ご家族が亡くなられ、相続手続きを進めなければならないけれど、相続人であるご自身が香港にお住まいの場合、「手続きはどう進めたらいいの?」「日本の税金はどうなるの?」と、たくさんの不安を感じていらっしゃるかもしれませんね。海外が絡む相続は、日本国内だけで完結する手続きとは異なる点がいくつかあり、少し複雑に感じられることもあります。でも、ご安心ください。一つひとつのステップをきちんと理解すれば、スムーズに進めることができます。この記事では、相続人が香港に居住している場合の相続手続きの流れ、必要になる特別な書類、そして税金について、わかりやすく解説していきます。
香港在住の相続人が知っておくべき基本
まずはじめに、相続人が海外に住んでいることで、日本の相続手続きと何がどう変わるのか、基本的なポイントを押さえておきましょう。特に「どの国の法律が適用されるのか」と「税金の扱い」は、最初に理解しておくべき大切なことです。
相続の準拠法は?日本の法律?香港の法律?
相続手続きにおいて、どの国の法律に基づいて財産を分けるかを決める法律を「準拠法」といいます。日本の法律(法の適用に関する通則法)では、相続は亡くなった方(被相続人)の国籍がある国の法律に従うことになっています。つまり、亡くなった方が日本国籍であれば、たとえ相続人が香港にお住まいでも、日本の民法に定められたルールで相続人の範囲や法定相続分が決まります。
ただし、これはあくまで財産の分け方のルールの話です。もし亡くなった方が香港に銀行口座や不動産などの財産をお持ちだった場合は、その財産の名義変更などの手続きは香港の法律に従う必要があります。この点が国際相続の少しややこしいところですね。
相続税の納税義務はどうなる?
相続人が香港にお住まいの場合、日本の相続税がどこまで課税されるのかは、亡くなった方と相続人の方の状況によって変わります。少し複雑なので、下の表で確認してみましょう。
| 納税義務者の区分 | 課税される財産の範囲 |
| 【国内・国外の全ての財産に課税されるケース】 相続人が日本国籍で、相続開始前10年以内に日本に住所があった場合。または、被相続人が相続開始前10年以内に日本に住所を有していた場合など。 |
日本国内の財産 + 海外(香港など)の財産 |
| 【国内財産のみに課税されるケース】 相続人が日本国籍だが、相続開始前10年以内に日本に住所がなかった場合で、かつ被相続人も日本に住所がなかった場合など。 |
日本国内の財産のみ |
(注)上記は簡略化したものです。実際には被相続人や相続人の国籍や居住期間によって細かく判定されます。
基本的には、亡くなった方が日本にお住まいだった場合、相続人が香港に住んでいても、日本国内だけでなく海外にある財産も含めたすべての財産が日本の相続税の課税対象となると考えておきましょう。
日本と香港の相続手続きの大きな違い「プロベート」
日本と香港では、相続財産の名義変更に関する手続きの考え方が大きく異なります。日本では、遺言がなければ相続人全員の話し合い(遺産分割協議)で財産の分け方を決め、その合意書(遺産分割協議書)を使って預金の解約や不動産の名義変更を行います。
一方、香港はイギリスの法律(英米法)の影響を受けており、「プロベート(Probate)」という裁判所の手続きを経ないと、原則として財産を動かすことができません。これは、亡くなった方の財産が香港にある場合に非常に重要なポイントとなりますので、覚えておいてくださいね。
香港在住の相続人が行う日本の相続手続きの流れ
それでは、具体的に日本の相続手続きはどのような流れで進んでいくのかを見ていきましょう。基本的な流れは日本在住の相続人と同じですが、書類のやり取りなどに時間がかかることを念頭に置いて進めるのがコツです。
STEP1: 遺言書の確認と相続人の確定
まずは、亡くなった方が遺言書を遺しているかどうかを確認します。遺言書があれば、原則としてその内容に従って手続きを進めます。遺言書がない場合は、誰が相続人になるのかを確定させる必要があります。そのために、亡くなった方の出生から死亡までの連続した戸籍謄本(除籍謄本、改製原戸籍謄本)を取得し、相続人全員を明らかにします。
STEP2: 相続財産の調査と評価
次に、亡くなった方がどのような財産をどれくらい遺したのかをすべてリストアップします。預貯金、不動産、株式、生命保険など、プラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も調査します。そして、それぞれの財産を相続税法に基づいた評価額に計算し直します。この財産評価が、後の遺産分割や相続税申告の基礎となります。
STEP3: 遺産分割協議
相続人と相続財産が確定したら、相続人全員で遺産の分け方を話し合う「遺産分割協議」を行います。香港にお住まいの場合、日本にいる他の相続人と直接会って話すのが難しいことも多いでしょう。その場合は、電話やビデオ会議などを活用したり、書面を国際郵便でやり取りしたりして話し合いを進めます。全員の合意がまとまったら、その内容を「遺産分割協議書」という書類にまとめ、相続人全員が署名・押印します。
STEP4: 相続税の申告と納税
遺産の総額が基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超える場合は、相続税の申告と納税が必要です。申告と納税の期限は、亡くなったことを知った日の翌日から10ヶ月以内と決められています。この期限は相続人が海外に住んでいても変わりません。期限に遅れると延滞税などのペナルティが発生する可能性があるので、注意が必要です。
香港在住者が日本の手続きで用意する重要書類
香港にお住まいの方が日本の相続手続きを進める上で、日本国内の相続人とは違う特別な書類が必要になります。ここでは、その代表的なものをご紹介します。
印鑑証明書の代わり「サイン証明書(署名証明書)」
遺産分割協議書には、日本では実印を押し、印鑑証明書を添付するのが一般的です。しかし、香港には印鑑登録の制度がありません。そこで、印鑑証明書の代わりとなるのが「サイン証明書(署名証明書)」です。これは、香港にある在香港日本国総領事館で取得できます。領事の目の前で遺産分割協議書などに署名(サイン)し、その署名が本人のものであることを証明してもらう書類です。
住民票の代わり「在留証明書」
不動産の相続登記(名義変更)をする際には、新しい所有者となる相続人の住所を証明する書類として住民票が必要になります。しかし、香港にお住まいの方は日本の住民票がありません。その代わりとなるのが「在留証明書」です。これもサイン証明書と同様に、在香港日本国総領事館で発行してもらえます。香港での住所や居住期間を証明してくれる公的な書類です。
書類のやり取りと時間管理のポイント
サイン証明書や在留証明書を取得したり、遺産分割協議書を国際郵便で送ったりと、海外との書類のやり取りには思った以上に時間がかかります。特に相続税の申告期限は10ヶ月と決まっていますので、手続きは常に前倒しで進める意識が大切です。スケジュール管理に不安がある場合は、日本の親族に協力をお願いしたり、国際相続に詳しい専門家に手続きの代行を依頼したりするのも賢明な選択ですよ。
被相続人の財産が香港にある場合の注意点
もし亡くなった方が香港に銀行預金や不動産などの財産をお持ちだった場合、手続きはさらに複雑になります。先ほど少し触れた「プロベート」という香港特有の手続きが必要になるからです。
香港の相続手続き「プロベート」とは?
プロベートとは、亡くなった方の財産を管理・清算するために、香港の裁判所(高等法院遺産承弁署)が行う検認手続きのことです。遺言がある場合はその遺言が有効かどうかを、遺言がない場合は誰が正式な遺産管理人になるかを裁判所が審査し、許可を与えます。この許可(Grant of Probate や Letters of Administration)がなければ、香港の銀行は預金を払い戻してくれませんし、不動産の名義変更もできません。たとえ日本の法律に基づいて作成した遺産分割協議書があっても、香港では通用しないのです。
プロベートの手続きの流れ
プロベートの手続きは、遺言書の有無によって進め方が異なります。
| 遺言がある場合 | 遺言書で指定された遺言執行人が、裁判所に「Grant of Probate(遺言検認書)」の発行を申し立てます。 |
| 遺言がない場合 | 相続人が、裁判所に「Letters of Administration(遺産管理状)」の発行を申し立て、遺産管理人に選任してもらう必要があります。 |
この手続きには、死亡証明書や相続関係を証明する日本の戸籍謄本など、多くの書類が必要になります。しかも、それらの書類はすべて英語に翻訳し、公的な認証(アポスティーユなど)を受けなければなりません。手続きは非常に専門的で、通常は香港現地の弁護士に依頼することになります。期間もケースによりますが、短くても1年、長ければ3年以上かかることもあります。
香港の相続税について
ここで一つ良いニュースがあります。現在、香港には相続税(遺産税)も贈与税もありません。そのため、香港の財産を相続したことに対して、香港政府に税金を納める必要はありません。
ただし、くれぐれもご注意いただきたいのは、日本の相続税の納税義務がある方の場合です。その場合は、たとえ香港では非課税であっても、香港にある財産も日本の相続税の計算対象に含めて申告・納税しなければなりません。これを忘れてしまうと、後で日本の税務署から指摘を受ける可能性があるので、必ず申告に含めるようにしましょう。
スムーズな手続きのためのポイントと生前対策
国際相続を円滑に進めるためには、いくつかの重要なポイントがあります。また、可能であれば、ご家族が元気なうちに対策をしておくと、いざという時の負担を大きく減らすことができます。
納税管理人の選任
相続人が日本に住んでいない場合、相続税の申告書を税務署に提出したり、納税手続きを行ったりするのは大変です。そこで、これらの手続きを代行してくれる「納税管理人」を日本国内で定めることが推奨されています。納税管理人には、日本の親族や、税理士などの専門家になってもらうことができます。納税管理人を定めたら、税務署に「納税管理人届出書」を提出します。
専門家への相談
ここまでお読みいただいて、国際相続は手続きが複雑だと感じられたかもしれません。特に、日本の相続税の申告と、香港のプロベート手続きの両方が必要になる場合は、ご自身だけで進めるのは非常に困難です。国際相続の経験が豊富な税理士や司法書士、弁護士といった専門家に早めに相談することが、結果的に時間と労力の節約につながります。専門家は、最新の法律や税制に基づいて、あなたにとって最善の方法をアドバイスしてくれますよ。
生前からできる対策
もし、これから相続を迎える準備ができる状況であれば、以下のような対策を検討しておくことをおすすめします。
- 遺言書の作成:誰にどの財産を遺すかを明確にしておくことで、相続人間の争いを防ぎ、手続きをスムーズにします。
- 財産リストの作成:日本と香港にどのような財産があるのかを一覧にしておくと、相続人が財産調査をする手間が大幅に省けます。
- 香港財産の整理:プロベート手続きは時間と費用がかかります。生前のうちに香港の財産を整理して日本に送金しておく、あるいはプロベートを回避できる共同名義口座(Joint Account)や信託(Trust)の活用を検討するのも有効な対策です。
まとめ
相続人が香港にお住まいの場合の相続手続きは、日本国内の手続きとは異なり、サイン証明書や在留証明書といった特別な書類が必要になります。また、日本の相続税の納税義務の判定も慎重に行わなければなりません。特に、亡くなった方が香港にも財産をお持ちだった場合は、時間のかかる「プロベート」という裁判手続きが大きな壁となることがあります。国際郵便でのやり取りなども含め、すべての手続きには時間がかかることを念頭に置き、10ヶ月という相続税の申告期限から逆算して、計画的に進めることが何よりも大切です。ご自身で進めるのが難しいと感じたら、決して一人で抱え込まず、国際相続に詳しい専門家の力を借りることをぜひ検討してみてくださいね。
参考文献
香港での相続手続きに関するよくある質問まとめ
Q. 相続人が香港在住です。日本の相続税はかかりますか?
A. はい、かかる可能性が高いです。亡くなった方が日本にお住まいだった場合、相続人が香港在住でも、原則として日本国内および海外の全財産が日本の相続税の課税対象となります。ただし、相続人や亡くなった方の国籍、居住期間などによって課税範囲は異なりますので、専門家への確認をおすすめします。
Q. 遺産分割協議書には実印が必要ですか?
A. いいえ、実印の代わりにサイン(署名)で手続きします。香港には印鑑登録制度がないため、在香港日本国総領事館で「サイン証明書(署名証明書)」を取得し、それを印鑑証明書の代わりに提出します。
Q. 日本に納税管理人を立てる必要はありますか?
A. 法律上の義務ではありませんが、立てることを強くおすすめします。相続税の申告や納税、税務署からの書類の受け取りなどを代行してもらえるため、手続きが非常にスムーズになります。日本の親族や税理士に依頼するのが一般的です。
Q. 亡くなった親が香港に銀行口座を持っていました。どうすればよいですか?
A. 香港の裁判所での「プロベート」という手続きが必要です。この手続きで裁判所の許可を得ないと、原則として預金を解約したり引き出したりすることはできません。手続きは専門的で時間がかかるため、通常は香港の弁護士に依頼します。
Q. 香港の相続手続き「プロベート」にはどれくらい時間がかかりますか?
A. ケースバイケースですが、一般的に1年から3年、あるいはそれ以上かかることもあります。日本の相続税申告期限(10ヶ月)には間に合わないことが多いため、納税資金の準備などを計画的に進める必要があります。
Q. 香港には相続税がないと聞きましたが、日本の税務署に申告は不要ですか?
A. いいえ、日本の相続税の納税義務がある場合は、申告が必要です。香港の財産は香港では非課税ですが、日本の税法では課税対象となるため、日本国内の財産と合算して相続税の申告・納税をしなければなりません。