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親が亡くなる前に下ろした現金、
相続財産はいくら?申告方法を解説

2025-07-01
目次

ご家族が亡くなる前に、入院費や当面の生活費などのために、銀行口座からまとまった現金を引き出すことは珍しくありません。しかし、いざ相続が始まってみると、「この現金は相続財産に含めるの?」「相続発生日の正確な預金残高がわからない…」と、どう扱えば良いのか悩んでしまいますよね。下手をすると、他の相続人とのトラブルや、税務署からの指摘につながる可能性もあり、不安に感じている方も多いのではないでしょうか。この記事では、親が亡くなる前に引き出した現金の正しい扱い方、相続財産に含めるべき金額の計算方法、そして注意すべきポイントについて、わかりやすく解説していきます。

亡くなる前に引き出した現金も相続財産です

まず最も大切な結論からお伝えします。亡くなる直前に銀行口座から引き出した現金も、相続財産に含まれます。「現金にしてしまえば、亡くなった時点での預金残高が減るから相続税対策になるのでは?」と考える方がいらっしゃいますが、これは大きな誤解です。なぜなら、財産の形が「預金」から「現金」に変わっただけで、故人の財産の総額は変わらないからです。

相続財産は「亡くなった日」の全財産が対象

相続税の計算の基礎となる相続財産は、被相続人(亡くなった方)が亡くなった日(相続開始日)に所有していたすべての財産を合計して計算します。これには預貯金はもちろん、不動産、有価証券、そして手元にある現金(タンス預金など)も含まれます。例えば、亡くなる前日に500万円を預金から引き出したとしても、その500万円は「現金」として相続財産に計上しなければなりません。

参考: 国税庁 No.4105 相続税がかかる財産

税務署は預金の動きを把握しています

「現金で引き出してしまえば、税務署にはわからないだろう」と考えるのは非常に危険です。税務署は、相続税の調査を行う際に、金融機関に対して過去の取引履歴の照会を行う強い権限を持っています。亡くなる直前に大きな金額の出金があれば、その現金の行方について必ず確認されます。もし、引き出した現金を申告から意図的に漏らしてしまうと、財産隠しとみなされ、本来の税金に加えて重加算税などの重いペナルティが課される可能性があります。

参考: 国税庁 相続税の申告の際に誤りやすい事例(PDF)

相続財産に計上すべき金額の確認方法

「引き出したことは覚えているけれど、正確な金額や日付がわからない…」という場合でも、慌てる必要はありません。次の手順で正確な金額を確認し、正しく相続財産を計算しましょう。

金融機関で取引履歴(入出金明細)を取得する

まずは、故人が口座を持っていた金融機関の窓口で、「取引履歴(または入出金明細)」の開示を請求しましょう。相続人であれば、戸籍謄本(被相続人の死亡と、自分が相続人であることがわかるもの)や本人確認書類、実印、印鑑証明書などを提示することで、過去の取引履歴(通常は過去10年程度)を取り寄せることができます。これにより、いつ、いくら引き出されたかを正確に把握できます。

引き出した現金の使途を明確にする

次に、引き出した現金が何に使われたのかを明らかにすることが重要です。特に、被相続人のために使ったお金は、相続財産から控除できる場合があります。医療費の支払いや入院費の精算など、支払いの目的がわかる領収書やレシートは必ず保管しておきましょう。もし領収書がない場合でも、いつ、何に、いくら使ったかをメモに残しておくだけでも、後の説明に役立ちます。

相続財産に含めるべき現金の計算方法

上記で確認した情報をもとに、相続財産に加えるべき「手元現金」の額を計算します。基本的な計算式は以下の通りです。

(亡くなる直前に引き出した金額の合計) – (被相続人のために支払った金額) = 相続財産に加えるべき手元現金の額

この計算で残った金額が、相続開始日時点での「現金」として申告すべき財産となります。

【使い道別】引き出した現金の扱い方

引き出した現金の使い道によって、相続税の計算上の扱いが変わってきます。これはトラブルを避ける上でも非常に重要なポイントです。

被相続人の医療費や入院費

引き出した現金で、亡くなる前の医療費や未払いの入院費を支払った場合、その金額は被相続人が負っていた「債務」とみなされます。債務は、相続財産から差し引くことができるため(債務控除)、結果的に相続税の負担を軽減できます。この適用を受けるためには、支払いを証明する領収書が必須です。

葬儀費用

葬儀費用も、相続財産から控除することが認められています。ただし、控除できるものとできないものがあるため注意が必要です。

葬儀費用として控除できるもの 葬儀費用として控除できないもの
通夜・告別式の費用(会場費、飲食代など) 香典返しの費用
火葬・埋葬・納骨にかかった費用 墓石や墓地の購入・借入費用
お寺へのお布施、読経料、戒名料など 初七日や四十九日などの法要費用
葬儀を手伝ってくれた方への心付け 遺体の解剖費用など

こちらも、支払いを証明する領収書や記録をしっかり残しておきましょう。

使途不明金や相続人が使い込んだ場合

これが最もトラブルになりやすいケースです。引き出した現金の使い道を他の相続人に説明できない「使途不明金」や、相続人の一人が自分のために使ってしまった場合、他の相続人から「遺産の使い込み」を疑われ、返還を求める訴訟(不当利得返還請求)に発展する可能性があります。また、遺産分割協議において、使い込んだ分を差し引いて相続分を計算される(特別受益)など、著しく不利な立場に置かれることになります。

生前贈与とみなされるケースと注意点

「親の許可を得て、生活費や学費としてもらった」という場合、その引き出した現金は「生前贈与」にあたる可能性があります。この場合にも注意点があります。

贈与の成立には「あげる・もらう」の意思が必要

贈与が法的に成立するためには、あげる側(贈与者)と、もらう側(受贈者)の双方の合意が必要です。例えば、親が認知症などで意思表示ができない状態のときに、子が勝手に預金を引き出して自分のために使ったとしても、それは贈与ではなく「使い込み」と判断されます。

相続開始前の贈与は相続財産に加算される

相続税の計算では、亡くなる直前の駆け込み贈与による税逃れを防ぐため、相続開始前一定期間内に行われた贈与は、なかったことにして相続財産に持ち戻して計算するルールがあります。この期間は法改正により、段階的に延長されています。

2024年1月1日以降の贈与については、相続開始前7年以内の贈与が加算の対象となります。ただし、延長された4年分(相続開始前3年超7年以内の期間)の贈与については、合計100万円までは加算されません。

参考: 国税庁 No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)

基礎控除110万円以下でも加算対象に

よくある誤解として、「年間110万円の基礎控除内の贈与なら大丈夫」というものがあります。しかし、上記の加算対象期間内(相続開始前3年~7年)に行われた贈与は、たとえ110万円以下で贈与税がかかっていなかったとしても、相続財産に加算しなければなりません。この点は特に注意が必要です。

トラブルを避けて円満な相続を進めるために

故人の預金を生前に引き出す行為は、相続トラブルの火種になりがちです。円満な相続のために、以下の点を心がけましょう。

他の相続人全員と情報を共有する

最も大切なことは、隠し事をせず、正直に情報を共有することです。もし入院費などでまとまったお金が必要になる場合は、引き出す前に他の相続人に「こういう理由で、これくらいのお金を引き出す必要がある」と相談しましょう。事後であっても「この金額を引き出して、これに使いました」と報告し、領収書なども見せることが、信頼関係を保ち、無用な疑いを避ける最善の方法です。

お金の動きは必ず記録に残す

誰が、いつ、いくら引き出し、何に使ったのか。お金の動きはすべて記録しましょう。通帳への記帳はもちろん、ATMの利用明細、支払った際の領収書やレシートは必ず保管してください。客観的な証拠が、あなた自身を守ることにもつながります。

「預貯金の払戻し制度」を活用する

2019年の民法改正により、遺産分割協議が終わる前でも、葬儀費用や当面の生活費などのために、相続人が単独で故人の預金の一部を引き出せる「預貯金の払戻し制度」が創設されました。この制度を使えば、他の相続人の同意なしに、正当な手続きで預金を引き出すことができます。

制度の名称 引き出せる上限額
遺産分割前の相続預金の払戻し制度 以下のうち、いずれか低い方の金額
1. 相続開始時の預金額 × 1/3 × 払戻しを求める相続人の法定相続分
2. 150万円(同一の金融機関ごと)

他の相続人に隠れてこっそり引き出すよりも、この制度を活用する方がはるかに安全で確実です。

まとめ

親御さんが亡くなる前に引き出した現金について、その扱いや相続財産に含めるべき金額の考え方をご説明しました。最後に、重要なポイントをもう一度確認しましょう。

  • 亡くなる前に引き出した現金も、形を変えただけで故人の財産であり、相続財産です。
  • 相続財産に含めるべき金額は、金融機関から取引履歴を取り寄せ、領収書などで使途を確認して計算します。
  • 医療費や葬儀費用に使った分は、相続財産から控除できる可能性があります。
  • 相続人への贈与だった場合、相続開始前7年以内のものは相続財産に加算されるルールに注意が必要です。
  • 最も重要なのは、他の相続人との情報共有と、お金の動きに関する記録を残すことです。

相続手続き、特に税金が関わる部分は複雑で、判断に迷うことも多いかと思います。もし少しでも不安を感じたら、税理士などの専門家に相談することをお勧めします。正しい知識で、円満な相続を実現しましょう。

親が亡くなる前の現金引き出しに関するよくある質問まとめ

Q. 親が亡くなる直前に引き出した現金は、相続財産になりますか?

A. はい、原則として相続財産になります。亡くなった方の預金から引き出された現金は、形を変えただけで本人の財産であることに変わりはないため、相続税の課税対象となります。

Q. 引き出した現金の使い道がわからない場合、どうすればいいですか?

A. 使い道が証明できない現金(使途不明金)は、手元に残っているものとみなされ、相続財産に加える必要があります。税務調査で指摘されやすいポイントなので、正直に申告しましょう。

Q. 引き出したお金を生活費や医療費に使っていた場合はどうなりますか?

A. 被相続人本人の生活費や医療費として通常必要と認められる範囲で使われたのであれば、その分は相続財産から差し引くことができます。領収書などの証拠を保管しておくことが重要です。

Q. 引き出した現金を子供が受け取っていたら、生前贈与になりますか?

A. はい、生前贈与とみなされる可能性が高いです。相続開始前3年以内(2024年以降は段階的に7年以内に延長)の贈与は、相続財産に持ち戻して相続税を計算する必要があります。

Q. 税務署は、どうやって亡くなる前の預金引き出しを把握するのですか?

A. 税務署はKSK(国税総合管理)システムにより、被相続人だけでなく相続人全員の過去10年程度の預金移動を調査する権限を持っています。そのため、亡くなる直前の大きな金額の引き出しはほぼ確実に把握されます。

Q. 亡くなる直前に引き出した現金を申告しなかった場合、どうなりますか?

A. 税務調査で申告漏れを指摘された場合、本来の相続税に加えて、過少申告加算税や延滞税といった追徴課税が課されます。意図的な隠蔽と判断されれば、さらに重い重加算税が課されるリスクもあります。

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社名
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