帰化して日本国籍を取得された方から、「将来の相続のために遺言書を作ったほうがよいのか」というご相談をよくいただきます。結論からお伝えしますと、帰化された方こそ公正証書遺言を作成しておくことを強くおすすめします。なぜなら、帰化する前の戸籍をすべて集めることは非常に難しく、残されたご家族の手続き負担がとても大きくなるからです。ここでは、帰化された方が公正証書遺言を作成するメリットや注意点を分かりやすくお話ししていきますね。
帰化した方の相続手続きでよく起こる問題点
日本で相続手続きを行う際、原則として亡くなった方の出生から死亡までの連続した戸籍謄本が必要です。しかし、帰化された方の場合、日本国籍を取得した時点からの戸籍しか存在しません。そのため、帰化前の外国籍だった期間の身分関係を証明することが難しくなり、ご家族が預金の解約や不動産の名義変更を進められなくなるケースがよくあります。
帰化前の戸籍や証明書の取得が困難な理由
帰化される前の身分関係を証明するためには、もともとの国籍があった国の書類が必要です。たとえば、韓国や台湾のように戸籍制度がある国であれば、本国の役所から戸籍を取り寄せ、さらに日本語への翻訳文を添付する必要があります。一方、アメリカや中国など戸籍制度がない国では、出生証明書や婚姻証明書などを個別に取得しなければならず、手続きには数か月から半年以上の期間と数万円から数十万円の翻訳・取り寄せ費用がかかることも珍しくありません。
外国人登録原票の活用とその限界
日本に帰化する前の日本での居住歴や身分関係を証明する方法として、法務省に保管されている「外国人登録原票」を取得するという手段があります。1件300円の手数料で出入国在留管理庁へ開示請求ができますが、請求から交付まで2週間から4週間ほどかかります。また、これはあくまで日本に来てから平成24年までの記録であり、来日する前の母国での親族関係まで完全に証明できるわけではないため、結局は本国の書類が必要になることが多いのです。
戸籍が揃わない場合の最終手段とは
どうしても出生から死亡までの書類が揃わない場合、相続人全員で公証役場へ行き、「自分たちが相続人に間違いありません」という宣誓供述書を作成したり、法務局や金融機関に上申書を提出したりすることになります。しかし、この手続きは非常に煩雑で、印鑑証明書の取得費用や公証人への数千円から数万円の手数料がかかるうえ、金融機関によってはこの方法では預金の解約を認めてくれないこともあります。
帰化している場合、なぜ公正証書遺言が必要なのか
こうした複雑な手続きを劇的に楽にする方法が、生前に公正証書遺言を作成しておくことです。遺言書があれば、亡くなった事実がわかる戸籍と、財産を受け取る方の現在の戸籍だけで手続きを進められるため、帰化前の書類を集める必要がなくなります。
公正証書遺言なら戸籍収集の負担が激減する
通常の相続では、亡くなった方の生まれてから亡くなるまでのすべての戸籍と、相続人全員の戸籍が必要です。しかし、誰にどの財産を渡すかを記載した公正証書遺言があれば、原則として「亡くなった方の死亡の記載がある戸籍」と「財産を受け取る方の戸籍」の2通程度で不動産の相続登記や銀行の解約が可能です。これにより、ご家族が海外から書類を取り寄せる手間や費用を完全に省くことができます。
自筆証書遺言よりも公正証書遺言が良い理由
遺言書にはご自身で書く自筆証書遺言もありますが、帰化された方には公証役場で作成する公正証書遺言をおすすめします。自筆証書遺言は書き方に厳格なルールがあり、日付の書き忘れや訂正印の押し忘れなどで無効になるリスクがあります。また、亡くなった後に家庭裁判所で検認という手続きが必要となり、その際に結局「出生から死亡までの戸籍」を求められてしまうため、遺言を作った意味がなくなってしまうのです。
遺言執行者を指定してさらにスムーズに
公正証書遺言を作成する際は、必ず「遺言執行者」を指定しておきましょう。遺言執行者とは、遺言の内容を実現するために預金の解約や不動産の名義変更を代わりに行ってくれる人のことです。信頼できるご家族や専門家を指定しておくことで、ほかの相続人の印鑑や書類をもらうことなく、その方単独でスムーズに手続きを完了させることができます。
公正証書遺言を作成するための具体的なステップ
では、実際に公正証書遺言を作成するにはどのような手順を踏めばよいのでしょうか。ここでは、必要となる書類や費用、具体的な流れについて表を交えてわかりやすくご説明します。
必要書類と準備するもの
公正証書遺言の作成には、ご本人の本人確認書類や財産に関する資料が必要です。事前にしっかりと準備しておきましょう。
| 必要書類 | 備考 |
|---|---|
| 印鑑登録証明書と実印 | 発行から3か月以内のもの |
| 戸籍謄本 | 財産を渡す相手がご家族の場合 |
| 住民票 | 財産を渡す相手がご家族以外の場合 |
| 不動産の登記事項証明書等 | 固定資産評価証明書なども必要 |
| 預貯金などのメモ | 銀行名、支店名、おおよその残高など |
公証役場での手続きの流れ
まずは公証役場へ行き、どのような遺言にしたいかを公証人に相談します。その後、公証人が法的な文章にまとめ、作成日当日にご本人と証人2名が立ち会いのもと、内容を読み聞かせて確認します。問題がなければ全員で署名と押印を行い、完成となります。作成には通常2週間から1か月程度の期間がかかります。
公証人に支払う費用の目安
公証人に支払う手数料は、財産の額や財産を受け取る人の数によって国が定めた基準で決まっています。
| 財産の額(1人あたり) | 公証人手数料 |
|---|---|
| 500万円を超え1000万円以下 | 1万7000円 |
| 1000万円を超え3000万円以下 | 2万3000円 |
| 3000万円を超え5000万円以下 | 2万9000円 |
| 5000万円を超え1億円以下 | 4万3000円 |
※全体の財産が1億円以下の場合は、さらに遺言加算として1万1000円が追加されます。
帰化した方が遺言を作成する際の注意点
帰化された方が遺言を作成する場合、いくつか気をつけておきたい特有のポイントがあります。せっかく作成した遺言書がスムーズに使えないといったトラブルを防ぐためにも、以下の点を確認しておいてください。
帰化前の氏名と不動産登記の不一致
帰化する前に本国のお名前や通名で不動産を購入していた場合、登記簿上の氏名と帰化後の戸籍上の氏名が異なることがあります。この場合、遺言書を作成する前に、法務局で氏名変更の登記(登録免許税は不動産1個につき1000円)を行っておくか、遺言書の中で「帰化前の氏名〇〇と同一人物である」ことを明確に記載しておく必要があります。
日本以外の財産には効力が及ばないことも
日本の公証役場で作成した公正証書遺言は、日本の法律に基づいて作成されるため、日本国内にある不動産や日本の銀行口座には確実に有効です。しかし、母国など海外に預金や不動産を残している場合、その国の法律によっては日本の遺言書がそのまま認められないケースがあります。海外に財産がある場合は、その国の法律に従った手続きも並行して検討する必要があります。
証人2名の確保について
公正証書遺言を作成する際には、必ず2名の証人が立ち会う必要があります。ただし、配偶者や子供など、将来財産を受け取る可能性がある人は証人になれません。ご自身で友人などに頼むこともできますが、内容を知られたくない場合は、公証役場で紹介してもらったり(日当として1人あたり約6000円から7000円)、専門家に依頼することも可能です。
遺留分に関する配慮も忘れずに
ご自身の財産を誰にどう分けるかは原則として自由ですが、残されるご家族には最低限保障された財産の取り分である「遺留分」があります。このルールを無視した遺言を作成すると、亡くなった後にご家族同士でトラブルになる可能性があるため注意が必要です。
遺留分とは何か
遺留分とは、配偶者、子供、親に対して民法で保障されている最低限の財産取得割合のことです。たとえば、配偶者と子供2人がいる場合、全体の財産の2分の1が遺留分となり、これを配偶者が4分の1、子供がそれぞれ8分の1ずつ保障されます。亡くなった方の兄弟姉妹には遺留分はありません。
遺留分を侵害するとどうなるか
「全財産を長男に相続させる」といった遺言を作成した場合、配偶者や次男の遺留分を侵害することになります。侵害された側は、長男に対して「遺留分侵害額請求」を行い、不足している分の金銭を支払うよう求めることができます。これにより、ご家族の間に深い亀裂が入ってしまうことが少なくありません。
付言事項で想いを伝える
遺留分に配慮した上で、どうしても特定の財産を特定の人に多く残したい特別な理由がある場合は、「付言事項(ふげんじこう)」を活用しましょう。付言事項とは、なぜこのような遺言にしたのか、残されたご家族に仲良くしてほしいといった感謝や願いを書き添えるメッセージのことです。法的な強制力はありませんが、ご自身の温かい言葉を残すことで、ご家族の気持ちを和らげ、争いを防ぐ効果が期待できます。
まとめ
帰化された方の相続手続きは、出生から死亡までの戸籍が揃いにくいという理由から、一般的な手続きよりもはるかに時間と手間がかかります。ご家族が国境を越えて書類を集めたり、公証役場や法務局を駆け回ったりする負担をなくすためには、生前に公正証書遺言を作成しておくことが最も確実で思いやりのある対策です。帰化後の手続きや財産に不安がある方は、まずは一度専門家へ相談し、ご自身の状況に合わせた遺言書の準備を始めてみてはいかがでしょうか。
参考文献
帰化された方の遺言に関するよくある質問まとめ
Q.帰化している場合、公正証書遺言は作成した方がいいですか?
A.はい、強くおすすめします。帰化された方は日本国籍取得前の戸籍をすべて集めることが難しく、残されたご家族の相続手続きが非常に大変になります。公正証書遺言があれば少ない書類でスムーズに手続きを進められます。
Q.自筆証書遺言ではなく、公正証書遺言をおすすめする理由はなんですか?
A.自筆証書遺言は形式の不備で無効になるリスクがあり、また亡くなった後に家庭裁判所での検認手続きが必要です。その検認の際に結局帰化前の戸籍を集めるよう求められることが多いため、初めから公証役場で作成する公正証書遺言が安心です。
Q.帰化前の外国人登録原票があれば遺言がなくても大丈夫ですか?
A.外国人登録原票は日本での居住歴などを証明できますが、あくまで平成24年までの記録であり、来日前の母国での親族関係を完全に証明できるわけではありません。そのため、金融機関等で手続きがストップしてしまうリスクが残ります。
Q.帰化前の名前で不動産を購入している場合はどうすればいいですか?
A.登記簿上のお名前と現在の戸籍上のお名前が異なる場合、事前に法務局で氏名変更の登記を行っておくか、遺言書の中に「帰化前の氏名と同一人物である」旨を明確に記載しておく必要があります。
Q.公正証書遺言を作成するのに費用はどのくらいかかりますか?
A.公証人に支払う手数料は財産の額により決まります。例えば財産が1000万円を超え3000万円以下の場合は2万3000円です。全体の財産が1億円以下の場合はさらに1万1000円の遺言加算がかかります。
Q.日本の公正証書遺言は、海外にある財産にも有効ですか?
A.日本の遺言書は日本国内の財産に対しては確実に有効ですが、母国など海外にある預金や不動産については、現地の法律によってそのまま認められないことがあります。海外に財産がある場合は個別の対策が必要です。