「将来のために、子どもや孫に財産を生前贈与したい」とお考えの方は多いですよね。その際に利用されるのが「暦年贈与」や「相続時精算課税」という制度です。もしこれらの制度を使って贈与税を納めた場合、将来ご自身に相続が発生したとき、その支払った贈与税が相続税にどう影響するのか、気になりませんか?実は、納めた贈与税は、一定の条件のもとで将来の相続税額から差し引くことができるんです。この仕組みを「贈与税額控除」といいます。この記事では、暦年贈与と相続時精算課税、それぞれのケースで納付した贈与税が相続税にどう影響するのか、図や表を使いながら分かりやすく解説していきますね。
【結論】納めた贈与税は相続税額から控除できる場合があります
結論からお伝えすると、暦年贈与や相続時精算課税の申告で納めた贈与税は、将来の相続税の納税額に影響します。具体的には、相続が発生した際に、過去の贈与が相続財産に加算される場合、その贈与に対して支払った贈与税額を、計算された相続税額から差し引くことができるのです。これは、同じ財産に対して贈与税と相続税が二重にかかってしまうのを防ぐための大切なルールです。ただし、どちらの贈与制度を選んだかによって、相続財産に加算される贈与の範囲や、控除の仕組みが大きく異なります。それぞれの制度について、詳しく見ていきましょう。
暦年贈与で納めた贈与税の相続税への影響
まずは、多くの方が利用されている「暦年贈与」から見ていきましょう。暦年贈与は、1年間(1月1日~12月31日)に贈与された財産の合計額が110万円以下であれば贈与税がかからない、という制度です。もし110万円を超えて贈与税を支払った場合、その税金は将来の相続税とどう関わってくるのでしょうか。
相続財産に加算される「生前贈与加算」とは?
暦年贈与で注意したいのが、「生前贈与加算」というルールです。これは、亡くなる直前に駆け込みで贈与をして相続税を不当に減らすことを防ぐためのもので、相続が開始する前7年以内に行われた贈与は、相続財産に持ち戻して(加えて)相続税を計算するという決まりです。
このルールは、令和5年度の税制改正によって、持ち戻し期間が「死亡前3年」から「死亡前7年」に延長されました(2024年1月1日以降の贈与が対象です)。
ただし、延長された4年間(相続開始前3年超7年以内の期間)の贈与については、合計100万円までは加算の対象外となる特例があります。
持ち戻しの対象となる期間 | 相続開始日(亡くなった日)から遡って7年以内 |
対象となる人 | 相続や遺贈によって財産を受け取った人(相続人など) |
暦年贈与の「贈与税額控除」の仕組み
もし、生前贈与加算の対象となった贈与について、すでに贈与税を納めていた場合はどうなるのでしょうか?ご安心ください。その納めた贈与税は、相続税を計算する際に「贈与税額控除」として差し引くことができます。
例えば、相続開始前5年に300万円の贈与を受け、贈与税を19万円納めていたとします。この300万円は生前贈与加算として相続財産に加えられますが、計算された相続税の額から、すでに納めた贈与税19万円を差し引くことができるのです。これにより、贈与税と相続税の二重払いを防ぐことができます。
生前贈与加算の対象にならないケース
一方で、次のようなケースでは、暦年贈与で贈与税を納めていても、相続税には影響しません。
- 相続開始前7年より前に行われた贈与
- 相続人や遺贈で財産を受け取る人「以外」への贈与
特に重要なのが後者です。例えば、お孫さんが相続人でない場合(お子さんがご健在の場合など)、そのお孫さんへの贈与は、たとえ亡くなる直前であっても生前贈与加算の対象にはなりません。この場合、贈与は贈与として完結するため、支払った贈与税が相続税から控除されることもありません。
相続時精算課税で納めた贈与税の相続税への影響
次に、「相続時精算課税」制度についてです。この制度は、原則として60歳以上の父母や祖父母から、18歳以上の子や孫へ贈与する際に選択できる制度です。累計2,500万円までの贈与が非課税(特別控除)となり、それを超えた分には一律20%の贈与税がかかります。また、2024年1月1日からは、この特別控除とは別に年間110万円の基礎控除も新設され、より使いやすくなりました。
相続時にすべての贈与財産が加算される
相続時精算課税制度の最大の特徴は、その名の通り「相続時に精算する」という点です。この制度を選択した場合、贈与者が亡くなった際には、制度を利用して贈与した財産の価額(年110万円の基礎控除分を除く)が、すべて相続財産に加算されます。これは暦年贈与のように「7年以内」といった期間の定めはなく、制度を選択してからの贈与はすべて対象となります。加算する際の財産の価額は、相続時ではなく「贈与時の価額」で計算されるのもポイントです。
相続時精算課税の「贈与税額控除」と「還付」の仕組み
では、2,500万円の特別控除を超えて贈与税を納めていた場合はどうなるのでしょうか。この場合も、もちろん贈与税額控除が適用されます。納めた贈与税の全額を、計算された相続税額から差し引くことができます。
さらに、相続時精算課税制度には、暦年贈与にはない大きなメリットがあります。それは、納めた贈与税額が相続税額を上回る場合に、その差額が還付される(お金が戻ってくる)という点です。
例えば、生前に贈与税を50万円納めていたとします。相続が発生し、相続税を計算したところ、納税額が30万円だった場合、納めた贈与税50万円から相続税30万円を差し引き、差額の20万円が税務署から還付されるのです。もし相続税が0円だった場合は、納めた贈与税50万円がまるまる還付されます。これは、贈与税を「相続税の前払い」と位置づけているこの制度ならではの仕組みです。
【比較表】暦年贈与と相続時精算課税の贈与税額控除の違い
ここまでの内容を、2つの制度で比較してみましょう。特に「還付」があるかないかは大きな違いですね。
暦年贈与の場合
相続財産への加算対象 | 相続開始前7年以内に、相続人や受遺者が受けた贈与 |
控除される贈与税額 | 加算された贈与財産に対応する贈与税額のみ |
還付の有無 | なし(控除額は、算出された相続税額が上限です) |
相続時精算課税の場合
相続財産への加算対象 | 制度選択後のすべての贈与財産(年110万円の基礎控除分を除く) |
控除される贈与税額 | 納付した贈与税の全額 |
還付の有無 | あり(算出した相続税額を超えた分は返金されます) |
贈与税額控除を受けるための注意点
この贈与税額控除という便利な制度ですが、適用を受けるためにはいくつか注意点があります。うっかり忘れてしまうと損をしてしまう可能性もあるので、しっかり確認しておきましょう。
贈与税の申告・納税を忘れずに
大前提として、贈与税額控除は、贈与税が正しく申告・納税されている場合にのみ適用されます。贈与税の申告が必要なのに申告をしていなかったり、納税を忘れていたりすると、控除が受けられないだけでなく、ペナルティが課される可能性もあります。基礎控除額を超える贈与を受けた場合は、必ず期限内(贈与を受けた翌年の2月1日から3月15日まで)に申告と納税を済ませましょう。
相続税の申告が必要
贈与税額控除は、相続税の申告手続きの中で行います。したがって、控除を受けるためには相続税の申告が必須です。特に相続時精算課税制度を利用している場合、相続財産が基礎控除以下で相続税が0円になるケースでも、納めた贈与税の還付を受けるためには相続税の申告をしなければなりません。申告をしないと還付金は受け取れませんので、くれぐれもご注意ください。
まとめ
今回は、暦年贈与や相続時精算課税で納めた贈与税が、将来の相続税にどう影響するのかについて解説しました。
- 納めた贈与税は、一定の条件を満たせば「贈与税額控除」として相続税から差し引ける。
- 暦年贈与の場合、相続開始前7年以内の贈与が相続財産に加算され、その贈与に対応する贈与税が控除される(還付はなし)。
- 相続時精算課税の場合、選択後の贈与がすべて相続財産に加算され、納めた贈与税の全額が控除される。相続税額を上回る場合は還付も受けられる。
- どちらの制度でも、控除を受けるためには贈与税と相続税の両方の申告が正しく行われている必要がある。
生前贈与は有効な相続対策の一つですが、どの制度を選ぶかによって将来の税金の計算が大きく変わってきます。ご自身の財産状況やご家族の構成などを踏まえ、最適な方法を選択することが大切です。もし判断に迷われたり、手続きに不安を感じたりした場合は、一度、相続に詳しい税理士などの専門家にご相談されることをおすすめします。
参考文献
暦年贈与と相続時精算課税のよくある質問まとめ
Q. 過去に納付した贈与税は、相続税から差し引かれますか?
A. はい、一定の条件のもと、「贈与税額控除」という制度を使って相続税額から差し引くことができます。これにより、同じ財産に対して贈与税と相続税が二重にかかることを防ぎます。
Q. 相続時精算課税制度で納めた贈与税はどうなりますか?
A. 相続時精算課税制度を利用して納めた贈与税は、相続が発生した際に計算された相続税額から全額控除されます。もし相続税額より納めた贈与税額が多ければ、その差額は還付(返金)されます。
Q. 暦年贈与で納めた贈与税も、相続税から引いてもらえますか?
A. はい、相続開始前7年以内(※)の贈与で相続財産に加算されるものについては、その贈与の際に納付した贈与税額を相続税額から控除できます。ただし、相続時精算課税と違い、控除しきれない場合でも還付はありません。※2024年1月1日以降の贈与に適用されるルールです。
Q. 贈与税額控除を受けるには、何か手続きが必要ですか?
A. はい、自動的には適用されません。相続税の申告書に「贈与税額控除」に関する事項を記載し、税務署に申告する必要があります。申告を忘れると控除が受けられないため注意が必要です。
Q. 相続税がかからない場合、納めた贈与税は戻ってきますか?
A. 制度によって扱いが異なります。相続時精算課税制度を利用していた場合は、相続税がゼロでも納めた贈与税は還付されます。一方、暦年贈与の場合は、相続税がかからなければ納めた贈与税は還付されません。
Q. 暦年贈与と相続時精算課税、どちらの制度でも贈与税額控除は使えますか?
A. はい、どちらの制度を利用していても、相続財産に加算される贈与に対応する贈与税については、贈与税額控除の対象となります。ただし、控除の仕組みや還付の有無に違いがあります。