ご家族が亡くなられた後、しばらくしてから故人宛の請求書が届くことがありますよね。「亡くなる前の入院費と、亡くなった後の費用が一緒になっている…」「公共料金の請求書が来たけど、いつまでの分を支払うんだろう?」そんなとき、相続税の申告でどの金額を「債務」として財産から差し引けるのか、迷ってしまう方は少なくありません。実は、この判断を間違えると、払い過ぎの税金になったり、逆に後から税務署に指摘されたりする可能性も。この記事では、相続の前後をまたぐ請求書が届いた場合に、相続税の申告で債務控除すべき金額の考え方を、具体的なケースを交えながら分かりやすく解説します。
相続税の「債務控除」の基本を理解しよう
まずは、相続税申告における「債務控除」の基本的な考え方から押さえておきましょう。この基本が分かっていると、様々なケースに応用できますよ。
債務控除とは?
債務控除とは、亡くなった方(被相続人)が残したプラスの財産(預貯金や不動産など)の合計額から、マイナスの財産(借金や未払金など)を差し引くことができる制度です。相続税は、プラスの財産からマイナスの財産を引いた後の金額に対して課税されるため、債務控除を正しく適用することで、相続税の負担を軽減することにつながります。
債務控除の対象になる費用の大原則
債務控除の対象となるかどうかの判断で最も重要なポイントは、その費用が**「相続開始時点(亡くなった日)で、故人に支払義務があり、確実と認められるもの」**であるかどうかです。つまり、亡くなった日までに発生していた支払いは故人の債務として控除できますが、亡くなった日より後に発生した支払いは、相続人が負担すべきものであり、原則として債務控除の対象にはなりません。
葬式費用も控除の対象
厳密には故人の債務ではありませんが、相続に際して通常発生する費用として「葬式費用」も遺産総額から差し引くことが認められています。お通夜や告別式にかかった費用、お寺へのお布施などがこれにあたります。ただし、香典返しや初七日などの法要費用は対象外となるなど、細かいルールがあるので注意が必要です。
相続発生日をまたぐ請求書の具体的なケースと対処法
それでは、実際に届く請求書を例に、どのように債務控除額を考えればよいか見ていきましょう。ポイントは「相続開始日(亡くなった日)」で費用を分けることです。
ケース1:医療費・入院費
亡くなる直前まで入院されていた場合、亡くなった後に病院から請求書が届くことが一般的です。この請求書には、亡くなる日までの費用と、亡くなった後の費用(例:死後処置費用)が含まれていることがあります。
債務控除の対象になるのは、亡くなった日までの入院費や治療費です。請求書の内訳を確認し、相続開始日までの費用を計算しましょう。もし請求書で日付が明確に分かれていない場合は、病院に問い合わせて日割り計算をしてもらう必要があります。
| 控除できる費用(故人の債務) | 控除できない費用 |
|---|---|
| 相続開始日(亡くなった日)までの入院費、治療費、差額ベッド代など | 相続開始日より後の入院費(もしあれば)、相続人が負担すべき雑費など |
※なお、死亡診断書の発行費用は、故人の債務ではなく「葬式費用」として控除できます。
ケース2:公共料金(電気・ガス・水道・電話代など)
公共料金は、検針日から次の検針日までの1ヶ月分などがまとめて請求されるため、相続開始日をまたぐケースがほとんどです。この場合も、故人が亡くなる日までに使用した分だけが債務控除の対象となります。
例えば、5月16日から6月15日までの電気料金の請求書が届き、故人が6月5日に亡くなったとします。この場合、5月16日から6月5日までの期間分を日割りで計算し、その金額を債務控除します。
計算例:
請求額が9,300円、請求期間が31日間(5/16~6/15)の場合
1日あたりの料金:9,300円 ÷ 31日 = 300円
控除対象期間:21日間(5/16~6/5)
債務控除額:300円 × 21日 = 6,300円
電力会社やガス会社に連絡すれば、亡くなった日までの料金を計算してくれる場合も多いので、一度問い合わせてみるのがおすすめです。
ケース3:固定資産税・住民税などの税金
税金は、いつの時点で納税義務が確定したかがポイントになります。
固定資産税や都市計画税は、その年の1月1日時点の所有者に1年分の納税義務が発生します。そのため、故人が1月1日に存命であれば、その年に支払うべき固定資産税の未納分は、全額が債務控除の対象になります。たとえ1月2日に亡くなったとしても、1年分が対象です。
住民税も同様に、1月1日時点に住所があった市区町村で課税されます。故人が亡くなった時点で未払いの住民税があれば、それは債務控除の対象となります。
ケース4:クレジットカードの利用料金
クレジットカードの請求は、締日までの利用分が翌月などにまとめて引き落とされます。債務控除の対象になるのは、故人が亡くなる日までに利用した分です。カード会社から利用明細を取り寄せ、利用日を確認して、相続開始日以前の利用額を合計しましょう。年会費なども、故人が亡くなる前に支払義務が確定していれば対象となります。
債務控除の計算方法と注意点
実際に債務控除を行う際の注意点をまとめました。申告でミスをしないために、しっかり確認しておきましょう。
日割り計算の具体的な方法
公共料金などで日割り計算が必要な場合は、前述の計算例のように「(請求額 ÷ 請求期間の日数) × 亡くなるまでの日数」で計算するのが基本です。計算した根拠は、誰が見ても分かるようにメモなどで残しておきましょう。
証拠書類の保管が重要
債務控除を適用する際には、その根拠となる資料が非常に重要です。後日、税務署から問い合わせがあった場合(税務調査)に、きちんと説明できるように以下の書類は必ず保管しておきましょう。
- 請求書や利用明細書
- 支払いを証明する領収書や通帳のコピー
- 日割り計算の根拠となった計算メモ
相続発生後の費用は相続人の負担
繰り返しになりますが、相続開始日より後に発生した費用は、故人の債務ではなく、財産を引き継いだ相続人が負担すべき費用です。例えば、故人が住んでいたマンションの相続発生後の管理費や、相続手続きのためにかかった税理士や司法書士への報酬などは、債務控除の対象にはなりませんのでご注意ください。
債務控除できない費用の代表例
ここでは、間違えて計上しやすい債務控除の対象外となる費用を整理します。
非課税財産に関する未払金
お墓や仏壇、神具などは、相続税が非課税となる財産(非課税財産)です。そのため、これらの非課税財産を購入した際のローンや未払金は、債務控除の対象にはなりません。財産が非課税なので、それに対応する債務も控除できない、と覚えておきましょう。
保証債務
故人が誰かの借金の保証人になっていた場合(保証債務)、原則として債務控除の対象にはなりません。なぜなら、主たる債務者がきちんと返済している限り、保証人が支払う義務は発生しないからです。ただし、主たる債務者が破産するなどして返済不能となり、相続人が代わりに返済しなければならなくなった場合は、その返済額のうち、主たる債務者から回収できない見込みの金額に限り、債務控除が認められることがあります。
相続税申告書への記載方法
債務控除の対象となる金額が確定したら、相続税申告書に記載します。
第13表「債務及び葬式費用の明細書」に記載
債務控除に関する内容は、相続税申告書の第13表「債務及び葬式費用の明細書」という書類に記入します。具体的には、以下のような項目を記載していきます。
- 種類:未払金、公租公課など
- 細目:〇〇病院医療費、〇〇電力電気料金、固定資産税など
- 債権者の氏名・住所:請求元の病院名や電力会社名、市区町村など
- 発生年月日:債務が確定した日(例:固定資産税なら賦課期日の1月1日)
- 金額:控除対象となる金額
- 債務を負担する人:その支払いを負担した相続人の氏名と負担額
まとめ
相続発生日後に届いた、相続の前後をまたぐ請求書。その債務控除の考え方について解説しました。一番のポイントは、「相続開始日(亡くなった日)を基準に、それ以前に発生した費用か、以後に発生した費用かをしっかり分ける」ということです。公共料金のように期間で請求されるものは、日割り計算で故人が負担すべき金額を算出します。
正しく債務を把握し、申告に漏れなく計上することは、適切な相続税額の計算、つまり節税に直結します。判断に迷う場合や、計算が複雑で不安な場合は、無理せず税理士などの専門家に相談することをおすすめします。
参考文献
相続発生後の請求書と債務控除のよくある質問まとめ
Q. 相続発生後に届いた請求書。相続発生前後の費用が混在している場合、債務控除の対象はどこまでですか?
A. 相続開始時点(亡くなった日)で、被相続人が支払うべき義務が確定していた金額のみが債務控除の対象です。相続発生日以降に発生した費用は債務控除の対象にはなりません。
Q. 亡くなった後の電気代や水道代の請求書が届きました。これは債務控除できますか?
A. 相続開始日までの利用分のみが債務控除の対象となります。請求書に記載された期間を基に日割り計算などで相続開始日までの金額を算出して控除します。相続開始後の利用分は相続人の負担となります。
Q. 死亡後に届いた入院費の請求書は全額債務控除の対象になりますか?
A. はい、被相続人の治療のためで、亡くなった時点で未払いだった入院費は、原則として全額が債務控除の対象となります。ただし、死亡診断書の発行費用は債務控除ではなく、葬式費用として扱います。
Q. 被相続人のクレジットカードの請求が死後に来ました。どう考えればよいですか?
A. クレジットカードの利用日が相続開始日以前のものであれば、その利用額は被相続人の未払金として債務控除の対象になります。利用明細で利用日を確認し、相続開始日以前の利用分を合計して計上してください。
Q. 請求書で相続発生前後の費用を明確に分けられない場合はどうすればいいですか?
A. まずは請求元(電力会社や病院など)に問い合わせ、相続開始日までの金額がわかる明細を発行してもらうのが確実です。それが難しい場合は、利用期間での日割り計算など、客観的で合理的な方法で金額を按分する必要があります。
Q. 債務控除できる費用は、準確定申告でも必要経費にできますか?
A. 必ずしも一致しません。債務控除は相続税の計算、準確定申告は所得税の計算であり、それぞれの税法で要件が異なります。例えば、固定資産税は債務控除の対象ですが、事業用でなければ準確定申告の必要経費にはなりません。個別に判断が必要です。