ご家族から非上場会社の株式を相続したけれど、どう扱えば良いか悩んでいませんか?「納税資金のために現金化したい」「自分には関係のない会社の株式だから手放したい」といった理由で、株式を発行した会社に買い取ってもらうことがあります。しかし、その際に「みなし配当課税」という思わぬ高額な税金がかかってしまう可能性があるのです。この記事では、みなし配当課税の仕組みと、相続した株式だからこそ使える税負担を軽くする特例について、わかりやすく解説していきます。
みなし配当課税ってなに?非上場株式の売却で注意すべきこと
まずは、非上場株式を売却する際に気をつけたい「みなし配当課税」についてご説明しますね。簡単に言うと、実際に配当金を受け取っていなくても「配当を受け取ったとみなして」税金を計算する、という少し複雑な仕組みです。
みなし配当の仕組み
あなたが相続した非上場株式を、その株式を発行した会社自身に買い取ってもらったとします。このとき、あなたが受け取る売却代金は、税金の計算上、次の2つの部分に分けて考えられます。
- 資本の払戻し部分:会社の資本金など、もともと出資された金額が戻ってきた部分
- 利益の分配部分:会社がこれまでに蓄積してきた利益が株主に還元された部分
このうち「利益の分配部分」が、税法上「みなし配当」と呼ばれます。たとえ会社から「配当金」という名目で支払いを受けていなくても、実質的には会社の利益が株主に分配されたのと同じだと考えられるため、このように扱われるのです。
なぜ税金が高くなるの?譲渡所得との違い
「みなし配当」がなぜ問題になるかというと、税金の計算方法が通常の株式売却(譲渡所得)と比べて不利になることが多いからです。それぞれの税金の計算方法と税率には、下のような大きな違いがあります。
所得の種類 | 内容と税率 |
譲渡所得(資本の払戻し部分) | 他の所得とは分けて税金を計算する「分離課税」です。税率は所得の金額にかかわらず一定で、合計20.315%(所得税15.315%+住民税5%)です。 |
配当所得(みなし配当部分) | 給与所得など他の所得と合算して税金を計算する「総合課税」です。所得が多いほど税率が高くなる「累進課税」が適用され、税率は最高で55.945%(所得税45.945%+住民税10%)にもなります。 |
このように、みなし配当の部分は非常に高い税率が適用される可能性があるため、何も知らずに売却してしまうと、手元に残る金額が予想以上に少なくなってしまうことがあるのです。
具体的な計算例で見てみよう
少しイメージしにくいかもしれませんので、簡単な例で見てみましょう。
- 株式の売却代金:1,000万円
- その株式に対応する資本金等の額:300万円
- 株式の取得費(被相続人が取得したときの価格):200万円
この場合、売却代金1,000万円は次のように分解されます。
- みなし配当:1,000万円 − 300万円 = 700万円
- 譲渡収入:300万円
そして、それぞれの所得にかかる税金は、
- みなし配当(配当所得):700万円に対して、他の所得と合算の上、累進課税が適用されます。仮に高い税率が適用されれば、税額は数百万円になる可能性があります。
- 譲渡所得:(譲渡収入300万円 − 取得費200万円)× 20.315% = 約20.3万円
となり、みなし配当にかかる税金が非常に大きくなることがお分かりいただけるかと思います。
相続した非上場株式なら使える!みなし配当課税の特例
「そんなに税金が高いなら、売却できないじゃないか…」と不安に思われたかもしれません。でも、ご安心ください。相続によって取得した非上場株式を売却する場合には、この重い税負担を回避できる特別な制度が用意されています。それが「相続により取得した非上場株式を発行会社に譲渡した場合の課税の特例」です。
特例の概要:売却代金がすべて譲渡所得に!
この特例を適用すると、本来であれば「みなし配当」として扱われる部分も含めて、売却代金の全額が「譲渡所得」として扱われます。つまり、先ほどの例でいえば、1,000万円の売却代金すべてが譲渡所得の計算対象となり、税率は一律で20.315%で済むのです。これにより、総合課税の高い税率を避けることができ、税負担を大幅に軽減することが可能になります。
特例を受けるための5つの要件
ただし、この有利な特例を受けるためには、いくつかの要件をすべて満たす必要があります。特に重要なポイントをまとめましたので、しっかり確認しておきましょう。
要件1 | 相続または遺贈によって非上場株式を取得した個人であること。 |
要件2 | その相続で納付すべき相続税額があること。(相続税がゼロの場合は対象外です) |
要件3 | 相続が開始した日の翌日から、相続税の申告期限(10ヶ月)の翌日以後3年を経過する日まで(つまり相続開始から3年10ヶ月以内)に株式を譲渡すること。 |
要件4 | 株式を譲渡する時までに、株主が発行会社へ「相続財産に係る非上場株式をその発行会社に譲渡した場合のみなし配当課税の特例に関する届出書」を提出すること。 |
要件5 | 発行会社が、株式を取得した年の翌年1月31日までに、税務署へその届出書を提出すること。 |
特に「相続税を納めていること」と「3年10ヶ月以内」という期限は非常に重要です。一つでも満たせないと特例は使えませんのでご注意ください。
もう一つのお得な制度!相続税額の取得費加算の特例
さらに、相続した財産を売却する際には、もう一つ知っておくとお得な「相続税額の取得費加算の特例」という制度があります。これは、先ほどのみなし配当の特例と併用することができます。
取得費加算の特例とは?
この特例は、あなたが支払った相続税のうち、売却した非上場株式に対応する部分の金額を、その株式の取得費に上乗せできるという制度です。取得費が大きくなれば、その分「譲渡所得(利益)」が小さくなるため、結果として支払う所得税をさらに減らすことができます。
取得費に加算できる金額の計算方法
取得費に加算できる金額は、以下の計算式で求められます。
その人が納付した相続税額 ×(譲渡した株式の相続税評価額 ÷ その人の相続税の課税価格の合計額)
少し難しく感じるかもしれませんが、「自分が払った相続税のうち、売却した株式の価値が全体に占める割合分を取得費にプラスできる」とイメージしておくと良いでしょう。この特例を使うには、確定申告が必要です。
特例を使うときの注意点
これらの特例は非常に有利な制度ですが、利用する際にはいくつか注意すべき点があります。
相続税がかかっていないと使えない
みなし配当の特例も、取得費加算の特例も、「納付した相続税額があること」が前提となっています。例えば、配偶者の税額軽減(配偶者控除)や基礎控除の適用によって、最終的に相続税の納税額がゼロになった場合は、これらの特例は利用できません。特に配偶者の方が株式を相続して売却を検討する際は、この点に注意が必要です。
期限(3年10ヶ月)を過ぎると使えない
繰り返しになりますが、「相続開始から3年10ヶ月以内」という期限は絶対です。この期間を1日でも過ぎてしまうと、みなし配当の特例は使えず、原則通りの高い税率で課税されてしまいます。相続後の手続きは多岐にわたりますが、株式の売却を考えている場合は、この期限を念頭に置いて早めに準備を進めましょう。
発行会社の協力が不可欠
みなし配当の特例を利用するためには、発行会社に届出書を提出してもらう必要があります。つまり、会社の協力がなければこの特例は使えません。株式を買い取ってもらう交渉をする際に、この特例を使いたい旨を伝え、手続きに協力してもらえるよう事前にしっかりと話し合っておくことが大切です。
手続きの流れ
実際に特例を利用する際の大まかな流れは以下のようになります。
- 相続発生と株式の取得:相続により非上場株式を取得します。
- 発行会社との交渉:株式の買取について、価格や時期などを会社側と話し合い、合意します。その際、特例を利用したい旨も伝えておきます。
- 相続税の申告・納付:相続開始から10ヶ月以内に相続税の申告と納付を済ませます。
- 届出書の提出(株主→会社):株式を譲渡する日までに、「みなし配当課税の特例に関する届出書」を株主から発行会社へ提出します。
- 株式の譲渡と代金の受領:会社に株式を譲渡し、売却代金を受け取ります。
- 届出書の提出(会社→税務署):会社は、株式を取得した年の翌年1月31日までに、所轄の税務署へ届出書を提出します。
- 確定申告(株主):株式を譲渡した年の翌年2月16日から3月15日までの間に、株主が確定申告を行います。このとき、みなし配当の特例と取得費加算の特例の両方を適用して所得税を計算します。
まとめ
今回は、相続した非上場株式を売却する際の「みなし配当課税」と、その税負担を軽減するための特例について解説しました。最後にポイントを振り返っておきましょう。
- 相続した非上場株式を発行会社に売却すると、原則として高税率の「みなし配当課税」がかかる可能性があります。
- しかし、相続税を納めていて、相続開始から3年10ヶ月以内に売却するなどの要件を満たせば、売却代金の全額を税率の低い譲渡所得として申告できる特例が使えます。
- さらに、納付した相続税の一部を取得費に加算できる「取得費加算の特例」も併用でき、さらなる節税が可能です。
- これらの特例の適用には、期限の遵守や発行会社の協力が不可欠です。
相続した非上場株式の扱いは、税金が複雑に絡むため、専門的な知識が求められます。ご自身で判断するのが難しいと感じた場合は、相続に詳しい税理士などの専門家に相談し、最適な方法を選択することをおすすめします。
参考文献
国税庁 No.1477 相続により取得した非上場株式をその発行会社に譲渡した場合の課税の特例
国税庁 No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例
非上場株式の相続とみなし配当のよくある質問まとめ
Q.みなし配当とは何ですか?
A.会社から配当として受け取っていないにもかかわらず、税法上「配当とみなされる」利益のことです。例えば、相続した非上場株式を発行会社に買い取ってもらった場合などに発生します。
Q.なぜ非上場株式の相続でみなし配当が発生するのですか?
A.相続人が相続税の納税資金を確保するため、相続した非上場株式を発行会社自身に買い取ってもらうケースが多いためです。この自己株式の取得の対価の一部が、税法上「みなし配当」として扱われます。
Q.みなし配当にはどのような税金がかかりますか?
A.みなし配当は配当所得として扱われ、他の所得と合算して所得税・住民税が課税されます(総合課税)。税率は所得額に応じて変動し、最高で約55%になります。
Q.相続した非上場株式を会社に売却すると、必ずみなし配当課税の対象になりますか?
A.いいえ、必ずではありません。「相続税の申告期限から3年以内」に会社へ売却した場合など、一定の要件を満たすと、みなし配当課税が適用されず、譲渡所得として扱われる特例があります。
Q.みなし配当の課税を回避する方法はありますか?
A.はい、いくつか方法があります。例えば、前述の特例を活用して譲渡所得として申告する方法や、会社ではなく他の役員や第三者に株式を売却する方法などが考えられます。
Q.みなし配当が発生した場合、何か手続きは必要ですか?
A.はい、みなし配当は配当所得として確定申告が必要です。源泉徴収されている場合でも、他の所得と合算して申告し、最終的な納税額を計算する必要があります。