個人オーナー様がご自身の土地を、ご自身が株主である同族会社に貸しているケースはとても多いですよね。節税対策として「土地の無償返還に関する届出書」を提出している方も多いのではないでしょうか。しかし、この届出書を提出していても、貸主と会社の株主が同じ人物の場合、会社の株価評価に「借地権」が計上されることがあるんです。今回は、その仕組みと相続時に慌てないための注意点について、わかりやすく解説していきますね。
「土地の無償返還に関する届出書」の基本
まずは、「土地の無償返還に関する届出書」がどのようなものか、その目的と効果について簡単におさらいしておきましょう。この届出書がなぜ相続税対策や法人税対策に関わってくるのか、基本を理解することが大切です。
届出書の目的は「権利金の認定課税」を避けるため
本来、法人が個人から権利金を支払わずに土地を借りると、法人は「借地権」という権利を無償で手に入れたとみなされます。すると、その借地権の価値に相当する金額が法人の利益(受贈益)として扱われ、法人税が課税されてしまうんです。これを「権利金の認定課税」と呼びます。
この認定課税を避けるために、「将来、この土地は無償で貸主へ返還します」と税務署に約束するのが「土地の無償返還に関する届出書」の役割なんです。
届出書を提出した土地の評価はどうなる?
この届出書を提出し、適切な地代(賃貸借契約)で土地を貸している場合、税務上の評価は以下のようになります。
| 貸主(個人)の土地評価 | 貸宅地として扱われ、更地としての評価額(自用地評価額)から20%減額した80%で評価されます。 |
| 借主(法人)の借地権評価 | 将来無償で返す約束なので、借地権の価値はないものとして扱われ、原則として資産計上されません。 |
貸している土地の評価額が下がるため、この仕組みが相続税対策としてよく活用されているんですね。
なぜ会社の株価に「借地権20%」が計上されるのか?
土地の評価が80%になり、法人側の借地権はゼロ。これだけ聞くと、単純に財産が20%圧縮されたように見えますよね。しかし、税務の世界では、ある特定の条件下で、この消えたはずの20%が再び姿を現すことになるんです。
貸主と法人の株主が同一人物である場合の特別なルール
今回の話で最も重要なポイントは、「土地の貸主(個人)」と「借主である同族会社の株主」が同一人物であるというケースです。
例えば、社長であるAさんが、ご自身の土地を、ご自身が100%株主であるA社に貸している場合などがこれに該当します。
このような場合、税務上は個人と法人を一体として考え、「個人(貸主)の財産が法人に移転しただけ」という見方をします。そのため、貸している土地の評価が80%に下がった分、その減額された20%はどこにいったのか?という視点で評価が行われます。
消えた20%は会社の資産(借地権)として評価される
結論から言うと、貸主(個人)の土地評価で減額された20%は、借主である同族会社の「借地権」として、会社の純資産価額に算入するというルールになっています。
つまり、税務上の評価は以下のようになり、個人と法人をトータルで見ると財産の価値は減っていない、という考え方に基づいています。
- 貸主(個人)の土地評価額 → 自用地評価額 × 80%
- 借主(法人)の株価評価に加算される借地権 → 自用地評価額 × 20%
- 合計 → 自用地評価額 × 100%
このルールを知らずにいると、相続が発生した際に、ご自身の会社の株価が想定よりも高くなり、相続税額が予想外に増えてしまう可能性があるので注意が必要です。
重要なのは「賃貸借契約」か「使用貸借契約」か
ここまでのお話は、土地の貸し借りが「賃貸借契約」であることが大前提です。もし契約内容が「使用貸借契約」とみなされると、評価方法が全く変わってしまいます。その違いを見ていきましょう。
評価が分かれるポイントは「地代の額」
「賃貸借契約」と「使用貸借契約」、この二つを分ける最も大きなポイントは、会社から受け取っている地代の金額です。
税務上、明確な基準はありませんが、一般的には、その土地の固定資産税・都市計画税の年額の2~3倍程度の地代を受け取っていれば、有償の「賃貸借契約」と認められやすいです。一方で、地代が無償であったり、固定資産税額と同程度以下の金額だったりすると、「使用貸借契約」と判断される可能性が高まります。
契約形態による評価方法の違い
契約形態によって、貸主(個人)の土地評価と、借主(法人)の株価評価は以下のように変わります。
| 契約形態 | 評価方法 |
| 賃貸借契約 (相当の地代を収受) |
【土地】自用地評価額の80%で評価。 【株価】純資産価額に借地権20%を加算。 |
| 使用貸借契約 (地代が低い、または無償) |
【土地】自用地評価額の100%で評価(評価減なし)。 【株価】借地権の加算はなし。 |
このように、節税のつもりが、地代の設定によっては全く評価減が受けられないという結果にもなりかねません。ご自身の契約内容を一度確認してみることが大切です。
具体例でシミュレーション
少し複雑に感じられたかもしれませんので、具体的な数字を使ってシミュレーションしてみましょう。
自用地評価額1億円の土地を同族会社に貸している場合
【前提条件】
- 土地の自用地評価額:1億円
- 土地の貸主:個人Aさん
- 借主の同族会社:株主はAさん(100%保有)
- 「土地の無償返還に関する届出書」を提出済み
- 賃貸借契約であり、相当の地代を収受
この状況でAさんに相続が発生した場合、財産評価は以下のようになります。
<貸主(個人Aさん)の相続財産>
- 土地の評価額:1億円 × 80% = 8,000万円
<借主(同族会社)の株式評価>
- 純資産価額に加算される借地権評価額:1億円 × 20% = 2,000万円
このように、土地の評価額は2,000万円下がりますが、その分、会社の株式評価額が2,000万円上がることになります。相続財産全体でみると評価額は変わりませんが、どの財産として評価されるかが変わる点を理解しておくことが重要です。
押さえておきたい注意点
最後に、このテーマに関連するいくつかの注意点をご紹介します。ご自身の状況と照らし合わせて確認してみてください。
貸主と法人の株主が別人ならどうなる?
例えば、土地の貸主が夫で、会社の株主が妻である場合など、貸主と株主が異なる場合はどうでしょうか。
このケースでは、原則として会社の純資産価額に借地権20%を算入する必要はありません。土地の評価は80%に下がり、株価への影響もないため、節税効果が大きくなります。ただし、同族関係者間の取引であるため、税務署から実態を厳しく見られる可能性はありますので、専門家と相談しながら進めるのが安心です。
届出書の提出を忘れていた場合
もし「土地の無償返還に関する届出書」を提出しておらず、権利金の授受もないまま土地を貸している場合、法人側で「権利金の認定課税」の問題が発生している可能性があります。
この場合、法人には本来、借地権が資産として存在している(または、そうみなされる)状態ですので、株価評価の考え方も全く異なります。もし届出書の提出状況がわからない場合は、すぐに確認することをおすすめします。
まとめ
いかがでしたでしょうか。同族会社への土地の貸し付けは、身近なテーマだからこそ、税務上のルールを正しく理解しておくことが大切です。今回のポイントをまとめます。
- 「土地の無償返還に関する届出書」を提出し、土地を同族会社に賃貸借契約で貸している場合、貸主の土地は自用地評価額の80%で評価されます。
- ただし、貸主と借主である同族会社の株主が同一人物である場合は、減額された20%相当額が、会社の純資産価額に「借地権」として加算されます。
- このルールは相続時の株価評価に直接影響するため、生前のうちから正しく理解し、相続税のシミュレーションをしておくことが重要です。
- 地代の設定が低く「使用貸借契約」とみなされると、土地の評価減そのものが認められなくなってしまうため、契約内容や地代の額もしっかりと確認しておきましょう。
ご自身の会社の株価評価や相続対策についてご不安な点があれば、ぜひ一度、相続に詳しい税理士にご相談くださいね。
参考文献
土地の無償返還と借地権評価に関するよくある質問
Q.「土地の無償返還に関する届出書」とは何ですか?
A.法人が地主から土地を借りる際、将来その土地を無償で返還することを約束し税務署に提出する書類です。これにより、権利金の認定課税を避けることができます。
Q.「土地の無償返還に関する届出書」を提出すれば、同族会社の株価評価で借地権は計上されないのですか?
A.いいえ、賃貸借契約で「相当の地代」より低い地代を支払っている場合は、たとえ届出書を提出していても借地権相当額を純資産価額に算入する必要があります。
Q.なぜ借地権を「自用地評価額の20%」で評価するのですか?
A.権利金の授受がなく、相当の地代に満たない地代を支払っている賃貸借契約の場合、税務上の評価ルールにより、借地権の価額は自用地評価額の20%相当額として評価されるためです。
Q.契約が「使用貸借契約」(無償)の場合はどうなりますか?
A.使用貸借契約の場合、借地権の評価額は原則としてゼロとなります。課税関係が生じるのは、賃貸借契約で固定資産税程度の地代しか支払っていないようなケースです。
Q.貸主と借主法人の株主が同一人物の場合、なぜ借地権評価が問題になるのですか?
A.同族会社では、株主である個人が法人に有利な条件で土地を貸すことが多くあります。この実態を株価に正しく反映させるため、会社の純資産価額に潜在的な借地権の価値を加味する必要があるからです。
Q.株価評価で借地権20%を計上しない方法はありますか?
A.契約を完全な「使用貸借契約」にするか、賃貸借契約であれば土地の自用地評価額の年6%程度とされる「相当の地代」を支払うことで、借地権の計上を避けることが可能です。