医療法人の事業承継を考えるとき、大きな課題となるのが相続税ですよね。特に「持分あり医療法人」の場合、出資持分の評価額が思いのほか高額になり、後継者が多額の税負担に悩むケースは少なくありません。ですが、持分なし医療法人であれば、原則として相続税や贈与税が非課税になることをご存知でしょうか?この記事では、持分なし医療法人がなぜ非課税なのか、その仕組みと、現在の主流である「持分あり」から「持分なし」へ移行する際の具体的な方法、注意点をわかりやすく解説していきます。
医療法人の「持分あり」と「持分なし」って何が違うの?
まず、すべての基本となる医療法人の種類について確認しておきましょう。医療法人は、大きく「持分あり」と「持分なし」の2つに分けられます。この違いが、相続税に大きく関わってくるんですよ。
持分あり医療法人(経過措置医療法人)
持分あり医療法人とは、出資者が医療法人に対して「出資持分」という財産権を持っている法人のことです。これは株式会社でいう株式のようなもので、法人が解散したときには、残った財産の分配を受ける権利があります。この財産権があるために、出資者が亡くなると、その持分が相続財産として評価され、相続税の課税対象となってしまいます。
なお、平成19年4月1日の医療法改正によって、新たに持分あり医療法人を設立することはできなくなりました。そのため、現在存在する持分あり医療法人は「経過措置医療法人」と呼ばれています。
持分なし医療法人
一方、持分なし医療法人は、出資持分という概念そのものが存在しない法人です。出資者個人の財産権とは切り離されており、法人の財産はあくまで法人のものです。そのため、出資者が亡くなっても、相続すべき財産権(持分)がないため、原則として相続税や贈与税の課税対象にはなりません。
平成19年4月1日以降に新しく設立された医療法人は、すべてこの「持分なし医療法人」となっています。
なぜ持分なし医療法人は原則非課税なの?
結論から言うと、持分なし医療法人には、個人に帰属する財産権(出資持分)がないからです。相続税は、亡くなった方の「財産」を引き継ぐときに発生する税金ですよね。持分なし医療法人では、社員(出資者)が法人に対して持っているのは、財産的な権利ではなく、法人の運営に参加するための権利だけなんです。ですから、理事長が亡くなっても、後継者に引き継がれる「財産」がないため、相続税がかからないというわけです。
持分あり医療法人が抱える3つの税務リスク
「うちはまだ持分あり医療法人のままだ…」という方も多いと思います。そのままにしておくと、どのような税金のリスクがあるのか、具体的に見ていきましょう。知らず知らずのうちに、大きな問題に発展することがあるので注意が必要です。
出資者が亡くなった場合の相続税
最も大きなリスクが、出資者(多くの場合は創業者である理事長)が亡くなったときの相続税です。医療法人は医療法によって配当が禁止されているため、利益が内部に蓄積されやすい傾向があります。その結果、法人の純資産が大きくなり、出資持分の評価額が設立当初と比べて何十倍、何百倍にもなっているケースが少なくありません。この高額な持分に対して相続税が課されるため、後継者が納税資金を準備できず、クリニックの経営自体が揺らいでしまう危険性があります。
出資者が持分を放棄した場合のみなし贈与税
「じゃあ、元気なうちに持分を放棄すればいいのでは?」と考えるかもしれませんね。しかし、ここに落とし穴があります。例えば、お父様が持っていた持分を放棄すると、その経済的な価値が、他の出資者(例えば長男や次男)に移ったとみなされ、長男や次男に高額な贈与税が課されてしまうのです。これを「みなし贈与」と言い、良かれと思ってやったことが、かえって大きな税負担を生むことになりかねません。
持分なしへ移行する際の法人への贈与税
では、出資者全員が同時に持分を放棄して「持分なし医療法人」に移行すれば、贈与する相手がいないから税金はかからないのでは?と思うかもしれませんが、税法はそう甘くありません。この場合、出資者から医療法人そのものへ財産が贈与されたとみなされ、法人に対して贈与税が課されるのが原則です。これもまた、非常に高額な税金になる可能性があり、持分なしへの移行をためらわせる大きな要因となっていました。
持分なし医療法人へ移行するメリット・デメリット
税務リスクを回避するために持分なし医療法人への移行は有効な手段ですが、メリットばかりではありません。良い点と注意すべき点をしっかり理解した上で、判断することが大切です。
メリット:事業承継のスムーズ化と節税
最大のメリットは、やはり事業承継が円滑に進むことです。相続税や贈与税の心配がなくなるため、後継者は税金の心配をすることなく、安心して経営に集中できます。これにより、医療の安定供給という、医療法人の本来の目的を守ることにもつながります。将来にわたる税務リスクを取り除き、永続的な経営基盤を築けるのは大きな魅力です。
デメリット:財産権の喪失と手続きの煩雑さ
一方で、デメリットは出資者の財産権がなくなることです。持分を放棄するということは、法人を解散したときに残った財産を受け取る権利などを手放すことを意味します。そのため、出資者の中には、この点に納得できず、移行に反対する人が出てくる可能性もあります。移行には出資者全員の同意が必要なため、この合意形成が一番のハードルになることも少なくありません。
非課税で持分なし医療法人へ移行する方法
「法人に贈与税がかかるなら、移行なんてできない…」と諦めるのはまだ早いです。国も医療の安定供給のために持分なしへの移行を後押ししており、一定の要件を満たせば、贈与税をかけずに移行できる制度を用意しています。その中でも、最も現実的で活用されているのが「認定医療法人制度」です。
非課税で移行するための代表的な選択肢
持分なし医療法人へ非課税で移行するには、主に3つの形態があります。それぞれ要件が異なるため、ご自身の法人に合った方法を選ぶ必要があります。
移行先の形態 | 概要と特徴 |
特定医療法人 | 国税庁長官の承認を受けた法人。法人税の軽減措置もありますが、親族経営ができないなど要件が非常に厳しいです。 |
社会医療法人 | 都道府県知事の認定を受けた法人。救急医療などを担う公益性の高い法人が対象で、税制優遇は大きいですが、要件は最も厳しいです。 |
認定医療法人 | 同族経営を維持したまま、贈与税の納税を猶予・免除してもらえる制度。多くの法人にとって最も現実的な選択肢です。 |
カギを握る「認定医療法人制度」
認定医療法人制度は、持分あり医療法人が持分なし医療法人へスムーズに移行できるよう、税制面で支援する制度です。この制度を活用する最大のメリットは、親族による経営を続けながら、移行時に法人にかかるはずだった贈与税の納税が猶予され、最終的に免除される点です。
この認定を受けるためには、厚生労働大臣に「移行計画」を提出し、認定を受ける必要があります。移行計画には、主に以下のような運営の適正性に関する要件を満たすことが求められます。
- 法人関係者(役員やその親族)に対して、特別な利益供与をしないこと。
- 役員報酬の支給基準を定め、不当に高額にならないようにすること。
- 社会保険診療に係る収入金額が、法人全体の収入金額の80%を超えていること。
認定を受けた後も、移行が完了してから6年間はこれらの要件を守り、定期的に運営状況を報告する必要があります。手続きは複雑ですが、専門家と相談しながら進めることで、大きな節税効果が期待できます。
移行を検討する際の2つの重要ポイント
持分なし医療法人への移行は、メリットが大きい一方で、慎重に進めるべきプロジェクトです。最後に、実行に移す前に必ず押さえておきたい注意点をお伝えします。
出資者全員の合意形成
繰り返しになりますが、持分なしへ移行するには、定款変更について社員総会での議決が必要で、出資者(社員)全員の同意を得ることが不可欠です。財産権を失うことについて、なぜ移行が必要なのか、将来の医療法人にとってどのようなメリットがあるのかを丁寧に説明し、一人ひとりの理解を得るプロセスが何よりも重要になります。
医療法人に詳しい専門家への相談
持分なし医療法人への移行は、税務だけでなく、医療法や民法も関わる非常に専門的な手続きです。特に認定医療法人の申請は、移行計画の策定から各種書類の準備まで、多岐にわたります。早い段階から、医療法人の事業承継に精通した税理士や弁護士などの専門家に相談し、自院にとって最適な道筋を立ててもらうことを強くお勧めします。
まとめ
今回は、持分なし医療法人の原則非課税というテーマについて、その理由から具体的な移行方法までを解説しました。ポイントをまとめると以下のようになります。
- 持分なし医療法人は、個人に帰属する財産権(持分)がないため、原則として相続税・贈与税が非課税です。
- 持分あり医療法人(経過措置医療法人)は、出資持分が相続財産となり、高額な税負担のリスクを抱えています。
- 持分なしへ移行する際、原則として法人に贈与税がかかりますが、「認定医療法人制度」を活用すれば、一定の要件のもとで非課税での移行が可能です。
- 移行を成功させるには、出資者全員の合意形成と、医療法人に詳しい専門家との連携が不可欠です。
事業承継の問題は、一朝一夕には解決できません。将来の安定した法人経営のためにも、ぜひお早めに現状の確認と対策の検討を始めてみてくださいね。
参考文献
No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)|国税庁
持分なし医療法人の税金に関するよくある質問まとめ
Q.持分なし医療法人とは、そもそも何ですか?
A.出資持分(財産権)が存在しない医療法人のことです。法人を解散しても残余財産は国や地方公共団体に帰属するため、特定の個人に利益が還元されず、非営利性が高いのが特徴です。
Q.なぜ持分なし医療法人は法人税が原則非課税なのですか?
A.社会保険診療など、その法人が行う本来業務は公共性・公益性が高いとみなされるためです。ただし、本来業務以外の「収益事業」から得た所得については課税対象となります。
Q.原則非課税とのことですが、課税されるケースはありますか?
A.はい、あります。医療行為とは直接関係のない「収益事業」を行って所得が生じた場合、その所得に対しては法人税が課税されます。
Q.「持分あり」医療法人との税金面での一番の違いは何ですか?
A.最大の違いは相続税・贈与税の扱いです。「持分あり」の場合、出資持分が相続・贈与の対象となり高額な税金がかかる可能性がありますが、「持分なし」にはその心配がありません。
Q.持分なし医療法人に移行する税務上のメリットは何ですか?
A.事業承継(代替わり)の際に、後継者への出資持分の相続や贈与が発生しないため、相続税や贈与税の課税リスクを回避できます。これにより、円滑な事業承継が可能になります。
Q.課税対象となる「収益事業」とは具体的にどのようなものですか?
A.日本標準産業分類で定められた34事業が該当します。具体的には、院内の売店経営、駐車場の運営、治験、人間ドック(自由診療部分)などが収益事業とみなされることがあります。