生前に300万円の贈与を受けて贈与税を支払ったけれど、いざ相続が発生したら相続財産が基礎控除以下で相続税はかからなかった…。こんなとき、「以前に支払った贈与税は還付されるの?」と疑問に思いますよね。今回は、そんな疑問について、贈与税と相続税の仕組みを紐解きながら、わかりやすく解説していきます。
結論:支払った贈与税は還付されません
まず結論からお伝えしますね。残念ながら、一度支払った暦年贈与の贈与税は、その後の相続で相続税がかからなかったとしても、原則として還付(返金)されることはありません。これには、贈与税と相続税という2つの税金の関係性が深く関わっています。
なぜ贈与税は還付されないの?
それは、「贈与税」と「相続税」がそれぞれ独立した別の税金だからです。暦年贈与にかかる贈与税は、贈与があったその年に、その贈与という行為に対して課される税金です。300万円の贈与が成立し、それに対する贈与税を納めた時点で、その納税義務は完了しています。そのため、後になって相続が発生し、相続税が結果的に0円だったとしても、過去に完了した納税が取り消されてお金が戻ってくる、ということにはならないのです。
「贈与」と「相続」は別々のイベント
少しイメージしてみてください。300万円の財産をもらった時点で「贈与」という一つのイベントは完了し、それに対して贈与税を支払いました。一方で、「相続」は、亡くなった方の財産を遺族が引き継ぐという、全く別のタイミングで発生するイベントです。相続税がかかるかどうかは、あくまで相続が始まった時点での財産の総額で判断されるため、過去の贈与税の支払いとは切り離して考えられている、と理解すると分かりやすいかもしれません。
例外的なケースはあるの?
基本的には還付はないのですが、少し話が複雑になるのが「生前贈与加算」というルールが関わってくる場合です。これは、亡くなる直前に行われた贈与を相続財産に含めて計算し直す、というものです。しかし、このルールが適用されたとしても、今回のように最終的な相続税が0円の場合は、やはり支払った贈与税が直接戻ってくるという形にはなりません。この仕組みについては、後ほど詳しくご説明しますね。
贈与税と相続税の基本的なルールをおさらい
なぜ贈与税が戻ってこないのかをより深く理解するために、贈与税と相続税の基本ルールを簡単におさらいしておきましょう。この2つの税金の仕組みの違いがポイントになります。
暦年贈与と贈与税の計算
暦年贈与は、毎年1月1日から12月31日までの1年間にもらった財産の合計額が、基礎控除額である110万円を超えた場合に、その超えた部分に対してかかる税金です。ご相談のケースのように300万円の贈与を受けた場合、以下のように贈与税が計算され、納税されたはずです。
贈与された金額 | 300万円 |
基礎控除額 | 110万円 |
課税される金額 | 300万円 – 110万円 = 190万円 |
税率(※) | 10% |
納めた贈与税額 | 190万円 × 10% = 19万円 |
※親や祖父母から子や孫への贈与(特例贈与)の場合の税率です。
相続税の基礎控除とは
一方、相続税は、亡くなった方の遺産の総額が「基礎控除額」を超えた場合にかかる税金です。この相続税の基礎控除額は、「3,000万円 + (600万円 × 法定相続人の数)」という式で計算されます。例えば、法定相続人が配偶者と子ども2人の合計3人なら、基礎控除額は「3,000万円+(600万円×3人)=4,800万円」となります。遺産の総額がこの4,800万円以下であれば、相続税はかからず、申告も基本的に不要です。
贈与税と相続税は連動していない
このように、贈与税の基礎控除110万円と、相続税の基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)は、全く別の制度です。暦年贈与で贈与税を支払ったという事実と、相続財産が相続税の基礎控除額を下回ったという事実は、それぞれ独立して考えられるため、過去に支払った贈与税の還付には繋がらないのです。
注意!「生前贈与加算」のルール
暦年贈与をしていた場合に、知っておかなければならない非常に重要なルールがあります。それが「生前贈与加算」です。これは、相続税の計算をするときに、亡くなる前の一期間内に行われた贈与を、相続財産に足し戻して計算するというルールです。
生前贈与加算とは?
亡くなる直前に財産を駆け込みで贈与して、相続税を不当に安くすることを防ぐための制度です。具体的には、相続が開始する前3年以内に行われた贈与は、相続財産に加算して相続税を計算し直さなければなりません。なお、この期間は法改正により、2024年1月1日以降の贈与からは段階的に7年以内に延長されていきます。
生前贈与加算の対象となる贈与
このルールの対象となるのは、相続人など、相続によって財産を受け取った人が、亡くなった方から受けた贈与です。たとえ基礎控除110万円以下の贈与であっても、この期間内のものであれば加算の対象となるので注意が必要です。
今回のケースと生前贈与加算
もし、ご相談の300万円の贈与が、亡くなる前3年(または7年)以内に行われたものであれば、その300万円は相続財産に足し戻して、相続税がかかるかどうかを再判定する必要があります。ただ、今回のケースでは「加算してもなお基礎控除以下だった」ため、結果として相続税は0円のまま変わらなかった、という状況だと考えられます。
支払った贈与税はどうなる?「贈与税額控除」
「生前贈与加算で贈与した財産を足し戻すなら、その時払った贈与税はどうなるの?二重で税金を取られるの?」と心配になりますよね。ご安心ください。そのための調整の仕組みがちゃんと用意されています。
二重課税を防ぐ「贈与税額控除」
生前贈与加算の対象となった贈与について、すでに贈与税を支払っている場合は、その支払った贈与税額を、計算された相続税額から直接差し引くことができます。これを「贈与税額控除」といいます。この仕組みによって、同じ財産に対して贈与税と相続税が二重で課税されることを防いでいるのです。
相続税が0円の場合の贈与税額控除
ここが今回の最も重要なポイントです。贈与税額控除は、あくまで「支払うべき相続税額」から差し引く制度です。今回のケースのように、生前贈与加算をしても相続財産が基礎控除以下で、支払うべき相続税額がもともと0円だった場合、差し引くべき相続税自体が存在しません。そのため、過去に支払った贈与税(このケースでは19万円)を控除することができず、結果として還付もされない、ということになるのです。
相続税が発生する場合 | 支払うべき相続税額から、過去に支払った贈与税額を差し引くことができます(贈与税額控除)。 |
相続税が0円の場合 | 差し引くべき相続税額が0円のため、贈与税額控除は適用できず、還付もありません。 |
贈与税を払ってでも生前贈与するメリットは?
ここまでのお話で、「それなら贈与税を払ったら損じゃないか」と感じられたかもしれません。しかし、将来の相続を見据えた場合、あえて贈与税を支払ってでも生前贈与を行うことには、大きなメリットがあるケースもあります。
将来の相続税対策になる
将来、多額の相続税がかかることが予想される方の場合、生前贈与加算の対象とならない期間(3年または7年より前)に計画的に贈与を進めることで、相続財産そのものを減らし、将来の相続税の負担を軽減することができます。贈与税と相続税の税率を比較しながら、トータルで最も税負担が少なくなるように計画することが有効です。
特定の人に確実に財産を渡せる
遺言書で意思を示すこともできますが、生前贈与は、ご自身が元気なうちに、ご自身の意思で、特定の相手に、確実に財産を渡すことができるという大きなメリットがあります。「事業を継いでくれる子どもに株式を渡したい」「特に面倒を見てくれたお孫さんにお金を残したい」といった想いを、ご自身のタイミングで形にすることができます。
まとめ
最後に、今回のポイントを改めて整理しましょう。
300万円の暦年贈与で支払った贈与税は、その後の相続で相続税が0円だったとしても還付されることはありません。これは、贈与税と相続税がそれぞれ別の税金であるためです。
亡くなる前3年(または7年)以内の贈与は、相続財産に足し戻して計算されますが(生前贈与加算)、その際に支払った贈与税は、発生した相続税から差し引くことができます(贈与税額控除)。
しかし、もともと相続税が0円の場合は、差し引くべき相続税がないため贈与税額控除は適用できず、結果として還付も行われません。
生前贈与は、将来の相続税対策として非常に有効な手段ですが、ご自身の財産状況や相続人の構成などを総合的に判断して、計画的に進めることがとても大切です。もしご不安な点があれば、一度専門家に相談してみることをお勧めします。
参考文献
国税庁: No.4161 贈与財産の加算と贈与税額の控除(暦年課税)
贈与税の還付と相続税に関するよくある質問まとめ
Q.暦年贈与で贈与税を支払い、相続税がゼロでした。支払った贈与税は還付されますか?
A.原則として還付されません。暦年贈与は、その年ごとに完結する課税方式のため、後の相続税額とは無関係です。
Q.なぜ暦年贈与で支払った贈与税は、相続時に還付されないのですか?
A.暦年贈与と相続税はそれぞれ独立した税金の制度だからです。暦年贈与は生前の財産移転、相続税は亡くなった後の財産承継に対する課税であり、原則として連動しません。
Q.「相続時精算課税制度」を使っていれば還付されたのですか?
A.はい。「相続時精산課税制度」を選択していた場合、支払った贈与税は相続税の前払いとみなされ、相続税額から控除されます。相続税がゼロなら支払った贈与税は全額還付されます。
Q.亡くなる3年以内(改正後は7年以内)の贈与だと扱いは変わりますか?
A.はい、変わります。相続開始前3年(段階的に7年へ延長)以内の贈与は相続財産に加算されます。その際、支払った贈与税は相続税から控除できるため、結果的に還付される可能性があります。
Q.300万円の贈与で支払った贈与税はいくらですか?
A.基礎控除110万円を引いた190万円(300万円 – 110万円)に対して10%の税率がかかるため、19万円の贈与税を支払ったことになります。
Q.今後、贈与を受ける際に気をつけることは何ですか?
A.贈与者の年齢や状況を考慮し、相続税との関連も視野に入れることが大切です。年間110万円の非課税枠を活用したり、税理士などの専門家に相談したりすることをおすすめします。