ご家族が亡くなり、相続の手続きを進めようとしたとき、相続人の中に認知症などで判断能力が十分でない方がいらっしゃると、「どうやって遺産分割協議を進めればいいの?」と不安になりますよね。このようなケースでは、成年後見制度を利用して、法的に正しい手順で手続きを進める必要があります。この記事では、成年後見人がいる場合の遺産分割協議書の書き方や、知っておくべき注意点について、具体例を交えながら分かりやすく解説します。
そもそも成年後見制度とは?
まずは基本から確認しましょう。成年後見制度がどのような制度で、なぜ遺産分割協議に必要になるのかをご説明しますね。
成年後見制度ってどんな制度?
成年後見制度とは、認知症、知的障がい、精神障がいなどの理由で、ご自身で物事を判断する能力が不十分な方を、法律的に保護し、支えるための制度です。家庭裁判所によって選ばれた成年後見人が、ご本人に代わって財産を管理したり、必要な契約を結んだりすることで、ご本人の権利や財産を守ります。
なぜ遺産分割協議に成年後見人が必要なの?
遺産分割協議は、誰がどの遺産をどれだけ相続するかを決める、とても大切な話し合いです。これは法律上の「契約」と同じようなもので、参加する相続人全員の有効な合意がなければ成立しません。
もし、判断能力が不十分な方がそのまま遺産分割協議に参加してしまうと、その方の意思が正しく反映されなかったり、不利な内容で同意してしまったりする恐れがあります。そうなると、後からその遺産分割協議自体が「無効」だと判断されてしまうリスクがあるのです。こうした事態を防ぐために、ご本人に代わって成年後見人が代理人として遺産分割協議に参加する必要があるのです。
成年後見人の種類と権限
成年後見制度には、ご本人の判断能力の程度に応じて、次の3つの種類があります。遺産分割協議を行うためには、少なくとも「同意権」や「代理権」が必要になります。
| 種類 | ご本人の判断能力の状態 |
| 後見 | 判断能力が常に欠けている状態 |
| 保佐 | 判断能力が著しく不十分な状態 |
| 補助 | 判断能力が不十分な状態 |
「後見」の場合は、成年後見人がご本人に代わって遺産分割協議に参加します。「保佐」や「補助」の場合は、家庭裁判所の審判によって、遺産分割協議に関する代理権や同意権が与えられているかを確認する必要があります。
成年後見人がいる場合の遺産分割協議書の書き方【記載例付き】
それでは、実際に成年後見人がいる場合の遺産分割協議書の書き方を見ていきましょう。基本的な部分は通常の協議書と同じですが、相続人の署名押印欄に特別な記載が必要になります。
基本的な構成と被相続人の記載
まず、協議書の冒頭には、亡くなられた方(被相続人)の情報を正確に記載します。これは、誰の遺産についての協議なのかを明確にするためです。戸籍謄本や住民票の除票を見ながら、一字一句間違えずに書き写しましょう。
(記載例)
被相続人 山田 太郎
最後の本籍 東京都〇〇区〇〇一丁目〇番
最後の住所 東京都〇〇区〇〇一丁目〇番〇号
死亡年月日 令和〇年〇月〇日
相続人欄の記載方法(最重要ポイント)
ここが最も重要なポイントです。成年後見人がいる場合、相続人本人の署名押印ではなく、成年後見人が代理人として署名し、実印を押印します。書き方は以下のようになります。
まず、成年被後見人(相続人ご本人)の住所と氏名を記載します。その下に、成年後見人の住所と氏名を記載し、「上記成年後見人」といった肩書きを添えます。そして、成年後見人が自身の実印を押印します。
(記載例)
(通常の相続人の場合)
東京都△△区△△二丁目△番△号
相続人 山田 一郎 (実印)
(成年後見人がいる相続人の場合)
東京都〇〇区〇〇一丁目〇番〇号
相続人 山田 花子
上記成年後見人
東京都□□区□□三丁目□番□号
鈴木 次郎 (実印)
このように、誰が誰の代理人として署名押印したのかが、はっきりと分かるように記載することが大切です。
財産の記載方法
誰がどの財産を取得するのかを、具体的に、特定できるように記載します。財産の記載が曖昧だと、後でトラブルになったり、法務局や金融機関での手続きができなかったりする可能性があります。
- 不動産:登記事項証明書(登記簿謄本)の通りに、「所在」「地番」「地目」「地積」などを正確に記載します。建物であれば「家屋番号」や「構造」「床面積」も記載します。
- 預貯金:「〇〇銀行 〇〇支店 普通預金 口座番号1234567」のように、金融機関名、支店名、預金種別、口座番号を記載します。
遺産分割協議書作成時の3つの重要注意点
成年後見人が関わる遺産分割協議では、書き方以外にも特に注意すべき点が3つあります。どれも大切なことなので、しっかり押さえておきましょう。
注意点1:成年後見人は「本人の利益」を最優先する
成年後見人は、あくまで成年被後見人であるご本人の代理人です。そのため、ご本人の利益を守ることが最も重要な役割となります。遺産分割協議においては、ご本人の法定相続分を確保することが大原則です。
例えば、「長男が家を継ぐから、母(成年被後見人)の相続分はゼロにする」といった、ご本人にとって一方的に不利な内容の遺産分割協議に、成年後見人が同意することはできません。家庭裁判所も、成年被後見人の権利が守られているかを厳しく見ていますので、この点は必ず守るようにしてください。
注意点2:「利益相反」になる場合は特別代理人が必要
「利益相反」とは、一方の利益になると、もう一方の不利益になってしまう関係のことです。相続の場面では、成年後見人自身も同じ相続の相続人であるケースがこれにあたります。
例えば、父が亡くなり、相続人が母(成年被後見人)と長男(成年後見人)の2人だけだったとします。この場合、長男が多く遺産をもらえば、母の取り分は減ってしまいます。このように、長男は「成年後見人として母の利益を守る立場」と「相続人として自分の利益を主張する立場」という、二つの相反する立場に立ってしまいます。
このようなケースでは、成年後見人は母の代理人として遺産分割協議に参加できません。代わりに、家庭裁判所に申し立てて「特別代理人」という、その遺産分割協議のためだけの中立的な代理人を選任してもらう必要があります。
注意点3:必要書類が変わる
相続手続き(不動産の名義変更や預貯金の解約など)の際には、遺産分割協議書と一緒にいくつかの書類を提出します。成年後見人がいる場合は、通常の書類に加えて以下の2点が必要になります。
| 成年後見人の印鑑証明書 | 遺産分割協議書に押印した実印が本人のものであることを証明する書類です。相続人ご本人のものではなく、成年後見人のものが必要です。 |
| 成年後見登記事項証明書 | 誰が誰の成年後見人であるかを公的に証明する書類です。法務局で取得できます。 |
これらの書類も忘れずに準備しましょう。
成年後見人が関わる遺産分割の流れ
全体像を把握するために、手続きの流れを簡単にご紹介します。
Step1: 家庭裁判所へ成年後見開始の申立て
相続人の中に判断能力が不十分な方がいる場合、まずはその方の住所地を管轄する家庭裁判所に成年後見開始の申立てを行います。申立てから成年後見人が選任されるまでには、通常2か月から4か月程度の期間がかかります。
Step2: 遺産分割協議
成年後見人が正式に選任されたら、他の相続人と共に遺産の分け方について話し合います。前述の通り、成年後見人はご本人の法定相続分が確保されるように協議を進めます。
Step3: 遺産分割協議書の作成・署名押印
相続人全員で合意ができたら、この記事で解説した方法で遺産分割協議書を作成します。成年被後見人の箇所には、成年後見人が代理人として署名・押印します。
Step4: 相続財産の名義変更手続き
完成した遺産分割協議書と、成年後見人の印鑑証明書、成年後見登記事項証明書など必要な書類を揃えて、法務局での不動産の名義変更(相続登記)や、金融機関での預貯金の解約・名義変更手続きを行います。
遺産分割協議書の記載例(テンプレート)
ここでは、成年後見人がいる場合のシンプルな遺産分割協議書のテンプレートをご紹介します。ご自身の状況に合わせて修正してご活用ください。
—(ここからテンプレート)—
遺産分割協議書
被相続人:〇〇 〇〇
最後の本籍:〇県〇市〇町〇丁目〇番地
最後の住所:〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号
死亡年月日:令和〇年〇月〇日
上記被相続人の死亡により開始した相続に関し、共同相続人全員で遺産分割協議を行った結果、下記のとおり分割することに合意した。
記
1. 次の不動産は、相続人「〇〇 〇〇」が相続する。
(土地)
所 在:〇県〇市〇町〇丁目
地 番:〇番〇
地 目:宅地
地 積:〇〇.〇〇平方メートル
2. 次の預貯金は、相続人「△△ △△」が相続する。
・〇〇銀行 〇〇支店 普通預金
口座番号:1234567
名義人:被相続人 〇〇 〇〇
3. 本協議書に記載のない遺産及び後日発見された遺産については、相続人「〇〇 〇〇」がこれを取得する。
以上のとおり協議が成立したことを証するため、本協議書を〇通作成し、相続人各自が署名押印の上、各1通を保有する。
令和〇年〇月〇日
(住所)〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号
(氏名)相続人 〇〇 〇〇 (実印)
(住所)〇県〇市〇町△丁目△番△号
(氏名)相続人 △△ △△
上記成年後見人
(住所)〇県〇市〇町□丁目□番□号
(氏名)□□ □□ (実印)
—(ここまでテンプレート)—
まとめ
成年後見人がいる場合の遺産分割協議と協議書の作成は、通常の相続手続きとは異なる点が多く、少し複雑に感じるかもしれません。特に、「ご本人の利益を守ること(法定相続分の確保)」と、「利益相反に注意すること」の2点は非常に重要なポイントです。手続きには時間もかかりますし、書類の準備も増えます。
もし、手続きの進め方に不安がある、利益相反にあたるかどうかわからない、といった場合は、無理にご自身だけで進めようとせず、司法書士や弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。専門家のアドバイスを受けながら進めることで、安心して、そしてスムーズに手続きを完了させることができますよ。
参考文献
成年後見人がいる遺産分割協議書のよくある質問まとめ
Q.成年後見人がいる場合、遺産分割協議書には誰が署名・押印するのですか?
A.成年被後見人本人に代わり、成年後見人が署名・押印します。成年被後見人の住所・氏名に加えて、代理人として成年後見人の住所・氏名を記載し、成年後見人の実印を押印します。
Q.遺産分割協議書には、成年後見人であることをどのように記載すればよいですか?
A.相続人の表示欄に「成年被後見人 〇〇 〇〇(本人の氏名) 上記成年後見人 〇〇 〇〇(後見人の氏名)」のように、誰の成年後見人であるかを明確に記載します。
Q.成年後見人として署名する場合、どのような書類が必要になりますか?
A.成年後見人であることを証明するため、法務局が発行する「登記事項証明書」が必要です。この証明書と成年後見人個人の印鑑証明書を遺産分割協議書に添付します。
Q.成年後見人と被後見人の両方が相続人になる場合はどうすればよいですか?
A.後見人と被後見人の利益が相反するため、成年後見人は被後見人を代理できません。この場合、家庭裁判所に「特別代理人」の選任を申し立て、選任された特別代理人が被後見人に代わって遺産分割協議に参加し、署名・押印します。
Q.遺産分割協議を行うにあたり、家庭裁判所の許可は必要ですか?
A.遺産分割協議そのものに家庭裁判所の許可は原則として不要です。ただし、成年被後見人が法定相続分を確保できないような不利な内容の協議を行うことは認められません。また、被後見人の居住用不動産を処分する場合は別途「居住用不動産処分許可」が必要です。
Q.成年後見監督人がいる場合、手続きに違いはありますか?
A.はい、違いがあります。成年後見監督人が選任されている場合、遺産分割協議を行うにはその同意が必要です。遺産分割協議書に成年後見監督人の同意書を添付するか、協議書自体に署名・押印をしてもらうのが一般的です。