ご家族が亡くなられ、深い悲しみの中、葬儀の準備やさまざまな手続きに追われていることとお察しします。その中で、「相続財産から葬儀代を支払ったら、遺産の合計額が基礎控除を下回った。この場合、相続税の申告はしなくてもいいの?」という疑問をお持ちではないでしょうか。結論から言うと、原則として申告は不要です。しかし、いくつかの注意点や、申告が必要になる例外的なケースも存在します。この記事では、葬儀費用と相続税申告の関係について、分かりやすく解説していきます。
結論:葬儀費用を引いて基礎控除以下なら相続税申告は原則不要
相続税は、亡くなった方(被相続人)のすべての財産から、借金などの債務と葬儀費用を差し引き、さらに基礎控除を引いた金額(課税遺産総額)に対してかかります。そのため、葬儀費用などを差し引いた結果、遺産の額が基礎控除額以下になれば、課税対象の金額がゼロになるため、相続税はかからず、申告も原則として必要ありません。
相続税の基礎控除とは?
基礎控除は、相続税がかかるかどうかのボーダーラインとなる金額のことです。この金額までは、誰でも無税で財産を相続できます。計算式は以下の通りです。
3,000万円 + (600万円 × 法定相続人の数) = 基礎控除額
法定相続人とは、民法で定められた相続人のことです。例えば、法定相続人の人数ごとの基礎控除額は以下のようになります。
法定相続人の数 | 基礎控除額 |
1人(例:配偶者のみ) | 3,600万円 |
2人(例:配偶者と子1人) | 4,200万円 |
3人(例:配偶者と子2人) | 4,800万円 |
4人(例:配偶者と子3人) | 5,400万円 |
ご自身のケースで基礎控除額がいくらになるか、まずは確認してみましょう。
葬儀費用はなぜ遺産から引けるの?
葬儀は、人が亡くなった際に社会的な儀式として必然的に発生するものです。そのため、相続税の計算上、故人の財産から支払われるべき費用(債務と同じような扱い)とみなされ、遺産の総額から差し引くことが認められています。これを「葬式費用の控除」といいます。これにより、相続人の負担を少しでも軽くしようという配慮がなされているのです。
「基礎控除以下」の判断は正確な財産評価から
「基礎控除以下になった」と判断するためには、まず故人が遺したすべての財産(預貯金、不動産、株式など)を正確に評価し、総額を把握する必要があります。特に不動産や非上場株式などは評価が難しく、ご自身での計算が評価額を誤ってしまう可能性もあります。葬儀費用を引く前に、まずはすべての財産を漏れなくリストアップし、正確な価値を把握することが大切です。
注意!申告が不要でもやっておくべきこと
相続税の申告が不要だと判断した場合でも、後々のトラブルを防いだり、他の手続きをスムーズに進めたりするために、いくつかやっておくべきことがあります。「何もしなくていい」わけではないので注意しましょう。
財産目録の作成と保管
誰がどの財産を相続したのか、また相続財産の全体像を明らかにするために、「財産目録」を作成し、相続人全員で共有・保管しておくことを強くお勧めします。これは、相続人同士の合意内容を明確にするだけでなく、万が一税務署から問い合わせがあった場合に、基礎控除以下であったことを示す客観的な資料にもなります。
葬儀費用の領収書・メモの保管
葬儀費用を控除した根拠として、葬儀会社や火葬場、仕出し料理店などから受け取った領収書は必ず保管しておきましょう。また、お寺へのお布施やお手伝いの人への心付けなど、領収書が出ない支払いについては、「いつ、誰に、何のために、いくら支払ったか」を詳細に記録したメモを残しておくことが重要です。このメモが領収書の代わりとして認められます。
遺産分割協議書の作成
相続人が複数いる場合、誰がどの財産を相続するのかを話し合って決める「遺産分割協議」を行いますが、その合意内容をまとめた「遺産分割協議書」を作成しましょう。相続税申告が不要なケースでも、不動産の名義変更(相続登記)や預貯金の解約手続きなどで、この書類の提出を求められることがほとんどです。
葬儀費用として控除できるもの・できないもの
「葬儀費用」といっても、すべての費用が控除の対象になるわけではありません。国税庁によって控除できるものとできないものが明確に定められています。判断のポイントは「故人を弔うための葬儀や埋葬に直接必要な費用かどうか」です。
控除できる葬儀費用一覧
一般的に、以下のような費用が控除の対象となります。
費用の種類 | 具 体 例 |
葬儀本体の費用 | 通夜、告別式にかかった費用(会場使用料、祭壇、棺、遺影など) |
火葬・埋葬関連費用 | 火葬料、埋葬料、火葬許可証の取得費用、納骨作業料 |
宗教者への支払い | お布施、読経料、戒名料、御膳料、お車代など |
関連する費用 | 遺体の捜索・運搬費用、死亡診断書の発行費用、参列者への飲食代、お手伝いの人への心付け |
控除できない葬儀費用一覧
一方で、以下のような費用は控除の対象外ですので注意が必要です。
費用の種類 | 具体例と理由 |
香典返し | 頂いた香典自体が非課税のため、そのお返し費用も控除できません。 |
墓地・墓石・仏壇など | これらは祭祀財産と呼ばれ、相続税の非課税財産です。そのため、購入費用も控除できません。 |
法要の費用 | 初七日、四十九日、一周忌などの法要は葬儀とは別の宗教行事のため、費用は控除対象外です。(ただし、告別式と合わせて行う「繰り上げ初七日」の費用は、葬儀費用と明確に区別できなければ含めてよい場合があります。) |
その他 | 遺体の解剖費用や、遠方の親族が参列するための交通費・宿泊費など。 |
実は申告が必要になるケースとは?
「葬儀費用を引いたら基礎控除以下になったから大丈夫」と思っていても、実は相続税の申告が必須となるケースがあります。これを知らないと、後でペナルティが課される可能性もあるため、必ず確認してください。
「小規模宅地等の特例」を適用して基礎控除以下になる場合
亡くなった方が住んでいた土地や事業をしていた土地の評価額を最大80%減額できる「小規模宅地等の特例」という非常に節税効果の高い制度があります。この特例を適用した結果、遺産総額が基礎控除以下になることはよくあります。しかし、この特例を利用するためには、相続税の申告書を税務署に提出することが絶対条件です。申告をしないと、特例は適用されず、多額の税金が発生する可能性があります。
「配偶者の税額軽減」を適用して納税額がゼロになる場合
配偶者が相続する財産については、「1億6,000万円」または「法定相続分」のどちらか多い金額まで相続税がかからないという制度があります。これを「配偶者の税額軽減」といいます。この制度を使えば納税額がゼロになる場合でも、適用を受けるためには相続税の申告が必要です。申告をしなければ、この軽減措置は受けられません。
故人の確定申告(準確定申告)は忘れずに
相続税の申告とは別に、もう一つ注意すべき税務手続きがあります。それは「準確定申告」です。
準確定申告とは?
準確定申告とは、亡くなった方のその年の1月1日から死亡日までの所得について、相続人が代わりに行う所得税の確定申告のことです。故人が以下のようなケースに当てはまる場合、準確定申告が必要になる可能性があります。
- 個人事業主やフリーランスだった
- 不動産を貸していて家賃収入があった
- 公的年金等の収入が400万円を超え、かつ他の所得が20万円を超えていた
- 給与収入が2,000万円を超えていた
申告期限は「4か月以内」
準確定申告の期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内です。相続税の申告期限(10か月以内)よりもずっと短いので、早めに確認し、準備を進める必要があります。
まとめ
今回の内容をまとめます。
- 遺産総額から葬儀費用を引いた金額が基礎控除以下であれば、原則として相続税の申告は不要です。
- ただし、「小規模宅地等の特例」や「配偶者の税額軽減」といった特例を適用して基礎控除以下になる場合は、申告が必須です。
- 控除できる葬儀費用とできない費用を正しく区別し、領収書やメモは必ず保管しておきましょう。
- 申告が不要でも、後の手続きやトラブル防止のために「財産目録」や「遺産分割協議書」を作成しておくことが賢明です。
- 相続税とは別に、故人の所得に対する「準確定申告(期限4か月)」が必要かどうかも確認しましょう。
相続手続きは複雑で、判断に迷うことも多いかと思います。もし少しでも不安な点があれば、税理士などの専門家に相談することをお勧めします。正しい知識で、円滑な相続手続きを進めてくださいね。
参考文献
葬儀費用を引いて基礎控除以下になった場合の相続税申告 よくある質問まとめ
Q. 葬儀費用を差し引いたら相続財産が基礎控除以下になりました。相続税の申告は必要ですか?
A. 相続財産の総額から葬儀費用などを差し引いた金額が基礎控除額以下であれば、原則として相続税の申告は不要です。ただし、「小規模宅地等の特例」など特定の特例を利用して基礎控除以下になる場合は申告が必要なので注意しましょう。
Q. そもそも相続税の基礎控除はいくらですか?
A. 相続税の基礎控除額は「3,000万円 +(600万円 × 法定相続人の数)」という計算式で算出します。例えば、法定相続人が配偶者と子供2人の合計3人なら、基礎控除額は4,800万円になります。
Q. 基礎控除以下でも相続税の申告が必要になるのは、どんなケースですか?
A. 「小規模宅地等の特例」や「配偶者の税額軽減(配偶者控除)」といった税額を大幅に減らせる特例を適用した結果、基礎控除以下になる場合は、申告書の提出が必須です。これらの特例は申告をしないと適用されません。
Q. 相続財産から差し引ける葬儀費用には、何が含まれますか?
A. 通夜・告別式の費用、火葬・埋葬料、お布施などが含まれます。一方で、香典返しの費用、墓石や仏壇の購入費用、初七日などの法事の費用は、葬儀費用として差し引くことはできません。
Q. 相続税の申告が必要かどうか、いつまでに判断すれば良いですか?
A. 相続税の申告と納税の期限は、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。この期限内に財産調査や評価を終え、申告の要否を判断する必要があります。
Q. 申告が必要なのにしなかった場合、どうなりますか?
A. 税務署の調査で申告漏れが発覚した場合、本来の税金に加えて「無申告加算税」や「延滞税」といったペナルティが課せられます。申告が必要かどうかの判断に迷う場合は、税理士などの専門家に相談することをおすすめします。