ご家族が亡くなられ、相続手続きを進めなければならないけれど、相続人の一人がカナダに住んでいる…。そんな時、「手続きはどう進めたらいいの?」「必要な書類は?」「日本の税金はかかるの?」など、たくさんの疑問や不安が浮かんでくるのではないでしょうか。海外が絡む相続は「国際相続」と呼ばれ、通常の相続よりも手続きが複雑になりがちです。しかし、事前にポイントを押さえておけば、落ち着いて手続きを進めることができます。この記事では、相続人がカナダに居住している場合の相続手続きについて、必要書類から税金のことまで、わかりやすく解説していきます。
国際相続の基本|どの国の法律が適用される?
相続手続きを始めるにあたって、まず最初に確認しなければならないのが「どの国の法律に基づいて手続きを進めるか」という点です。これを法律用語で「準拠法」と言います。日本の法律では、「相続は、被相続人(亡くなった方)の本国法による」と定められています。つまり、被相続人がどちらの国籍だったかが重要なポイントになります。
被相続人が日本国籍の場合
被相続人が日本国籍であれば、相続人がカナダに住んでいても、あるいは他の国の国籍であったとしても、日本の民法に基づいて相続手続きが行われます。相続人の範囲や法定相続分なども、すべて日本の法律に従って決まります。この記事では、この「被相続人が日本国籍で、相続人がカナダに居住している」ケースを前提に解説を進めていきます。
被相続人がカナダ国籍の場合
もし被相続人がカナダ国籍だった場合は、原則としてカナダの法律が適用されます。ただし、カナダは州によって法律が異なるため、被相続人がどの州に最も関係が深かったかによって適用される法律が変わります。また、日本国内にある不動産については、被相続人がカナダ国籍であっても日本の法律が適用されるなど、さらに複雑なルールがあります。このようなケースでは、国際相続に詳しい専門家への相談が不可欠です。
カナダ在住の相続人が準備すべき特別な書類
日本の相続手続きでは、役所で発行される「印鑑証明書」や「住民票」が欠かせません。しかし、カナダに住んでいて日本の住民登録をしていない方は、これらの書類を取得することができません。そのため、代わりとなる特別な書類を準備する必要があります。これらの書類は、カナダにある日本の大使館や総領事館で取得します。
印鑑証明書の代わりになる「サイン証明書(署名証明書)」
遺産分割協議書など、相続手続きの重要な書類には実印を押し、印鑑証明書を添付するのが日本のルールです。カナダ在住の相続人は、この代わりに「サイン証明書(署名証明書)」を取得します。これは、領事の目の前で書類に署名し、「この署名は本人のものに間違いありません」と公的に証明してもらうものです。
取得する際には、パスポートや住所を確認できる書類(カナダの運転免許証など)が必要になります。費用は1通あたり17カナダドル程度です(為替レートにより変動)。
サイン証明書には2つの形式がありますが、特に不動産の相続登記(名義変更)がある場合は、遺産分割協議書そのものに証明を貼り付けてもらう「貼付型」で取得するのが確実です。
住民票の代わりになる「在留証明書」
相続によって不動産を取得する場合、新しい名義人の住所を証明するために住民票が必要です。カナダ在住者は、住民票の代わりに「在留証明書」を取得します。これは、カナダのどこに住んでいるかを証明する書類です。
発行には、現地に3か月以上滞在していることなどの条件があります。パスポートのほか、現住所と居住期間がわかる書類(公共料金の請求書や賃貸契約書など)が必要です。費用は1通あたり12カナダドル程度です。
特に注意したいのが、相続登記で使う在留証明書には「本籍地」の記載が必要になる点です。本籍地を記載してもらうためには、日本の戸籍謄本を提示する必要があるため、事前に日本から取り寄せておきましょう。
戸籍謄本の代わりになる書類は?
カナダには日本のような戸籍制度がありません。もし相続人がカナダ国籍で、被相続人との関係を証明する必要がある場合は、カナダの公的機関が発行する「出生証明書」や「婚姻証明書」などが必要になります。これらの書類には、日本語の翻訳文を添付する必要があります。なお、相続人がもともと日本国籍だった場合は、日本の最後の本籍地で除籍謄本などを取得することで、相続関係を証明できることがあります。
遺産分割協議の進め方
遺言書がない場合、相続人全員で遺産の分け方を話し合う「遺産分割協議」を行う必要があります。相続人の一人がカナダにいても、必ず全員が参加しなければなりません。
全員で集まる必要はない
遺産分割協議は、必ずしも相続人全員が一堂に会して行う必要はありません。カナダ在住の相続人とは、時差に配慮しながら電話やメール、ビデオ通話などを利用して話し合いを進めることができます。大切なのは、全員が内容に納得し、合意することです。
遺産分割協議書の作成と署名
話し合いがまとまったら、その内容を「遺産分割協議書」という書面にします。作成した協議書は、まず日本にいる相続人が署名・押印します。その後、その協議書を国際郵便でカナダにいる相続人に送り、内容を確認してもらいます。カナダの相続人は、送られてきた協議書を持って日本の領事館へ行き、領事の目の前で署名し、サイン証明書を取得します。そして、その書類を日本へ返送してもらう、という流れになります。書類の郵送には時間がかかるため、スケジュールには余裕を持っておきましょう。
相続税の申告と納税義務
相続人がカナダに住んでいるからといって、日本の相続税が全くかからないわけではありません。日本の財産を相続した場合には、日本の相続税法に従って申告・納税が必要になることがあります。
カナダ在住の相続人に対する課税範囲
海外に住んでいる相続人の場合、相続税の課税対象となる財産の範囲は、大きく2つのパターンに分かれます。原則は日本国内にある財産のみが課税対象ですが、一定の条件に当てはまると、カナダにある財産なども含めた全世界の財産が課税対象となります。
| 納税義務者の区分 | 課税対象となる財産の範囲 |
|---|---|
| 制限納税義務者(原則) | 日本国内にある財産のみ |
| 非居住無制限納税義務者(例外) | 日本国内および国外にある全ての財産 |
非居住無制限納税義務者になる主な条件
例外的に全ての財産が課税対象となるのは、主に以下のようなケースです。当てはまるかどうか、慎重な確認が必要です。
- 相続人が日本国籍で、相続開始前10年以内に日本に住所があった場合
- 相続人が日本国籍で、相続開始前10年以内に日本に住所がなかったが、被相続人が外国人や非居住者等ではない場合
- 相続人が外国籍でも、被相続人が日本に住所を持っていた場合(外国人被相続人など、一定の場合を除く)
この判定は非常に複雑なため、少しでも不安な場合は税理士などの専門家に相談することをおすすめします。
相続税の申告と納税方法
相続税の申告と納税の期限は、原則として「被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内」です。この期限は、相続人が海外に住んでいても延長されません。
カナダ在住の相続人が申告・納税を行うには、日本国内に住んでいる親族などを「納税管理人」として定め、税務署に「納税管理人届出書」を提出する必要があります。納税管理人は、本人に代わって申告書の提出や税金の納付などを行います。
手続きをスムーズに進めるための注意点
カナダ在住の相続人がいる場合の手続きは、時間と手間がかかることを覚悟しておく必要があります。円滑に進めるためのポイントを2つご紹介します。
時間的な余裕を持つ
領事館での書類取得、国際郵便での書類のやり取りなど、日本国内だけで完結する手続きに比べて格段に時間がかかります。相続税の申告期限である10か月はあっという間に過ぎてしまいます。相続が発生したら、できるだけ早く手続きに着手し、計画的に進めることが非常に重要です。
専門家への相談を検討する
国際相続は、法律や税務の専門的な知識が求められる場面が多くあります。特に、必要書類の判断や遺産分割協議書の作成、複雑な相続税の納税義務の判定など、ご自身だけで進めるのが難しいと感じることもあるでしょう。手続きに不安がある場合は、国際相続の経験が豊富な司法書士や税理士といった専門家に早めに相談することをおすすめします。
まとめ
相続人の一人がカナダに居住している場合、相続手続きは通常よりも複雑になります。しかし、一つひとつの課題をクリアしていけば、必ず手続きを完了させることができます。重要なポイントは、①「サイン証明書」や「在留証明書」といった代替書類をきちんと準備すること、②時差や距離を乗り越えて相続人全員で連絡を取り合い、遺産分割協議をまとめること、そして③相続税の納税義務を確認し、期限内に申告・納税を済ませることです。時間のかかる手続きですので、相続が発生したらすぐに準備を始め、必要に応じて専門家の力も借りながら、着実に進めていきましょう。
参考文献
カナダ在住の相続に関するよくある質問まとめ
Q. 相続人がカナダ在住です。日本の遺産を相続できますか?
A. はい、できます。被相続人が日本国籍であれば、日本の法律に基づき、日本在住の相続人と同様に遺産を相続する権利があります。
Q. カナダ在住なので印鑑証明書がありません。どうすればいいですか?
A. カナダにある日本の領事館で「サイン証明書(署名証明書)」を取得してください。これが印鑑証明書の代わりになります。
Q. 遺産分割協議は、カナダから日本に行かないと参加できませんか?
A. いいえ、その必要はありません。電話やメール、ビデオ通話などで話し合いに参加できます。遺産分割協議書も郵送でのやり取りが可能です。
Q. カナダに住んでいても日本の相続税はかかりますか?
A. はい、原則として日本国内にある財産を相続した場合は課税対象となります。ただし、一定の条件によってはカナダにある財産も課税対象になる場合があります。
Q. 相続税の申告期限はいつまでですか?
A. 日本在住の相続人と同じく、「相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内」です。海外在住でも期限は延長されません。
Q. 手続きが複雑で不安です。どうすればいいですか?
A. 国際相続は専門的な知識が必要です。手続きに不安がある場合は、国際相続に詳しい司法書士や税理士などの専門家に相談することをおすすめします。