税理士法人プライムパートナーズ

立て替えた入院費用は相続税の債務控除になる?相続発生前の支払いを解説

2025-08-02
目次

ご家族が入院された際、入院費用を代わりに支払うことはよくありますよね。もし、そのご家族が亡くなってしまった場合、立て替えたお金は相続税の計算でどのように扱われるのでしょうか。「相続発生前に支払ってしまったから、もう控除はできないのでは?」と不安に思う方もいらっしゃるかもしれません。ご安心ください。相続人が立て替えた入院費用は、一定の要件を満たせば相続税の申告で債務控除ができます。この記事では、相続発生前に入院費用を立て替えた場合の相続税申告上の取り扱いについて、わかりやすく解説していきます。

結論:相続発生前に立て替えた入院費用は債務控除の対象です

まず結論からお伝えしますと、相続人が被相続人(亡くなった方)の入院費用を相続発生前(亡くなる前)に立て替えて支払った場合、その立て替えた金額は相続税の債務控除の対象になります。「支払いが終わっているのに債務?」と不思議に思うかもしれませんが、税法上の考え方のポイントは「誰が誰に対してお金を返す義務を負っていたか」という点にあります。この仕組みを理解することで、正しく相続税の負担を軽減することができますので、詳しく見ていきましょう。

なぜ債務控除の対象になるの?

相続税法における債務控除の対象は、「相続開始の時に現に存する被相続人の債務で確実と認められるもの」と定められています。相続人が入院費用を立て替えたことで、病院に対する支払義務はなくなりました。しかし、その代わりに被相続人には「立て替えてくれた相続人にお金を返す」という新たな債務が発生したことになります。この「相続人に対する債務」が、相続が開始した時点(亡くなった時点)で存在していたとみなされるため、債務控除の対象となるのです。つまり、債権者が病院から相続人に変わっただけで、被相続人の債務は残っていた、と考えるわけですね。

債務控除とは?

そもそも債務控除とは、相続税を計算する際に、亡くなった方が残したプラスの財産(預貯金や不動産など)の合計額から、マイナスの財産(借金や未払金など)を差し引くことができる制度です。債務控除を適用することで、課税対象となる遺産の総額が減り、結果として相続税の負担を軽減することができます。被相続人が本来支払うべきだった費用を相続財産から差し引ける、とても大切な制度なんです。

債務控除の対象となる費用・ならない費用

入院費用以外にも、債務控除の対象になるもの、ならないものがあります。これらはすべて「被相続人が亡くなった時点で支払義務が確定している債務」であることが原則です。ここで一度、どのようなものが対象になるのか整理しておきましょう。

債務控除の対象になる費用の具体例

以下の表にあるような費用が、債務控除の対象となる代表的なものです。被相続人が支払うべきだった費用が残っていないか、しっかり確認しましょう。

費用の種類 具体例
借入金 金融機関からのローン、消費者金融からの借入れ、個人からの借金など
未払いの税金(公租公課) 住民税、固定資産税、自動車税、準確定申告にかかる所得税など
未払いの公共料金など 水道光熱費、電話代、NHK受信料など
未払いの医療費 亡くなった後に支払った入院費や治療費、介護サービス費など
その他の未払金 クレジットカードの未払金、事業上の買掛金、家賃の未払い分など

債務控除の対象にならない費用の具体例

一方で、相続に関連する費用でも、債務控除の対象にはならないものもあります。間違えやすいものをまとめましたので、注意してください。

費用の種類 具体例
非課税財産に関する債務 お墓や仏壇、仏具の購入にかかる未払金
相続人のための費用 遺産分割協議で依頼した弁護士費用、相続税申告にかかる税理士報酬
葬式費用の一部 香典返しの費用、初七日や四十九日などの法事の費用
その他 遺言執行費用、団体信用生命保険で完済された住宅ローンなど

立て替えた入院費用を債務控除するための注意点

立て替えた入院費用を債務控除として税務署に認めてもらうためには、いくつか重要な注意点があります。申告時に慌てないように、事前に準備しておきましょう。

立て替えた事実を証明する証拠を残す

最も重要なのが、「相続人が立て替えて支払った」という事実を客観的に証明することです。口頭での説明だけでは認められません。税務署に事実関係を明確に伝えるために、以下のような書類を必ず保管しておきましょう。

  • 病院が発行した請求書や領収書(宛名が被相続人になっているもの)
  • 実際に支払ったことがわかる振込明細やクレジットカードの利用明細(支払人が相続人になっているもの)

これらの書類が揃っていることで、「被相続人に支払い義務があった費用を、相続人が代わりに支払った」という一連の流れを証明できます。これらの証拠がないと、単なる親子間の贈与とみなされ、債務控除が認められない可能性もあるため、非常に重要です。

被相続人の財産から支払った場合は対象外

次に注意したいのが、支払いの原資(もとになったお金)です。もし、被相続人本人から預かっていた預金通帳や現金を使って入院費用を支払った場合は、「立て替え」にはなりません。これは、単に被相続人の財産が形を変えて支払いに充てられただけだからです。あくまで相続人自身の固有の財産から支払った場合にのみ、被相続人に対する債務(=債務控除の対象)が発生します。この違いをしっかり区別しておきましょう。

支払ったタイミングによる違いの整理

入院費用の支払いが「相続発生前」か「相続発生後」かで、会計上の考え方は少し異なりますが、どちらのケースも最終的には債務控除の対象となることが多いです。それぞれのケースを整理してみましょう。

相続発生前に相続人が立て替えた場合(今回のケース)

今回ご質問いただいたケースです。この場合、相続開始時点では、被相続人に「相続人に対する未払金」という債務が残っている状態になります。この未払金を債務控除として相続財産から差し引きます。ちなみに、立て替えた相続人側から見れば、被相続人に対して「貸付金」という債権(プラスの財産)があることになりますが、相続によって債権者と債務者が同一人物になるため、この債権は消滅します(民法上、これを混同といいます)。そのため、相続財産として計上する必要はありません。

相続発生後に相続人が支払った場合

亡くなった後に入院費用の請求書が届き、それを相続人が支払うケースです。この場合、相続発生時点では被相続人に「病院に対する未払医療費」という債務が存在しています。この未払医療費を債務控除として相続財産から差し引きます。こちらのケースの方が、債務の内容が明確で分かりやすいかもしれませんね。

よくある質問(Q&A)

最後に入院費用の立て替えに関して、実務上よくいただくご質問にお答えします。

Q. 領収書をなくしてしまいました。どうすればいいですか?

A. 領収書は非常に重要な証拠ですが、もし紛失してしまった場合でも諦めないでください。まずは病院に再発行を依頼できないか確認してみましょう。再発行が難しい場合でも、支払いを証明できるクレジットカードの利用明細や銀行の振込記録があれば、証拠として認められる可能性があります。支払いの事実が客観的にわかる資料を探してみてください。

Q. 高額療養費の還付金がある場合はどうなりますか?

A. とても良いご質問です。亡くなった後に健康保険組合などから高額療養費の還付金が戻ってくることがあります。この還付金は、被相続人の相続財産としてプラスの財産に計上する必要があります。よくある間違いが、債務控除する入院費用の総額からこの還付金を差し引いてしまうケースです。正しくは、入院費用は支払った全額を債務控除し、還付金は「未収入金」としてプラスの財産に加える、という会計処理になりますのでご注意ください。

まとめ

相続人が相続発生前に被相続人の入院費用を自身の財産から立て替えて支払った場合、その立て替え金は相続税の債務控除の対象となります。ポイントは、被相続人に「相続人に対する債務」が残っていると考える点です。債務控除を確実に適用するためには、「相続人が自身の財産から立て替えた」ことを証明する領収書や振込明細などの客観的な証拠が何よりも大切です。相続税の申告は専門的な知識が必要となる場面も多いため、もし少しでも不安な点があれば、税理士などの専門家に相談することをおすすめします。大切なご家族が残してくれた財産を正しく申告し、スムーズな相続手続きを進めましょう。

参考文献

国税庁 No.4126 相続財産から控除できる債務

相続税の債務控除と入院費の立て替えに関するよくある質問

Q.相続開始前に入院していた親の入院費を私が立て替えて支払いました。この立て替え分は、親の相続税申告で債務控除できますか?

A.はい、債務控除の対象となります。被相続人が本来支払うべき費用を相続人が立て替えた場合でも、その金額は被相続人が負っていた債務(未払金)として扱われるため、相続財産から控除できます。

Q.立て替えた入院費用が債務控除の対象になるのはなぜですか?

A.相続発生時点(亡くなった時点)で、被相続人には病院に対する「入院費の未払債務」があったとみなされるためです。相続人がそれを立て替えたという事実は関係なく、被相続人の債務として存在したことが控除の根拠となります。

Q.立て替えた入院費を債務控除するために、何か証明する書類は必要ですか?

A.はい、必要です。病院が発行した請求書や領収書など、入院費用が被相続人のために発生した債務であること、そしてその金額を客観的に証明できる書類を保管し、申告時に添付または提示できるようにしておきましょう。

Q.相続発生後に支払った入院費用も債務控除できますか?

A.はい、できます。支払ったタイミングが相続発生後であっても、その費用の発生原因が相続開始前であれば、被相続人の債務として控除の対象になります。

Q.立て替えた入院費用は、相続税の債務控除と、私の所得税の医療費控除の両方で使えますか?

A.いいえ、両方で使うことはできません。相続税の申告で債務控除した医療費は、その費用を支払った相続人の所得税の医療費控除の対象外となります。どちらか一方を選択する必要があります。

Q.立て替えた入院費用のほかに、債務控除できるものはありますか?

A.はい、被相続人が亡くなった時点で未払いだった税金(固定資産税や住民税など)、公共料金、クレジットカードの未払金、借入金なども債務控除の対象となります。

事務所概要
社名
税理士法人プライムパートナーズ
住所
〒107-0052
東京都港区赤坂5丁目2−33
IsaI AkasakA 17階
電話番号
対応責任者
税理士 島本 雅史

本記事は正確な情報提供を心掛けておりますが、執筆時点の情報に基づいているため、法改正や人的ミス、個別のケースにより適用が異なる可能性があります。最新の情報や具体的なご相談については、お気軽に弊法人の税理士までお問い合わせください。