ご自身の会社で賃貸アパートを経営されている場合、将来の相続でその土地や建物の評価がどうなるのか、気になりますよね。特に、相続税の節税効果が非常に大きい「小規模宅地等の特例」が使えるのかどうかは、とても重要なポイントです。個人の場合とは少し考え方が異なる、法人が関わる賃貸アパートの相続について、評価方法や特例適用の可否をわかりやすく解説していきますね。
法人が保有する財産は直接の相続対象ではない?
まず大切な基本からお話しします。会社、つまり法人が所有している賃貸アパートの土地や建物そのものは、個人の相続財産にはなりません。法人はオーナー個人とは別人格だからです。では、何が相続の対象になるのでしょうか?それは、亡くなった方(被相続人)が所有していた、その会社の「株式(出資持分)」です。会社の財産価値はすべて、この株式の価値に反映されている、という考え方なんですね。そのため、相続税を計算するには、この「株式」がいくらになるのかを評価する必要があるのです。
相続財産となる「株式」の評価方法
会社の株式、特に市場で売買されていない「非上場株式」の価値を評価するのは少し複雑です。会社の規模などによって評価方法は変わりますが、基本的には会社の純資産や収益力などから計算します。特に、賃貸アパート経営がメインのような資産管理会社の場合は、会社の資産と負債を相続税評価額で計算し直す「純資産価額方式」という方法が非常に重要になります。つまり、法人が保有する賃貸アパートの土地や建物を相続税のルールに沿って評価し直した金額が、株価に直接影響してくる、ということなんです。
株式評価の基礎となる法人資産の評価
純資産価額方式で株式の価値を計算するためには、法人が所有する個々の資産を相続税の計算ルールに基づいて評価し直す必要があります。賃貸アパートの場合、土地と建物に分けて評価します。
土地の評価:「貸家建付地」評価で減額
法人が所有する賃貸アパートの敷地は、「貸家建付地(かしやたてつけち)」として評価します。これは、土地の上に賃貸用の建物が建っていることで、土地の所有者であっても自由な利用が制限されるため、更地(自用地)よりも評価額が低くなる仕組みです。計算式は以下の通りです。
貸家建付地の評価額 = 自用地評価額 ×(1 - 借地権割合 × 借家権割合 × 賃貸割合)
少し難しい言葉が並んでいますが、それぞれの意味は下の表のようになります。これらの割合を使って、更地の場合よりも評価額を下げることができるんですね。
自用地評価額 | その土地が更地だった場合の評価額(路線価などから計算)です。 |
借地権割合 | 地域ごとに定められており、30%~90%の範囲で設定されています。 |
借家権割合 | 全国一律で30%と定められています。 |
賃貸割合 | アパート全体の床面積のうち、実際に賃貸されている部分の割合です。 |
建物の評価:「貸家」評価で減額
建物についても、人に貸していることで評価額が減額されます。これを「貸家(かしや)」評価と呼びます。計算方法は以下の通りです。
貸家の評価額 = 固定資産税評価額 ×(1 - 借家権割合 × 賃貸割合)
建物の基礎となるのは固定資産税評価額で、これは実際の建築価額よりも低いのが一般的です。そこからさらに、借家権割合(30%)と賃貸割合を考慮して評価額を引き下げることができます。
法人が関わるケースで小規模宅地等の特例は使える?
ここからが本題です。相続税を大幅に節税できる小規模宅地等の特例は、法人が関わる賃貸アパートで使えるのでしょうか。結論から言うと、ケースバイケースです。土地の所有者が誰かによって、結果が大きく変わります。
土地も建物も「法人所有」の場合は適用不可
まず、賃貸アパートの土地と建物の両方を法人が所有している場合、小規模宅地等の特例は適用できません。なぜなら、この特例はあくまで個人が所有し、事業や居住に使っていた宅地等を対象とする制度だからです。この場合、相続財産は会社の「株式」のみであり、土地そのものではないため、特例の対象外となってしまうのです。
「土地は個人、建物は法人」なら特例のチャンスあり!
では、どのような場合に特例が使えるのでしょうか。それは、土地は被相続人(個人)が所有し、その土地を自身の同族会社に貸して、会社が建物を建ててアパート経営をしているケースです。
この場合、被相続人個人の土地は「貸付事業」に使われていたと認められ、「貸付事業用宅地等」として小規模宅地等の特例の対象になる可能性があります。この特例が適用されると、土地の評価額を200㎡まで50%減額することができます。これは非常に大きな節税効果ですよね。
貸付事業用宅地等の主な適用要件
この特例を使うためには、いくつかの要件を満たす必要があります。
- 被相続人やその親族が発行済株式総数の50%超を保有する同族会社への貸付であること。
- 土地を相続した親族が、相続税の申告期限までその会社の役員であること。
- 相続した親族が、相続税の申告期限までその土地を保有し続けること。
- 法人がその土地の上で貸付事業を継続していること。
これらの要件を満たすことで、個人の土地を法人に貸している場合でも、特例の恩恵を受けることができるのです。
特例が使えるかどうかの整理表
少し複雑なので、表で整理してみましょう。
土地・建物の所有形態 | 小規模宅地等の特例の適用の可否 |
土地・建物ともに法人所有 | 適用できません |
土地は個人所有、建物は法人所有(同族会社がアパート経営) | 適用できる可能性があります(貸付事業用宅地等として200㎡まで50%減額) |
特例を適用するための生前の注意点
「土地は個人、建物は法人」の形で特例の適用を目指す場合、生前のうちから気をつけておきたいポイントがいくつかあります。
相当の対価(地代)を受け取っているか
個人と法人の間で土地を無償(タダ)で貸し借りしている「使用貸借」の状態だと、事業とは認められず、特例の対象外となってしまいます。特例を適用するためには、法人から個人へ「相当の対価」としての地代が支払われている必要があります。明確な基準はありませんが、少なくともその土地の固定資産税・都市計画税の2~3倍程度の金額がひとつの目安とされています。
相続開始前3年以内の貸付は原則対象外
相続税対策として、亡くなる直前に慌てて貸付事業を始める、といった駆け込みでの利用を防ぐため、相続開始前3年以内に新たに貸付事業を始めた土地は、原則として特例の対象になりません。ただし、被相続人が3年を超えて事業的規模(いわゆる5棟10室基準)で不動産貸付業を営んでいた場合は、3年以内に始めた土地でも特例の対象となる例外があります。
相続後も事業と土地保有の継続が必要
繰り返しになりますが、この特例は、相続後も事業や生活の基盤を守るための制度です。そのため、相続税の申告期限(相続開始を知った日の翌日から10か月以内)までに土地を売却してしまったり、相続人が役員を辞めてしまったり、法人がアパート経営をやめてしまったりすると、特例は使えなくなってしまいますので注意が必要です。
まとめ
法人が関わる賃貸アパートの相続は、個人所有の場合と評価の考え方が少し異なります。ポイントをもう一度おさらいしましょう。
- 法人が所有する賃貸アパートは、土地・建物そのものではなく「株式」が相続財産になります。
- 株式の価値を計算する上で、法人が持つ賃貸アパートの相続税評価額(貸家建付地・貸家評価)が重要になります。
- 土地・建物を法人が所有している場合、小規模宅地等の特例は使えません。
- 個人が土地を所有し、同族会社に貸してアパート経営をしている場合は、「貸付事業用宅地等」として特例を使える可能性があります。
- 特例の適用には「相当の対価」の授受や事業継続など、細かな要件がありますので、生前のうちから専門家と相談し、しっかりと対策を立てておくことが大切です。
法人が関わる相続は複雑な点も多いため、ご自身の状況がどのケースに当てはまるのか、適用要件を満たしているかなど、不安な点があれば早めに税理士などの専門家に相談することをおすすめします。
参考文献
国税庁 No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)
法人所有アパートの評価と小規模宅地等の特例に関するよくある質問まとめ
Q.法人が所有する賃貸アパートの敷地に、相続税の「小規模宅地等の特例」は適用できますか?
A.いいえ、原則として適用できません。小規模宅地等の特例は、個人が所有する宅地等を相続した場合の特例です。法人が所有する土地は、被相続人の相続財産ではないため、直接この特例の対象にはなりません。
Q.法人所有の賃貸アパートがある場合、相続税はどのように計算されるのですか?
A.被相続人がその法人の株式(非上場株式)を所有していた場合、その株式が相続財産となります。法人所有の賃貸アパートの価値は、この株式の評価額に反映され、間接的に相続税の課税対象となります。
Q.法人所有の賃貸アパートの土地や建物は、相続税評価でどのように扱われますか?
A.株式の評価(純資産価額方式)において、法人が所有する土地は相続税評価額(路線価など)、建物は固定資産税評価額を基に評価します。ただし、評価時点から3年以内に取得した不動産は、通常の取引価額(時価)で評価される点に注意が必要です。
Q.個人でアパートを所有するのと、法人で所有するのでは、相続時にどちらが有利ですか?
A.一概には言えませんが、個人所有の場合は小規模宅地等の特例(貸付事業用宅地等)を使える可能性がある一方、法人所有の場合は株式評価となり特例は使えません。しかし、法人は所得税対策や事業承継の面でメリットがある場合もあります。専門家への相談をおすすめします。
Q.資産管理会社が所有するアパートでも、小規模宅地等の特例は使えないのですか?
A.はい、所有者が法人であるため、資産管理会社が所有するアパートの敷地にも小規模宅地等の特例は適用されません。相続の対象は、会社そのものではなく、被相続人が所有していた会社の株式になります。
Q.法人所有の不動産の評価で「3年以内取得資産の時価評価」とは何ですか?
A.相続開始前3年以内に法人が取得した土地や建物は、株式評価(純資産価額方式)において、相続税評価額ではなく通常の取引価額(時価)で評価するというルールです。これにより、相続直前の不動産購入による節税効果が制限されます。