ご家族の判断能力に少しずつ変化が見られ、「もしものときのために成年後見制度を考えないと…」と思われている方もいらっしゃるかもしれません。そのとき、「できれば家族である自分たちが後見人になりたい」と考えるのは自然なことですよね。でも、「財産が多いと弁護士や司法書士じゃないとダメって本当?」「いったいいくらから専門家が選ばれるの?」といった疑問や不安も尽きないと思います。この記事では、家族が成年後見人になれるのか、そして専門家が選任される財産額の目安について、わかりやすく丁寧にご説明します。
そもそも成年後見制度とは?
まずは基本からおさらいしましょう。成年後見制度とは、認知症、知的障害、精神障害などによって判断能力が十分でない方々を、法律的に保護し、支援するための制度です。ご本人が不利益な契約を結んでしまったり、悪質な商法に騙されたりすることがないよう、後見人が財産を管理したり、必要な契約を結んだりします。この制度には、大きく分けて「法定後見」と「任意後見」の2種類があります。
制度の目的は「本人の財産保護と身上監護」
成年後見人の主な役割は、「財産管理」と「身上監護(しんじょうかんご)」の2つです。財産管理とは、ご本人の預貯金の管理、年金の受け取り、不動産の管理や処分など、お金に関わること全般を指します。一方、身上監護とは、ご本人が安心して生活できるよう、介護サービスの契約を結んだり、入院の手続きをしたり、住居を確保したりすることです。注意点として、後見人の仕事はあくまで法的な手続きや契約行為であり、食事の世話や実際の介護を行うことではありません。
「法定後見」と「任意後見」の違い
成年後見制度には2つのタイプがあります。一つは、すでに判断能力が不十分になった後で、家庭裁判所に申し立てて後見人を選んでもらう「法定後見」。もう一つは、まだ判断能力がはっきりしているうちに、将来に備えてご自身で「この人にお願いしたい」と後見人を選んで契約しておく「任意後見」です。今回は、ご家族が「後見人になれるか?」と考えるケースが多いため、主に「法定後見」について詳しくお話ししていきます。
後見人の種類(後見・保佐・補助)
法定後見は、ご本人の判断能力の程度に応じて、「後見」「保佐」「補助」の3つの類型に分かれています。どの類型になるかによって、後見人が持つ権限の範囲が変わってきます。
| 類 型 | ご本人の判断能力の状態 |
| 後見(こうけん) | 判断能力が常に欠けている状態の方 |
| 保佐(ほさ) | 判断能力が著しく不十分な状態の方 |
| 補助(ほじょ) | 判断能力が不十分な状態の方 |
家族は成年後見人になれる?なれないケースとは
結論からお伝えすると、ご家族も成年後見人になることはできます。実際に、成年後見人に選ばれる人のうち、親族が選ばれるケースは少なくありません。ただし、申し立ての際に「この長男を後見人にしてください」と希望しても、必ずしもその通りに選ばれるわけではない、という点も知っておく必要があります。最終的に誰を後見人にするかは、ご本人の状況や財産、親族間の関係性などを総合的に見て、家庭裁判所が判断します。
家族が後見人に選ばれやすいケース
次のような状況では、ご家族が後見人として選任されやすい傾向にあります。
- ご本人の財産が預貯金中心で、管理がそれほど複雑ではない場合
- 不動産の売却など、難しい法律行為の予定がない場合
- 他の親族との間に争いがなく、全員が候補者となるご家族に同意している場合
- 後見人の候補者自身に借金がなく、経済的に安定している場合
- ご本人との関係が良好で、これまでも生活のサポートをしてきた実績がある場合
要するに、財産管理がシンプルで、親族間でもめ事がなく、候補者自身も信頼できる人物であると家庭裁判所が判断した場合、ご家族が選ばれやすくなります。
専門家が選ばれやすいケース(家族がなれない主な理由)
一方で、弁護士や司法書士、社会福祉士といった専門家が後見人に選ばれるケースもあります。これは、ご家族が後見人になれない、あるいは適任ではないと判断される場合です。
- ご本人の財産が多い、または不動産や株式など管理が複雑な資産がある場合
- 親族間で財産をめぐる対立や意見の食い違いがある場合
- 後見人の候補者が、ご本人の財産を使い込んでいる疑いがあるなど、候補者として不適切な事情がある場合
- ご本人が誰かから訴えられているなど、法的なトラブルを抱えている場合
- 申し立ての際に候補者として届け出た親族以外に、適任な親族がいない場合
特に、親族間の対立がある場合は、中立的な立場の専門家が選ばれることが多くなります。
司法書士や弁護士が選任される財産額の閾値は?
皆さんが一番気になっている「いくら以上の財産があると専門家が選ばれるのか?」という点ですが、実は法律で「〇〇円以上は専門家」というような明確な金額の基準(閾値)は定められていません。しかし、実務上の目安となる金額は存在します。家庭裁判所が専門家の関与が必要だと判断する、一つのラインがあるのです。
目安となる金融資産の金額
一般的に、専門家後見人が選任される、あるいは監督人(後見人を監督する専門家)がつけられる目安として、預貯金や有価証券などの流動資産が1,000万円から1,200万円を超えるケースが挙げられます。この金額は、「後見制度支援信託」や「後見制度支援預貯金」といった、財産を信託銀行などに預けて保護する制度の利用が検討される基準額と関連しています。これらの手続きは専門的な知識が必要になるため、専門家の関与が求められやすくなるのです。
なぜ高額な財産だと専門家が選ばれるの?
財産が高額になると専門家が選ばれやすくなるのには、いくつかの理由があります。一つは、財産管理の負担が大きく、専門的な知識が必要になるためです。また、残念ながら親族による財産の使い込みといった不正行為を防ぐ目的もあります。家庭裁判所としては、第三者である専門家が関与することで、ご本人の大切な財産がより安全かつ適切に管理されると考えているのです。専門家は、家庭裁判所への定期的な報告義務にも慣れているため、安心して任せられるという側面もあります。
財産額以外に考慮される要素
もちろん、判断は財産額だけで決まるわけではありません。以下のような要素も総合的に考慮されます。
| 財産の種類 | 現預金だけでなく、賃貸アパートや複数の土地、非上場株式など、管理・処分に専門知識が必要な財産があるか。 |
| 親族間の関係 | 親族同士の仲が良く、協力体制が取れているか。意見が対立している場合は、中立な専門家が必要と判断されやすいです。 |
| 本人の収支状況 | 収入に対して支出が多く、財産を取り崩しながら生活しているような複雑な収支管理が必要か。 |
家族が後見人になれた場合の注意点
無事にご家族が後見人に選ばれた場合も、それで終わりではありません。後見人には、ご本人のために誠実に職務を果たす重い責任が伴います。特に注意すべき点を2つご紹介します。
家庭裁判所への報告義務
後見人に就任すると、家庭裁判所から監督を受けることになります。具体的には、年に1回程度、管理している財産の状況(財産目録や収支報告書)と、ご本人の生活の様子を家庭裁判所に報告する義務があります。この報告を怠ったり、内容に不審な点があったりすると、家庭裁判所から説明を求められたり、場合によっては後見人を解任されたりすることもあります。
財産の分別管理の徹底
最も重要なことの一つが、ご本人の財産と後見人自身の財産を明確に分けて管理することです。同じ財布や口座で管理することは絶対にやめましょう。ご本人のために使ったお金は、必ず領収書やレシートを保管し、何のために使ったのかを記録しておく必要があります。「親子だからこれくらい…」という安易な気持ちでご本人の財産を自分のために使うと、「業務上横領」という犯罪になってしまう可能性もあります。親族であっても、他人の財産を預かっているという意識を常に持つことが大切です。
専門家に依頼した場合の費用
もし弁護士や司法書士などの専門家が後見人に選ばれた場合、報酬が発生します。この報酬は、後見人が自分の懐から出すのではなく、ご本人の財産の中から支払われます。報酬額は後見人が勝手に決めるのではなく、家庭裁判所が財産額や後見業務の内容を考慮して決定します。
基本報酬の目安
後見人の基本的な業務に対する報酬の目安は、管理する財産額によって変わります。以下はおおよその目安です。
| 管理財産額 | 月額報酬の目安 |
| 1,000万円以下 | 2万円 |
| 1,000万円超 5,000万円以下 | 3万円~4万円 |
| 5,000万円超 | 5万円~6万円 |
※あくまで目安であり、個別の事情に応じて家庭裁判所が最終的な金額を決定します。
付加報酬とは?
日常的な財産管理以外の特別な業務を行った場合には、基本報酬に上乗せして「付加報酬」が認められることがあります。例えば、ご本人の代理人として訴訟対応をしたり、住んでいる不動産を売却したりといった、特に困難な業務を行った場合がこれにあたります。
まとめ
今回は、ご家族が成年後見人になれるのか、そして専門家が選ばれる財産額の目安について解説しました。ポイントをまとめます。
- 家族も成年後見人になることは可能。ただし、財産状況や親族関係などから家庭裁判所が総合的に判断する。
- 専門家が選任される明確な財産額の閾値はないが、流動資産(預貯金など)が1,000万円~1,200万円を超えると、専門家が関与する可能性が高まる。
- 大切なのは、誰が後見人になるかということ以上に、ご本人の財産と穏やかな生活をどう守っていくかです。
成年後見制度は、ご本人とご家族の将来を守るための大切な制度です。もし手続きに不安があったり、自分たちのケースではどうなるのか詳しく知りたかったりする場合は、一人で悩まずに家庭裁判所や地域の相談窓口、弁護士・司法書士といった専門家に相談してみることをお勧めします。
参考文献
成年後見人に関するよくある質問まとめ
Q. 家族や親族は成年後見人になれますか?
A. はい、なれます。家庭裁判所が最も適任と判断すれば、配偶者、子、兄弟姉妹などの親族が成年後見人に選任されます。これを「親族後見人」と呼びます。
Q. 司法書士や弁護士などの専門職が後見人に選ばれるのはどのような場合ですか?
A. 本人の財産が多い場合や、親族間に意見の対立がある場合など、法律や福祉の専門的な知識が必要と家庭裁判所が判断した場合に専門職が選任されやすくなります。
Q. 専門職が選任される財産額の明確な基準(閾値)はありますか?
A. 法律で定められた明確な金額の基準はありません。しかし、一般的に預貯金や有価証券などの流動資産が一定額(目安として1,000万円前後)を超えると、専門職後見人が選任される可能性が高まります。ただし、これはあくまで目安であり、個別の事情によって総合的に判断されます。
Q. 家族が後見人になれない(選任されない)ケースはありますか?
A. はい、あります。過去に本人と金銭的なトラブルがあった、親族間で意見が対立している、高齢や病気で後見人の職務を全うするのが難しい、などの場合には、家族が候補者であっても選任されないことがあります。
Q. 家族が後見人になった場合、専門家のサポートは受けられますか?
A. はい、受けられます。親族後見人を監督・サポートする「後見監督人」として弁護士や司法書士が選任されることがあります。また、家庭裁判所による監督や指導も行われます。
Q. 複数の人が成年後見人になることはできますか?
A. はい、可能です。これを「複数後見」といい、例えば、財産管理は司法書士、身上保護(介護や生活の手配)は親族といったように、役割を分担して複数の後見人が選任されるケースもあります。