ご家族が亡くなられて相続が発生すると、悲しみに暮れる間もなく、さまざまな手続きに追われることになります。その中で、生命保険の請求や遺産分割協議のために、病院から死亡診断書や入院証明書などを取り寄せる機会も多いのではないでしょうか。その際に支払った「文書代」について、「これも故人の関連費用だから、相続税の計算で引けるのでは?」と疑問に思う方もいらっしゃるかもしれません。今回は、この病院に支払った文書代が相続税の債務控除の対象になるのか、具体的なルールを分かりやすく解説していきます。
そもそも相続税の「債務控除」とは?
まず、基本となる「債務控除」について簡単におさらいしましょう。債務控除とは、亡くなった方(被相続人)が残したプラスの財産(預貯金や不動産など)の総額から、マイナスの財産(借金や未払金など)を差し引くことができる制度です。この制度を利用することで、相続税がかかる対象の金額(課税遺産総額)を減らすことができ、結果的に相続税の負担を軽くすることができます。
債務控除の対象となるもの
債務控除の対象になるのは、被相続人が亡くなった時点で確定していた債務です。具体的には、以下のようなものが挙げられます。
借入金 | 銀行からのローンや、個人からの借金など |
未払いの税金 | 亡くなった年の所得税、住民税、固定資産税など |
未払いの医療費 | 亡くなる前に入院・治療していた分の未払いの病院代 |
未払いの公共料金など | 水道光熱費、電話代、クレジットカードの未払金など |
債務控除の対象とならないもの
一方で、被相続人に関連する支払いでも、債務控除の対象にならないものもあります。代表的なものは以下の通りです。
保証債務 | 被相続人が誰かの連帯保証人になっていた場合の債務(ただし、主たる債務者が返済不能で、相続人が返済義務を負う場合は控除できることがあります) |
非課税財産に関する債務 | お墓や仏壇の未払金など(お墓や仏壇は相続税が非課税のため、それに関連する債務も控除できません) |
団体信用生命保険付きの住宅ローン | 被相続人の死亡により保険金で完済されるため、債務は残りません |
債務控除が認められるための3つの要件
債務控除を適用するためには、次の3つの要件をすべて満たしている必要があります。
1. 被相続人の債務であること
あくまで亡くなった方自身の債務が対象です。相続人が自分のために作った借金などは対象外です。
2. 相続開始時点(亡くなった時点)で存在した債務であること
亡くなった後に発生した費用は、原則として債務控除の対象にはなりません。
3. 確実と認められるものであること
借用書や請求書など、客観的に存在が証明できる債務である必要があります。
病院に支払った「文書代」は債務控除の対象?
それでは本題です。病院に支払った死亡診断書や入院証明書などの「文書代」は、債務控除の対象になるのでしょうか。結論からお伝えすると、これらの文書代は原則として債務控除の対象にはなりません。
その理由は、先ほどの要件「2. 相続開始時点で存在した債務であること」に当てはまらないからです。これらの文書は、被相続人が亡くなった後に、相続人が生命保険の請求や相続手続きを進めるために必要となって発行を依頼するものです。つまり、相続人のための費用であり、被相続人自身の債務ではないと判断されるため、債務控除の対象外となってしまうのです。
文書代は「債務」ではなく「相続手続き費用」
法律上、これらの文書代は「債務」ではなく、相続財産を管理したり、相続手続きを進めたりするためにかかった「相続財産の管理費用」や「相続手続き費用」と位置づけられます。そのため、被相続人の借金や未払金とは区別して考える必要があります。
債務控除の対象外となる文書の例
具体的に、相続手続きの際によく取得する以下のような文書の発行手数料は、債務控除の対象となりません。
- 生命保険の保険金請求に使う「入院証明書」や「手術証明書」
- 遺族年金などの手続きに使う「年金用の診断書」
- 相続財産の調査のために請求した「診療録(カルテ)の開示費用」
債務控除できる医療費とできない費用
文書代は債務控除できないと聞いてがっかりされたかもしれませんが、医療に関連する費用がすべて控除できないわけではありません。ここで、債務控除できるものとできないものをしっかり区別しておきましょう。
債務控除の対象となる「未払医療費」
債務控除の対象となるのは、被相続人が亡くなる前に受けた治療や入院にかかった費用で、亡くなった時点でまだ支払われていなかった「未払医療費」です。例えば、亡くなった月の入院費を、死亡後に相続人が病院に支払った場合、その費用は被相続人自身の債務ですので、債務控除の対象となります。領収書は必ず保管しておきましょう。
控除の種類を整理しましょう
ここで少しややこしいのが、「死亡診断書」の扱いです。これは債務控除の対象にはなりませんが、別の形で相続財産から差し引くことができます。それぞれの費用がどの控除に該当するのか、下の表で整理してみましょう。
費用の種類 | 控除の種類 |
未払いの入院費・治療費 | 債務控除(被相続人の債務のため) |
生命保険請求用の入院証明書代 | 控除対象外(相続人の手続き費用のため) |
死亡診断書・死体検案書の発行費用 | 葬式費用(詳細は次で解説します) |
死亡診断書代は「葬式費用」として控除できます
ここが重要なポイントです。死亡診断書(または死体検案書)の発行費用は、債務控除はできませんが、「葬式費用」として相続財産から差し引くことが認められています。
葬式費用は、債務控除とは別の控除項目です。人が亡くなった際にはお葬式など必ず費用がかかるため、その負担を考慮して設けられている制度です。死亡診断書は、火葬や埋葬の許可を得るために必須の書類であり、葬儀の一連の流れに不可欠な費用とみなされるため、葬式費用に含まれるのです。
葬式費用として控除できるもの・できないもの
葬式費用として控除できるものと、間違えやすいけれど控除できないものを知っておきましょう。
葬式費用として控除できる費用 |
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葬式費用として控除できない費用 |
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領収書は必ず保管しましょう
債務控除や葬式費用控除を適用するためには、その支払いを証明する書類が必要です。病院の領収書やお葬式の請求書・領収書は、必ず大切に保管してください。お布施のように領収書が出ない費用については、支払った日付、相手先、金額などをメモに残しておくだけでも、税務署に説明する際の証拠として認められる場合があります。
まとめ
今回は、病院に支払った文書代が債務控除の対象になるかについて解説しました。最後にポイントをまとめます。
- 病院に支払う文書代(入院証明書など)は、相続人が手続きのために支払う費用なので、原則として「債務控除」の対象にはなりません。
- ただし、「死亡診断書」の発行費用は、「葬式費用」として相続財産から控除することが可能です。
- 被相続人が亡くなる前にかかった「未払いの医療費」は、被相続人自身の債務なので「債務控除」の対象になります。
このように、同じ病院に支払う費用でも、その内容によって相続税の計算上の扱いが異なります。どの費用がどの控除に該当するのかを正しく理解し、漏れなく申告することが、適切な相続税申告と節税につながります。ご自身での判断が難しい場合や、他にも控除できる費用がないか不安な場合は、税理士などの専門家に相談することをおすすめします。
参考文献
相続時の病院への支払いは債務控除できる?文書代のよくある質問まとめ
Q.相続が発生した際、病院に支払った文書代は債務控除の対象になりますか?
A.厳密には債務控除ではなく、「葬式費用」として相続財産から控除することができます。死亡診断書や死体検案書の発行費用などがこれに該当します。
Q.「債務控除」と「葬式費用」は何が違うのですか?
A.「債務控除」は、亡くなった方が生前に負っていた借金や未払金などを指します。一方、「葬式費用」は、亡くなった後にかかる葬儀代や火葬料、埋葬料、そして死亡診断書代などが含まれます。文書代は後者に分類されます。
Q.病院に支払った費用なら、すべて控除の対象になりますか?
A.いいえ、すべてが対象になるわけではありません。控除できるのは、死亡診断書代や、亡くなった時点での未払いの入院費・治療費などです。生命保険の請求手続きに使う診断書など、相続に直接関係のない文書代は対象外となります。
Q.文書代を葬式費用として控除するためには、何が必要ですか?
A.病院が発行した領収書が必要です。相続税の申告時に証拠として提出を求められることがあるため、必ず保管しておきましょう。
Q.亡くなった後の入院費の支払いはどうなりますか?
A.亡くなった日までの未払いの入院費や治療費は、被相続人の「債務」として債務控除の対象になります。一方、亡くなった日以降に発生した費用(例:死後処置の費用など)は「葬式費用」に含まれる場合があります。
Q.文書代の領収書をなくしてしまった場合はどうすればよいですか?
A.まずは病院に再発行を依頼できないか確認しましょう。再発行が難しい場合でも、支払いの事実がわかる他の記録(銀行の振込履歴など)があれば、税務署に事情を説明することで認められる可能性もあります。