ご家族が亡くなられて相続の手続きを進める中で、「故人が外貨預金を持っていた」というケースは少なくありません。その際、「この外貨預金、相続税の申告ではどうやって計算すればいいの?」と戸惑われる方が多くいらっしゃいます。外貨預金は日本円の預金と違い、相続税の評価額を計算するために「日本円に換算する」という一手間が必要になります。この換算には、いつの、どの為替レートを使うのかというルールがきちんと決められています。もし、このルールを知らずに申告してしまうと、本来よりも高い税金を納めてしまう可能性も。この記事では、相続税申告における外貨預金の換算方法について、基本から注意点まで分かりやすく解説していきますね。
相続税申告における外貨預金の評価の基本
まず、相続税を計算する大前提として、故人が遺した財産はすべて評価し、その合計額を基に税額を計算します。外貨預金ももちろん大切な相続財産の一つです。そのため、相続税の申告書には日本円に換算した金額を記載する必要があります。この作業を「邦貨換算(ほうかかんさん)」といいます。この邦貨換算には、いくつかの大切なポイントがありますので、一つずつ見ていきましょう。
評価の基準日は「相続開始日(被相続人の死亡日)」
外貨預金を日本円に換算するとき、まず重要になるのが「いつの時点のレートで評価するのか」ということです。答えは、「相続開始日」、つまり故人が亡くなられたその日の為替レートです。実際に相続手続きで外貨預金を解約して日本円に換金した日のレートではありませんので、注意が必要ですね。為替レートは日々変動するため、評価する日を統一するルールが定められています。
相続開始日が金融機関の休業日だったら?
では、もし亡くなられた日が土曜日や日曜日、祝日などで金融機関がお休みの日だった場合はどうなるのでしょうか。その場合は、その日よりも前で、最も近い営業日の為替レートを使って評価します。例えば、相続開始日が日曜日だった場合は、その直前の営業日である金曜日の為替レートを用いることになります。
どの為替レートを使うの?3つのレートを理解しよう
次にポイントとなるのが、「どの種類のレートを使うのか」です。金融機関が公表している為替レートには、主に3つの種類があります。それぞれの意味を理解しておくと、換算方法がスムーズに分かりますよ。
| TTS(Telegraphic Transfer Selling Rate) | 顧客が「円を外貨に替える(外貨を買う)」ときに使われるレートです。金融機関から見て外貨を「売る」レートなので、Selling Rateと呼ばれます。 |
| TTM(Telegraphic Transfer Middle Rate) | TTSとTTBの中間の値で、ニュースなどで一般的に「為替レート」として報じられる基準となるレートです。「仲値(なかね)」とも呼ばれます。 |
| TTB(Telegraphic Transfer Buying Rate) | 顧客が「外貨を円に替える(外貨を売る)」ときに使われるレートです。金融機関から見て外貨を「買う」レートなので、Buying Rateと呼ばれます。 |
この3つのレートのうち、相続税の計算でどれを使うのかが非常に重要になります。
外貨預金の評価に使う為替レートは「TTB」
結論から言うと、相続財産である外貨預金を評価する際に使用するのは「TTB(対顧客電信買相場)」です。これは、相続した外貨建ての資産を「もし相続開始日に日本円に換えたらいくらになるか」という考え方で評価するためです。外貨を円に換える(売る)わけですから、TTBが適用されるのですね。
TTB(対顧客電信買相場)とは?
TTBは、先ほどご説明した通り、私たちが金融機関で外貨を日本円に両替するときのレートです。一般的に、基準となるTTMから金融機関の為替手数料が差し引かれた金額になっています。そのため、3つのレートの中では最も円の価値が高く、外貨の価値が低く評価されるレートになります。
具体的な計算例
実際に計算してみましょう。例えば、故人が10,000米ドルを持っていて、相続開始日のTTM(仲値)が1ドル150円、金融機関の為替手数料が1円だったとします。
まず、TTBを計算します。
TTB = TTM(150円)- 為替手数料(1円)= 149円
次に、このTTBを使って相続税評価額を計算します。
相続税評価額 = 10,000米ドル × 149円(TTB)= 1,490,000円
このように、相続税申告書には149万円と記載することになります。
外貨建ての「債務」の場合は?
ちなみに、故人が外貨建ての借入金など「債務(マイナスの財産)」を持っていた場合は、評価方法が逆になります。この場合は、「TTS(対顧客電信売相場)」を使って日本円に換算します。これは、借金を返すためには日本円で外貨を買う必要があるため、TTSが適用されるからです。資産よりも債務の評価額が大きくなるため、結果的に相続税の負担が軽くなるようになっています。
TTBレートはどこの金融機関のものを使えばいい?
TTBレートは金融機関によって少しずつ異なります。では、一体どの金融機関が公表しているレートを使えば良いのでしょうか。ここにもルールがあり、場合によっては有利な選択ができることもあります。
原則は「納税義務者(相続人)の取引金融機関」
外貨預金の評価に使う為替レートは、故人(被相続人)ではなく、原則として「納税義務者(財産を相続する人)」が取引している金融機関のレートを使います。例えば、故人がA銀行に外貨預金を持っていても、それを相続する長男がB銀行をメインバンクとして使っているなら、B銀行のTTBレートで評価することができるのです。
相続人が複数の金融機関と取引している場合
もし相続人が複数の金融機関(A銀行、B証券、C信用金庫など)と取引している場合は、さらに有利な選択が可能です。その場合、取引している金融機関の中から、任意の金融機関のレートを選ぶことができます。
為替手数料は金融機関によって異なるため、TTBのレートも変わってきます。手数料が高い金融機関ほどTTBは低くなり、結果として相続財産の評価額を低く抑えることができます。これは合法的な節税テクニックの一つです。
| 金融機関 | TTBレート |
| A銀行(手数料1円)のTTB | 149円 |
| B証券(手数料50銭)のTTB | 149.5円 |
この場合、A銀行のTTB(149円)を選んで申告した方が、評価額を低くすることができますね。
TTBレートの確認方法
相続開始日時点のTTBレートを確認するには、いくつかの方法があります。一番確実なのは、金融機関に「残高証明書」を発行してもらう際に、相続開始日のTTBレートも記載してもらうようお願いすることです。もし記載が難しい場合でも、窓口や電話で問い合わせれば教えてもらえます。また、主要な金融機関のウェブサイトでは、過去の為替レートのデータを公表していることもありますので、そちらで確認することも可能です。
外貨建て資産を相続するときの注意点
外貨預金を相続する際には、相続税評価額の計算以外にもいくつか知っておきたい注意点があります。
為替レートの変動リスク
相続税の評価額は、故人が亡くなった日のレートで確定します。しかし、実際にその外貨預金を日本円に換金するのは、相続手続きが終わった後になります。その間に為替レートが変動(円高が進むなど)すると、評価額よりも実際に手にする日本円が少なくなってしまう「為替差損」が発生するリスクがあります。逆に円安が進めば利益(為替差益)が生まれる可能性もありますが、この変動リスクは常に念頭に置いておきましょう。
日本円に換金したときの利益には所得税がかかる?
もし相続した外貨を円に換金した際、相続開始日時点のレートよりも円安になっていて利益(為替差益)が出た場合、その利益は「雑所得」として所得税の課税対象となります。例えば、相続時の評価額が1ドル150円で、換金時に1ドル160円になっていれば、1ドルあたり10円の利益が出たことになります。この利益が年間20万円を超える場合などは、確定申告が必要になることがありますので覚えておきましょう。
外貨建て生命保険の取り扱い
外貨建ての生命保険金も、基本的には外貨預金と同じように相続開始日のTTBで評価します。ただし、保険商品によっては、保険会社が円換算して保険金を支払う「円換算支払特約」などが付いている場合があります。その場合は、保険会社から提示される円貨額が評価額となり、自分で計算する必要はありません。
相続税申告書への記載方法
計算した外貨預金の評価額は、相続税申告書に正しく記載する必要があります。ここでは、記載のポイントを簡単にご紹介します。
第11表「相続税がかかる財産の明細書」に記入
外貨預金の情報は、相続税申告書の第11表「相続税がかかる財産の明細書」に記入します。日本円の預金と同じ欄に記入しますが、外貨の場合は「数量」と「単価」の欄も使うのが特徴です。
記載例
以下のように、外貨の金額と換算レートを分けて記載し、最終的な評価額を記入します。
| 項目 | 記載内容の例 |
| 種類 | 現金預貯金等 |
| 細目 | 外貨預金 |
| 利用区分、銘柄等 | 普通預金(米ドル) |
| 所在場所等 | 〇〇銀行 △△支店 |
| 数量 | 10,000.00 |
| 単価 | 149.00 |
| 価額 | 1,490,000 |
まとめ
今回は、相続税申告における外貨預金の換算方法について解説しました。少し複雑に感じたかもしれませんが、ポイントを押さえれば大丈夫です。最後に、大切な点をまとめておきますね。
- 外貨預金の評価は、相続開始日(死亡日)のレートで行う。
- 評価に使う為替レートは、資産の場合は「TTB」、債務の場合は「TTS」。
- TTBレートは、原則として「相続人」の取引金融機関のものを使用する。
- 相続人が複数の金融機関を利用している場合、最も評価額が低くなる有利なレートを選択できる。
- 為替レートの選択一つで納税額が変わることもあるため、慎重な確認が必要。
外貨建ての資産は預金だけでなく、株式や保険、不動産など多岐にわたります。もし評価方法に少しでも不安がある場合や、相続財産が複雑な場合は、相続に詳しい税理士などの専門家に相談することをおすすめします。正しい申告で、安心して手続きを進めていきましょう。
参考文献
国税庁 タックスアンサー No.4665 外貨(現金)の邦貨換算
相続税申告の外貨預金換算に関するよくある質問まとめ
Q.相続税申告で外貨預金を評価する際、いつの為替レートを使いますか?
A.原則として、被相続人が亡くなった日(相続開始日)の「最終為替レート」を使用します。
Q.為替レートのTTB、TTS、TTMのうち、どれを使えばよいですか?
A.原則として、被相続人が取引していた金融機関が公表する「TTB(対顧客電信買相場)」を使用します。これは金融機関が外貨を買い取るときのレートです。
Q.相続開始日が土日や祝日で、為替レートがない場合はどうすればよいですか?
A.相続開始日に為替レートの公表がない場合は、その日に最も近い過去の日(通常は前営業日)の為替レートを使用します。
Q.複数の金融機関に外貨預金がある場合、レートはどれを使いますか?
A.原則として、それぞれの外貨預金を預けていた金融機関が公表する相続開始日のTTBレートを使って、個別に円換算します。
Q.外貨預金の未受取利息(既経過利息)も相続財産になりますか?
A.はい、相続開始日までに発生していた未受取利息(既経過利息)も相続財産に含まれます。元本と同様に相続開始日のTTBレートで円換算して申告する必要があります。
Q.相続後に円安や円高になりました。相続税の評価額は変わりますか?
A.いいえ、変わりません。相続税の財産評価は、あくまで相続開始日の為替レートで計算されます。その後の為替変動は評価額に影響しません。