ご家族が亡くなられ、相続税の申告準備を進めている中で、「小規模宅地の特例」という言葉を耳にした方も多いのではないでしょうか。この特例は、亡くなった方(被相続人)が住んでいた土地などの評価額を最大80%も減額できる、とても大きな節税効果のある制度です。ただ、適用するためには様々な要件があり、特に被相続人が亡くなる前にご自宅ではなく、老人ホームや病院に入所・入院されていたケースでは、「本当に特例が使えるの?」「どんな書類が必要なの?」と不安に思われるかもしれません。今回は、その中でも特にご質問の多い「老人ホーム」と「療養病棟」のケースに絞って、添付書類に違いがあるのかを分かりやすく解説していきますね。
小規模宅地の特例(特定居住用宅地等)の基本
まず、小規模宅地の特例がどのような制度なのか、基本をおさらいしておきましょう。この特例が適用できる宅地には事業用や貸付用などいくつか種類がありますが、今回はご自宅の敷地を対象とする「特定居住用宅地等」についてご説明します。この特例を使えると、330㎡(約100坪)までの部分について、土地の評価額を80%も減額することができます。例えば5,000万円と評価された土地なら、1,000万円の評価額として相続税を計算できるため、税額に非常に大きな影響を与えます。
特例が使えるかどうかの基本的な考え方
この特例が使えるかどうかは、「相続が始まる直前まで、被相続人が生活の拠点として住んでいたか」が大きなポイントになります。そのため、亡くなる前にご自宅を離れて老人ホームや病院にいらっしゃった場合でも、その理由や状況によって「生活の拠点はあくまで元の自宅だった」と認められれば、特例の対象となる可能性があるのです。
どのケースでも共通で必要になる添付書類
老人ホームや療養病棟のケースを考える前に、まず小規模宅地の特例を適用する際に、どのような状況であっても基本的に必要となる書類を確認しておきましょう。これらの書類は、誰が相続人で、どの土地を誰が取得したのかを証明するために不可欠です。
| 書類の種類 | 主な内容と目的 |
| 被相続人の戸籍謄本等 | 出生から死亡までの連続した戸籍で、相続人を確定させるために必要です。 |
| 遺言書の写し又は遺産分割協議書の写し | 特例の対象となる宅地を、誰が取得したかを証明します。 |
| 相続人全員の印鑑証明書 | 遺産分割協議書に押された印鑑が実印であることを証明するために添付します。 |
| 特例を受ける相続人の住民票の写し | 相続人の居住地を証明します。(マイナンバーを記載した場合は不要なこともあります) |
被相続人が老人ホームに入所していた場合の添付書類
被相続人が亡くなる前に老人ホームに入所されていた場合、特例を適用するためには「やむを得ない理由で自宅を離れていた」ことを証明する必要があります。そのため、共通書類に加えて、いくつかの追加書類が必要になります。
特例が使えるための主な要件
老人ホームに入所していた場合に特例が認められるには、主に以下の要件を満たす必要があります。
- 被相続人が要介護認定や要支援認定などを受けていたこと。
- 入所していた施設が、老人福祉法などで定められた特定の施設であること。
- 元の自宅を、ご自身やご家族の居住用、事業用、貸付用などに使っていなかったこと。(空き家の状態)
対象となる施設の種類
すべての老人ホームが対象となるわけではありません。法律で定められた以下のような施設が対象となります。都道府県知事への届出がされていない無許可の施設などは対象外となるため注意が必要です。
- 有料老人ホーム
- 特別養護老人ホーム
- 介護老人保健施設
- サービス付き高齢者向け住宅(サ高住) など
老人ホームの場合の追加添付書類
上記の要件を満たしていることを証明するために、以下の書類を相続税の申告書に添付します。
| 書類の種類 | 証明する内容 |
| 被相続人の戸籍の附票の写し | ご自宅から老人ホームへ住所を移した経緯を確認するために必要です。 |
| 介護保険被保険者証の写しなど | 要介護認定や要支援認定を受けていたことを証明します。亡くなると市区町村に返却してしまうため、必ず事前にコピーを取っておきましょう。 |
| 施設との入所契約書の写しなど | 入所していた施設が、法律で定められた対象施設であることを証明します。施設の名称や所在地、サービス内容がわかる書類が必要です。 |
被相続人が療養病棟に入院していた場合の考え方と添付書類
次に、被相続人が療養病棟などの病院に長期入院されていたケースについて見ていきましょう。実はこの場合、老人ホームへの入所とは少し考え方が異なります。
病院への入院は「一時的な療養」という考え方
療養病棟は医療法に定められた「病院」の一部です。税務上の考え方では、病気治療のための入院は、あくまで「一時的なもの」と捉えられます。たとえ入院が長期間に及んだとしても、退院すれば元の自宅に戻る予定だったと考えられるため、「生活の拠点は元の自宅のまま」と判断されるのが一般的です。これは、老人ホームが生活の場そのものを移す「入所」であるのとは異なる点です。
療養病棟(病院)入院の場合の添付書類
生活の拠点が自宅にある、という前提のため、老人ホームのケースで必要だったような特別な追加書類は、原則として法律で定められていません。基本的には「共通で必要になる添付書類」で申告が可能です。
ただし、税務署の判断によっては、入院が長期にわたった経緯について確認される可能性もゼロではありません。その際に、なぜ自宅に戻れなかったのかをスムーズに説明できるよう、入院期間がわかる証明書(退院証明書など)や診断書を手元に準備しておくと、より安心して手続きを進めることができるでしょう。
【比較】老人ホームと療養病棟での添付書類の違い
ここまでご説明した内容を、分かりやすく表にまとめてみましょう。
| 比較項目 | 老人ホームに入所していた場合 |
| 特例適用の考え方 | 生活の拠点を移したが、やむを得ない事情と認められれば特例の対象になる。 |
| 追加の添付書類 | 原則として必要。 ①被相続人の戸籍の附票の写し ②介護保険被保険者証の写し ③施設との入所契約書の写し |
| 比較項目 | 療養病棟(病院)に入院していた場合 |
| 特例適用の考え方 | あくまで一時的な治療のための入院であり、生活の拠点は元の自宅のままと判断される。 |
| 追加の添付書類 | 原則として不要。 (ただし、長期入院の経緯を説明できる書類があるとより安心) |
まとめ
いかがでしたでしょうか。小規模宅地の特例を適用する上で、被相続人が「老人ホーム」にいたか「療養病棟」にいたかで、添付書類の考え方が異なることがお分かりいただけたかと思います。
老人ホームの場合は、「要介護認定を受けていたこと」や「施設が法律で定められたものであること」を証明するために、介護保険被保険者証の写しや入所契約書などの追加書類が必須となります。一方で、療養病棟などの病院への入院は、生活の拠点は自宅にあるとみなされるため、原則として特別な追加書類は求められません。
ただし、どちらのケースも個別の事情によって判断が分かれることもあります。特に添付書類に不備があると、この大きな特例が使えなくなり、相続税額が何倍にもなってしまう可能性があります。ご自身での判断に不安がある場合は、相続税に詳しい税理士などの専門家に一度相談してみることをおすすめします。
参考文献
国税庁 No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)
小規模宅地等の特例:老人ホームと療養病棟での添付書類Q&A
Q.小規模宅地等の特例は、被相続人が老人ホームに入っていたら使えませんか?
A.いいえ、要件を満たせば使えます。要介護認定を受けていたことや、自宅を他人に貸していなかったことなどが条件になります。
Q.被相続人がいたのが老人ホームか療養病棟かで、特例の添付書類は変わりますか?
A.はい、変わります。どちらの場合も入所・入院の事実を証明する書類は必要ですが、施設の種別によって求められる書類が異なります。
Q.老人ホームに入所していた場合の主な添付書類は何ですか?
A.被相続人の戸籍の附票などに加え、介護保険被保険者証の写しや、施設との入所契約書の写しなどが必要となります。
Q.療養病棟(病院)に入院していた場合はどうですか?
A.介護保険被保険者証の写しなどに加え、入院していた事実がわかる領収書や診断書など、治療や療養目的の入院であったことを示す書類が必要になる場合があります。
Q.書類がない場合は特例を使えませんか?
A.必要な書類が揃わないと、特例の適用が認められない可能性があります。生前から関係書類を保管しておくことが大切です。
Q.どの書類を提出すればよいか判断が難しいです。
A.施設の種別や個別の状況によって必要書類は異なります。判断に迷う場合は、税務署や税理士などの専門家へ相談することをおすすめします。