お父様が亡くなられ、心よりお悔やみ申し上げます。何かと大変な中で、お父様のために仏壇や位牌をご準備されたことと思います。
その費用を故人であるお父様の銀行口座から支払ったのに、相続税の計算をする際に相続財産から差し引けないと聞いて、「どうして?」と疑問に思われたのではないでしょうか。
大切な方を弔うための費用がなぜ控除の対象にならないのか、納得がいかないお気持ち、とてもよくわかります。
この記事では、なぜ仏壇や位牌の購入費用が相続税の計算上、相続財産から減額できないのか、その仕組みと理由を専門家の視点から優しく解説します。あわせて、相続税から控除できる費用とできない費用の違いについても、具体的にご紹介していきます。
なぜ仏壇・位牌代は相続税から控除できないのか?
早速ですが、結論からお話ししますね。お父様の口座から支払った仏壇や位牌の代金が相続税の計算で控除できない理由は、「仏壇や位牌は、そもそも相続税がかからない『非課税財産』だから」です。
そして、税金のルール上、「非課税の財産を取得するための費用は、課税される財産から差し引くことはできない」と決められているのです。少し複雑に聞こえるかもしれませんが、一つずつ見ていけば決して難しくありません。詳しくご説明します。
控除できるのは「葬式費用」と「債務」だけ
相続税を計算するとき、亡くなった方(被相続人)の遺産の総額から差し引くことができるものは、法律で決められています。これを「控除」といいますが、大きく分けて次の2種類しかありません。
- 債務:故人が残した借入金や未払いの医療費など、マイナスの財産
- 葬式費用:お通夜や告別式など、葬儀そのものにかかった費用
今回支払われた仏壇や位牌の費用は、どちらにあてはまるでしょうか。
まず、お父様が生前に購入契約を結んでいたわけではないので「債務」ではありません。では「葬式費用」かというと、税法上、仏壇や位牌は葬儀そのものに必要なものとは見なされず、故人を供養するためのもの、と区別されています。そのため、「葬式費用」にもあたらないのです。
仏壇・位牌は「祭祀財産」という特別な扱い
では、なぜ仏壇や位牌は葬式費用と区別されるのでしょうか。それは、これらが「祭祀財産(さいしざいさん)」という特別な財産に分類されるからです。
祭祀財産とは、お墓(墓地、墓石)、仏壇、仏具、位牌、神棚など、ご先祖様や神様をお祀りするための財産のことです。これらは代々受け継がれていくものであり、一般的な財産とは性質が異なります。
そのため、日本の法律では国民の感情や慣習に配慮し、祭祀財産には相続税を課さない(非課税)という特別なルールを設けています。つまり、どれだけ高価な仏壇やお墓を相続しても、それ自体に相続税はかからないのです。
非課税財産の購入費用は控除できないルール
ここが一番大切なポイントです。仏壇や位牌は相続税がかからない「非課税財産」でしたね。
もし、この非課税財産である仏壇をお父様の預金(課税対象の財産)で購入し、さらにその購入費用を相続財産から控除できてしまうと、どうなるでしょうか?
例えば、5,000万円の預金があったとして、100万円の仏壇を購入した場合を考えてみます。
もし控除が認められると、財産は「預金4,900万円」と「非課税の仏壇」になり、さらに支払った100万円を差し引いて、課税対象が4,800万円になってしまいます。これでは、100万円の支出で財産が200万円分も減ってしまうことになり、税金が不当に安くなってしまいます。
このような「二重の節税効果」を防ぐために、「非課税財産を取得するために支払ったお金は、課税対象の財産からは控除できません」というルールが定められているのです。つまり、お父様の口座にあった現金(課税財産)が、仏壇(非課税財産)に形を変えただけであり、財産の総額が減ったとは考えない、というのが税務上の基本的な考え方になります。
相続税から控除できる費用とできない費用
「仏壇代はダメでも、葬式費用なら控除できる」と聞いても、具体的にどれがOKでどれがNGなのか、判断に迷いますよね。ここでは、相続財産から控除できる費用とできない費用を、わかりやすく表にまとめました。領収書などを整理する際にご確認ください。
控除できる「葬式費用」の具体例
葬式費用として認められるのは、故人を弔うために通常必要と考えられる、葬儀そのものに関連する出費です。
控除できる費用の種類 | 具体的な内容 |
---|---|
通夜・告別式の費用 | 葬儀会社への支払い(会場使用料、祭壇設営、棺、霊柩車など)、通夜振る舞いや精進落としなどの飲食代 |
宗教者へのお礼 | お寺などへのお布施、戒名料、読経料、お車代、御膳料など(領収書がなくても支払いの記録があればOK) |
火葬・埋葬・納骨の費用 | 火葬場の使用料、埋葬許可証の手数料、遺骨を納める際にかかる作業料など |
その他 | 遺体の捜索や運搬にかかった費用、死亡診断書の発行費用、お手伝いいただいた方への心付け(社会通念上の相当額) |
※お布施や心付けなど領収書が出ないものは、支払先、日付、金額、内容をメモに残しておけば控除が認められます。
控除できない費用の具体例
一方で、以下の費用は葬式費用とは認められず、相続財産から控除することはできません。仏壇・位牌代もここに含まれます。
控除できない費用の種類 | 控除できない理由 |
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仏壇・位牌・墓石の購入費用 | 非課税の祭祀財産であり、葬儀そのものにかかる費用ではないため。 |
香典返しの費用 | いただいた香典自体が非課税のため、そのお返し費用も控除の対象外とされています。 |
法事に関する費用 | 初七日、四十九日、一周忌などの法要は、葬儀とは別の宗教行事と見なされるためです。※告別式と初七日を同日に行い、請求書で費用が分けられていない場合は、葬式費用に含められることもあります。 |
遺体の解剖費用 | 医学上または裁判上の特別な処置であり、すべての葬儀で発生する費用ではないためです。 |
生前に購入していれば節税になった?
「亡くなった後に買うと控除できないなら、生前に買っておけばよかったの?」という疑問もわいてきますよね。その通り、実は購入のタイミングが違うだけで、結果は大きく変わっていました。
生前購入は有効な相続税対策になります
もしお父様がご自身の意思で、生前に現金で仏壇や位牌を購入されていた場合、それは有効な相続税対策になります。
理由は、課税対象である現金預金が、非課税財産である仏壇に形を変えるからです。例えば、現金5,000万円をお持ちの方が、生前に100万円の仏壇を購入すると、相続が開始した時点での財産は「現金4,900万円」と「非課税の仏壇」になります。結果として、課税される財産が100万円減り、その分、相続税が安くなるのです。
いずれ必要になるものであれば、元気なうちに準備しておくことが、ご家族の負担を減らすことにも繋がります。
生前購入するときの注意点
ただし、生前購入で節税を考える場合には注意点もあります。
一つは、ローンで購入して支払いが終わる前に亡くなってしまった場合です。この場合、残ったローンの金額は債務として控除することができません。非課税財産のための借金は控除対象外というルールがあるからです。
もう一つは、あまりにも高価なものを購入した場合です。例えば純金製でできた仏像など、明らかに換金性が高く、信仰の対象というより投資目的と見なされるようなものは、税務署から「これは祭祀財産ではありません」と判断され、課税対象になる可能性があります。社会一般の常識から見てふさわしい範囲のものを選ぶことが大切です。
支払いは故人の口座からで問題なかった?
ところで、そもそも「亡くなった父の口座からお金を支払ってよかったのだろうか?」とご心配ではありませんか。その点はご安心ください。現在の法律では、一定の手続きを踏めば問題ありません。
葬儀費用などの支払いは可能です
以前は、金融機関が口座名義人の死亡を知ると口座を凍結してしまい、遺産分割協議が終わるまで一切の引き出しができなくなるのが原則でした。
しかし、2019年の民法改正により、葬儀費用や当面の生活費などに充てるためであれば、他の相続人の同意がなくても、一定額まで故人の預貯金を引き出すことが可能になりました。
引き出せる金額は、「死亡時の預貯金残高 × 1/3 × 法定相続分」という計算式で求められる額、または金融機関ごとに150万円のいずれか低い方までと定められています。
領収書の保管がとても重要です
故人の口座から支払いを行った場合、そのお金を「誰が」「何のために」「いくら使ったか」を後から証明できるようにしておくことが非常に大切です。仏壇や位牌の代金は相続税の控除対象にはなりませんが、支払いを行った証拠として、必ず領収書や請求書を保管しておきましょう。
これは、後日、相続人全員で遺産分割を話し合う際に、誰が何を立て替えたのかを明確にするためにも必要不可欠です。
もし控除できる費用を申告しなかったら?
今回の仏壇代とは逆に、お布施や火葬代など、本来は控除できる葬式費用をうっかり申告し忘れてしまったらどうなるのでしょうか。これは知っておいていただきたい大切な知識です。
払い過ぎた税金は自動では戻ってきません
控除できる費用を計上せずに相続税を申告・納税すると、本来よりも高い税金を支払うことになります。そして残念ながら、税務署から「税金を払い過ぎていますよ」と親切に教えてくれることは基本的にありません。
つまり、ご自身で正しく申告しないと、損をしてしまう可能性があるのです。
「更正の請求」で取り戻せる可能性も
もし申告期限を過ぎてから控除漏れに気づいた場合でも、諦める必要はありません。申告期限から5年以内であれば、「更正の請求」という手続きを行うことで、払い過ぎた税金を取り戻せる可能性があります。
ただし、手続きには専門的な知識が必要で手間もかかります。やはり、最初の申告の段階で、控除できるものを漏れなく計上することが最も重要です。
まとめ
今回は、お父様の口座から支払った仏壇や位牌の費用が、なぜ相続税の計算で控除できないのかについて解説しました。最後に、大切なポイントをもう一度振り返ってみましょう。
- 仏壇・位牌・お墓などの「祭祀財産」は、もともと相続税が非課税です。
- 相続財産から控除できるのは「債務」と「葬式費用」に限られます。仏壇などの購入費はどちらにも該当しません。
- 非課税財産を購入した費用は、課税財産から控除できないというルールがあるため、相続財産から減額することはできません。
- 一方で、お通夜・告別式の費用やお布施、火葬料などは「葬式費用」として控除の対象になります。
- もし生前に現金で購入していれば、課税財産(現金)が非課税財産(仏壇)に変わるため、有効な節税対策となります。
- 葬式費用や債務の控除は、相続税額に大きく影響します。何が控除できて何ができないのか、判断に迷う場合は、ご自身で判断せずに相続専門の税理士に相談することをおすすめします。
相続の手続きは、精神的にも時間的にも大変なことが多いかと存じます。この記事が、少しでもご心労を和らげ、疑問を解決する一助となれば幸いです。
仏壇購入と相続税のよくある質問まとめ
Q.父の口座から支払った仏壇代は、なぜ相続税の計算で相続財産から差し引けないのですか?
A.仏壇や位牌は「祭祀財産(さいしざいさん)」と呼ばれ、もともと相続税がかからない非課税財産だからです。非課税の財産を取得するための費用は、課税対象である相続財産から控除(差し引くこと)ができないルールになっています。
Q.仏壇や位牌が「非課税財産」とは、どういう意味ですか?
A.お墓や仏壇、仏具、神棚など、ご先祖様を祀るための財産を「祭祀財産」と呼びます。これらは国民の感情や慣習に配慮し、特別に相続税の課税対象から外されています。つまり、いくら高価な仏壇やお墓であっても相続税はかかりません。
Q.相続財産から控除(差し引くこと)ができる費用には何がありますか?
A.主に、亡くなった方の借金や未払いの税金などの「債務」と、お通夜や告別式にかかった「葬式費用」です。これらは相続財産から差し引くことができるため、相続税の負担を軽減する効果があります。
Q.「葬式費用」として認められるものと、認められないものの具体例を教えてください。
A.葬式費用として認められるのは、お通夜・告別式の費用、火葬料、埋葬料、お寺へのお布施などです。一方で、香典返しの費用、初七日や四十九日法要の費用、そして今回の仏壇・位牌・墓石の購入費用は葬式費用には含まれず、控除の対象外となります。
Q.仏壇を生前に購入した場合と、亡くなった後に購入した場合で扱いは変わりますか?
A.どちらのタイミングで購入しても、仏壇の購入費用が相続財産から控除できない点は同じです。ただし、生前に購入していれば、その分現金預金が減るため、結果的に相続税の対象となる財産が少なくなるという違いはあります。
Q.父の口座から仏壇代を支払ってしまいましたが、手続き上何か問題はありますか?
A.特に罰則などはありませんが、相続税を申告する際には、その支払いを相続財産から控除できない点を理解しておく必要があります。また、その費用を誰が負担したのかを相続人全員で明確にし、後の遺産分割協議で揉めないように話し合っておくことが大切です。