株式投資をされているシニア世代の方から、「所得がほとんどないはずなのに、病院での窓口負担が2割や3割に上がってしまった」というご相談をいただくことがあります。実は、複数の特定口座の損益通算をするために確定申告を行った結果、後期高齢者医療保険の負担割合に影響してしまうことがあるのです。ここでは、なぜそのようなことが起こるのか、具体的な金額の基準や注意点について優しく解説していきます。
後期高齢者医療保険の負担割合が決まる仕組み
後期高齢者医療保険の窓口での負担割合は、基本的に前年の所得や収入をもとに毎年判定されます。まずは、どのような基準で負担割合が分かれているのかを確認していきましょう。
基本的な負担割合の決まり方
病院の窓口で支払う医療費の負担割合は、1割、2割、3割の3つの区分に分かれています。この区分は、市区町村民税の課税所得や、年金などの収入金額の合計によって決まります。
| 負担割合 | 主な判定基準 |
|---|---|
| 3割負担(現役並み所得者) | 住民税の課税所得が145万円以上 |
| 2割負担(一定以上の所得者) | 課税所得28万円以上かつ、年金収入等の合計が単身200万円以上 |
| 1割負担(一般・低所得者) | 上記のどちらにも当てはまらない方 |
このように、一定の所得や収入を超えると負担割合が上がる仕組みになっています。
令和6年度からの税制改正による大きな影響
令和6年度(令和5年分の所得)から、税制改正により所得税と住民税の課税方式が統一されました。これまでは「所得税では申告して、住民税では申告不要を選ぶ」という使い分けができたのですが、今後はそれができなくなりました。つまり、確定申告で特定口座の利益や配当を申告すると、自動的に住民税の計算にも反映され、後期高齢者医療保険の負担割合の判定対象になってしまうのです。
確定申告が負担割合に与える影響とは
源泉徴収ありの特定口座であれば、本来は確定申告をする必要がありません。申告しなければ、その口座で出た利益は保険料や負担割合の計算には含まれません。しかし、確定申告をしてしまうと、その利益が合計所得金額に加算されるため、結果として医療費の負担割合が1割から2割、あるいは3割へと跳ね上がってしまう危険性があるのです。
複数の特定口座で損益通算をする際の注意点
複数の証券会社で口座を持っている場合、利益と損失を相殺する「損益通算」をするために確定申告を考える方も多いでしょう。しかし、医療保険への影響には十分な注意が必要です。
所得がなくても申告すると負担が増える?
「複数の口座を通算したら利益はゼロだから、申告しても負担割合には影響しないのでは?」と思うかもしれません。確かにその年の利益と損失を通算して完全にゼロやマイナスになれば、合計所得金額は増えません。しかし、過去の損失を繰り越して今年の利益から差し引く「繰越控除」を利用する場合、後期高齢者医療制度の判定に使われる合計所得金額は、繰越控除を差し引く前の金額で計算されてしまいます。そのため、手元の実際の所得がなくても、負担割合が上がってしまうケースがあるのです。
損益通算で申告すべきかどうかの判断基準
確定申告をして税金を取り戻すメリットと、後期高齢者医療保険の負担割合が上がり、毎月の保険料も高くなってしまうデメリットを天秤にかける必要があります。申告によって還付される税金が数万円程度であっても、窓口負担が1割から2割に上がり、日々の医療費負担が倍増してしまっては元も子もありません。ご自身の医療機関の受診頻度などを考慮して、総合的に判断することが大切です。
申告不要制度の仕組みと活用方法
源泉徴収ありの特定口座を利用している場合、原則として申告不要制度を選ぶことができます。確定申告を一切行わなければ、その口座の利益や配当は「なかったもの」として扱われ、後期高齢者医療保険の負担割合や保険料の計算には影響しません。損益通算をあきらめてでも、申告不要制度を活用したほうが、結果的に家計全体の負担が軽くなることは少なくありません。
負担割合が上がってしまう具体的なケースと要件
では、具体的にどのような金額の条件を満たすと、負担割合が上がってしまうのでしょうか。分かりやすく具体的な数字で見ていきましょう。
2割負担になってしまう金額のボーダーライン
2割負担になるのは、同じ世帯にいる後期高齢者の方のうち、住民税の課税所得が28万円以上であり、かつ「年金収入とその他の合計所得金額」の合計が、単身世帯で200万円以上、夫婦2人世帯で320万円以上となる場合です。もし特定口座の利益を申告して、この合計所得金額が200万円(または320万円)のラインを超えてしまうと、2割負担の対象となってしまいます。
3割負担(現役並み所得者)になってしまうケース
さらに注意が必要なのが3割負担です。住民税の課税所得が145万円以上になると、原則として3割負担になります。ただし、収入金額の合計が単身で383万円未満、夫婦で520万円未満であれば、申請により1割または2割負担に戻ることができます。ここで厄介なのが、特定口座の譲渡収入(売却代金など)を申告した場合、その収入金額もこの判定基準に含まれてしまうことがあるという点です。所得ではなく「売却した金額」が加算され、383万円を超えてしまうと、3割負担から抜け出せなくなる恐れがあります。
| 3割負担を回避できる収入基準 | 具体的な金額基準 |
|---|---|
| 単身世帯の場合 | 年収の合計が383万円未満 |
| 夫婦(複数)世帯の場合 | 年収の合計が520万円未満 |
確定申告を取り下げることはできるの?
「申告してしまってから医療保険への影響に気づいた」という場合、後から確定申告を取り消す(修正する)ことはできるのでしょうか。実は、税制改正により、後から「やっぱり申告不要にします」と課税方式を変更することはできなくなりました。確定申告書を提出する前に、しっかりと影響をシミュレーションしておくことが非常に重要になります。
負担を抑えつつ賢く申告するためのポイント
医療費の負担割合を上げずに、賢く制度を利用するためには、事前の確認と準備が欠かせません。
医療費控除や社会保険料控除とのバランス
確定申告をする際、社会保険料控除や医療費控除などを漏れなく申告することで、住民税の課税所得を下げることができます。課税所得が下がれば、負担割合の判定基準(28万円や145万円)を下回ることができるかもしれません。申告する際は、利用できる控除をすべて適用して、課税所得を少しでも抑える工夫をしましょう。
事前に市区町村の試算ツールを活用しよう
多くの市区町村のホームページには、ご自身で後期高齢者医療保険料や負担割合の試算ができるツール(エクセルなど)が用意されています。確定申告書を税務署に提出する前に、申告予定の所得金額を入力して、保険料がいくら増えるのか、負担割合が変わらないかを事前に確認しておくことを強くおすすめします。
制度への理解を深めて総合的な判断を
株式投資の税金と医療保険の制度は、複雑に絡み合っています。目先の税金を取り戻すことだけにとらわれず、「医療費の窓口負担」と「毎年の保険料」の両方を合わせた家計全体での損得を考えることが、シニア世代の資産管理において最も大切なポイントとなります。
まとめ
今回は、特定口座の確定申告が後期高齢者医療保険の負担割合に与える影響について解説しました。令和6年度から所得税と住民税の課税方式が統一されたことにより、損益通算のための確定申告が、負担割合を2割や3割に引き上げる原因になることがあります。とくに繰越控除を利用する場合や、売却による収入金額が大きくなる場合は要注意です。ご自身の健康状態や通院頻度を踏まえ、申告不要制度を選択することも視野に入れながら、慎重に判断してくださいね。
参考文献
国税庁:令和6年分 所得税及び復興特別所得税の確定申告の手引き
後期高齢者医療保険と確定申告のよくある質問まとめ
Q.特定口座の損益通算のために確定申告をすると、後期高齢者医療保険の負担割合は上がりますか?
A.確定申告を行うと、その利益が合計所得金額に加算されるため、基準額を超えると負担割合が1割から2割や3割に上がる可能性があります。
Q.損益通算をして利益がゼロになれば、負担割合に影響はありませんか?
A.その年だけで通算して完全にゼロになれば影響しませんが、過去からの繰越控除を利用する場合は、控除前の所得で判定されるため負担割合が上がることがあります。
Q.申告不要制度とは何ですか?
A.源泉徴収ありの特定口座の利益について確定申告を行わない制度です。これを選択すれば、医療保険の負担割合判定には一切影響しません。
Q.3割負担になるのはどのような場合ですか?
A.住民税の課税所得が145万円以上の場合に3割負担となります。ただし、収入の合計が一定基準(単身383万円未満など)であれば申請により軽減されます。
Q.確定申告をしてしまった後で、申告不要に変更することはできますか?
A.令和6年度からの税制改正により、確定申告後に住民税だけを申告不要に変更することはできなくなりましたので、事前の確認が重要です。
Q.負担割合を上げないためにはどうすればよいですか?
A.還付される税金と増加する医療費負担を比較し、不利になる場合は申告不要制度を選ぶことや、社会保険料控除などを漏れなく申告して課税所得を下げる工夫が必要です。