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家族信託で遺留分は侵害される?トラブル回避のポイントを解説

2025-10-20
目次

最近、認知症対策やスムーズな資産承継の方法として家族信託が注目されていますね。ご自身の想いを反映した財産の引き継ぎができる、とても便利な制度です。しかし、この家族信託が、時として相続トラブルの原因になる可能性があることをご存知でしょうか。その鍵となるのが「遺留分」です。今回は、家族信託と遺留分の関係について、そして将来のトラブルを避けるためのポイントを、できるだけ分かりやすくお話ししますね。

そもそも家族信託と遺留分って何?

まずはじめに、今回の主役である「家族信託」と「遺留分」について、基本的なところをおさらいしておきましょう。この二つの関係性を理解することが、トラブル回避の第一歩になります。

家族信託の基本的な仕組み

家族信託とは、ご自身の財産(例えば、不動産や預貯金など)の管理や処分を、信頼できるご家族に託す契約のことです。登場人物は主に3人です。

委託者 財産を預ける人(親など)
受託者 財産を預かって管理・運用する人(子など)
受益者 信託された財産から利益を受け取る人(親、そして親の死後は子など)

この仕組みを使うことで、委託者が認知症などで判断能力が低下してしまっても、受託者がスムーズに財産の管理を続けられます。例えば、不動産の売却や預金の引き出しが凍結されることなく行えるため、生前の生活費や介護費用、そして亡くなった後の資産承継まで、ご自身の希望通りに進めやすくなるのが大きなメリットです。

遺留分とは?最低限の相続権

一方、遺留分(いりゅうぶん)とは、法律で定められた相続人が、最低限相続できる財産の割合のことです。故人(被相続人)が遺言などで「全財産を長男に」と指定したとしても、他の相続人(例えば、次男や配偶者)が「全く財産をもらえない」ということにならないように保護するための権利です。
遺留分が認められているのは、配偶者、子(またはその代襲相続人)、直系尊属(父母や祖父母)のみで、兄弟姉妹には遺留分はありません。

相続人の構成 総遺留分割合
配偶者のみ、または子のみ 法定相続分の1/2
配偶者と子 法定相続分の1/2
直系尊属のみ 法定相続分の1/3

例えば、相続人が配偶者と子2人だった場合、全体の遺留分は遺産の1/2です。それを法定相続分で分けるので、配偶者は1/4、子はそれぞれ1/8ずつの遺留分を持つことになります。

なぜ家族信託と遺留分が関係するの?

では、なぜこの二つが関係するのでしょうか。それは、家族信託を使って特定の家族に財産を集中させた結果、他の相続人の遺留分を侵害してしまうケースがあるからです。例えば、「長男に事業を継がせたいから、会社の株式や事業用不動産をすべて長男が受益者となる信託にしよう」と考えたとします。もしその信託財産が全財産の大部分を占めていた場合、他の兄弟姉妹は法律で保障された最低限の取り分である遺留分すら受け取れなくなってしまいます。これが、家族信託と遺留分をめぐるトラブルの典型的なパターンなのです。

家族信託は遺留分侵害額請求の対象になる?

「家族信託で財産を移したのだから、もう相続財産じゃないのでは?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、法律上はそう簡単にはいきません。ここでは、家族信託と遺留分侵害額請求の関係について詳しく見ていきましょう。

原則として「対象になる」と考えられています

結論から言うと、家族信託によって渡された財産も、遺留分を計算する際の基礎財産に含まれるというのが現在の一般的な考え方です。まだ最高裁判所の確定した判例はありませんが、実務上は、家族信託契約が実質的に生前贈与や遺贈(遺言による贈与)と同じような経済的効果をもたらすものと解釈されるためです。したがって、信託契約の内容が他の相続人の遺留分を侵害している場合、その信託は遺留分侵害額請求の対象となる可能性が非常に高いと言えます。

遺留分侵害額請求とは?

遺留分侵害額請求とは、遺留分を侵害された相続人が、財産を多く受け取った人(この場合は信託の受益者など)に対して、侵害された額に相当する金銭の支払いを請求する権利のことです。以前は「遺留分減殺請求」と呼ばれ、不動産などの現物を返す必要がありましたが、2019年の民法改正により、金銭で解決するルールに変わりました。これにより、請求された側は、すぐに現金を用意しなければならないという状況に陥る可能性があります。

請求できる期間には時効がある

この遺留分侵害額請求権には時効がありますので注意が必要です。

  • 遺留分が侵害されていることを知った時から1年
  • 相続が開始した時(被相続人が亡くなった時)から10年

このどちらかの期間が経過すると、請求する権利はなくなってしまいます。とはいえ、「10年もあるなら大丈夫」と考えるのは早計です。相続後に突然、他の相続人から高額な金銭請求をされ、家族関係が悪化するケースは少なくありません。

遺留分を侵害しないための家族信託設計のポイント

せっかく家族のために組んだ信託がトラブルの種にならないよう、設計段階でしっかりと対策を講じることが大切です。ここでは、遺留分に配慮した信託を組むための3つのポイントをご紹介します。

全ての相続人の遺留分を考慮した財産配分

最も基本的で重要な対策は、信託財産とそれ以外の財産を合わせて、すべての相続人の遺留分を侵害しないように財産配分を考えることです。まずは、ご自身の全財産をリストアップし、その評価額を把握しましょう。その上で、各相続人の遺留分がいくらになるかを計算します。
例えば、特定の相続人を受益者とする信託を組むのであれば、他の相続人には、信託財産以外の預貯金や生命保険金(受取人指定が必要)などで、遺留分以上の財産が渡るように遺言書で手配しておく、といった方法が考えられます。

遺留分に関する合意書を作成する

家族信託契約を結ぶ際に、遺留分を持つ他の相続人全員から「この信託契約について、将来遺留分侵害額請求を行いません」という内容の合意書に署名してもらう方法もあります。ただし、この合意書は、あくまで当事者間の約束事に過ぎず、法的な拘束力は限定的です。相続開始後に状況や心境が変わり、合意を覆して請求される可能性はゼロではありません。しかし、家族で話し合った証として残しておくことで、将来のトラブルを抑制する効果は期待できます。

遺留分の放棄をしてもらう

より強力な方法として、相続の開始前に、相続人に家庭裁判所で「遺留分の放棄」の手続きをしてもらう方法があります。この手続きが認められると、その相続人は将来にわたって遺留分を主張する権利を完全に失います。ただし、この手続きは、本人の自由な意思に基づいているか、放棄の代償があるかなどが厳しく審査されるため、簡単には認められません。また、相続が始まる前(委託者が生きているうち)にしかできない手続きであることにも注意が必要です。

遺留分を考慮した信託契約の具体例

言葉だけではイメージしにくいかもしれませんので、具体的なケースを2つ見てみましょう。ご自身の状況と照らし合わせながら考えてみてください。

ケース1:長男に事業承継させたい場合

家族構成 父(委託者)、母、長男、長女
全財産 1億円(自社株6,000万円、預貯金4,000万円)
各相続人の遺留分 母:1/4(2,500万円)、長男・長女:各1/8(1,250万円)

このケースで、父が「事業の安定のため自社株6,000万円はすべて長男に」と考え、自社株を信託財産として長男を受益者にする信託を組んだとします。これだけでは、長女の遺留分1,250万円が侵害されてしまいます。
【対策】
信託契約と合わせて、遺言書を作成します。その中で「預貯金4,000万円のうち、2,500万円を母に、1,500万円を長女に相続させる」と指定します。こうすることで、長女は遺留分額(1,250万円)を上回る1,500万円を受け取れるため、遺留分の問題はクリアでき、長男は安心して事業を引き継げます。

ケース2:障がいのある子どもの生活を守りたい場合

家族構成 母(委託者)、長男(健常)、次男(障がいあり)
全財産 6,000万円(自宅不動産3,000万円、預貯金3,000万円)
各相続人の遺留分 長男・次男:各1/4(1,500万円)

母は「自分が亡くなった後、障がいのある次男の生活が心配」と考え、自宅と預貯金すべてを次男のために使いたいと思っています。
【対策】
母を委託者、次男を受益者、信頼できる親族(または専門家)を受託者として、生活費や施設利用料などを定期的に次男に給付する信託契約(福祉型信託)を結びます。このままでは長男の遺留分1,500万円が侵害されてしまうため、別途、母を契約者・被保険者、長男を受取人とする死亡保険金1,500万円の生命保険に加入しておきます。生命保険金は原則として遺留分の計算基礎に含まれないため、長男は確実に1,500万円を受け取ることができ、遺留分トラブルを回避できます。

家族信託と遺留分に関する注意点

最後に、家族信託と遺留分の問題を考える上で、心に留めておいていただきたい注意点を2つお伝えします。

専門家への相談が不可欠

これまでお話ししてきたように、家族信託と遺留分の問題は、法律や税金が複雑に絡み合います。財産の評価額を正確に計算したり、個々の状況に最適な対策を考えたりするのは、ご家族だけでは非常に困難です。信託契約書を作成する段階から、弁護士や司法書士、税理士といった相続や信託に詳しい専門家に相談し、法的に問題のない、そして家族全員が納得できるプランを作成することが、トラブルを未然に防ぐ最も確実な方法です。

家族での話し合いを大切に

法的な対策はもちろん重要ですが、それと同じくらい大切なのが、ご家族での十分な話し合いです。なぜ特定の家族に多くの財産を託したいのか、その理由や想いをきちんと他の家族に伝えることで、感情的なしこりを残さずに済みます。制度や法律だけで解決しようとせず、家族間のコミュニケーションを大切にすることが、円満な資産承継の鍵となります。隠し事なくオープンに話し合う場を設けるように心がけましょう。

まとめ

今回は、家族信託と遺留分の関係について解説しました。ポイントをまとめると以下のようになります。

  • 家族信託は、特定の相続人に財産を集中させると、他の相続人の遺留分を侵害する可能性がある。
  • 信託された財産も、原則として遺留分侵害額請求の対象になると考えられている。
  • トラブルを避けるためには、設計段階で全相続人の遺留分を考慮した財産配分を考えることが最も重要。
  • 生命保険の活用や遺言書の作成を組み合わせることで、柔軟な対策が可能になる。
  • 法的に複雑な問題が多いため、必ず専門家に相談し、並行して家族間の話し合いを十分に行うことが不可欠。

家族信託は、あなたの想いを未来へつなぐための素晴らしいツールです。しかし、その使い方を間違えると、かえって家族の絆を壊してしまうことにもなりかねません。遺留分という大切な権利にしっかりと配慮し、すべての家族が納得できる形での資産承継を目指しましょう。

参考文献

法務省 – 民法(相続関係)等の改正に関する情報

国税庁 – No.4103 相続時精算課税の選択

家族信託と遺留分に関するよくある質問まとめ

Q. 家族信託を設定すれば、遺留分を気にする必要はなくなりますか?

A. いいえ、なくなりません。家族信託で特定の相続人に財産を承継させても、他の相続人の遺留分を侵害する場合は、遺留分侵害額請求をされる可能性があります。

Q. 家族信託の財産は遺留分の対象になりますか?

A. はい、原則として対象になります。信託された財産は、遺留分を計算する際の基礎財産に含まれるため、注意が必要です。

Q. 遺留分を侵害する家族信託は無効になりますか?

A. いいえ、信託契約自体が無効になるわけではありません。遺留分を侵害された相続人から、侵害額に相当する金銭の支払いを請求(遺留分侵害額請求)される可能性があります。

Q. 家族信託で遺留分対策はできますか?

A. 完全な対策は難しいですが、遺留分を考慮した財産配分を信託契約に盛り込んだり、生命保険を活用したりすることで、将来のトラブルを軽減することは可能です。

Q. 遺留分侵害額請求はいつまでできますか?

A. 遺留分権利者が、相続の開始と遺留分を侵害する贈与(信託)があったことを知った時から1年、または相続開始の時から10年を経過すると時効で請求できなくなります。

Q. 遺留分を放棄してもらうことはできますか?

A. 相続が開始する前に、家庭裁判所の許可を得て遺留分を放棄してもらうことは可能です。ただし、相続人本人による手続きが必要で、強制はできません。

事務所概要
社名
税理士法人プライムパートナーズ
住所
〒107-0052
東京都港区赤坂5丁目2−33
IsaI AkasakA 17階
電話番号
対応責任者
税理士 島本 雅史

本記事は正確な情報提供を心掛けておりますが、執筆時点の情報に基づいているため、法改正や人的ミス、個別のケースにより適用が異なる可能性があります。最新の情報や具体的なご相談については、お気軽に弊法人の税理士までお問い合わせください。