相続税の負担を大きく軽減できる可能性がある「小規模宅地等の特例」。特に、賃貸アパートや駐車場などの土地を相続した場合に重要なのが「貸付事業用宅地等」の特例です。しかし、平成30年度の税制改正でルールが少し複雑になりました。そのカギとなるのが「特定貸付事業」というキーワードです。この記事では、特定貸付事業とは何か、どんな場合に特例が使えるのかを、専門用語をかみ砕いて分かりやすく解説していきますね。
特定貸付事業と小規模宅地等の特例の関係
相続税を計算するとき、亡くなった方(被相続人)が遺した土地の評価額がとても重要になります。その評価額を大幅に下げてくれるのが「小規模宅地等の特例」です。この特例の中には、アパートや駐車場など、誰かに貸していた土地に適用できる「貸付事業用宅地等」という区分があります。
平成30年度の税制改正により、相続が始まる直前の3年以内に新しく貸し始めた土地は、原則としてこの特例の対象外となってしまいました。これは、相続税対策のための駆け込みでの不動産購入を防ぐのが目的です。
しかし、これには例外があります。亡くなった方が相続開始前3年を超えて「事業的規模」で貸付事業を行っていた場合は、3年以内に始めた貸付用の土地であっても特例の対象になるのです。この「事業的規模の貸付事業」のことを、特定貸付事業と呼びます。
平成30年度税制改正のポイント「3年縛り」
平成30年度の税制改正で、小規模宅地等の特例のうち「貸付事業用宅地等」について大きな変更がありました。そのポイントは「3年縛り」と呼ばれるルールです。
| 原則 | 相続開始前3年以内に新たに貸付事業を始めた土地は、小規模宅地等の特例の対象外となります。 |
| 例外 | 亡くなった方が相続開始前3年を超えて特定貸付事業(事業的規模の貸付)を行っていた場合は、3年以内に始めた土地でも特例の対象となります。 |
つまり、以前から本格的に不動産賃貸業を営んでいた方については、相続直前に購入した物件であっても、事業の一環とみなされ、特例が認められるということですね。この改正は、平成30年4月1日以降に開始した相続から適用されています。
特定貸付事業の判定基準「5棟10室基準」とは?
では、どのような状態であれば「事業的規模」、つまり特定貸付事業と認められるのでしょうか。この判定には、所得税の確定申告で使われる「5棟10室基準」という考え方が用いられます。これは、不動産の貸付が事業として行われているかどうかを判断するための、ひとつの目安となる基準です。
建物の貸付の場合
建物を貸している場合の「5棟10室基準」は、以下のいずれかに当てはまるかどうかで判断します。
| 独立した家屋(戸建て)の貸付 | おおむね5棟以上であること |
| アパート・マンション等の貸付 | 貸与できる独立した室数がおおむね10室以上であること |
例えば、アパートを1棟持っていて、その部屋数が12室あれば「10室以上」の基準を満たすため、特定貸付事業に該当します。戸建ての貸家を5棟以上持っている場合も同様です。
駐車場の貸付の場合
駐車場の場合は、「棟」や「室」という単位がないため、少し特殊な考え方をします。月極駐車場の場合、駐車スペース5台分をアパートの1室として換算して判定するんです。
| 駐車スペース50台分の場合 | 50台 ÷ 5台/室 = 10室 と換算され、特定貸付事業に該当します。 |
| 駐車スペース30台分の場合 | 30台 ÷ 5台/室 = 6室 と換算され、特定貸付事業には該当しません。 |
建物と駐車場を両方貸している場合は、これらを合算して考えることができます。例えば、アパート6室と駐車場25台分を貸している場合、駐車場は5室分(25台÷5)と計算できるので、合計で11室(6室+5室)となり、事業的規模と認められます。
コインパーキングの場合
時間貸しのコインパーキングは、月極駐車場とは少し扱いが異なります。コインパーキングは、単に場所を貸すだけでなく、タイヤロックなどの設備を使って利用者の車を管理・保管する側面がありますよね。
そのため、コインパーキング事業から得られる所得は、不動産所得ではなく「事業所得」または「雑所得」に分類されます。そして、その事業が営利性や継続性などから「事業所得」に該当すると判断されれば、それは事業的規模とみなされ、特定貸付事業に該当することになります。
こんな場合はどうなる?特定貸付事業のケース別判定
特定貸付事業の判定では、少し複雑に感じるケースもあります。ここでは、代表的な2つのケースについて見ていきましょう。
不動産が共有名義の場合
貸しているアパートやマンションが、亡くなった方と他の親族などとの共有名義になっているケースはよくあります。この場合、「5棟10室基準」の判定はどうなるのでしょうか。
結論から言うと、共有者それぞれの持分割合で按分するのではなく、建物全体の室数で判定します。
例えば、20室のアパートを兄弟2人で2分の1ずつ共有している場合、兄も弟もそれぞれ「20室」を基準に判定します。そのため、2人とも事業的規模の要件を満たすことになるのです。これは相続税の特例を考える上で、とても有利なポイントですね。
サブリース契約の場合
サブリース契約とは、不動産の所有者が管理会社などに物件を一括で貸し付け、その管理会社が実際に入居者に転貸(又貸し)する仕組みのことです。
この場合、所有者から見れば貸付先は管理会社の1社だけですが、特定貸付事業の判定は、その物件全体の部屋数で行います。例えば、30室あるマンションを丸ごと1社にサブリースしている場合でも、「30室」としてカウントされるため、事業的規模の要件を満たします。
貸付事業用宅地等の特例を受けるための要件
亡くなった方の事業が特定貸付事業に該当するだけでは、小規模宅地等の特例は受けられません。土地を相続した親族が、いくつかの要件を満たす必要があります。
相続人が満たすべき要件
貸付事業用宅地等の特例を受けるためには、土地を相続した親族が以下の要件を満たさなければなりません。
| 事業承継・継続要件 | 亡くなった方の貸付事業を引き継ぎ、相続税の申告期限までその事業を継続していること |
| 保有継続要件 | 相続した土地を、相続税の申告期限まで保有し続けていること |
つまり、相続したアパートをすぐに売却してしまったり、貸付事業をやめてしまったりすると、特例は使えなくなってしまうので注意が必要です。相続税の申告期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内と定められています。
特例適用に必要な手続きと添付書類
小規模宅地等の特例は、自動的に適用されるわけではありません。相続税の申告書にこの特例を使いたい旨を記載し、必要な書類を添付して税務署に提出する必要があります。
特に、相続開始前3年以内に貸し始めた土地について特例の適用を受ける場合は、「亡くなった方が3年を超えて特定貸付事業を行っていたこと」を証明する書類が追加で必要になります。
具体的には、過去の所得税の確定申告書の控え(不動産所得の収支内訳書など)や、長期間にわたる賃貸借契約書などがこれに当たります。いざという時に困らないよう、これらの書類は日頃からきちんと保管しておくことが大切ですね。
まとめ
今回は、小規模宅地等の特例における「特定貸付事業」について解説しました。ポイントをもう一度おさらいしましょう。
- 平成30年度税制改正で、相続開始前3年以内に新たに始めた貸付用の土地は、原則として小規模宅地等の特例の対象外となりました。
- しかし、亡くなった方が3年を超えて特定貸付事業(事業的規模の貸付)を行っていれば、例外的に特例の対象となります。
- 特定貸付事業に該当するかどうかは、主に「5棟10室基準」で判定されます。
- 建物の貸付は「5棟または10室以上」、月極駐車場は「50台以上」が目安です。
- 共有不動産やサブリース物件でも、全体の規模で有利に判定できる場合があります。
- 特例を受けるには、相続人が事業と土地を申告期限まで引き継ぎ、継続する必要があります。
特定貸付事業の判定は、相続税額に大きな影響を与える重要なポイントです。ご自身の状況が特例の対象になるか不安な場合は、専門家である税理士に相談することをおすすめします。