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経営者のための認知症対策|会社が機能不全に陥る前にやるべきこと

2025-10-15
目次

会社の経営は、事業オーナーであるあなたの意思決定ひとつで大きく動きます。しかし、もしもご自身が認知症などで判断能力を失ってしまったら、会社はどうなるでしょうか?契約が結べない、融資が受けられない、最悪の場合、経営が完全にストップしてしまうかもしれません。今回は、事業オーナーが元気なうちにこそ考えておくべき「認知症対策」について、具体的な方法を分かりやすく解説していきます。

認知症になると経営にどんな影響がある?

事業オーナーの判断能力が失われることは、単に個人の問題では済みません。会社の存続そのものを揺るがす、非常に大きな経営リスクとなります。具体的にどのようなことが起こりうるのか、見ていきましょう。

銀行取引や融資ができなくなる

会社の代表者として銀行との取引を行うには、当然ながら本人の意思確認が必要です。判断能力がないとみなされると、預金の引き出しや振り込み、手形の決済といった日常的な取引さえできなくなる可能性があります。また、事業拡大や資金繰りのための新たな融資を受けることも、審査の段階で代表者の意思確認ができないため、極めて困難になります。

重要な契約や取引がストップする

仕入れ先との契約更新、不動産の賃貸借契約、従業員の雇用契約など、会社経営には様々な契約行為が伴います。これらの契約を締結・更新するには、代表取締役としての署名や押印が不可欠です。オーナーに判断能力がなければ、これらの重要な法律行為が一切できなくなり、事業の継続が難しくなってしまいます。

議決権行使ができず、経営が停滞する

特にオーナーが会社の株式の大部分を保有している場合、その影響は深刻です。株主総会で議決権を行使できなければ、取締役の選任や解任、定款の変更、会社の解散といった重要事項を決議できなくなります。これは、会社の意思決定機関が機能不全に陥ることを意味し、経営は完全に停滞してしまいます。

今すぐできる!事業オーナーの認知症対策

では、万が一の事態に備えて、どのような対策を講じることができるのでしょうか。ここでは、代表的な3つの対策をご紹介します。どの方法がご自身の会社にとって最適か、考えるきっかけにしてみてください。

任意後見制度の活用

任意後見制度とは、ご自身が元気なうちに、将来判断能力が不十分になった場合に備えて、あらかじめ「誰に」「どのような支援をしてもらうか」を契約で決めておく制度です。家庭裁判所が選任する「任意後見監督人」の監督のもと、事前に指定した任意後見人が財産管理や身上監護を行ってくれます。

家族信託(民事信託)の活用

家族信託は、ご自身の財産(会社の株式や事業用不動産など)を、信頼できる家族(後継者など)に託し、ご自身のために管理・運用してもらう仕組みです。財産の所有権が形式的に受託者へ移るため、オーナーの判断能力が低下した後も、受託者が信託契約の内容に従って柔軟な財産管理や事業運営を継続できます。

株式・議決権に関する対策

会社法上の仕組みを活用する方法もあります。例えば、定款を変更して、オーナーが持つ株式に「拒否権付株式(黄金株)」のような特別な権利を付けておいたり、あらかじめ議決権の代理行使者を書面で指定しておくといった対策が考えられます。ただし、これらの方法は他の対策と組み合わせて行うことが一般的です。

任意後見制度とは?メリットと注意点

認知症対策の基本ともいえる「任意後見制度」。公的な制度であり安心感がありますが、事業承継の観点からは注意すべき点もあります。詳しく見ていきましょう。

任意後見制度の仕組み

この制度を利用するには、まずご自身で任意後見人になってほしい方(候補者)を選びます。そして、その方と「任意後見契約」を公証役場で公正証書によって結びます。将来、ご自身の判断能力が低下した際に、家庭裁判所に申し立てを行い、家庭裁判所が「任意後見監督人」を選任したときから、契約の効力が発生します。

メリット:信頼できる人に任せられる安心感

法定後見制度では後見人を家庭裁判所が選任しますが、任意後見制度の最大のメリットは、ご自身の意思で後見人を選べる点です。長年連れ添った配偶者や、事業のことをよく理解している子どもなど、最も信頼できる人に財産管理を任せられるのは大きな安心材料となるでしょう。

注意点:家庭裁判所の監督と事業承継への限界

任意後見人の役割は、あくまで本人の財産を「守る」ことに重点が置かれます。そのため、不動産の売却や積極的な投資といった、財産を減らすリスクのある経営判断は認められにくい傾向があります。また、任意後見監督人への定期的な報告義務があり、その監督下で事務を行う必要があるため、迅速な経営判断が求められる場面には向かない可能性があります。

家族信託で事業を守る方法

近年、事業承継対策として注目されているのが「家族信託」です。任意後見制度よりも柔軟な対策が可能で、事業オーナーの認知症対策として非常に有効な手段となり得ます。

家族信託の仕組み

家族信託は、主に3人の登場人物で成り立ちます。

委託者 財産を預ける人(事業オーナー自身)
受託者 財産を預かり管理・運用する人(後継者など信頼できる家族)
受益者 信託された財産から利益を受ける人(多くは事業オーナー自身)

この仕組みにより、事業オーナー(委託者兼受益者)が判断能力を失っても、後継者である子ども(受託者)が、信託された自社株式の議決権を行使して、滞りなく会社の経営を続けることができます。

メリット:柔軟な財産管理と円滑な事業承継

家族信託の最大のメリットは、その柔軟性にあります。信託契約の内容をあらかじめ自由に設計できるため、「会社の経営に必要なことであれば、受託者の判断で事業用不動産を売却できる」といった定めも可能です。これにより、オーナーの判断能力に関わらず、事業承継や経営をスムーズに進めることができます。

注意点:信託できない権利と税務上の課題

家族信託は万能ではありません。例えば、「代表取締役」という地位そのものは一身専属的な権利(その人個人に属する権利)であるため、信託することはできません。また、信託を設定する際には、税務の専門家と相談し、贈与税や不動産取得税などの税金がかからないように、受益者の設定などを慎重に行う必要があります。

対策を始めるタイミングと相談先

ここまで様々な対策を見てきましたが、最も重要なのは「いつ、誰に相談して始めるか」です。手遅れにならないために、ぜひ知っておいてください。

対策は「元気なうち」が絶対条件

任意後見契約も家族信託契約も、すべて「契約」という法律行為です。したがって、ご本人に十分な判断能力がなければ契約を結ぶこと自体ができません。少しでも認知症の症状が出始めてからでは、契約の有効性を問われる可能性があり、対策が打てなくなってしまいます。「まだまだ先のこと」と考えず、心身ともに健康なうちに行動を起こすことが何よりも大切です。

誰に相談すればいい?

事業オーナーの認知症対策は、法律や税務が複雑に絡み合います。それぞれの専門家に相談するのが良いでしょう。

司法書士 任意後見や家族信託の契約書作成、不動産の名義変更(信託登記)など、登記手続きの専門家です。
弁護士 将来的な親族間のトラブル(紛争)を想定した契約内容の検討や、法的な代理人としての役割を担います。
税理士 家族信託を設定する際の贈与税や相続税など、税務面でのシミュレーションやアドバイスを行います。

まとめ

事業オーナーの認知症対策は、もはや他人事ではありません。判断能力を失ってしまえば、大切に育ててきた会社、守るべき従業員やその家族、そしてご自身の財産さえもが危険に晒されてしまいます。任意後見制度や家族信託といった制度を正しく理解し、ご自身の会社の状況に合わせて最適な対策を講じることが重要です。対策を始めるのに「早すぎる」ということはありません。ぜひ、元気な今のうちに、信頼できる専門家へ相談することから始めてみてください。

参考文献

国税庁  信託税制

法務省 任意後見制度について

事業オーナーの認知症対策に関するよくある質問

Q.経営者が認知症になると、会社はどうなりますか?

A.意思決定ができなくなり、銀行取引や重要な契約行為が停止する「資産凍結」状態に陥る可能性があります。会社の経営が事実上ストップしてしまうリスクがあります。

Q.事業オーナーができる認知症対策には、どのようなものがありますか?

A.主な対策として「任意後見制度」「家族信託(民事信託)」「遺言」の3つが挙げられます。それぞれの特徴を理解し、状況に合わせて組み合わせることが重要です。

Q.認知症による資産凍結を防ぐには、いつから対策を始めるべきですか?

A.認知症と診断される前、つまり判断能力がはっきりしているうちに対策を始める必要があります。思い立ったが吉日と考え、できるだけ早く専門家へ相談することをおすすめします。

Q.事業承継対策として「家族信託」が有効なのはなぜですか?

A.信頼できる家族に会社の株式や事業用資産の管理・運用を託すことで、経営者本人の判断能力が低下した後も、後継者がスムーズに事業運営を続けられるように設計できるためです。

Q.「任意後見制度」と「家族信託」の違いは何ですか?

A.任意後見制度は本人の財産を守ることが主目的で、積極的な事業運営には向いていません。一方、家族信託は資産の管理・運用・処分まで柔軟に設計でき、円滑な事業承継対策として有効です。

Q.認知症対策を何もしなかった場合、どのようなリスクがありますか?

A.会社の預金が引き出せない、重要な契約ができない、融資が受けられないなど、経営が完全に停滞します。従業員や取引先にも多大な迷惑をかけ、会社の存続が危うくなる可能性があります。

事務所概要
社名
税理士法人プライムパートナーズ
住所
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電話番号
対応責任者
税理士 島本 雅史

本記事は正確な情報提供を心掛けておりますが、執筆時点の情報に基づいているため、法改正や人的ミス、個別のケースにより適用が異なる可能性があります。最新の情報や具体的なご相談については、お気軽に弊法人の税理士までお問い合わせください。