親の預金を維持することによる税負担の増加を大きく上回るケースでは、子供が生活費を負担する方が有利になります。