アパートなど賃貸物件のオーナー様が亡くなられた場合、家賃収入の取り扱いはどうなるのでしょうか。特に、「支払期日がまだ来ていないけれど、亡くなる日までに経過した期間分の家賃」は相続財産になるのか、迷われる方が多いようです。この「支払期日未到来の既経過家賃」について、相続税申告での正しい扱い方をわかりやすく解説します。申告漏れや計算ミスを防ぐために、ぜひ参考にしてくださいね。
既経過家賃は相続財産になる?基本的な考え方
結論からお伝えすると、支払期日が到来していない既経過家賃は、原則として相続財産にはなりません。亡くなった日までの分を日割りで計算して、相続財産に加える必要はないんです。相続税の計算では、「亡くなった日(相続開始日)時点で、財産として確定しているか」がとても重要になります。まずは、基本的な考え方と、よく似た言葉である「未収家賃」との違いを見ていきましょう。
相続財産の対象となる「未収家賃」との違い
相続財産の対象となるのは、「未収家賃」です。これは、亡くなった日までに支払期日が到来しているにもかかわらず、まだ受け取れていない家賃のことを指します。「既経過家賃」との違いは、「支払期日が来ているかどうか」という一点です。
| 未収家賃 | 相続開始日において、支払期日が到来しているが、まだ支払われていない家賃。(相続財産になる) |
| 支払期日未到来の既経過家賃 | 相続開始日において、支払期日が到来していない家賃。(相続財産にならない) |
例えば、毎月末払いの契約で7月15日に亡くなった場合、6月分の家賃が未払いであれば、それは「未収家賃」として相続財産になります。しかし、7月分の家賃は支払期日(7月末)がまだ来ていないので、7月1日から15日までの期間分も相続財産には含まれません。
なぜ支払期日未到来の家賃は相続財産ではないのか
なぜなら、亡くなった時点では、まだ入居者に対して「家賃を支払ってください」と請求する権利が法的に確定していないからです。国税庁も、質疑応答事例の中で「死亡した日においてその月の家賃の支払期日が到来していない場合は、既経過分の家賃相当額を相続税の課税価格に算入しなくて差し支えありません」との見解を示しています。相続税は、あくまで亡くなった時点での財産に対して課税されるため、まだ請求権の発生していない家賃は対象外となるのです。
日割り計算は不要です
この考え方から、亡くなった日までの期間で家賃を日割り計算して相続財産に加える必要はない、ということになります。例えば、家賃10万円で7月15日に亡くなったからといって、15日分の約5万円(10万円 ÷ 31日 × 15日)を相続財産として申告する必要はありません。あくまで「支払期日が到来しているかどうか」で判断することが、シンプルで明確なルールです。
家賃の支払われ方で変わる!2つの契約パターン
相続財産になるかどうかは、賃貸借契約書に定められた家賃の支払い方式によっても判断が異なります。主に「前家賃」と「後家賃」の2つのパターンがありますので、契約書を確認してみましょう。
「前家賃」の場合(翌月分を前月末に支払う)
「前家賃」は、例えば7月分の家賃を6月30日までに支払う、という契約です。この場合、相続が7月15日に発生したとすると、7月分の家賃は6月30日が支払期日です。もしこの家賃が支払われていなければ、それは支払期日が到来済みの「未収家賃」となり、相続財産に含まれます。もし既に支払いを受けていれば、そのお金は亡くなった方の預貯金などに含まれているため、預貯金として相続財産に計上されます。
「後家賃」の場合(当月分を当月末に支払う)
「後家賃」は、7月分の家賃を7月31日に支払う、という契約です。この契約で7月15日に相続が発生した場合、7月分の家賃の支払期日はまだ到来していません。そのため、7月1日から15日までの既経過家賃は相続財産の対象にはなりません。この7月分の家賃は、後日、相続人が受け取ることになり、それは相続人のその年の収入(不動産所得)として所得税の対象となります。
間違いやすいポイント!前受家賃と債務控除
前家賃の契約の場合、「まだ提供していない期間の家賃を先に受け取っているのだから、その分は負債として財産から差し引ける(債務控除できる)のでは?」と考える方もいらっしゃいます。しかし、これは間違いなので注意が必要です。
前受家賃は債務控除の対象にならない
賃貸借契約は、オーナーが亡くなっても自動的に終了するわけではなく、相続人に引き継がれます。そのため、先にもらった家賃を返還する義務はありません。返還義務のないものは「債務」とは認められないため、前家賃を債務控除することはできません。受け取った家賃は、そのまま預貯金などのプラスの財産として評価されます。
債務控除できるものとは?
相続税の計算で財産から差し引ける債務控除の対象となるのは、亡くなった時点で確定している債務です。具体的には、以下のようなものが挙げられます。
| 借入金 | アパートローンなどの残高 |
| 未払いの税金 | 固定資産税や住民税などの未納分 |
| 未払いの費用 | 医療費の未払い分や公共料金の未払い分 |
| 預り敷金 | 入居者から預かっている敷金(将来返還義務があるため) |
具体例で見る!相続財産になる家賃とならない家賃
少し複雑に感じるかもしれませんので、具体的なケースで整理してみましょう。ここでは、アパートのオーナー様が【7月15日に亡くなった】という想定で解説します。
ケーススタディ:7月15日に亡くなった場合
家賃の契約形態によって、どの月の家賃が相続財産(未収家賃)になるかが変わってきます。
| 契約形態 | 家賃の扱い |
| 前家賃 (例:7月分は6月末払い) |
【相続財産になるもの】 ・7月分までの家賃で、支払期日(6月末以前)を過ぎても支払われていないもの。 【相続財産にならないもの】 ・8月分の家賃(支払期日が7月末のため未到来) |
| 後家賃 (例:6月分は6月末払い) |
【相続財産になるもの】 ・6月分までの家賃で、支払期日(6月末以前)を過ぎても支払われていないもの。 【相続財産にならないもの】 ・7月分の家賃(支払期日が7月末のため未到来) |
どちらの契約でも、ポイントは「7月15日時点で支払期日が来ているかどうか」です。この日を基準に、未払いの家賃が相続財産になるか、それとも相続人の収入になるかが決まります。
未収家賃がある場合の相続税への影響
もし支払期日が到来している「未収家賃」が多額にある場合、相続税にどのような影響が出るのでしょうか。簡単なシミュレーションで見てみましょう。
相続税の計算方法の基本
相続税は、まず亡くなった方の全ての財産(預貯金、不動産、未収家賃など)を合計し、そこから借入金などの債務を差し引きます。さらに基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を引いた金額(課税遺産総額)に対して、所定の税率をかけて計算します。
未収家賃400万円があった場合のシミュレーション
仮に、遺産総額が2億円(未収家賃は含まず)、相続人が配偶者と子2人の合計3人というケースで考えてみます。
- 未収家賃がない場合
- 基礎控除額:3,000万円 + (600万円 × 3人) = 4,800万円
- 課税遺産総額:2億円 – 4,800万円 = 1億5,200万円
- 相続税の総額:約2,700万円
- 未収家賃400万円があった場合
- 遺産総額:2億円 + 400万円 = 2億400万円
- 課税遺産総額:2億400万円 – 4,800万円 = 1億5,600万円
- 相続税の総額:約2,800万円
このケースでは、未収家賃が400万円あることで、相続税が約100万円増加することになります。
回収できない未収家賃のリスク
ここで注意したいのが、未収家賃は「まだ受け取れていないお金」だということです。それにもかかわらず、相続税の計算では財産として加算され、納税額が増えてしまいます。もしその未収家賃が回収できなければ、手元に現金がないまま税金の負担だけが増えるという、非常に厳しい状況に陥る可能性があります。そのため、賃貸経営においては、家賃滞納を放置しないことが生前の相続対策としても重要になります。
まとめ
今回は、支払期日未到来の既経過家賃と相続財産の考え方について解説しました。最後にポイントをまとめておきましょう。
- 支払期日未到来の既経過家賃は、日割り計算も不要で、相続財産にはなりません。
- 相続財産になるのは、亡くなった日時点で支払期日が到来している「未収家賃」だけです。
- どちらに該当するかは、賃貸借契約書の「前家賃」「後家賃」といった支払い方式で変わるため、契約内容の確認が不可欠です。
- 先に受け取った前家賃は、返還義務がないため債務控除の対象にはなりません。
- 未収家賃は相続財産となり、相続税の負担を増やす要因になります。回収が難しい場合は、税金の負担だけが増えるリスクがあります。
相続財産の評価や相続税申告は、判断が難しい部分も多くあります。特に不動産が関わる相続は複雑になりがちです。もしご自身での判断に不安を感じる場合は、税理士などの専門家に相談することをおすすめします。
参考文献
支払期日未到来の既経過家賃と相続のよくある質問まとめ
Q.「支払期日未到来の既経過家賃」とは何ですか?
A.被相続人が亡くなった日までに発生したものの、まだ支払期日が来ていない家賃のことです。貸主の場合はプラスの財産、借主の場合はマイナスの財産(債務)として相続財産に含まれます。
Q.故人が借りていた家の未払い家賃は、相続財産からマイナスできますか?
A.はい、亡くなった日までの日割り家賃は、被相続人の債務として相続財産から控除(マイナス)することが可能です。これを債務控除といいます。
Q.故人が貸していた不動産の未収家賃も相続財産になりますか?
A.はい、亡くなった日までに発生している未収家賃は、支払期日前であっても、相続人が受け取る権利(債権)としてプラスの相続財産に計上する必要があります。
Q.既経過家賃はどのように計算するのですか?
A.「月額家賃 ÷ その月の日数 × 亡くなった日までの経過日数」という計算式で日割り計算するのが一般的です。
Q.家賃を相続財産として申告する際に必要な書類は何ですか?
A.賃貸借契約書の写し、家賃額や支払日がわかる書類(通帳の履歴や請求書など)を準備しておくと、申告がスムーズに進みます。
Q.被相続人の死亡後に発生する家賃はどうなりますか?
A.死亡日以降に発生する家賃は、被相続人の債務ではなく、相続人の債務となります。したがって、相続税の債務控除の対象にはなりません。