ご家族が亡くなられ、相続人のお一人がドイツにお住まいの場合、「手続きが複雑になりそう…」「何から手をつければいいの?」とご不安に感じていらっしゃいませんか。国をまたぐ相続は「国際相続」と呼ばれ、通常の相続とは異なる点がいくつかあります。しかし、ポイントさえ押さえれば、落ち着いて手続きを進めることが可能です。この記事では、相続人がドイツに居住している場合の相続手続きの流れ、必要書類、そして気になる税金の問題まで、一つひとつ丁寧に解説していきます。
まず確認!相続人がドイツに住んでいる場合の基本ルール
相続手続きを進める上で、どの国の法律が適用されるのかは非常に重要なポイントです。相続人がドイツにお住まいの場合でも、基本的な考え方は変わりません。
準拠法はどこ?日本とドイツの考え方
国際相続で最初に確認するのが「準拠法」、つまりどの国の法律に従って手続きを進めるかという点です。日本は「本国法主義」という考え方を採用しており、亡くなった方(被相続人)の国籍がある国の法律が適用されます。つまり、亡くなった方が日本国籍であれば、相続人がドイツに住んでいても、原則として日本の民法に基づいて相続手続きが進められます。
一方で、ドイツを含む多くのEU諸国では、亡くなった方が最後に日常的に住んでいた場所の法律を適用する「常居所地法主義」が採用されています。被相続人が亡くなるまで日本に住んでいた日本人であれば、準拠法は明確に日本法となりますのでご安心ください。
遺言書がある場合は?
被相続人が遺言書を遺していた場合、その内容が最も優先されます。遺言書が日本の法律で定められた形式(例えば、公正証書遺言や自筆証書遺言)で作成されていれば、問題なくその効力が認められます。また、「遺言の方式の準拠法に関する法律」という法律により、ドイツの法律に則って作成された遺言書であっても、一定の条件を満たせば日本で有効と認められる場合があります。
ドイツ在住の相続人が行うべき手続きの流れ
相続手続きは、日本にいる相続人とドイツにいる相続人が協力して進める必要があります。特に書類のやり取りには時間がかかるため、大まかな流れを把握し、計画的に進めましょう。
遺産分割協議はどう進める?
遺言書がなく相続人が複数いる場合、誰がどの財産をどれだけ相続するのかを話し合う「遺産分割協議」を行う必要があります。相続人全員の参加が必須ですが、ドイツから日本へ来てもらうのは現実的ではないことが多いでしょう。その場合、電話やメール、ビデオ通話などを活用して話し合いを進めることが可能です。全員の合意が得られたら、その内容をまとめた「遺産分割協議書」を作成します。
ドイツからの書類のやり取り
作成した遺産分割協議書は、国際郵便などでドイツにお住まいの相続人へ送付します。内容を確認してもらい、署名(サイン)をした上で返送してもらうという流れになります。国際郵便は日数がかかる上に、書類の不備があると再度やり取りが必要になるため、時間に余裕を持って進めることが非常に大切です。
相続放棄をしたい場合の手続き
被相続人に借金などマイナスの財産が多い場合には、相続放棄を検討することもあるでしょう。相続放棄は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、被相続人の最後の住所地を管轄する日本の家庭裁判所に申述する必要があります。この期間はドイツにお住まいでも変わりませんが、書類の準備や国際郵便でのやり取りに時間がかかるため、熟慮期間の伸長を家庭裁判所に申し立てることも可能です。手続きが複雑になるため、すぐに専門家へ相談しましょう。
最重要!ドイツ在住の相続人に必要な特別の書類
日本の相続手続きでは「戸籍謄本」「住民票の写し」「印鑑証明書」が基本セットとなりますが、ドイツにお住まいの場合、日本の市区町村役場で発行される住民票や印鑑証明書は取得できません。その代わりとなる書類について解説します。
印鑑証明書の代わり:「署名証明書(サイン証明)」
ドイツには印鑑登録の制度がないため、遺産分割協議書には実印の代わりにサインをします。そして、そのサインが間違いなく本人のものであることを証明するために「署名証明書(サイン証明)」を取得する必要があります。これは、在ドイツ日本国大使館・総領事館、またはドイツ現地の公証人(Notar)の面前で書類に署名することで発行してもらえます。
住民票の代わり:「在留証明書」
不動産の相続登記(名義変更)など、相続人の現住所を証明する必要がある場面では、住民票の写しの代わりとして「在留証明書」を使用します。これも在ドイツ日本国大使館・総領事館で発行してもらえます。これらの証明書を取得する際は、手数料がかかります。事前に大使館・総領事館のウェブサイトで必要書類や予約の要否を確認してから訪問しましょう。
戸籍謄本は日本で取得
相続人が日本国籍をお持ちであれば、ドイツにお住まいでも戸籍謄本は日本の本籍地がある市区町村役場で取得できます。日本にいるご親族に代理で取得してもらうか、海外からの郵便請求に対応している役所であれば直接取り寄せることも可能です。
相続税の申告と納税はどうなる?
ドイツに住んでいても、日本の財産を相続した場合は、日本の相続税の課税対象となる可能性があります。どこまでの財産が課税対象になるのか、納税はどうすればよいのか、しっかり確認しておきましょう。
日本の相続税の納税義務者
相続税がどの範囲の財産に課税されるかは、亡くなった方(被相続人)と相続人の状況によって決まります。多くの場合、以下のようになります。
被相続人と相続人の状況 | 課税対象となる財産の範囲 |
---|---|
被相続人が日本に住んでいた場合 | 相続したすべての財産(日本国内+国外) |
被相続人が海外在住で、相続人(日本国籍)も相続開始前10年以上海外に住んでいる場合 | 日本国内にある財産のみ |
亡くなった方が日本に住んでいた場合、ドイツ在住の相続人は「無制限納税義務者」となり、日本国内の預貯金や不動産だけでなく、もしドイツなど海外に財産があればそれらもすべて日本の相続税の課税対象となります。この判定は非常に複雑ですので、必ず専門家にご相談ください。
相続税の申告期限と納税方法
日本の相続税の申告と納税は、相続の開始を知った日の翌日から10ヶ月以内に行わなければなりません。この期限は、たとえ相続人が海外に住んでいても延長されることはありません。国際相続は手続きに時間がかかるため、特に注意が必要です。
また、日本に住所がない相続人は、日本での納税手続きを代行してもらう「納税管理人」を選任し、税務署に「納税管理人届出書」を提出する必要があります。日本にお住まいのご親族や、依頼する税理士になってもらうのが一般的です。
ドイツでの相続税はかかる?
日本で相続税を納めたとしても、ドイツの税法に基づいて、ドイツでも相続税が課される可能性があります。残念ながら、日本とドイツの間には相続税に関する二重課税を防止するための租税条約が結ばれていません。そのため、両国で課税されてしまうケースも考えられます。ただし、それぞれの国で外国の税金を考慮する「外国税額控除」といった制度が利用できる場合もあります。この分野は極めて専門性が高いため、国際相続に精通した税理士への相談が不可欠です。
スムーズに進めるためのポイントと注意点
ただでさえ大変な相続手続きを、国をまたいで円滑に進めるためには、いくつか心がけておきたいポイントがあります。
専門家への早期相談
国際相続は、日本の法律・税務だけでなく、相手国の制度も関わってくる可能性があり、非常に複雑です。手続きを始めてから問題が発覚すると、時間も費用も余計にかかってしまいます。相続が発生したら、できるだけ早い段階で国際相続の経験が豊富な司法書士や税理士などの専門家に相談することが、最も確実で安心な方法です。
相続人同士の密なコミュニケーション
日本とドイツでは時差もあり、物理的な距離があるため、コミュニケーションが不足しがちです。手続きの進捗状況、必要書類の内容、次に何をすべきかなど、相続人同士で定期的に連絡を取り合い、情報を正確に共有することがトラブル防止につながります。
時間に余裕を持ったスケジュール管理
書類の取り寄せや国際郵便でのやり取り、大使館での手続きなど、国内の相続に比べて各ステップで時間がかかります。10ヶ月の相続税申告期限は、意外とあっという間にやってきます。すべての手続きを前倒しで進める意識を持ち、余裕を持ったスケジュールを立てることが重要です。
まとめ
相続人がドイツに居住している場合、日本の法律に基づいて手続きを進めますが、「署名証明書」や「在留証明書」といった特別な書類の準備が必要になります。相続税については、原則として国内外すべての財産が課税対象となり、10ヶ月以内の申告と納税が求められます。手続きには時間がかかり、専門的な知識も必要となるため、国際相続に詳しい専門家へ早めに相談し、相続人同士で協力しながら計画的に進めることが、スムーズな相続を実現する鍵となります。
参考文献
ドイツ在住者のための相続手続きよくある質問まとめ
Q.相続人がドイツ在住の場合、日本の遺産相続手続きはどう進めればいいですか?
A.まずは戸籍謄本等で相続人を確定し、遺産を調査します。その後、ドイツの日本大使館・領事館で手続きに必要な「サイン証明書」や「在留証明書」を取得し、他の相続人と遺産分割協議を行います。手続きが複雑なため、専門家への相談をおすすめします。
Q.ドイツ在住のため、遺産分割協議書に押す実印と印鑑証明書がありません。どうすればいいですか?
A.実印と印鑑証明書の代わりに、ドイツにある日本の大使館や領事館で発行される「サイン証明書(署名証明書)」を利用します。遺産分割協議書にご本人が署名し、その署名が本人のものであることを証明してもらうことで、印鑑証明書の代わりとなります。
Q.相続登記(不動産の名義変更)に必要な住民票がドイツにはありません。どうすればいいですか?
A.住民票の代わりとして、ドイツの日本の大使館や領事館で取得できる「在留証明書」を使用します。この書類で、相続人のドイツにおける現住所を証明することができます。
Q.ドイツに住んでいても、日本の相続税はかかりますか?
A.被相続人(亡くなった方)が日本に住所を持っていた場合、相続人がドイツ在住であっても、原則として取得したすべての財産が日本の相続税の課税対象となります。ただし、具体的な要件により異なるため、税務の専門家にご確認ください。
Q.相続手続きのために日本に一時帰国する必要はありますか?
A.必ずしも帰国する必要はありません。多くの手続きは、日本にいる他の相続人や専門家に委任状を渡すことで進められます。サイン証明書などの必要書類をドイツで取得し、国際郵便で送付することで対応可能です。
Q.ドイツと日本の両方に財産がある場合の相続はどうなりますか?
A.被相続人が日本国籍であれば、原則としてドイツにある財産も含めて日本の法律に基づいて相続手続きを進めます。ただし、不動産など現地の法律が適用される場合もあるため、国際相続に詳しい専門家への相談が不可欠です。