会社を支えてくれた経営者に万が一のことがあったとき、事業を継続するための備えとして、法人が経営者を被保険者とする生命保険に加入しているケースは多いですよね。この保険金は会社の運転資金や借入金の返済などに充てられ、非常に重要な役割を果たします。しかし、この死亡保険金が、後継者が引き継ぐ自社株式の相続税評価額を大きく引き上げてしまう可能性があることをご存知でしょうか?対策を知らないと、思わぬ高額な相続税に悩まされることになりかねません。今回は、法人が受け取る死亡保険金が株式の相続税評価にどう影響するのか、そしてその対策について、分かりやすく解説していきます。
非上場株式の評価と死亡保険金の関係
そもそも、なぜ法人が受け取る死亡保険金が、個人である相続人の相続税に関係するのでしょうか。それは、相続税を計算する上で、亡くなった経営者(被相続人)が所有していた非上場株式の価値を正しく評価する必要があるからです。そして、その株価は会社の資産状況に大きく左右されます。
非上場株式の基本的な評価方法
非上場株式の相続税評価額は、主に会社の規模に応じて、いくつかの評価方法を組み合わせて計算されます。中心となるのは以下の2つの方法です。
評価方式 | 概 要 |
類似業種比準方式 | 事業内容が似ている上場企業の株価を参考に、会社の「配当」「利益」「純資産」を比較して評価する方法です。 |
純資産価額方式 | 会社の総資産から負債を差し引いた「純資産」をベースに株価を評価する方法です。いわば、会社を今解散した場合の価値(清算価値)に着目した評価方法です。 |
会社の規模が小さいほど「純資産価額方式」の比重が高くなる傾向にあります。そして、経営者死亡による保険金は、この純資産価額方式による評価額に直接的な影響を与えます。
死亡保険金が株価を押し上げる仕組み
法人が死亡保険金を受け取ると、会社の「現金預金」という資産がその分だけ増加します。例えば、1億円の保険金を受け取れば、会社の資産が1億円増えることになります。
純資産価額方式は、「(総資産の相続税評価額-負債の相続税評価額)÷発行済株式数」という計算が基本です。つまり、保険金の受け取りによって会社の総資産が増えると、会社の純資産価額も増加し、結果として1株あたりの評価額(株価)も上昇してしまうのです。これが、死亡保険金が相続税評価額を引き上げる基本的なメカニズムです。
死亡保険金受け取り時の具体的な株価評価計算
では、実際に経営者が亡くなった時点(相続開始時)で、株価はどのように計算されるのでしょうか。まだ保険金が振り込まれていなくても、税務上はすでに会社の資産として認識する必要があります。ここでのポイントは、資産として計上するものと、同時に負債として計上できるものを正しく把握することです。
資産に計上するもの:生命保険金請求権
相続が開始した時点では、保険会社からまだ保険金は支払われていません。しかし、会社には保険金を受け取る権利が発生しています。そのため、受け取る予定の保険金額を「生命保険金請求権」という資産として計上します。帳簿には載っていなくても、相続税評価の上では資産として加算しなければなりません。
負債に計上できるもの①:死亡退職金・弔慰金
多くの場合、経営者の死亡に際して、会社から遺族へ死亡退職金や弔慰金が支払われます。この支払いが相続開始時点で確定していれば、会社の「未払金」という負債として計上することができます。負債が増えるため、その分だけ純資産価額を引き下げる効果があり、株価の上昇を抑えることができます。
負債に計上できるもの②:保険差益に対する法人税等相当額
ここが最も重要なポイントの一つです。法人が受け取る保険金には、法人税が課税されます。具体的には、保険金からそれまで資産計上されていた保険積立金を差し引いた利益(保険差益)が益金となります。この保険差益から、損金となる死亡退職金などを差し引いた後の利益に対して、将来的に法人税が課されます。
相続税の株価評価では、この将来課税される見込みの法人税額を「法人税等相当額」として負債に計上することが認められています。
計算式は以下のようになります。
(受取保険金額 - 資産計上されていた保険積立金額 - 損金算入される死亡退職金・弔慰金) × 37%(※)
※法人税等の実効税率。評価差額に対する法人税額等相当額の計算で用いられる税率です。
この法人税等相当額を負債として計上することで、純資産を大きく圧縮し、株価の上昇を効果的に抑えることができます。
計算例で見てみよう
簡単な例で、純資産価額に与える影響を見てみましょう。
【前提条件】
- 受取保険金額:1億円
- 資産計上済の保険積立金:500万円
- 支給する死亡退職金:6,000万円
- その他資産・負債の変動はなし
【純資産価額の変動】
- 資産の増加:生命保険金請求権として +1億円
- 負債の増加(死亡退職金):未払金として +6,000万円
- 負債の増加(法人税等相当額):
(1億円 – 500万円 – 6,000万円)× 37% = 3,500万円 × 37% = +1,295万円
【結果】
純資産の増減額 = (+1億円) – (+6,000万円) – (+1,295万円) = +2,705万円
このケースでは、1億円の保険金が入っても、死亡退職金の支払いと法人税等相当額の計上により、純資産の増加は2,705万円に抑えられました。もしこれらの負債計上がなければ、純資産は1億円近く増加し、株価もそれに比例して大きく跳ね上がっていたことになります。
株価上昇を抑えるための重要な対策
上記の計算からも分かるように、死亡保険金による株価上昇を適正に抑えるためには、死亡退職金を負債として計上することが非常に重要です。そのために必要な対策を解説します。
生前の対策:役員退職慰労金規程の整備
最も重要な生前対策は、「役員退職慰労金規程」を整備しておくことです。税務上、死亡退職金を損金として認めてもらうためには、その支給基準が明確に定められている必要があります。規程がなければ、支給した退職金が不相当に高額であると判断され、損金算入が否認されるリスクがあります。そうなると、株価評価上の負債にも計上できなくなり、株価が不必要に高くなってしまいます。
一般的に、退職金の適正額は以下の功績倍率法で計算されます。
最終報酬月額 × 役員在任年数 × 功績倍率 = 退職金額
この功績倍率などを規程で定めておくことで、客観的な根拠を持って退職金を支給でき、税務上のリスクを低減できます。
相続発生後の対策:速やかな支給決議
経営者が亡くなられた後、できるだけ速やかに臨時株主総会や取締役会を開き、規程に基づいて死亡退職金の支給額を正式に決議することが重要です。相続税の株価評価は、相続開始時点の状況で判断されます。この時点で退職金の支払いが確定していることを示すためにも、議事録などの客観的な証拠を残しておくことが不可欠です。
まとめ
経営者の万が一に備える生命保険は、会社にとって心強い存在ですが、その出口戦略を考えておかないと、後継者であるご家族に高額な相続税という形で負担を強いることになりかねません。ポイントをまとめます。
- 法人が受け取る死亡保険金は、会社の純資産を増加させ、自社株の相続税評価額を引き上げます。
- 株価の上昇を抑えるためには、死亡退職金や弔慰金、そして保険差益に対する法人税等相当額を、相続税評価上で適切に負債として計上することが鍵となります。
- これらの負債計上を確実に行うためには、生前に「役員退職慰労金規程」を整備し、相続発生後には速やかに支給額を決議することが不可欠です。
非上場株式の評価や、保険金が絡む相続税の計算は非常に専門的で複雑です。ご自身の会社の状況を正しく把握し、最適な対策を講じるためにも、相続に強い税理士などの専門家に一度相談されることを強くお勧めします。
参考文献
法人保険金と株式評価のよくある質問まとめ
Q. 法人が受け取った死亡保険金は、株式の相続税評価にどう影響しますか?
A. 法人が受け取った死亡保険金は、法人の資産が増加するため、原則として会社の純資産価額を引き上げます。これにより、相続税評価額(株価)も高くなる可能性があります。
Q. 死亡保険金で会社の株価が上がるのを防ぐ方法はありますか?
A. はい、あります。受け取った保険金を原資として、ご遺族に死亡退職金や弔慰金を支払うことで、保険金収入(益金)と退職金支払い(損金)が相殺され、純資産価額の上昇を抑えることができます。
Q. 死亡退職金を支払うと、具体的にどのような節税効果がありますか?
A. 死亡退職金は損金に算入できるため、法人税の負担を軽減できます。同時に、会社の純資産を減らす効果があるため、株式の相続税評価額の上昇を抑える効果も期待できます。
Q. 死亡保険金は、類似業種比準価額の計算にも影響しますか?
A. 類似業種比準価額の計算上、保険差益は「非経常的な利益」として通常は除外されます。しかし、保険金によって増加した資産が将来の配当や利益に影響を与える可能性はあり、間接的に影響が及ぶことも考えられます。
Q. 死亡保険金はいつの時点で株式評価に反映されるのですか?
A. 相続開始時点(経営者の死亡時)で評価に反映されます。保険金がまだ支払われていなくても、会社は「保険金請求権」という資産を持つことになるため、その権利を資産計上して株式評価を行う必要があります。
Q. 死亡退職金や弔慰金の金額はいくらに設定すればよいですか?
A. 税務上、損金として認められる死亡退職金や弔慰金には、社会通念上相当と認められる金額という基準があります。故人の役員としての功績などを考慮して算定しますが、過大と判断されると一部が損金不算入となるため注意が必要です。