ご家族が亡くなられた後の遺産分割は、とてもデリケートな問題ですよね。特に「お兄ちゃんだけ家を買うお金をもらっていた」「私がずっと親の介護をしてきたのに…」といった不公平感は、トラブルの原因になりがちです。そんな相続人間の不公平を調整するために、法律には「特別受益」と「寄与分」という大切な制度があります。この記事では、この二つの制度と、新しくできた「特別寄与料」について、計算方法や注意点を交えながら、できるだけ分かりやすくお話ししていきますね。
そもそも特別受益ってなんですか?
「特別受益」とは、亡くなった方(被相続人)から、一部の相続人が生前に受け取っていた特別な利益のことです。例えば、家を建てるための資金援助や、お店を開くための開業資金などがこれにあたります。一部の人だけが大きな財産をもらっていると、他の相続人との間で不公平が生まれてしまいますよね。そこで、その生前にもらった特別な利益を、相続財産に一度戻して(持ち戻して)計算し直し、公平に遺産を分けましょう、というのが特別受益の考え方なんです。
特別受益と認められる贈与
では、具体的にどんなものが特別受益になるのでしょうか。全ての贈与が対象になるわけではなく、「遺産の前渡し」と考えられるような、特別な贈与が対象になります。代表的なものを表にまとめてみました。
| 贈与の種類 | 具体例 |
| 遺贈 | 遺言によって財産を譲り受けること。これは金額に関わらず全て特別受益になります。 |
| 婚姻・養子縁組のための贈与 | 結婚する際の持参金や支度金、家やマンションの購入資金援助などです。ただし、結納金や結婚式の費用は、親の社会的体面のための支出と考えられることが多く、特別受益には当たらないのが一般的です。 |
| 生計の資本としての贈与 | 独立して事業を始めるための開業資金、マイホームの購入資金、多額の学費(例えば医学部の学費や海外留学費用など)がこれにあたります。 |
一方で、毎月のお小遣いや、一般的な大学の学費、少額のお祝い金などは、親族間の扶養義務の範囲内とみなされ、特別受益には含まれないことが多いです。
特別受益の計算方法(持ち戻し計算)
特別受益がある場合、「持ち戻し計算」という方法で各相続人の取り分を計算します。少し難しく聞こえるかもしれませんが、手順はシンプルです。
【計算例】
- 相続財産:6,000万円
- 相続人:配偶者、長男、長女の3人
- 長男が生前に住宅資金として1,000万円の贈与(特別受益)を受けていた
1. みなし相続財産を計算する
まず、相続財産に特別受益の額を足し合わせます。これを「みなし相続財産」と呼びます。
6,000万円(相続財産) + 1,000万円(特別受益) = 7,000万円
2. 法定相続分で分ける
次に、この「みなし相続財産」を法定相続分(配偶者1/2、子それぞれ1/4)で分けます。
・配偶者:7,000万円 × 1/2 = 3,500万円
・長男:7,000万円 × 1/4 = 1,750万円
・長女:7,000万円 × 1/4 = 1,750万円
3. 特別受益を差し引く
最後に、特別受益を受け取っていた長男の取り分から、その額を差し引きます。
・長男の最終的な相続分:1,750万円 – 1,000万円(特別受益) = 750万円
結果として、それぞれの相続分は配偶者が3,500万円、長男が750万円、長女が1,750万円となり、公平な分割が実現されるわけですね。
寄与分とは?貢献が報われる制度
「寄与分」は、特別受益とは逆の考え方です。これは、特定の相続人が、亡くなった方の財産を維持したり、増やしたりすることに「特別な貢献」をした場合に、その貢献分を相続財産に上乗せして受け取れるようにする制度です。「介護を頑張った」「家業を無給で手伝った」といった貢献が報われる仕組み、と考えると分かりやすいかもしれません。
寄与分が認められる5つのパターン
寄与分が認められるには、親族として通常期待される範囲を超える「特別な」貢献が必要です。具体的には、主に以下の5つのパターンがあります。
| 寄与のパターン | 具体例 |
| 家業従事型 | 亡くなった方が経営する商店や農家などで、給料をもらわずに、あるいは非常に安い給料で長年働き、財産の維持・増加に貢献した場合。 |
| 財産給付型 | 亡くなった方の事業に運転資金を提供したり、借金を肩代わりして返済したり、不動産の購入資金を援助した場合。 |
| 療養看護型 | 病気や高齢の親を、職業としてではなく、家族として無償で介護した場合。特に、介護のために仕事を辞めたり、ヘルパーを雇うはずだった費用を節約できた場合などが該当します。 |
| 扶養型 | 生活に困っている親を引き取って長年同居し、生活費の面倒を見ることで、親の財産が減るのを防いだ場合。 |
| 財産管理型 | 亡くなった方が所有するアパートの管理や家賃の回収、複雑な財産の整理などを無償で行い、財産価値の維持に貢献した場合。 |
寄与分の計算方法
寄与分の計算は、その貢献の種類によって異なります。一律の計算式があるわけではありませんが、一般的な考え方をご紹介します。
例えば「療養看護型」の場合、もし外部の介護サービスを利用していたらいくらかかったか、という視点で計算されることが多いです。
計算式:介護報酬相当額(日当) × 介護日数 × 裁量的割合(0.5~0.8程度)
日当は、介護保険で定められている要介護度に応じた介護報酬基準額(例:1日あたり8,000円など)を参考にすることがあります。裁量的割合とは、家族であることなどを考慮して調整される割合のことです。
寄与分が認められると、遺産分割の計算は以下のようになります。
【計算例】
- 相続財産:4,000万円
- 相続人:長男、長女の2人
- 長女が長年介護を行い、500万円の寄与分が認められた
1. 相続財産から寄与分を引く
4,000万円(相続財産) – 500万円(寄与分) = 3,500万円
2. 法定相続分で分ける
この3,500万円を法定相続分(子2人なので1/2ずつ)で分けます。
・長男:3,500万円 × 1/2 = 1,750万円
・長女:3,500万円 × 1/2 = 1,750万円
3. 寄与分を足す
最後に、貢献した長女の取り分に寄与分を足し戻します。
・長女の最終的な相続分:1,750万円 + 500万円(寄与分) = 2,250万円
この結果、長男は1,750万円、長女は2,250万円を相続することになります。
2019年新設!特別寄与料とは?
従来の寄与分制度では、貢献が認められるのは「相続人」だけでした。そのため、例えば「長男のお嫁さん」が義理の親を一生懸命介護しても、相続人ではないため寄与分を主張できませんでした。この問題を解消するために、2019年の民法改正で「特別寄与料」という制度が新設されたのです。
誰が請求できるの?対象者と要件
特別寄与料を請求できるのは、「被相続人の親族(相続人、相続放棄した者、欠格・廃除された者を除く)」です。具体的には、亡くなった方の6親等内の血族、3親等内の姻族が対象となります。一番分かりやすい例が、子の配偶者(長男の嫁など)ですね。
ただし、認められるのは「無償で療養看護その他の労務の提供」をした場合に限られます。お金を貸した、といった財産上の給付は対象外となる点に注意が必要です。
特別寄与料の計算と請求方法
計算方法は寄与分(療養看護型)の考え方に準じますが、金額は家庭裁判所が様々な事情を考慮して決定します。請求は、遺産分割協議とは別で、相続人に対して金銭の支払いを求める形で行います。まずは当事者間で話し合い、まとまらなければ家庭裁判所に調停や審判を申し立てることになります。
特別受益と寄与分、主張するにはどうすればいい?
これらの権利を主張して、実際の相続分に反映させるには、正しい手順を踏む必要があります。
ステップ1:遺産分割協議で話し合う
まずは、相続人全員が参加する遺産分割協議で、「特別受益があった」「これだけの寄与をした」ということを主張し、全員の合意を目指します。その際、なぜそう言えるのかを客観的に示す証拠がとても重要になります。生前の送金記録、日記、介護記録、第三者の証言など、具体的な資料を用意して話し合いに臨みましょう。
ステップ2:家庭裁判所での調停・審判
残念ながら話し合いで合意できなかった場合は、家庭裁判所に「遺産分割調停」を申し立てます。調停では、調停委員が間に入って、公平な解決案を一緒に探ってくれます。それでも話がまとまらなければ、「審判」という手続きに移行し、最終的には裁判官が証拠に基づいて各相続人の相続分を決定することになります。
注意!2023年4月からルールが変わりました
相続に関するルールは、法改正によって変わることがあります。特に、特別受益と寄与分に関しては、とても重要な期限が設けられましたので、必ず覚えておいてください。
特別受益と寄与分の主張は「相続開始から10年以内」に
2023年4月1日から、特別受益や寄与分を主張して相続分を計算できるのは、原則として相続開始(亡くなった日)から10年以内となりました。この期間を過ぎてしまうと、これらの権利を主張できなくなり、法定相続分で遺産を分けることになります。遺産分割が長引いている場合は、この期限を意識することが非常に大切です。
特別寄与料の請求期限はもっと短い!
特別寄与料の請求期限はさらに短く設定されています。特別寄与者は、相続の開始および相続人を知った時から6か月、または相続開始の時から1年の、いずれか早い期間内に請求しなければなりません。期間がとても短いので、権利があると思われる方は、すぐにでも行動を起こす必要があります。
まとめ
今回は、公平な遺産分割を実現するための「特別受益」「寄与分」「特別寄与料」という3つの制度についてお話ししました。生前贈与があった場合や、誰かが特別な貢献をした場合には、これらの制度を正しく理解し、主張することが納得のいく相続につながります。しかし、これらの主張には客観的な証拠が必要であったり、法律的な判断が難しかったりすることも少なくありません。また、新しく設けられた「10年」という期限もあります。もし相続で少しでも不安なことや、ご家族間での話し合いが難航しそうな場合は、一人で悩まず、できるだけ早い段階で専門家に相談することをおすすめします。
参考文献
特別受益と寄与分・特別寄与料のよくある質問まとめ
Q. 特別受益とは何ですか?
A. 一部の相続人が亡くなった方から生前に受けた特別な利益(生前贈与や遺贈)のことです。相続人間の公平を図るため、この特別受益を遺産に加算して(持ち戻して)各相続人の相続分を計算します。
Q. 寄与分とは何ですか?
A. 亡くなった方の財産の維持または増加に特別な貢献をした相続人が、法定相続分に加えて多くもらえる遺産のことです。例えば、亡くなった方の事業を無償で手伝ったり、長期間にわたり療養看護をしたりした場合に認められることがあります。
Q. 特別寄与料とは何ですか?寄与分との違いは?
A. 相続人ではない親族(例:長男の嫁)が、亡くなった方に対して無償で療養看護などを行い貢献した場合に、相続人に対して金銭を請求できる制度です。相続人が対象の「寄与分」とは異なり、相続人以外の親族が対象となる点が大きな違いです。
Q. どんな生前贈与が特別受益になりますか?
A. 結婚資金、住宅購入資金、事業の開業資金など、遺産の先渡し(前渡し)と評価されるような高額な贈与が対象となります。一方、お小遣いや一般的な学費など、扶養の範囲内とみなされる少額な金銭は特別受益にあたらないことが多いです。
Q. 親の介護をしたら、必ず寄与分は認められますか?
A. 必ず認められるとは限りません。親族間の扶養義務の範囲を超える「特別な貢献」であったことが必要です。例えば、介護のために仕事を辞めたり、長期間にわたり献身的な介護を無償で行ったりした場合などに認められやすくなります。
Q. 特別受益と寄与分の両方を主張することはできますか?
A. はい、できます。特別受益を受けた相続人が、同時に寄与分を主張することも可能です。その場合、まず特別受益を遺産額に加算し、そこから寄与分を差し引いた金額を基準に、各相続人の具体的な相続分を計算します。