相続税の申告が無事に終わって一安心…と思いきや、「相続したあの債権や債務、自分の確定申告でも何かしないといけないの?」と新たな疑問が浮かんでくる方もいらっしゃるかもしれませんね。実は、相続した財産の種類によっては、相続人ご自身の確定申告が必要になるケースがあるんです。この記事では、相続税申告で扱った債権・債務について、相続人が確定申告で対応すべきケースを分かりやすく解説していきます。
相続税申告と確定申告の基本的な関係
まず、相続税と所得税(確定申告)は、全く別の税金だということを理解しておきましょう。相続税は、亡くなった方(被相続人)から財産を受け継いだことに対してかかる税金です。一方、所得税は、個人の1年間(1月1日から12月31日まで)の所得に対してかかる税金です。そのため、相続税申告で債権や債務を計上したからといって、必ずしも相続人の確定申告が必要になるわけではありません。確定申告が必要になるのは、相続した財産がその後、所得を生み出した場合です。
相続税の「債務控除」とは?
相続税の計算では、亡くなった方が残した預貯金や不動産といったプラスの財産から、借入金や未払金などのマイナスの財産を差し引くことができます。これを「債務控除」といいます。債務控除の対象になるのは、亡くなった時点で存在が確定している債務です。例えば、亡くなった方の銀行からの借入金や、未払いの医療費、税金などがこれにあたります。これらを相続人が肩代わりして支払ったとしても、その支払い自体が相続人の所得に影響を与えるわけではないので、通常は確定申告の必要はありません。
確定申告が必要になるのは「所得」が発生したとき
重要なポイントは、相続した財産によって相続人自身に「所得」が発生したかどうかです。例えば、亡くなった方の借金を相続して、ただ返済しただけでは所得は発生しません。しかし、亡くなった方が誰かにお金を貸していて、その貸付金(債権)を相続し、返済時に利息も一緒に受け取ったような場合は、その利息部分が相続人の「所得」となり、確定申告が必要になる可能性があるのです。
相続した「債権」で確定申告が必要なケース
亡くなった方が持っていた「債権」(誰かからお金などを受け取る権利)を相続した場合、その後の状況によって確定申告が必要になることがあります。具体的にどのようなケースがあるのか見ていきましょう。
貸付金の利息を受け取った場合
亡くなった方が知人や会社にお金を貸していて、その貸付金を相続するケースです。相続後に、貸付金の返済として元本と利息を受け取った場合、受け取った利息は「雑所得」として確定申告が必要です。元本の返済部分は所得にはなりませんが、利息部分は相続人の新たな所得とみなされるためです。
| 項目 | 確定申告の要否 |
|---|---|
| 受け取った元本部分 | 不要 |
| 受け取った利息部分 | 必要(雑所得) |
未収の給与や報酬を受け取った場合
亡くなった方に支払われるはずだった給与や、事業上の報酬が未払いのままになっていることがあります。この未収金は相続財産として相続税の申告対象になります。そして、相続人がこの未収金を受け取った場合、それは亡くなった方の所得ではなく、受け取った相続人自身の所得として扱われます。亡くなった方が会社員だった場合の未収給与なら「給与所得」、個人事業主だった場合の未収報酬なら「事業所得」または「雑所得」として、確定申告を行う必要があります。
賃貸不動産の未収家賃を受け取った場合
亡くなった方が賃貸アパートや駐車場を経営していた場合、亡くなった日までに発生していた家賃で、まだ受け取っていないもの(未収家賃)があるかもしれません。この未収家賃も相続財産です。相続人がこの未収家賃を受け取った場合、その金額は相続人の「不動産所得」として確定申告が必要になります。これは、相続後に発生する家賃収入とは別に、亡くなった時点で発生していた家賃を相続人が受け取った場合も同様の扱いです。
相続した「債務」で確定申告が必要なケースは?
次に、亡くなった方の「債務」(借金など)を相続した場合についてです。基本的には、債務を相続して返済するだけであれば、相続人の確定申告は不要です。しかし、一部、注意が必要な特殊なケースも存在します。
原則として債務の返済だけでは確定申告は不要
亡くなった方の銀行ローンや未払いの公共料金などを、相続人が代わりに支払うことはよくあります。これは、相続したマイナスの財産を精算している行為であり、相続人自身の所得が増えたり減ったりするわけではありません。相続税の申告で適切に債務控除を行っていれば、税務上の手続きは基本的に完了していますので、所得税の確定申告は必要ありません。
【注意】代物弁済でご自身の資産を渡した場合
少し複雑ですが、相続した債務を返済するために、相続人がお金の代わりに自分の不動産などを渡して返済(これを代物弁済といいます)した場合、注意が必要です。この場合、税務上はその資産を時価で売却(譲渡)したとみなされ、譲渡所得が発生することがあります。例えば、相続した1,000万円の借金の返済のために、ご自身が昔600万円で購入した土地(時価1,000万円)を渡した場合、差額の400万円(1,000万円 – 600万円)が譲渡所得となり、所得税の課税対象になる可能性があります。この場合は、相続人が確定申告(譲渡所得の申告)を行う必要があります。
「準確定申告」との違いを理解しよう
相続に関連する確定申告には「準確定申告」という手続きもあります。これは、この記事のテーマである「相続人の確定申告」とは目的も時期も異なる手続きですので、混同しないようにしましょう。
準確定申告は「亡くなった方」の所得税申告
準確定申告とは、亡くなった方のその年の1月1日から亡くなった日までの所得について、相続人が代わりに行う確定申告のことです。例えば、亡くなった方が個人事業主だったり、年間の公的年金等の収入金額が400万円を超えていたりした場合に必要となります。申告と納税の義務は相続人にありますが、あくまで亡くなった方の所得税を計算・納付するための手続きです。期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から4ヶ月以内です。
相続人の確定申告は「相続人自身」の所得税申告
一方で、この記事で解説している確定申告は、相続人が相続した財産によって新たに得た所得について行う、相続人ご自身の確定申告です。準確定申告とは異なり、申告期限は所得が発生した年の翌年2月16日から3月15日までの、通常の確定申告期間となります。この2つは全くの別物だと覚えておきましょう。
相続人の確定申告における注意点
相続した債権・債務に関連して確定申告を行う際に、いくつか注意しておきたいポイントをまとめました。
所得の種類を正しく判断する
相続によって得た所得が、どの所得区分(給与所得、不動産所得、雑所得、譲渡所得など)に該当するのかを正しく判断することが大切です。所得の種類によって所得金額の計算方法や適用できる控除が異なるため、間違えてしまうと納税額に大きく影響してしまいます。もし判断に迷うような場合は、税務署や税理士に相談することをおすすめします。
相続税と所得税の二重課税について
「相続税の対象になった財産から所得が生まれたら、税金が二重にかかるのでは?」と心配になるかもしれませんね。例えば、未収の報酬を相続した場合、その報酬は相続税の課税対象であり、かつ、受け取った相続人の所得税の課税対象にもなります。税法上は、相続という財産の移転と、その財産から所得が生まれることは別の事象と捉えるため、原則として二重課税にはあたらないとされています。ただし、相続した資産を売却して譲渡所得が出た場合には、支払った相続税の一部を取得費に加算できる「取得費加算の特例」という制度があり、税負担が調整される仕組みも用意されています。
まとめ
相続税の申告で計上した債権や債務について、相続人の確定申告が必要になるかどうかは、「その財産を相続したことで、相続人自身に新たな所得が発生したか」という点が大きな判断基準になります。
- 貸付金の利息や未収の報酬・家賃を受け取った場合は、確定申告が必要です。
- 亡くなった方の借金をただ返済しただけでは、確定申告は原則不要です。
- 代物弁済のように、ご自身の資産で債務を返済した場合は、譲渡所得の申告が必要になることがあります。
- 亡くなった方の準確定申告と、相続人自身の確定申告は全く別の手続きです。
相続後の税務手続きは、判断が難しい場面も多くあります。ご自身のケースで確定申告が必要かどうか迷ったら、一人で悩まずに税務署や税理士などの専門家に相談してみましょう。
参考文献
相続した債権・債務と確定申告のよくある質問まとめ
Q.相続税で申告した「未収利息」は、相続人の確定申告で何かする必要がありますか?
A.はい、必要です。相続人がその利息を受け取った年に、自身の所得として確定申告(利子所得または雑所得)をする必要があります。被相続人が亡くなった日までの利息は、相続財産として相続税の対象になります。
Q.故人の貸付金を相続しました。この貸付金自体は確定申告が必要ですか?
A.貸付金の元本自体は所得ではないため、相続人が確定申告をする必要はありません。ただし、相続後にその貸付金から発生する利息を受け取った場合は、その利息収入を自身の所得として確定申告する必要があります。
Q.相続税の申告で「債務控除」として計上した未払いの医療費は、相続人の確定申告で何かできますか?
A.相続人が被相続人の未払いの医療費を支払った場合、その金額は相続人の医療費控除の対象になります。被相続人と生計を一つにしていた場合などが条件となります。
Q.故人の借金を相続しました。相続税では債務として計上しましたが、確定申告でも何か控除できますか?
A.借金の元本返済は、相続人の確定申告において所得控除の対象にはなりません。ただし、相続後に支払った借金の利息部分については、その借金が事業用のものであれば、事業所得の必要経費にできる場合があります。
Q.準確定申告と相続税申告で、債務の扱いはどう違いますか?
A.準確定申告では、被相続人が亡くなった日までに支払いが確定している費用(所得税や固定資産税など)が控除の対象です。一方、相続税申告では、亡くなった時点で確定している全ての債務(借入金や未払金など)が債務控除の対象となり、範囲がより広くなります。
Q.相続した債権(例:売掛金)を回収しました。確定申告は必要ですか?
A.はい、必要になる場合があります。相続財産として評価された金額を超える額を回収した場合、その超えた部分が所得となり確定申告が必要です。また、その債権が事業に関するものであれば、相続人が事業を引き継いだ場合、事業所得として申告します。