ご両親が所有するアパートの管理を将来引き継ぐために、家族信託を検討されている方も多いのではないでしょうか。「でも、信託にしたら不動産の登記ってどうなるの?」「費用はどれくらいかかるんだろう?」といった疑問が浮かんできますよね。家族信託では、アパートの名義を受託者(管理を任される人)に移すため、登記手続きが不可欠です。この記事では、家族信託におけるアパートの登記の仕組みや、気になる費用について、わかりやすく解説していきます。
家族信託でアパートの登記はなぜ必要?
家族信託契約を結んだだけでは、アパートの管理を法的に任されたことにはなりません。信託したアパートの管理・運用・処分といった権限を、受託者(例えば子)が正式に持つためには、「所有権移転登記」と「信託登記」という2つの手続きを法務局で行う必要があります。これは、信託契約の内容を公に示し、「このアパートは信託財産であり、管理しているのは受託者です」と第三者に証明するためにとても重要なんです。
登記の名義は「受託者」に変わります
家族信託を行うと、アパートの登記簿上の所有者名義が、委託者(親など)から受託者(子など)へと変更されます。「所有権が移る」と聞くと贈与のように聞こえるかもしれませんが、これはあくまで形式的な名義変更です。受託者は信託契約の目的に従って財産を管理する役割を担うだけで、自分のものになるわけではありません。そのため、後述するように贈与税はかからないのが一般的です。
「信託登記」で信託財産であることを明示
所有権移転登記と同時に、「信託登記」という手続きも行います。これにより、登記簿に「信託」と記載され、その不動産が信託財産であることが誰の目にも明らかになります。さらに、「信託目録」という書類が登記簿に添付され、そこには「委託者」「受託者」「受益者」「信託の目的」などが詳しく記載されます。これがあることで、受託者が勝手に不動産を売却したり、自分のために担保に入れたりすることを防ぐことができます。
登記をしないとどうなる?
信託の登記は法律上の義務ではありませんが、もし登記をしないと、さまざまな不都合が生じます。例えば、アパートの新しい入居者との賃貸借契約や、大規模修繕のためのローン契約、将来的な売却などをしようとしても、登記名義が委託者(親)のままでは、受託者(子)に権限があることを証明できず、手続きを進めることができません。また、委託者に借金があった場合、債権者からアパートを差し押さえられてしまうリスクもあります。登記をすることで、こうしたリスクから大切な財産を守ることができるのです。
アパートを家族信託した際の登記費用の内訳
登記手続きには、国に納める税金である「登録免許税」と、手続きを代行する司法書士など専門家への「報酬」がかかります。ご自身で手続きすることも不可能ではありませんが、信託の登記は非常に専門的で複雑なため、司法書士に依頼するのが一般的です。
登録免許税はいくらかかる?
登録免許税は、不動産の固定資産税評価額に一定の税率をかけて計算します。家族信託の場合、通常の売買や贈与に比べて税率が優遇されているのが大きな特徴です。
| 不動産の種類 | 登録免許税の税率 |
| 土地の所有権移転(信託) | 固定資産税評価額の0.3% ※令和8年3月31日までの特例税率。本則は0.4% |
| 建物の所有権移転(信託) | 固定資産税評価額の0.4% |
例えば、土地の評価額が3,000万円、建物の評価額が1,000万円のアパートを信託した場合の登録免許税は以下のようになります。
- 土地:3,000万円 × 0.3% = 90,000円
- 建物:1,000万円 × 0.4% = 40,000円
- 合計:130,000円
ちなみに、同じ不動産を贈与した場合の登録免許税は評価額の2%なので、80万円(4,000万円×2%)かかります。比較すると、家族信託がいかに費用を抑えられるかがわかりますね。
司法書士への報酬の相場
司法書士に依頼する際の報酬は、依頼する業務の範囲によって変わります。信託契約書の作成から登記申請まで一括で依頼する場合と、登記申請だけを依頼する場合では金額が異なります。
| 依頼内容 | 報酬の相場 |
| 信託契約コンサルティング・書類作成・登記申請一式 | 30万円~80万円程度(財産額や契約内容の複雑さによる) |
| 登記申請手続きのみ | 10万円~15万円程度 |
アパートのような収益物件の場合、管理や処分の方法など契約内容が複雑になりがちです。そのため、登記手続きだけでなく、信託契約全体の設計から専門家に相談することをおすすめします。
その他の実費
上記の費用のほかに、登記手続きに必要な書類の取得費用がかかります。具体的には、登記事項証明書(登記簿謄本)が1通600円程度、固定資産評価証明書が1通300円〜400円程度、郵送費など、数千円程度の実費が必要になります。
家族信託の登記手続きの流れ
実際にアパートを家族信託する際の、登記手続きの大まかな流れを見ていきましょう。
ステップ1:信託契約書の作成
まず、委託者と受託者との間で信託契約を結び、契約書を作成します。後々のトラブル防止や、金融機関での信託口口座開設をスムーズに進めるためにも、公証役場で「公正証書」として作成するのが一般的です。
ステップ2:必要書類の準備
次に、登記申請に必要な書類を揃えます。主なものは以下の通りです。
- 登記申請書
- 登記原因証明情報(信託契約書など)
- 委託者(親)の印鑑証明書(発行後3ヶ月以内のもの)
- 受託者(子)の住民票
- アパートの登記識別情報通知(または登記済権利証)
- 固定資産評価証明書
ステップ3:法務局へ登記申請
すべての書類が準備できたら、アパートの所在地を管轄する法務局に登記申請を行います。司法書士に依頼した場合は、この手続きをすべて代行してくれます。申請後、法務局での審査を経て、通常1週間から2週間程度で登記が完了します。
家族信託と税金の関係
登記費用とあわせて、税金についても気になりますよね。家族信託における主な税金の扱いを解説します。
贈与税はかからない
信託を設定した際、財産から利益を受ける「受益者」が委託者本人(例えば親)である場合、実質的な財産の所有者は変わらないとみなされます。そのため、受託者(子)へ名義を移しても、贈与税は課税されません。
不動産取得税も原則かからない
贈与税と同様の理由で、信託による形式的な所有権移転については、原則として不動産取得税もかかりません。これも、生前贈与に比べて大きなメリットと言えるでしょう。
アパートの家賃収入にかかる所得税
信託した後も、アパートから生じる家賃収入などの利益は「受益者」に帰属します。そのため、不動産所得に関する確定申告は、これまで通り受益者(親)が行う必要があります。管理をしている受託者(子)が申告するわけではないので、注意してくださいね。
家族信託終了時の登記はどうなる?
信託は、契約で定めた時(例えば委託者の死亡時など)に終了します。信託が終了した際にも、登記手続きが必要になります。
信託財産帰属権利者への所有権移転登記
信託契約で「委託者が亡くなったら、このアパートは長男に引き継ぐ」と定めていた場合、信託終了後にアパートの名義を長男(信託財産帰属権利者)に移す必要があります。この手続きでは、「所有権移転登記」と「信託登記の抹消」を同時に申請します。
終了時の登録免許税
信託終了時の登記にも登録免許税がかかります。相続を原因として所有権を移転する場合の税率は、固定資産税評価額の0.4%です。信託設定時の土地の特例税率(0.3%)よりは高くなりますが、遺言や遺産分割協議による相続登記と同じ税率です。
まとめ
家族信託でアパートを管理・承継する場合、「所有権移転登記」と「信託登記」はセットで必ず行いましょう。登記をすることで、受託者の権限が公的に証明され、認知症対策や円滑な資産承継に繋がります。登記費用は、主に登録免許税と司法書士報酬からなり、登録免許税は贈与などに比べて大幅に軽減されます。また、信託設定時には贈与税や不動産取得税が原則かからない点も大きなメリットです。手続きは専門的で複雑なため、信頼できる司法書士などの専門家に相談しながら進めることを強くおすすめします。
参考文献
家族信託のアパート登記に関するよくある質問まとめ
Q.家族信託でアパートを信託財産にすると、どのような登記が必要になりますか?
A.アパートの所有権を委託者から受託者へ移転する「所有権移転登記」と、その原因が信託であることを示す「信託登記」の2つを同時に申請する必要があります。
Q.家族信託をすると、アパートの登記名義は誰になりますか?
A.登記簿上の所有者(登記名義人)は、財産を託された「受託者」になります。ただし、信託財産であることが明記されるため、受託者が自由に売却できるわけではありません。
Q.家族信託のアパート登記にかかる費用はどのくらいですか?
A.主に登録免許税と専門家(司法書士など)への報酬がかかります。登録免許税は、土地の固定資産税評価額の0.3%、建物の固定資産税評価額の0.4%です。専門家報酬は依頼先によって異なります。
Q.なぜ家族信託でアパートの登記変更が必要なのですか?
A.不動産を信託財産にした場合、その旨を登記しなければ、信託した事実を第三者(金融機関や不動産取引の相手方など)に対抗(主張)できないためです。法的な効力を確実にするために必須の手続きです。
Q.家族信託の登記手続きは自分で行うことができますか?
A.ご自身で行うことも不可能ではありませんが、信託契約書の内容を正確に反映させる必要があり、手続きが非常に複雑です。ミスを防ぎ、確実に手続きを完了させるためにも、司法書士などの専門家に依頼するのが一般的です。
Q.信託したアパートを売却したり、ローンを組んだりすることはできますか?
A.はい、可能です。ただし、手続きを行うのは登記名義人である受託者です。売却やローン契約には、信託契約書の内容に従う必要があります。また、金融機関によっては信託不動産への融資に対応していない場合もあるため、事前の確認が必要です。