「将来の相続税が心配…」そう思って生前贈与を考え始める方は多いですよね。でも、「贈与税が高くなってしまうのでは?」という不安もあるのではないでしょうか。実は、相続税対策を成功させる秘訣は、贈与税や所得税も含めた3つの税金のバランスを上手に取ることなんです。どれか一つだけを考えて対策を進めると、かえって損をしてしまうことも。この記事では、それぞれの税金の仕組みを比較しながら、あなたのご家族にとって最適な資産の残し方を見つけるお手伝いをします。
相続税・贈与税・所得税、それぞれの役割と関係性
まずは、相続税対策を考える上での基本となる3つの税金について、それぞれの役割と関係性を優しく解説します。これらはお金や財産が動くタイミングや理由によって、どの税金がかかるかが決まります。
相続税とは?基礎控除と税率の仕組み
相続税は、亡くなった方(被相続人)から財産を受け継いだときにかかる税金です。ただし、財産を受け取った人全員が支払うわけではありません。相続税には大きな基礎控除があり、遺産の総額がこの範囲内であれば、相続税はかからず申告も不要です。
| 基礎控除額の計算式 | 3,000万円 + (600万円 × 法定相続人の数) |
例えば、法定相続人が奥様とお子様2人の合計3人なら、基礎控除額は「3,000万円 + (600万円 × 3人) = 4,800万円」となります。遺産総額が4,800万円以下であれば、相続税はかかりません。基礎控除額を超えた部分に対して、下の表の税率で相続税が課されます。
贈与税とは?暦年課税と相続時精算課税
贈与税は、生きている個人から財産をもらったときにかかる税金です。贈与税の計算方法には、「暦年課税」と「相続時精算課税」という2つの制度があり、どちらかを選ぶことができます。
| 暦年課税 | 1年間に贈与された財産の合計額が110万円までなら贈与税がかからない制度です。毎年コツコツ贈与することで、非課税で財産を移すことができます。 |
| 相続時精算課税 | 原則として60歳以上の父母や祖父母から18歳以上の子や孫へ贈与する場合に選択できる制度です。2,500万円までの贈与が非課税になり、超えた部分には一律20%の税金がかかります。ただし、この制度を使って贈与した財産は、贈与した方が亡くなったときに相続財産に加算して相続税を計算します。 |
特に、令和6年1月1日以降は相続時精算課税制度に年間110万円の基礎控除が新設され、使いやすくなりました。この新しい基礎控除は相続財産に加算されないため、非常に有利な制度となっています。
所得税が関係するケースとは?
所得税は、個人の1年間の儲け(所得)に対してかかる税金です。相続や贈与の場面でも、所得税が関係してくることがあります。例えば、以下のようなケースです。
- 生命保険金を受け取ったとき:保険料を支払っていた人と保険金を受け取った人が同じ場合、その保険金は「一時所得」として所得税の対象になります。
- 相続した不動産を売却したとき:相続した家や土地を売って利益が出た場合、その利益は「譲渡所得」として所得税の対象になります。
このように、相続税対策のつもりが、思わぬ形で所得税がかかることもあるため、全体像を把握しておくことが大切です。
相続税対策としての生前贈与、税金はどうなる?
相続税を減らすための代表的な方法が生前贈与です。元気なうちに財産を少しずつ次の世代へ移すことで、将来の相続財産そのものを減らすことができます。では、相続税と贈与税、どちらの負担が軽くなるのでしょうか。
相続税と贈与税、税率を比較してみよう
相続税と贈与税の税率は、どちらも財産が多くなるほど税率が高くなる「超過累進課税」という仕組みです。税率だけを比べると、同じ金額なら贈与税のほうが相続税よりも高く設定されています。
| 課税価格 | 相続税の税率 | 贈与税の税率(特例) |
| 1,000万円以下 | 10% | 10% |
| 3,000万円以下 | 15% | 15% |
| 5,000万円以下 | 20% | 20% |
| 1億円以下 | 30% | 30% |
(※一部抜粋。税率構造は異なります)
「それなら、相続で財産を渡した方がお得じゃない?」と思うかもしれません。しかし、贈与は毎年110万円の基礎控除を使えたり、複数人に長期間にわたって分けたりできるのが大きな強みです。一度に大きな財産を相続するのではなく、非課税枠を使いながら少しずつ財産を移転することで、結果的にトータルの税負担を大きく減らすことが可能になるのです。
生前贈与加算に注意!ルール改正のポイント
生前贈与を行う上で絶対に知っておきたいのが「生前贈与加算」というルールです。これは、亡くなる直前の駆け込み贈与を防ぐための制度で、亡くなる前の一期間内に行われた贈与は、相続財産に持ち戻して相続税を計算するというものです。
この期間が、税制改正によって変更されました。
- 改正前:亡くなる前3年以内の贈与が対象
- 改正後(2024年1月1日以降の贈与):亡くなる前7年以内の贈与が対象に延長
つまり、相続税対策としての生前贈与は、より早く、計画的に始めることの重要性が増したと言えます。ただし、延長された4年間の贈与については、合計100万円までは加算の対象外となる措置も設けられています。
贈与税の非課税制度をフル活用しよう
贈与税には、特定の目的のために設けられた様々な非課税制度があります。これらを上手に活用すれば、まとまった金額を非課税で贈与することができ、効果的な相続税対策につながります。
暦年贈与:毎年110万円の非課税枠
最も基本的な方法が、暦年課税制度の基礎控除110万円を活用する方法です。例えば、お子様2人とお孫様2人の合計4人に毎年110万円ずつ贈与すれば、1年間で440万円、10年間続ければ4,400万円もの財産を非課税で移すことができます。大切なのは、毎年贈与契約書を作成するなど、贈与の事実を証明できる記録を残しておくことです。
相続時精算課税制度:令和6年からの新ルール
前述の通り、相続時精算課税制度は令和6年から大きく変わりました。従来の2,500万円の特別控除枠に加えて、新たに年間110万円の基礎控除が創設されたのです。この新しい基礎控除の最大のメリットは、暦年贈与とは異なり、生前贈与加算の対象にならないことです。つまり、万が一贈与後7年以内に相続が発生しても、この110万円の枠内で贈与した財産は相続財産に加算されません。まとまった財産の贈与を考えている方にとって、非常に使いやすい制度になりました。
目的別の非課税制度(住宅・教育・結婚)
子や孫のライフイベントに合わせて活用できる、期間限定の大きな非課税制度もあります。
| 住宅取得等資金の贈与 | 子や孫がマイホームを新築・取得・増改築するための資金を贈与する場合、一定の要件を満たす省エネ等住宅であれば最大1,000万円まで非課税になります。(2026年12月31日まで) |
| 教育資金の一括贈与 | 30歳未満の子や孫へ教育資金(入学金や授業料など)を一括で贈与する場合、最大1,500万円まで非課税になります。(2026年3月31日まで) |
| 結婚・子育て資金の一括贈与 | 18歳以上50歳未満の子や孫へ結婚・子育て資金を一括で贈与する場合、最大1,000万円まで非課税になります。(2025年3月31日まで) |
これらの制度は、まとまった資金を一度に渡せる強力な対策ですが、それぞれ細かい要件や手続きが必要なため、利用する際は専門家への相談をおすすめします。
所得税も意識した生命保険の活用術
生命保険は、万が一の保障だけでなく、相続対策としても非常に有効なツールです。ただし、誰が保険料を払い、誰が保険金を受け取るかという「契約形態」によって、かかる税金が相続税・所得税・贈与税の3種類に変わるため、注意が必要です。
契約形態で変わる税金の種類
生命保険の死亡保険金にかかる税金は、以下の表のように決まります。
| 契約者(保険料負担者) | 被保険者 | 受取人 | かかる税金 |
| 夫 | 夫 | 妻・子 | 相続税 |
| 妻 | 夫 | 妻 | 所得税(一時所得) |
| 妻 | 夫 | 子 | 贈与税 |
一般的に、税負担が最も重くなるのは贈与税です。そのため、相続対策で生命保険を活用する場合は、相続税か所得税の対象になるように契約形態を設計するのが基本です。
「相続税」扱いが有利な理由
生命保険金を相続税の対象にすることには、大きなメリットがあります。それは「生命保険の非課税枠」が使えることです。法定相続人が受け取る死亡保険金は、以下の金額まで相続税がかかりません。
| 生命保険の非課税枠の計算式 | 500万円 × 法定相続人の数 |
例えば、法定相続人が3人いれば1,500万円まで非課税になります。これは預金で同じ金額を残すよりも、はるかに有利な相続対策と言えます。また、保険金は受取人固有の財産となるため、遺産分割協議の対象外となり、スムーズに資金を渡せるメリットもあります。
あえて「所得税」扱いにするメリット
では、所得税扱いにするメリットはないのでしょうか?実は、ケースによっては所得税扱いの方が有利になることもあります。契約者と受取人が同じ場合、死亡保険金は「一時所得」として扱われ、税額は以下の式で計算されます。
課税対象額 = (受け取った保険金額 – 支払った保険料の総額 – 特別控除50万円) × 1/2
この計算式からわかるように、受け取った保険金の全額に税金がかかるわけではありません。支払った保険料が多い場合や、他に一時所得がない場合などは、相続税で計算するよりも税負担が軽くなる可能性があります。例えば、相続財産が多くて相続税率が高くなってしまう方が、あらかじめ子に保険料相当額を贈与し、子を契約者兼受取人とする保険に加入するといった応用的な使い方も考えられます。
不動産を使った相続税対策と注意点
現金や預金だけでなく、不動産を活用することも有効な相続税対策の一つです。なぜなら、不動産は現金と評価方法が異なるため、相続税の計算上有利になることが多いからです。
なぜ不動産は相続税対策になるのか?
相続税を計算するときの財産の価値を「相続税評価額」といいます。現金1億円の評価額は当然1億円ですが、不動産の評価額は時価(実際に売買される価格)よりも低く評価されるのが一般的です。
- 土地:国税庁が定める「路線価」(時価の80%程度が目安)で評価されます。
- 建物:市町村が定める「固定資産税評価額」(時価の70%程度が目安)で評価されます。
さらに、その不動産をアパートなど人に貸している「貸家」にすると、自分で自由に使えないという理由から評価額がさらに下がります。これを「貸家建付地」の評価減といい、更地の状態よりも15%~21%程度評価額が下がることがあります。
小規模宅地等の特例
不動産を使った相続税対策の中でも、特に効果が大きいのが「小規模宅地等の特例」です。これは、亡くなった方が住んでいた土地や事業をしていた土地などを相続した場合に、一定の面積までの土地の評価額を最大で80%も減額できるという非常に強力な制度です。例えば、評価額5,000万円の自宅の土地にこの特例が適用できれば、評価額は1,000万円にまで圧縮されます。ただし、適用には相続する人との関係やその後の利用方法など、細かい要件があるため注意が必要です。
所得税・贈与税とのバランス
不動産は相続税対策に有効ですが、やはり贈与税や所得税とのバランスを考える必要があります。例えば、不動産を生前贈与する場合、評価額は相続税と同じ方法で計算しますが、税率の高い贈与税がかかります。また、不動産を売却して現金化すれば、利益に対して譲渡所得税がかかります。どの方法が最も有利かは、資産全体の状況や家族構成によって変わるため、総合的な視点で検討することが重要です。
まとめ
いかがでしたでしょうか。相続税対策は、単に相続税を減らすことだけを考えるのではなく、贈与税や所得税といった他の税金とのバランスを見ながら、総合的に計画することが成功の鍵です。
生前贈与には様々な非課税制度があり、生命保険や不動産も上手に活用することで、大切な財産をより多く、円満に次の世代へ引き継ぐことができます。
今回ご紹介した内容は、あくまで一般的な考え方です。最適な対策は、ご家族の状況や資産内容によって一人ひとり異なります。税制は毎年のように改正されるため、最新の情報を元に、なるべく早いうちから計画を立て始めることが大切です。少しでも不安な点があれば、一度専門家にご相談されることをお勧めします。
参考文献
- No.4155 相続税の税率|国税庁
- No.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)|国税庁
- No.4402 贈与税がかかる場合|国税庁
- No.4405 贈与税がかからない場合|国税庁
- No.4508 直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の非課税|国税庁
- No.4511 直系尊属から結婚・子育て資金の一括贈与を受けた場合の非課税|国税庁
- No.4141 相続財産を公益法人などに寄附したとき|国税庁
相続税対策と贈与税・所得税のバランスに関するよくある質問まとめ
Q.相続税対策で生前贈与をしたいのですが、贈与税が心配です。
A.年間110万円までの暦年贈与は非課税で、申告も不要です。また、教育資金や結婚・子育て資金の一括贈与には非課税の特例制度もあります。これらを計画的に活用することで、贈与税の負担を抑えながら相続財産を減らすことが可能です。
Q.暦年贈与と相続時精算課税制度、どちらを選べばいいですか?
A.毎年少額ずつ非課税で贈与したい場合は「暦年贈与」、将来値上がりしそうな財産を一度に大きく贈与したい場合は「相続時精算課税制度」が適しています。どちらが有利かは財産状況や目的によって異なるため、総合的な判断が必要です。
Q.財産を贈与すると、贈与税のほかに所得税もかかりますか?
A.原則として、個人間の贈与で所得税はかかりません。受け取った側に贈与税がかかります。ただし、不動産を贈与した場合、その不動産の価値によっては贈与した側に「譲渡所得税」がかかるケースがあるため注意が必要です。
Q.生命保険が相続税対策になると聞きましたが、なぜですか?
A.死亡保険金には「500万円 × 法定相続人の数」という非課税枠があるためです。この非課税枠は預貯金にはないため、現金を保険料として支払うことで、非課税で財産をのこすことができます。
Q.相続税対策のつもりが、逆に所得税が高くなることはありますか?
A.はい、あり得ます。例えば、親が昔安く購入した不動産を生前贈与し、子がすぐに売却した場合、親の取得費が引き継がれるため売却益が大きくなり、高額な譲渡所得税がかかることがあります。
Q.相続税対策を始めるのに最適なタイミングはいつですか?
A.思い立った時が最適なタイミングです。特に生前贈与は、相続開始前の一定期間内に行われたものが相続財産に加算されるルールがあるため、できるだけ早く、計画的に始めることが重要になります。