ご家族の中に障害をお持ちの方がいらっしゃる場合、相続税の負担を大きく軽減できる「障害者控除」という制度があります。「85歳までの年数に年20万円をかけた金額を控除できるって聞いたけど、もしその金額が大きくて使いきれなかったらどうなるの?」「他の家族の相続税も安くなるの?」といった疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか。この記事では、相続税の障害者控除の仕組みと、控除しきれない場合に他の相続人がその恩恵を受けられるのか、具体的な計算例を交えて優しく解説していきます。
相続税の障害者控除とは?
相続税の障害者控除とは、相続人の中に障害のある方がいらっしゃる場合に、その方の相続税額から一定の金額を差し引くことができる制度です。これは、障害のある方の今後の生活や療養にかかる負担を考慮し、税金の面からサポートすることを目的としています。控除額は年齢や障害の程度によって決まり、税額から直接差し引かれるため、節税効果が非常に大きいのが特徴です。
障害者控除の計算方法
障害者控除の金額は、その方が85歳になるまでの年数に応じて計算されます。障害の程度によって「一般障害者」と「特別障害者」の2つの区分があり、それぞれで計算式が異なります。
| 障害者の区分 | 計算式 |
| 一般障害者 | (85歳 - 相続開始時の年齢) × 10万円 |
| 特別障害者 | (85歳 - 相続開始時の年齢) × 20万円 |
※年齢の計算では、1年未満の端数は切り上げて1年として計算します。例えば、50歳3ヶ月の場合は51年ではなく、(85歳-50歳)で計算します。
【計算例】
例えば、相続が発生したときに45歳で特別障害者の方が相続人だった場合、控除額は以下のようになります。
(85歳 - 45歳) × 20万円 = 800万円
この場合、最大で800万円もの金額が、ご自身の相続税額から直接差し引かれることになります。
障害者控除の対象となる障害者の範囲
障害者控除の対象となる「一般障害者」と「特別障害者」は、主に障害者手帳の種類や等級によって判断されます。具体的な範囲は以下の通りです。
| 区分 | 主な該当者 |
| 一般障害者 | ・身体障害者手帳3級~6級の方 ・精神障害者保健福祉手帳2級または3級の方 ・療育手帳(B)など、知的障害者と判定された方(重度以外) |
| 特別障害者 | ・身体障害者手帳1級または2級の方 ・精神障害者保健福祉手帳1級の方 ・療育手帳(A)など、重度の知的障害者と判定された方 ・常に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態にある方 |
上記以外にも、戦傷病者手帳の交付を受けている方や、市区町村から「障害者控除対象者認定書」の交付を受けている要介護認定者なども対象となる場合があります。
障害者控除の適用を受けるための4つの要件
この控除を利用するためには、以下の4つの要件をすべて満たしている必要があります。一つずつ確認していきましょう。
要件①:財産を取得すること
まず大前提として、相続や遺贈(遺言によって財産を受け取ること)によって、実際に財産を取得している必要があります。財産を一切取得していない場合は、そもそも相続税がかからないため、この控除の対象にはなりません。
要件②:法定相続人であること
財産を取得した障害のある方が、亡くなった方の「法定相続人」であることが必要です。法定相続人とは、民法で定められた相続人のことで、通常は配偶者、子、親、兄弟姉妹などが該当します。例えば、法定相続人ではないお孫さんが遺言で財産を受け取った場合、原則として障害者控除は適用できません。(ただし、お孫さんが代襲相続人や養子である場合は法定相続人となり、適用可能です。)
要件③:日本国内に住所があること
相続が開始した日(亡くなった日)において、日本国内に住所があることが要件です。ただし、一時的な海外滞在など、状況によっては適用できるケースもありますので、海外にお住まいの場合は専門家にご相談ください。
要件④:相続開始時に障害者であること
相続が開始した日に、障害者であることが必要です。障害者手帳の交付が相続開始後になった場合でも、医師の診断書などで相続開始時点で障害の状態にあったことが証明できれば、控除の対象となることがあります。
【本題】控除しきれない場合、他の相続人は控除できる?
ここからが今回のテーマの核心です。障害者控除の額がご自身の相続税額よりも大きく、全額を使いきれなかった場合、その余った控除額はどうなるのでしょうか。結論から言うと、はい、他の相続人が引き継いで控除することができます。これは、障害のある方を家族みんなで支えていくという考え方に基づいています。
扶養義務者が引き継げる控除額
控除しきれなかった金額は、その障害のある方の「扶養義務者」にあたる他の相続人の相続税額から差し引くことができます。扶養義務者とは、一般的に以下の方々を指します。
- 配偶者
- 直系血族(父母、祖父母、子、孫など)
- 兄弟姉妹
- 家庭裁判所が特に認めた三親等内の親族
つまり、障害のある相続人のご両親や兄弟姉妹が一緒に相続人になっている場合、その方々の相続税負担を軽くすることができるのです。
計算例で見る控除額の引き継ぎ
具体的な例で見てみましょう。
【設定】
- 相続人:長男Aさん(50歳・特別障害者)、次男Bさん(Aさんの弟・扶養義務者)
- 長男Aさんの相続税額(控除前):300万円
- 次男Bさんの相続税額:1,000万円
【計算ステップ】
- 長男Aさんの障害者控除額を計算する
(85歳 - 50歳) × 20万円 = 700万円 - 長男Aさんの納税額を計算する
相続税額300万円 - 障害者控除額700万円 = 0円
この時点で、Aさんの相続税は0円になります。 - 控除しきれなかった金額を計算する
700万円(控除額)- 300万円(Aさんの税額)= 400万円
400万円分の控除枠が余りました。 - 次男Bさんの納税額を計算する
次男BさんはAさんの扶養義務者なので、この余った400万円を自分の相続税額から差し引くことができます。
相続税額1,000万円 - 400万円(余った控除額)= 600万円
この結果、次男Bさんの相続税は1,000万円から600万円に減額され、兄弟全体で400万円の節税につながりました。このように、控除額を扶養義務者で分け合うことで、家族全体の税負担を大きく軽減できるのです。
障害者控除を適用する際の注意点
非常に有利な制度ですが、いくつか知っておきたい注意点もあります。
障害者控除で税額が0円なら申告は不要?
障害者控除を適用した結果、ご自身の納税額が0円になった場合、原則としてその方については相続税の申告は不要です。ただし、他の相続人に納税額があり、相続税申告書を税務署に提出する必要がある場合は、誰がいくら財産を相続したかを明確にするため、税額が0円になった方も含めて申告書を作成するのが一般的です。申告が必要かどうか迷った場合は、税務署や税理士に確認しましょう。
過去にも障害者控除を使っている場合(相次相続)
10年以内に相次いで相続が発生し(例えば、父の相続の次に母の相続が発生)、前の相続(一次相続)ですでに障害者控除を受けていた場合、今回の相続(二次相続)で使える控除額は、一次相続で使いきれなかった残額が上限となるなど、計算が複雑になります。このようなケースでは、控除額が変わってくる可能性があるため注意が必要です。
障害者控除と他の控除は併用できる?
相続税には様々な控除制度がありますが、障害者控除と他の控除を一緒に使えるのでしょうか。
未成年者控除との併用
もし相続人が18歳未満の障害者である場合、「未成年者控除」と「障害者控除」の両方を適用することができます。これにより、さらに大きな節税効果が期待できます。
配偶者の税額軽減との関係
亡くなった方の配偶者が障害者である場合、「配偶者の税額軽減」という非常に大きな控除(最低でも1億6,000万円まで非課税)が使えるため、多くの場合、配偶者の相続税は0円になります。この場合、配偶者自身は障害者控除を使う必要がありませんが、計算上算出した障害者控除の全額を、扶養義務者である他の相続人(子など)が引き継いで使うことができます。
まとめ
相続税の障害者控除は、障害のある相続人ご本人だけでなく、そのご家族の負担も軽くしてくれる非常に心強い制度です。今回のポイントをもう一度おさらいしましょう。
- 障害者控除は、85歳までの年数 × 10万円(または20万円)で計算される。
- 控除額が本人の相続税額より大きく、控除しきれない場合は、その残額を扶養義務者である他の相続人が使える。
- 適用には「法定相続人であること」など4つの要件を満たす必要がある。
- 他の控除との併用も可能だが、相次相続など注意すべき点もある。
適用要件の確認や控除額の計算は少し複雑に感じるかもしれません。もしご自身での判断に不安がある場合や、最も有利な方法で申告したいとお考えの場合は、相続税に詳しい税理士などの専門家に相談することをおすすめします。大切なご家族のために、使える制度を正しく理解し、賢く活用しましょう。