ご両親が亡くなったときに実家を相続するけれど、ご自身は別の場所に住んでいる…というケースは多いですよね。そんなとき、相続税の負担を大きく減らせるかもしれないのが「家なき子特例」です。これは「小規模宅地等の特例」という制度の一種で、亡くなった方(被相続人)と同居していなくても、一定の要件を満たせば実家の土地の評価額を最大80%も減額できる、とてもパワフルな節税策なんです。しかし、適用には細かいルールがたくさんあります。この記事では、家なき子特例の詳しい要件や、平成30年の税制改正で変わった点、申告の注意点などを、わかりやすくお話ししていきますね。
家なき子特例とは?
家なき子特例は、法律で定められた正式な名前ではなく、通称です。正式には「特定居住用宅地等に係る小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例」の一部で、特定の条件を満たす非同居の親族が対象になることから、こう呼ばれています。
本来、土地の評価額を最大80%減額できる「小規模宅地等の特例」は、亡くなった方と一緒に住んでいた配偶者や親族が、生活の基盤を失わないように作られた制度です。しかし、親が一人暮らしで、子どもは仕事の都合などで独立して別に住んでいる、というご家庭も多いですよね。そうした場合でも、実家を相続するお子さんの負担を軽くするために、家なき子特例が設けられているのです。
【全要件チェック】家なき子特例を適用するための条件
家なき子特例を適用するためには、亡くなった方(被相続人)と、財産を受け取る方(相続人)の両方について、いくつかの要件をすべて満たす必要があります。一つでも当てはまらないと使えないので、一つずつ丁寧に確認していきましょう。
被相続人(亡くなった方)の要件
まず、亡くなった方の状況についての要件です。以下の2つを両方満たす必要があります。
- 配偶者がいないこと
亡くなった時点で、法律上の配偶者がいないことが条件です。すでに死別している、離婚している、あるいは生涯独身だった場合などが当てはまります。別居中の配偶者がいる場合は、この要件を満たさないので注意が必要です。 - 同居していた相続人がいないこと
亡くなった方と最後まで一緒に住んでいた相続人がいないことも要件です。たとえば、お父様が亡くなり、お母様が実家で一人暮らしをしていた場合、そのお母様が亡くなったときの相続では、この要件を満たすことになります。
相続人(財産を受け取る方)の要件
次に、土地を相続するご自身の状況についての要件です。こちらは少し複雑で、特に平成30年の税制改正で厳しくなりました。
相続開始前3年以内に「持ち家」に住んでいないこと
相続が始まる直前の3年間、ご自身が賃貸住宅などに住んでいることが必要です。ここでいう「持ち家」の範囲が広く、注意が必要です。以下のいずれかが所有する家に住んでいた場合、この要件は満たせません。
持ち家の所有者 | 具体例 |
自分自身 | ご自身名義のマイホーム |
自分の配偶者 | 夫または妻名義のマイホーム |
自分の3親等内の親族 | 自分の親、子、祖父母、兄弟姉妹、叔父・叔母などが所有する家 |
自分と特別な関係がある法人 | ご自身が役員を務める同族会社などが所有する社宅など |
例えば、「私は家を持っていないけど、夫名義の家に住んでいます」という場合、配偶者の持ち家に住んでいることになるため、家なき子特例は使えません。また、親名義の別の家に家賃を払って住んでいた場合も、「3親等内の親族」の持ち家に住んでいたと見なされ、対象外となります。
相続した宅地を申告期限まで所有し続けること
相続した実家の土地を、相続税の申告期限である「相続開始を知った日の翌日から10ヶ月後」まで、ずっと所有し続ける必要があります。もし、この期間内に土地を売却してしまうと、特例は適用できなくなりますので、売却を考えている場合はタイミングに注意しましょう。申告期限を過ぎた後であれば、売却しても問題ありません。
相続開始時に住んでいる家を、過去に所有したことがないこと
これは平成30年の税制改正で追加された、とても重要な要件です。相続が始まったときに住んでいる家(例えば賃貸マンション)を、過去に一度でもご自身が所有したことがある場合は、家なき子特例の対象外となります。
このルールは、節税のために一時的に持ち家を売却し、賃貸として同じ家に住み続ける(リースバック)といった方法を防ぐために設けられました。
【平成30年税制改正】家なき子特例の厳格化ポイント
平成30年度の税制改正は、家なき子特例にとって大きな転換点でした。一部で節税目的の行き過ぎた利用が見られたため、その乱用を防ぐ目的で要件が厳しくなったのです。この改正は令和2年4月1日以降に発生した相続から適用されています。
改正で何が変わった?新旧要件を比較
具体的にどこが厳しくなったのか、改正前と後の要件を比べてみましょう。
改正前の要件 | 改正後の要件(現行) |
相続開始前3年以内に、本人または配偶者の持ち家に住んでいないこと。 | 相続開始前3年以内に、本人、配偶者、3親等内の親族、特別な関係のある法人の持ち家に住んでいないこと。(範囲が拡大) |
(規定なし) | 相続開始時に住んでいる家屋を過去に一度も所有したことがないこと。(新設) |
このように、「持ち家」と見なされる範囲が大きく広がったことと、今住んでいる家を過去に所有していたらNGというルールが加わったことが、大きな変更点です。これにより、以前は可能だった節税スキームが使えなくなりました。
家なき子特例の具体的な節税効果と計算例
では、実際に家なき子特例を使うと、どれくらい相続税がお得になるのでしょうか。具体的な数字で見てみましょう。
特例を適用できる土地の面積
家なき子特例(小規模宅地等の特例)を適用できるのは、亡くなった方が住んでいた宅地で、その面積の上限は330㎡(約100坪)までと決まっています。もし実家の土地が400㎡あったとしても、特例が使えるのは330㎡までで、残りの70㎡は通常の評価額で計算されます。
相続税はいくら安くなる?計算シミュレーション
ここで、簡単な例で計算してみましょう。
【前提】
- 相続する土地の評価額:6,000万円
- 土地の面積:200㎡(限度面積330㎡以内)
- 法定相続人:子ども2人
<家なき子特例を適用した場合>
- 土地の評価額を80%減額:6,000万円 × 80% = 4,800万円(減額分)
- 特例適用後の土地の評価額:6,000万円 – 4,800万円 = 1,200万円
- 相続税の基礎控除額:3,000万円 + (600万円 × 2人) = 4,200万円
- 課税遺産総額:1,200万円 – 4,200万円 = 0円以下
この場合、課税対象となる遺産が基礎控除額を下回るため、相続税は0円になります。
<特例を適用しない場合>
- 土地の評価額:6,000万円
- 相続税の基礎控除額:4,200万円
- 課税遺産総額:6,000万円 – 4,200万円 = 1,800万円
この場合、1,800万円に対して相続税が課税されます。法定相続分で分けたと仮定すると、合計で約180万円の相続税がかかる計算になります。家なき子特例を使えるかどうかで、納税額にこれだけ大きな差が生まれるのです。
家なき子特例の申告で注意すべきこと
この強力な特例を使うためには、手続き上の大切な注意点があります。
特例適用で非課税でも相続税申告は必須
最も重要な注意点です。家なき子特例を適用した結果、計算上の相続税が0円になったとしても、必ず税務署へ相続税の申告をしなければなりません。申告書を提出して初めて、この特例の適用が認められます。申告を忘れてしまうと、特例は使えず、後から多額の税金を納めることになりかねませんので、絶対に忘れないようにしましょう。申告期限は、亡くなったことを知った日の翌日から10ヶ月以内です。
申告に必要な書類
家なき子特例の適用を証明するために、通常の相続税申告の書類に加えて、以下の書類などを添付する必要があります。
- 戸籍の附票の写し:相続人の過去3年間の住所を確認し、持ち家に住んでいなかったことを証明します。
- 賃貸借契約書や登記事項証明書など:相続開始前3年間に住んでいた家が持ち家でなかったこと、また現在住んでいる家を過去に所有していなかったことを証明するために使います。
- 亡くなった方の戸籍謄本など:亡くなった方に配偶者がいないことを証明します。
同居親族が特例を使う場合よりも、証明すべきことが多いため、準備する書類も多くなります。
まとめ
今回は、非同居の親族でも実家の土地の評価額を大幅に下げられる「家なき子特例」について詳しく解説しました。この特例は、相続税の負担を大きく軽減できる可能性がある一方で、適用要件が非常に細かく、特に平成30年の税制改正で厳格化されています。
「自分は対象になるのかな?」と少しでも迷ったら、自己判断で進めるのは避けたほうが賢明です。適用できると思っていたのに要件を満たしていなかったり、逆に諦めていたけれど実は使えたりするケースもあります。大切な財産を守るためにも、相続に詳しい税理士などの専門家に一度相談してみることを強くおすすめします。
参考文献
家なき子特例(空き家特例)のよくある質問まとめ
Q. 家なき子特例(空き家特例)とは何ですか?
A. 相続した実家(空き家)を売却した際に、譲渡所得から最大3,000万円を控除できる制度です。この特例を使うことで、不動産売却時にかかる所得税や住民税を大幅に軽減できます。
Q. 特例を使うための主な要件を教えてください。
A. 主に「昭和56年5月31日以前の建築」「亡くなった親が一人暮らしだった」「相続から3年後の年末までに売却」「売却代金が1億円以下」などの要件があります。また、耐震リフォームまたは家屋の取り壊しが必要です。
Q. 親が亡くなる前に老人ホームへ入居していましたが、特例は使えますか?
A. はい、一定の要件を満たせば適用可能です。亡くなった親が要介護認定等を受け、老人ホーム等に入所していた場合でも、亡くなる直前まで住んでいたものとして扱われます。ただし、その家を誰かに貸したりしていなかったことが条件です。
Q. 売却する前にリフォームや解体は必須ですか?
A. はい、必須です。売却する家が現在の耐震基準を満たすようにリフォームするか、家をすべて取り壊して更地にしてから売却する必要があります。どちらかの条件を満たさなければ特例は適用されません。
Q. 相続してからいつまでに売却すれば良いですか?
A. 相続が始まった日(亡くなった日)から3年が経過する日の属する年の12月31日までに売却する必要があります。例えば、2024年4月1日に相続した場合、2027年12月31日が期限となります。
Q. 相続人が複数いる場合、控除額はどうなりますか?
A. 控除額の上限は、相続人全員の合計で3,000万円です。例えば相続人が2人いる場合、それぞれの持分に応じて控除額を分け合いますが、2人の控除額の合計が3,000万円を超えることはありません。